Wednesday, May 07, 2008

Longest Walk 2008 Today

St+Louis+Pow+wow

現在地点:

南ルート オクラホマ州 パーキンズ
北ルート ミズーリ州 ノブ・ノスター

5月10日、北ルート巡り ミズーリとイリノイの州境近くのカホキア遺跡にて歓迎パウワウ

詳細 Native For Life

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Friday, May 02, 2008

亀の島(先史アメリカ)のサウスウエストの住民にとってイヌは友だち以上のスピリチュアルな存在だった

newsアメリカ南西部一帯の先史古代遺跡から、大人や子どもの人骨と共に埋葬されたと思われる古代のイヌの骨がこれまで数百体出土しているという調査結果が4月27日に発表された。しかもその埋葬されているところからは一緒に宝石類も出土するのだという。

イヌの種類ははっきりしないが、南西部アメリカに太古に暮らしていた人たちの精神生活においてイヌたちの果たしていた役割はことのほか重要だったのではないか、とニューメキシコ州サンタフェにあるインディアン芸術文化博物館( Museum of Indian Arts and Culture )の副館長ドディ・フゲイトさんは、ナショナルジオグラフィック誌の記者に語っている。

ドディさんはこの地域におけるイヌの埋葬の調査研究を続けてきた研究者だが、これまでの埋葬の実体を見る限り、イヌは単なるペットの域を超えて埋葬者にとりとてもスピリチュアルな意味を持っていたようだと彼女は言う。

wolflft「新世界のアメリカ南西部においてはイヌたちは、つぎの世界へ入っていくときの護衛のように考えられていたように推測されます。場所によっては儀式のなかでもイヌたちが役割を与えられていたことは間違いありません。埋葬が古くなればなるほど、イヌが一緒に埋められているケースも増えていきます。これまで700ぐらいイヌたちの埋葬されたところを調査しデータベース化してきましたが、イヌたちは儀式の行われた場所にまとめて埋葬されているか、特定の個人と共に埋葬されています」

彼女のデータベスによれば、イヌの埋葬が最も広く行われていたのは紀元前400年頃からはじまり、西暦1100年ぐらいまでの間だとか。そしてイヌの埋葬が行われていた地域は、ニューメキシコ州の北西部からアリゾナとニューメキシコの州境の間に大半が集中している。

Source : Ancient Americans believed dogs to be divine escorts for next life

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先住民の権利を大切にしない国で相継いで行われるオリンピック

newsこのところの内外の圧力の高まりを受けて、2010年の冬季オリンピックの開催国であるカナダでは、国会で先ごろ(4月8日)「先住民の権利に関する国連宣言」を承認するための投票を行った。先住民や人権団体はこれを歓迎しているものの、しかしカナダ政府は頑なに宣言の承認に抵抗している。

「政府が宣言の承認を拒み続ければ続けるだけ、結果としてカナダは人権を大切にしない国という評価に苦しみ続けることになる」とカナダの先住民の代表は語る。「政府の反対にもかかわらず、今回の投票は宣言の履行にむけた重要な一歩となるだろう」

北京オリンピックの開催が迫るにつれて、世界の目はいやがうえにも主催国の人権や正義と伝統的オリンピック精神に注がれるようになっている。2007年に国連が世界で3億7000万人以上いるとされる先住民の自決・自治権や固有の文化、資源を保障する「先住民の権利に関する宣言」を圧倒的多数で採択したときに、これに真っ向から反対をした——つまり公然と先住民の権利を侵し続けている——4つの国、アメリカ合衆国、オーストラリア、中国、カナダのうちのふたつの国で、これから相継いでオリンピック大会が開催されるのは、けして偶然などではないのだろう。

Source : An Olympic opportunity for Declaration

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Thursday, May 01, 2008

独立派のネイティブ・ハワイアンがホノルルにある旧王宮イオラニ宮殿を占拠して暫定政府宣言

Hawaii Flag Upside Downnewsハワイ王国運動を主導し、ハワイがアメリカの領土であることを認めないネイティブ・ハワイアンの独立派の集団が昨日、ホノルルにあり、1893年にアメリカがクーデターによってハワイを占領するまでハワイ王国の宮殿だったイオラニ宮殿の建物を占拠し、自分たちはハワイ王国暫定政府としてこの宮殿に留まって王国の事務を続行すると宣言した。彼らは武装はしておらず、現在のところ占拠後も平穏を保っているが、宮殿にたてこもった独立派のネイティブ・ハワイアンたちを、ハワイ州当局は最終的には強制的に退去させるつもりでいるらしい。今後の動向が注目される。右の図版は逆さまになっているハワイ州の旗。

