岩倉使節団の主要メンバー 左から木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、伊藤博文、大久保利通
1871年11月に、明治になってつくられた直後の新生日本国が近代化を目指す目的で欧米に大使節団を送り出した。維新で権力を手に入れた岩倉具視、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文といった「明治」の主役たちがみなそろってアメリカを経由してヨーロッパに出かけた。政府の役人や、留学生も含めて、総勢は100人を軽く超えていたという。主役たちの旅は、言うなれば取材旅行を大がかりにしたようなもので、結果として彼らは2年近く世界を旅して回ることになった。これが「岩倉使節団」と俗に言われる一行である。
この岩倉使節団の旅を再現させることを試みた書物『岩倉使節団という冒険』(泉 三郎著)を面白く読んだ。新生日本人が初めて団体でアメリカとヨーロッパを「観光(真の意味での観光だ)」してまわる旅行の再現録を読みながら、ぼくには70年代中ごろに意識革命直後のアメリカに取材を敢行した「Popeye」という雑誌の編集者、カメラマン、イラストレイターら総勢7、8人の取材旅行の一部始終を思い起こしていた。もちろんスケールは小さいものの、世界から学ぼうとする気概は共通して大きかったからだ。そして岩倉使節団は、西海岸のサンフランシスコからアメリカを見るための豪勢な団体旅行をはじめるのだ。
サンフランシスコから大陸横断列車で7昼夜をかけてワシントンDCを目指す。この鉄道は、後にローリング・サンダーがブレーキマンとして勤める鉄道である。サクラメント、シエラネバダの山塊を越え、トラッキーリバー沿いの高原砂漠、ぼくが言うウエスタンショショーニの人たちの国のまんなかを突っ切り、偉大な沙漠の中を進んだという。この途中で、彼らは車窓から、「顔を赤く塗り頭に羽毛をはさんだインディアン」の姿を目撃したとある。その際の、この旅の記録係だった久米邦武と米国通のやり取りが興味深いので引用しておく。
「インディアンは日本人と先祖を同じくするというではないか。今でこそ白人が天下をとってインディアンはまるで居候のように小さくなっているが、もとはといえばインディアンの土地でござろう。そこへ白人が鉄砲をもっと乗り込んできて、いわば乗っ取ったも同然ではござらぬか」
「さよう、その恨みは深く、このあたりでは鉄道工事中よくインディアンが襲ってきて妨害したようだ。鉄道が開通してからも、物陰から毒矢を放って窓を開けていた乗客がやられて死んだこともある」
「文明、文明というが、アメリカ人は結局先住民族の国を蹂躙した乱入者で、原住民たるインディアンはまるで強盗に家財一切を掠奪された上に、その家から追 い出されたようなものではないか」
「いやいや驚くには足らぬ、現実世界は弱肉強食、すべて欧米諸国のやり方はそんなものでござる」
岩倉使節団という冒険 (文春新書) (新書)
泉 三郎 (著)
価格: ¥ 735
新書: 221ページ
出版社: 文藝春秋 (2004/07)
ISBN-10: 4166603914
ISBN-13: 978-4166603916
発売日: 2004/07
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