ジャンピング・マウスの物語の全文を新しい年のはじめに公開することについての弁

「ジャンピング・マウスの物語(全文)」を公開しました。すでに書店から姿を消した太田出版刊の『ジャンピング・マウス』の解説の部分をすべて取り外して、核心の物語の部分だけにしたものです。過去に日本語になったジャンピング・マウスのお話しとも、またこの話を英語にして公開したストームが自らインターネットで公開している簡易英語バージョンともことなります。これまで、さまざまな方がこの日本語版のジャンピング・マウスの読み聞かせをしてくれたり、ストーリーテリングの題材にしてくれています。日本を代表するストーリーテラーのひとりである古屋和子さんは、数年前からこのお話をレパートリーのひとつに加えていただいて、日本各地で公演を行ってくれています。ぼくもこれまで何回となく耳でこの話を聞く機会を得ましたが、聞くたびに新しい発見があることに自分でも驚いています。この話を読んだことも聞いたこともない方は、この機会にぜひ一度、一度といわずに何度となく、自分の耳に聞かせるつもりで、お読みください。さらにこのお話を語るイベントが開催されるときにはあらかじめご一報いただければブログやTwitterで紹介します。自分がなぜ今ここにいるのかを知る手がかりがこのストーリーのなかにはあるはずです。この物語は鏡のように読む人の心を写しだしますから、時を経てこの物語の世界にまた足を踏み入れると違う自分の姿が映し出されていることでしょう。そしてこの話が伝えようとしているより深い意味を知りたい人は、図書館や古書店などで太田出版刊の『ジャンピング・マウス』の本を見つけられてぜひ小生の細かい解説もお読みくださればさいわいです。また、他にもこのお話を自分でも語りたいといってくださる多くのストーリーテラーのみなさんから連絡を受けることがあります。たくさんの子どもたちに語ってあげてください。親が子どもに語るお話のひとつに加えていただき、長く物語が生き続けることを祈ります。このお話の精神を大切にしてくださるすべてのみなさんのために、ぼくが十数年かけて再構築しなおした長尺版のジャンピング・マウスの物語をここに公開しておきましたので、応分の敬意を払われた上でご活用ください。日本語版の著作権を放棄したものではありません。有料の公演などでこの物語を元にしたお話しや芝居などを計画される場合、またこの物語の口演や小生の解説の講演会等をご希望の方は、あらかじめ連絡をください。この物語についての感想などはこのアーティクルへのコメントとしてくださるとありがたいです。なお、今後も声に出して読んだり語ったりするのに便利なように、日本語訳は予告なしに更新されることがあります。 北山耕平筆
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今日、新人物往来社という出版社から宅急便で荷物が届いた。『パワー・オブ・ストーン』という3年前に刊行された自分の本だ。刊行した荒地出版という会社が新人物往来社に吸収され、200冊ある在庫を処分すると通告を受けてからもう1カ月以上がたっている。ぼくはなけなしの財布をはたくつもりで40冊を注文した。今日届いたのはわずかに7冊。確認したところ、200冊あると伝えたのは、コンピュータの管理画面上のことで、遠く離れた倉庫には実際にはほとんど残っていなかったので、あるだけ送ったとあっけない返事。在庫の管理ができていなかったのか、あるだけ売ってしまったのか、ぼくにはわからない。この本の製作にかかわつた編集者はすでに退社していた。いちども顔すらあわせたことのない電話の向こうの相手の沈黙の声を理解することはむずかしい。つまり、初版本はあらかた売り切れていたが、3年かかって売りきれるような本をここにきて増刷する余裕は中小出版社側にはもうなく、この機会にコンピュータの上の架空の200冊も全部処理されてしまったということになる。結局、『パワー・オブ・ストーン』は7冊しかない。自分で2冊キープすると、この本をほしいと言ってくれたたくさんのみんなに直接持っていって売れるだけの数が、はじめからないということになる。あやまるしかない。どうかしばらくは古本屋さんで探してください。本というものとは正しい時と場所における出会いが必要なのだ。ぼくとしては絶版になったこの本の精神が生き続け、いつかまた日のあたるところに出る機会がもたらされることを祈るしかないし、ぼくはその道を探すことは約束する(必ず次の時代の出版社があらわれると)。ぼくの作る本はどれもそうだが、数万部が羽の生えたように、パンケーキのごとく売れるものではない。大手出版社はそうした本しかありがたがらない。だから時代を超えられない本だけで書店の棚があふれてしまう。でも、独自のセレクトで時代を超える可能性のある本を売るユニークな書店さんも増えつつあって、おかげでネイティブに関する本は年を追うごとに読んでくれる人の数は増えてきてはいる。最初にぼくか作った『ネイティブ・マインド』の出版社である地湧社のように、余裕のないなかで本を大切に扱ってくれる(くれ続ける)小さな出版社があることは救いである。おかげで、絶版になることもなく、年に数千部が出続けて増刷を繰り返している本は何冊かあるけれど、ほとんどの人は本を好きなだけ購入するほどの余裕があるわけもなく、売れていく速度が余りにもスローな本は、出版不況が叫ばれてから10年以上、どこの出版社も大切な商品とは考えてくれない。それでもものを書くことと話をすることを仕事に選んだぼくは、時代を超えて次の世界が必要とすると信ずる言葉を、これからも編み続ける。













































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