Source : Native Hawaiians blockade historic palace
Hawaiian sovereignty seekers take over palace in Honolulu

next Hawaiian Kingdom Government Portal

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Saturday, April 26, 2008

地球という惑星を救うためにはなにをすればよいか

もしわれわれが地球という惑星を救いたいのなら、そして生命と人類とを救いたいのなら、われわれには資本主義に終止符をうつ責務がある。われわれが資本主義を終わらせなければ、この惑星地球の上に平等と正義がもたらされるなど、想像することは不可能だ。資本主義を終わらせることが、人々からの利己的な搾取を終わらせ、天然資源の略奪に終止符をうつために、わたしが重要だと信じるものである。原材料と市場のための破滅的な戦争を終結させること、エネルギー資源、特に化石燃料の略奪と行き過ぎた消費と増え続ける廃棄物とを終わらせることだ。資本主義というシステムは、ひたすらに廃棄物を積みあげていくのを認めるものにすぎない。


ボリビアのエボ・モラレス大統領(先住民出身)

4月21日、月曜日、ニューヨークの国連本部で先住民問題に関する常設フォーラムが開かれ、ボリビアのエボ・モラレス大統領が「地球への償い」を求める注目に値する演説を行った。大きなメディアでは報じていないが、インターネットの上にある「リアル・ニュース・ネットワーク(RNN)」がニュース映像を公開している。国連の先住民フォーラムがどのようなものかを映像で知るためにも、一件が価値があるだろう。またエボ・モラレス大統領が、「資本主義を終わらせよう」と提案したときの、参加者からあがった驚愕の声と拍手にも、注目だ。この記念的演説のあとで彼は「われわれはさらに、戦争に費やされている何兆ものお金の使い方を、傷ついた環境のために、地球の修復のために改めるよう提案する」とも語った。

関連記事:国連の「先住民問題に関する常設フォーラム」が開幕

過去記事:
indexarrow.gif 先住民の代表としてエボ・モラレス・ボリビア大統領が先日国連のあるニューヨークで語ったこと
indexarrow.gif 「私の大統領就任は世界の先住民の勝利だ」とボリビアの新大統領は語る。

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Thursday, April 24, 2008

バンクーバーばどの顔をして冬季オリンピックをするのだろう

Shutdown 2010

北京オリンピックの聖火が世界を廻る理由はなんなのだろうか? オリンピックを政治の問題にするなというむなしいかけ声もしばしば聞こえる。チベットの人たちの置かれている現実は、世界の誰が見ても中国ののどに突き刺さった棘である。世界はこれに注目している。

だが今回のチベットの問題とオリンピックのあり方にいま最も熱い視線を注いでいるのは、北米大陸のパシフィック・ノースウエスト(北西太平洋沿岸)を自分たちの国とするカナダのファースト・ネーションズ・ピープルたちである。なぜなら2010年に彼らの国(土地)の一部であるバンクーバーで、冬季オリンピックが開催されることになっているからである。

あらためてことわっておくが、当然だけどカナダでは「ネイティブ・アメリカン」とはいわない。カナダ政府は「アボリジナル・ピープル」と名づけ、カナダの先住民たちは「ファースト・ピープル」とか「ファースト・ネーションズ」と自分たちの総称が必要なときには呼んでいる。

first_nationsカナダ先住民運動のリーダーのフィル・フォンテーン(Phil Fontaine)は、「カナダ政府に先住民の貧困問題を考えさせるためにならいかなる機会もこれを逃さない」と先日語った。「チベットを自由にせよと怒りの声をあげてバンクーバー市内をデモをした何千人ものカナダ人には、自分たちの国の先住民たちが置かれている悲惨な状況にも怒りをあらわにしてもらわなくてはならない」

「自分たちの実情を伝え、誤解と偏見を正し、われわれが置かれている現実についてカナダ人たちに真実を伝えるためには、われわれはどんな機会でも使うつもりでいる。カナダ人は立ちあがって自分たちの政府に不正を改めるためのすみやかな行動を要求すべきなのだ」

フォンテーンは、2010年のオリンピックにおいても、当局ににらまれるような抗議活動をするのか尋ねられて、「チベットの人たちのやむにやまれぬ気持ちがわれわれにはわかる」とだけこたえた。

Source : First Nations eye 2010 Olympics as protest target

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Tuesday, April 15, 2008

ハイテクの力を借りて生き残りを図るアマゾンのネイティブ・ピープル

newsアマゾンの熱帯雨林の森の奥深く、竹とシュロの葉で建てられた円形の家々。地球で最も文明から遠いところで暮らす南アメリカ大陸の先住民スルイの人たちは、まさに今、そうした家のなかでインターネットを頼りに生き延びているのだという。彼らにとってインターネットは「Google」を意味する。この巨大な検索エンジンなどのサービスを提供する Google のことをスルイの人たちは、自分たちの言葉で「ラゴグマカン」と呼ぶ。それは「使者(メッセンジャー)」を意味し、自分たちの生命と、先祖伝来の大地を絶滅から守ってくれるものとして全面的に頼りにしていると、イギリスのインディペンデント紙が伝えているので、その「アマゾンの部族が不法伐採人たちとの闘いでグーグールに協力を要請」という記事のあらましを紹介する。4月13日の日曜日の記事で、インデペンデント紙の環境問題編集者ジオフェリー・リーン記者が執筆している。

彼らが「使者(メッセンジャー)」と呼ぶグーグル

スルイの人たちの部族が現代世界とはじめて接触したのはおよそ40年程前のことだった。この40年間、それまでの生き残りをかけた闘いの武器を、弓と矢からハイテクのガジェットに持ちかえ、今では密林のなかを通り抜ける伝統的なトレイルの上で衛星ナビゲーションシステムまで使うようになっているという。そして Google のひとつの部門である Google Earth は、彼らがジャングルの奥にある彼等の家で高解像度の衛星写真を利用できるようにするための契約を交わしたばかりだ。

arrow2 Google Map で上空から見るスルイの人たちの森

Rondoniaインターネットを武器にすることは彼らの一族のチーフであるアルミール・ナラヤモガ・スルイ(写真)が考えついたことだった。アルミールはかねてより彼ら一族の土地に四方から侵入しようとする非合法な伐採業者との闘いの先頭に立ってきた人物だ。ブラジル西部のロンドニア州(右図)、広大な原生林のなかの60万エイカーほどの隔絶した緑のオアシスが彼らの領土である。今年34歳になるアルミールがサンフランシスコの近くにある Google の本社を訪れて、伐採業者の侵入を監視するために力を貸してほしいと要請したのは昨年のことだった。彼はその際、 Google というインターネットの会社を、世界に警鐘を鳴らすために使えるようになればよいと希望を述べている。そして彼はつぎのように伝えた。

「われわれは Google をラゴグマカン(使者)と呼んでいる。われわれのメッセージを外の世界に運ぶのに力を貸してくれることを期待しているからだ」

前の世界が終わり生き延びる闘いが始まる

Almir Narayamoga Suruí文字で記された歴史がはじまるはるか何世紀も前から、この密林のなかを移動して暮らす人たちは、自分たちのことを「パイテール」と呼んできた。それは「自分たち・ほんとうの人間」という意味である。彼らは外側の世界から隔絶したところで、正式にブラジル政府当局の人間と最初の接触を持った1969年9月7日、くしくもその日はブラジルの独立記念日だったが、この日まで世界に知られることなく別の時間のなかで生き延びていた。

「ブラジルが独立したとされる日が、われわれの独立が終わった日でもある」アルミールは続けた。「われわれ一族は、最初に白人の姿を見た時、震えあがったものだった」

「スルイ」という彼らの呼称は、文化人類学者がつけたもので、もともと近隣の部族の人間がその戦士たちの集団を恐れて名づけた「敵」という言葉に由来する。スルイの人たちは戦士の集団であり、白人との最初の接触のあと、彼らは自分たちをおびえさせるものたちとの闘いの道を選択した。

「弓と矢があれば自分たちは勝てると考えていたのだが、あまかった」とアルミール。相次いだ虐殺、水疱瘡や、はしかや、結核や、インフルエンザといった、彼らに免疫のない伝染病によって、5000人ほどはいたスルイの人たちはわずか250人にまで激減してしまう。「生き延びたものたちも、病に冒されて体力がなくなっていて、仲間たちの亡骸を埋葬する力もなくなっていた。そこでわれわれは闘いをやめて、もうひとつの道、平和の道を進むことにしたのだ。平和の道はうまくいったのか、だって? 生き延びたという観点からすれば、答はイエスだ。ロンドニア地方にいたわれわれのような他の部族は、今では完全に姿を消してしまったのだから」

スルイの人たちは医療支援を受け入れるかわりに、自分たちの土地の半分を失った。そしていやがうえにも彼らの土地にたいする白人世界の政治的経済的な関心を惹きつけることにもなった。彼らに残された土地は今なお日常的な攻撃の対象とされている。

天空の眼を闘いの道具として使う

アルミールによれば、300もの製材所と4000人もの従業員たちが、彼らの土地や他のインディアン居留地の周囲を取り囲んでいる。自分たちの土地を守ろうとした部族のチーフたちが次々となにものかによって殺されてきていて、アルミールその人の首にも「£50,000」という莫大な値段がつけられているという。

アルミールははじめて Google Earth を自分で試したときから、サイバースペース役に立つことを確信した。ほとんどの人が Google Earth に触れた時にするように、彼も又自分の住んでいる場所をそこに見つけようとした。そして自分たちの土地における森林伐採の動かぬ証拠をはっきりと見つけたとき、この「天空の眼」の力は使えると確信したのだった。

アメリカに本部を持つアマゾン保護チームの力を借りて、彼は自分たち一族の者にITの教育を施した。衛星ナビゲーションシステムも、自分たちが知り抜いている密林のなかの小径を探し出すために使うのではなく、不法な森林伐採がおこなわれている土地の位置を突き止めて報告するための道具として活用している。そしてこれからは太陽光発電で動くラップトップのコンピュータと Google を活用してインフォメーションをダウンロードしたり、アマゾンのジャングルを今のまま保護しておくことがいかに大切なことなのかを広く世界に伝えていきたいと、チーフ・アルミールは考えている。


Source : Amazon tribe enlists Google in battle with illegal loggers

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Friday, April 04, 2008

ナバホ国首長が、ナバホ国は新たな世代にウラン採掘の被害を被らせることはないと証言

Joe Shirley
2002年以来ナバホ国の首長を務めるジョー・シャーリーJr(写真)は、フラッグスタッフで開かれた先月の小委員会で、今後もナバホ国はナバホの土地やその近隣においけるウラン鉱石の採掘に反対する立場を守り続け、ウランの採掘をさせないためにあらゆる手段を講じると語った。以下は彼の議会における印象的な証言のいくつかを北山が翻訳したものである。

「連邦政府がナバホ国の周辺におけるウラン鉱石の採掘再開の許可を考えているらしいが、たとえそれがどこであれ、今なおわれわれが過去のウラン採掘の被害に苦しんでいる現実を見れば、それはわたしの良心に照らして受け入れ難い。連邦政府のウラン鉱石採掘再開の動きにたいし、わたしは、今回議会が立案して可決した『ディネ(ナバホ)自然資源保護法』を承認した。この法律は、ナバホ国の境界線の内側、そして広義のナバホ・インディアン・カントリー全域の両方において、いっさいのウラニウム採掘を禁止するものである」

「ナバホの人間として、ウラン鉱採掘影響をこのまま、次の世代の母親や父親が死んでいくのをただ見るだけで、知らぬ顔で見過ごすわけにはいかない」

「そのためにはこれからもなんでもしていく。はっきりと声に出して反対をし、そのための手段を講じる。われわれは新しい世代として生まれてくる赤ん坊たちが奇形であることをのぞまない。われわれはわたしたちの一族の者たちがガンなどの異常とともに生きることになることも、同時に顔の見えない企業が利益をむさぼったむあげくに勝手に倒産を宣言し、土地をほったらかしにして自分たちの与えた損害に背を向けたまま立ち去ることも、とうてい受け入れることはできない」

「今日もなお、ウラン鉱採掘の後遺症が人々と大地の両方を荒廃させ続けている。鉱山で採掘に従事したものたち、その家族、および鉱山の近隣に暮らしていたものたちは、ウラニウムに身体をさらしたことに起因して増加するガンの発生率や、他の身体の医学的不調に苦しんでいる。鉱山やウラン鉱処理施設で働いていた父親たち、その息子たちは、自分たちの家族がそのことによってウラニウムによる被爆を被ることなどまったく知らないまま、汚染された土ぼこりを身につけて家庭内に持ち帰っていたのだ」

「そうしたウラニウム鉱山のほとんどがそのままうち捨てられた。今も大地に傷口を無残に広げたまま放射性物質を漏らし続けている。ウラン鉱を精錬していた工場は、汚染された大量の廃石を屋外の廃棄場にそのままうち捨てた。廃石置き場のなかには無許可のものもかなりあった。そうしたところでは今も土壌や水の放射能汚染が進んでいる」

「一族のものたちの多くがこれまで命を失った。メディスンマンの多くが亡くなってしまった。その結果われわれの文化は今では風前のともしびだ。メディスン・ピープルのなかにはたいへんな知識を持っている人たちがいた。その人たちとともにそうした知識もまた失われた。それは図書館がなくなったようなものなのだ。文化の多くがなくなってしまった。わたしたちの一族に起きているのは、そういうことなのだ」

「ウラニウムによる放射能の汚染は現在もなおわれわれの大地に、われわれの水に、われわれの生命に影響を与え続けている。ウランが巡り巡って今もなお他の世代を巻き込み続けることは許し難いことである」


関連記事:

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原子力について忘れてはいけない呪文(改訂版)

  • 原子力はクリーンエネルギーじゃない。
  • 原子力は安いエネルギーじゃない。
  • 原子力は地球温暖化への解答じゃない。
  • 原子力は安全なものじゃない。
  • ウラン鉱石採掘には危険がいっぱい。
  • 核兵器の投げかけた脅威は終わってない。
  • 核廃棄物の問題はずっと未解決のまま。
  • 核施設の誘致はその土地を豊かにしない。


*本記事の元ネタは、友人から送られてきたもので、アメリカではまだニュースになっていない。ニュースになるべきだと思う。このところブッシュ一派のパワーハングリーな連中が仕切っている合衆国政府は、原子力産業とつるんでグランドキャニオンの周辺などナバホ・カントリーの周辺でウラン鉱石の採掘を虎視眈々とねらっているが、これはそうした動きにたいするナバホ国の回答のようなものだ。3月30日付のプレスリリースの原文(英語)は、下に貼り付けてあります。興味のある人は全文をお読みください。

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Wednesday, April 02, 2008

ユーラシア大陸から亀の島へのネイティブの言葉の長い旅

Languagemap

西シベリアのイェニセイ川中流から下流に先史時代から暮らしてきた少数民族にエベンキ、ヤクートといった人たちがいる。ほとんどのイェニセイ川の流域の人たちはすでに姿を消したが、このかつてエベンキの国のすぐ西に、ただひとつケットという名の人たちだけがかろうじて今も生き延びて暮らしているという。

イェニセイ川の先史時代ケットの人たちはおよそ1200人が現存するが、そのうちケット語を話せるのは200人ほどだという。そしてそのわずかの数のケットの人たちの話している言葉が、遠くベーリング海峡をはさんで東側の新大陸に暮らしてきたアラスカやカナダのアサバスカンやエヤンク、クリンギット、アメリカの北西太平洋岸のフーパ、そしてサウスウエストの沙漠に暮らすナバホ(ディネ)やアパッチの国といったところで生きているアメリカ大陸先住民の話すナ・ディネ言語と深いつながりのあるらしいことが、この3月上旬にアラスカのアンカレッジで開かれた言語人類学者たちのアラスカ人類学協会の年次総会であきらかにされたと、アンカレッジで刊行されている新聞が伝えた。研究を発表したのは、ケット語の解析を10年間続けてきたウエスターン・ワシントン大学の言語学者のエドワード・バホダ研究員ら。

1万年から1万2000年前に、氷河期時代に北ユーラシアで生きていた狩猟者たちがベーリング陸橋を渡って旧世界から新世界に足を踏み入れるまでは南北アメリカ大陸に人間は暮らしていなかったと結論が出されて以来、アメリカ・インディアンの話す言葉とシベリアの少数民族の言語とのあいだに関係があるのではないかとこれまでも推測されていたが、ここまではっきりと特定の言語の原郷が指摘されたのははじめてではないか。エドワード・バホダ研究員は「ケット語とナ・ディネ言語のあいだにはただ単に音が似ているといった共通点以上の、もともと共通のひとつのものだったとしか説明できない特異点があまりにも多い」と話している。

Source: Distant Native languages bridge Bering Sea

参考サイト:北ユーラシアの歴史 貂主の国 イェニセイ川の先史時代

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ロンゲスト・ウォークは今どこまで進んだか?

2月11日にサンフランシスコから歩きはじめてまもなく2ヵ月になる4月1日現在、ロンゲスト・ウォーク南回りルートの人たちは、アリゾナのナバホの国を歩いていて、レウップ(Leupp)という町にいる。北回りルートの人たちはロッキー山脈の峠を越えてコロラドの南部、ニューメキシコに近いラ・ハンタ(La Junta)の町にいる。Keep Going.

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Monday, March 31, 2008

アメリカ・インディアンとチベット

Last Modified Tuesday, April 1, 2008

news過去50年間におよぶ中国政府のチベットの人たちにたいするやり方は、アメリカ合衆国政府がネイティブ・アメリカンの人たちにたいして20世紀の前半におこなってきたこととおそろしく似ているように思える。

たとえば中国政府は自国民を鼓舞してチベット人の土地に移住するように仕向けそこで商売をはじめさせてきたが、これはアメリカ政府が白人移住者をインディアン領に送り込む政策をとったことと重なっている。

中国の共産党政権は宗教を「過去の遺物」のように認識していて、現代を生きる人間にとってそんなものは必要ないというふうに考えているようだが、これもまたアメリカ政府が「インディアンの宗教とその実践」を「野蛮なもの」として信仰の自由を認めようとしなかったこととそっくりである。

しかしながら、デザートのなかのリザベーションであれ、ヒマラヤ高地であれ、そうした土地に——鉄道という文明の象徴を使って——訪れる征服者側からの観光客が興味を持つのは、そこに暮らす人たちの伝統的な文化なのだな。インディアン・リザベーションを訪れた好奇心旺盛な人たちが先住民の伝統文化を求めたように、経済発展で旅をする余裕のできた中国の人たちも、チベットの伝統文化に興味を露わにする。

アメリカ先住民の視点から言えば、1950年代から60年代にかけて、大量のアメリカ人ツーリストが大挙してインディアンリザベーションを訪れ、文化的遺産の大半がお金を代価にして持ち去られてしまったことを思い出させる。今チベットで起こっているのは、そうしたことと同時に、多方面から中国への同化への圧力が強まり、政策が実施され、子どもたちに中国語の学習が徹底されていることもまた、そして民族差別を巧みに使っているところもまた、アメリカ・インディアンの各部族の文化や言葉が辿った厳しい道を彷彿とさせる。

チベットの人たちも、アメリカ・インディアンと同様に、文化的宗教的な抑圧にたいして不満をつのらせてきている。中国政府は、「良いチベット人はみな中国人の一部となった」ことを世界に知らしめるために今年のオリンピックを政治的プロパガンダに利用しようとしていることは、ハリウッド映画をプロパガンダに使って「良いインディアンはアメリカ人の一部になったこと」を世界にしろしめたことと重なる。中国もアメリカも自国の内部で起こっている先住民の蜂起を「国内問題」として世界に知らせないためにメディアを強力に操っていることもまた同じである。

忘れてはならないのは、先住民の問題を内側に抱え込んでいるという点からすれば、今回のチベット問題にシカトをきめこんでいる日本とても例外ではないということだろう。

追記 さらにチベットとアメリカ・インディアンに共通しているのは、地下に膨大な鉱物資源が埋蔵されていることが、支配国政府によって発見されてしまったところにもある。たとえばナバホやラコタの人たちの国には石炭やウラニウムが眠っていることがアメリカ政府によって発見されているし、中国政府は21世紀になってチベットの大地に銅、亜鉛・鉛、鉄鉱石の鉱床を発見し、それを独り占めして運搬するための手段として青蔵鉄道を建設した。

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Wednesday, March 19, 2008

世界中のネイティブ・ピープルは「8,000 Drums」の儀式に参加せよとのメッセージ

featherもう時間があまりないのですが、メキシコ中央時間の2008年3月21日の正午(東京地方時間3月22日午前3時)に、世界中の大地とつながった人たちが「ドラムを叩いて」くれるように、アメリカやカナダのいくつもの部族のメディスンマンやメディスンウーマンたちが求めているという報せを受け取りました。

ぼくのところへは、カナダのモントリオールにいるモンタグナイス・インディアンのメディスンマンでありヒーラーのギルス・ノバクス氏の友人である人物から「聖なる太鼓の音で母なる地球を癒す日」のニュースが届けられました。彼らもまた一族のヒューロン氏族のふたりのグランマ(グランドマザー)から、世界中のインディアンたちに広く伝えてほしいと求められたのだそうです。

その日「8,000 Drums」と名づけられた母なる地球を癒すための世界規模の儀式が行われます。

参加する人がおこなうべきことは、どんな種類の太鼓でもよいので、正しい時刻に、1人でも、集団でも、部族全員が参加してでも、太鼓を打ち鳴らすこと。この太鼓を鳴らす目的は、オトミ一族(マヤ族のなかの、オルメカとトルティックの子孫)が洞窟のなかに岩絵として500年前から神官たちの間でのみ秘密裏に伝えられてきた「オトミの予言」を成就させるためだそうです。まさにその日そのときに、世界中のインディアンたちが8000の聖なる太鼓を打ち鳴らせば、この世界のあらゆるものを創られた存在がその音を聞きつけて、さまざまな国の人たちによって傷つけられ破壊されている母なる地球の病を癒すことに力を貸してほしいというわれわれの祈りをかなえてくれるのだそうです。

おもしろいのは、ここでも「八」という数字が「八百万(やおよろず)」とおなじように「とてつもなくたくさんの数」を象徴していることです。「8000の太鼓」が一斉に叩かれる地球でどんな音がするのか想像もできませんが、そのことがわたしたちの祈りの力を増幅させてくれる可能性をぼくは否定するものではありません。亀の島が昼の時、日本列島では真夜中ですので、太鼓を叩く場所を選ばなくてはなりませんな。

動画による呼びかけもご覧ください。

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Monday, March 17, 2008

すべてのアメリカ・インディアンたちの6人の母

DNAアメリカ・インディアンの95%が2万年前にアジアからアメリカに渡ってきた6人の母親の子孫であることがわかったと遺伝子研究の専門家が発表した。15日のUPI電が伝えたもの。

この事実を報じたCNNなど他のいくつかの報道をまとめてみると、今回の遺伝子調査は母から娘へと伝えられるミトコンドリアDNAの研究に基づいたもので、今までにおこなわれたどの調査よりも総合的なものであるそうだ。そして、この6人の女性たちのデオキシリボ核酸(DNA)の形見が北米・中米・南米のすべてのインディアンの95%から発見されるのだという。

ただしこの6人の女性たちだけが、アジアからアメリカに渡ってきたインディアンのすべての祖先であるというわけではないらしい。研究者によれば、この6人の女性は、1万8000年から2万1000年前のあいだのどこかで別々に生きていたのであって、全員が同じ時に生きていたわけではないからだ。そしてこの6人がどこにいたのかというと、それは今のアジアのどこかではなくて、かつてアジア(シベリア)と北米(アラスカ)をつないでいて今は海のなかに没している陸橋ベーリンジア、橋とはいえ幅1400キロの大平原のなかのどこかであったらしい。CNNはこう書いていた。

この時代には、もっと多くの女性が生きていたはずだが、現在のアメリカ大陸で暮らす先住民に引き継がれたミトコンドリアDNAの由来は、この6人だったとしている。

アメリカ大陸へどのように人類が居住したかを研究している米フロリダ大学のコニー・マリガン氏は、先住民の祖先が6人に集約されることは、驚くことではないと話す。現在の先住民の人数を考えれば、6人は妥当な数だという。

しかし、この研究からは、この6人の女性が「どこで」暮らしていたかはわからず、また「どれぐらいの人数」がベーリング海峡付近を離れてアメリカ大陸へ移動したかがはっきりしないため、さらに詳しく研究する必要があると話している。

ぼくとしては、残りの5%の母親のことも気になるのだが・・・

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Saturday, March 08, 2008

今の大阪のあるところは、日本がつくられる前「豊かな狩り場」だった

feather
キャンプ(野営地)で狩りに用いる石器を加工しながら、水場に集まる獲物を狙う——。そうした、後期旧石器時代(約2万3000〜約2万年前)の日本列島先住民の暮らしの痕跡が、大阪市平野区の瓜破(うりわり)北遺跡で見つかったと、YOMIURI ONLINE(読売新聞)が伝えている。

縄文時代中期(約6000〜5000年前)までの間の石器が、破片も含めて2000点以上出土したのだそうだ。ここが長期間にわたる「豊かな狩り場」だったことがわかり、専門家も「大阪市内で、1か所から大量に見つかるのは珍しい」と言っているほど。記事はつぎのように続ける。

後期旧石器時代の石器は、ナイフ形石器(長さ3〜9センチ)約50点など。薄くはがれた破片や石の芯の部分なども、まとまって見つかった。縄文時代は、石の矢尻(長さ1〜3・5センチ)約50点など。いずれの時代も石器製作跡と確認できた。

使われた石は、大阪、奈良府県境の二上山産サヌカイトが大半。近畿北部産チャートや瀬戸内産凝灰岩、府外でしか採れない黒曜石もあり、交流の広さがわかる。また、調理用とみられる焼けた石が見つかったが、住居跡などは確認できず、野営をしていたらしい。

大阪平野南部の丘陵地から北に延びた、台地の先端に立地。調査地東側に南北に延びる谷跡があり、多数の木の根が残っていたことから、当時は水場が近い森で、多くの動物などの獲物がいた可能性が高い。田中清美・市文化財協会担当課長は「後期旧石器時代と縄文時代の石器製作技術の違いや、当時の生活の様子が具体的にわかる」と話す。

Source : 古代の大阪「豊かな狩り場」旧石器〜縄文時代平野・瓜破北遺跡 2000超す石器出土

このニュースを読みながらまず頭に浮かんだのは「幸福な狩り場」という言葉だった。これはアメリカ大陸先住民のなかの、イロコイ、チェロキー、アルゴンキン、ラコタ(スー)といったいくつかの部族が「死者の(スピリット)赴くところ」として用いている概念である。彼らがいつごろからこの言葉を使っているかははっきりしないのだが、「獲物がいくらでもある豊かな狩り場」が日常のなかから消えた後につくられたものかもしれない。

たとえば平原インディアンにとっては、バッファローが白人移住者たちの皆殺しによって姿を消した後、バッファローたちが生活圏に共存していた平和で美しかった時代のことを「幸福な狩り場」として忘れないようにしたとも考えられる。

狩猟・最終・農耕を組み合わせて生活の基盤にしていた人たちにとっては、「豊かな狩り場」はそのまま楽園のような自分たちの世界の一部だった。「幸福な狩り場」は現実の「豊かな狩り場」そのままであり、違っているところはほとんどなく、あるとすれば雨が降らずつねに良い天気で、うさぎや鹿やバッファローたちも、人間を見てもまったく逃げる気配を見せないところだという。ラコタの人たちの死生観によれば、人は死ぬと、その人間が生きているあいだに髪の毛を切る(しばしばこれを「頭の皮をはぐ(スカルピング)」と表現された)ことさへなければ、そのスピリットはその幸福な狩り場に行くことになっている。戦において勝者が敗者の髪の毛を切り取るのは、その敵のスピリットを幸福な狩り場に行かせないためなのだろう。余談ではあるが実際に頭の皮を戦利品としてはぐことを教えたのは白人の入植者だった可能性がある。

ラコタの人たちの「幸福の狩り場」にたいする深い思い入れは、英語のウィキペディアに掲載されていたオグララ・ラコタのメニー・ホースィズ(Many Horses)のつぎの言葉にもうかがえるだろう。

Many Horsesわたしは白人の道を進むことになるだろう。白人を自分の友にするだろうが、白人の役に立つようなことをするつもりはない。コヨーテのように、ずる賢く生きるだろう。白人の道を理解するのに助力を求め、そして自分の子どもたちのための道を整えてやることになる。子どもたちはきっと自分の靴を履いて白人を追い越していくはずだ。

われわれにはふたつの道しかない。餓えて死に通じる道か、白人の貧乏人たちが暮らすところへ通じる道のふたつの道だ。いずれにせよその道の先には、白人の行くことのできない幸福の狩り場が待っている。


メニー・ホースィズ、オグララ

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Friday, March 07, 2008

おい、君はジャマイカでもマリファナが非合法だったって知っていたか?

5日程前にAP電がジャマイカのキングストンから「ジャマイカはマリファナの合法化を模索する」というニュースを流した。そこにはこう書かれていた。

ジャマイカはマリファナの合法化を模索する

Rastafarianジャマイカはマリファナの合法化を考慮中だ。マリファナは島の人口の多くを占めるラスタファリの人たちによって崇拝されているドラッグである。ラスタファリの人たちは、マリファナを吸うことは自分たちの宗教の一部だという。

政府の委託を受けた7人の委員からなる特別委員会が、カリブの国の反麻薬法の変更の可能性を研究している。政府の関係者が先週の金曜日に語ったことにによれば、警察の一部から、法廷や刑務所がマリファナ関連の事犯で手一杯だと不満の声が出ていたからだという。

ジャマイカのケネス・ボー副首相は「議論はすでに終えていて、われわれは首相への答申を用意しているところだ」と言う。

2003年、政府の委任を受けた委員会は、個人使用の少量のマリファナの合法化を勧告したものの、議員たちは、マリファナの合法化はせっかくジャマイカが受けているアメリカの反麻薬法認証を失いかねないとして、かたくなに合法化へは動こうとはしなかった。これを失った国は、経済制裁に直面するからだ。

同じ金曜日に出されたアメリカ国務省の報告には、ジャマイカはカリブ諸国の中で最大のマリファナ生産国であり、アメリカに向かう麻薬の主要な中継国であると記されていた。

ラスタファリアン運動は1930年代に黒人への弾圧にたいする怒りのなかから出現したもので、彼らはこれまで長い間マリファナというドラッグを神聖なものに近づけてくれるものとして合法化のロビー活動を続けてきている。

世界には推定で70万人のラスタファリアンがいるとされる。その大多数が、人口260万人のジャマイカのなかに存在している。

Source : Jamaica Explores Legalizing Marijuana

このニュースを読んだ時、「なに、ジャマイカではマリファナはとっくに合法じゃなかったの!?」と驚いて椅子から滑り落ちそうになったのは、おそらくぼくだけじゃないだろう。調べてみたら、マリファナを合法化するように21世紀になってからも2度、2001年、2003年に答申が議会に提出されてはいるけれど、あのガンジャ大国で、国民の多くが自らの宗教行為の一部としてマリファナを鬼のようにフカしているあのジャマイカでもマリファナはいまだに非合法なのだった。結局、アメリカににらまれて経済制裁を食らったら困るという理由で、合法化に踏み切れなかったのだね。3度目の正直はあるのだろうか?

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Friday, February 29, 2008

ぼくはなぜラコータ共和国を注視しているのか

featherインディアン活動家のラッセル・ミーンズら自由ラコタを名乗る何人かの人たちが、合衆国政府とスー族がこれまでに交わした一連の条約からすべて撤退して「ラコータ共和国」の独立を宣言して以来、その顛末と今の状況を伝えるニュースを克明にとまではいかないが、気になったものを紹介してきている。

ぼく自身とラコタ、ナコタ、ダコタのひとたちとのつきあいはそんなに深いものではない。とりわけメディスンマンだったジョン・ファイアー・レイム・ディアーとその息子であるアーチー・ファイアー・レイム・ディアーがスピリットの世界に赴かれて以来、つながりはうとくなってきていた。しかし、70年代のネイティブ・アメリカンの権利回復と精神復興運動に少なからず関わりを持った身として、ラッセル・ミーンズらがやむにやまれぬインディアン魂で、今回の挙に出たことについては、ぼくにはその心情はわからないでもない。

このニュースをブログで拾うようになって、何人の方からメールで「米国サウスダコタ州のインディアン居留地に嫁いだ Jakota Woman さん」のサイトの存在を教えられた。「Jakota Woman」とは「ジャパニーズ+ラコタ」からの彼女の造語だ。ジャコタ・ウーマンさんが嫁いだ相手のラコタの男性は、その記事を読むとぼくとほとんど同世代であることがわかる。自分と同世代のラコタの男性が、ボーディングスクールを生き延びて70年代のあの「闘うインディアンの出現」と「オグララで起きた事変」をどのような気持ちで体験して今日に至るのか興味あるところである。ジャコタ・ウーマンさんの日記ならぬ週記には、現実に今この瞬間にリザベーションに暮らす噂好きのラコタの人たちの日常がたんたんと綴られていて共感を覚える部分も多々ある。

そのいちばん新しい「週記」に、共和国の話が出てくる。その部分を引用するが、できれば全文を通読されて、リザベーションで生きるとはどういうことかをあわせて感じてほしい。

reddot jakota woman 〈153〉

 ラッセル・ミーンズ氏が「今までアメリカ政府とラコタが結んだ契約を全部破棄して、ラコタ共和国を造る」と宣言されました。このニュースの扱われ方が、まさに現代の情報の伝わり方の歪な事を証明しています。地元のRapid City Journalなどでは、「ミーンズ氏は、如何なる部族の政府も代表していない」と説明していますが、USA TODAYなどでそういう説明なしに取り上げられ、それが海外で大きく取り上げられたようです。ローズバット居留地の議会長ロドニー・ボルドー氏とシャイアンリバー居留地の議会長ジョー・ブリングス・プランティー氏は、ラコタ・ダコタ居留地の代表者で作っているスー会議は、ミーンズ氏を支持しないとはっきり表明しています。こういう選挙でちゃんと選ばれた人達が地道にアメリカ政府と交渉しているのに、派手な事をおやりになる方だけが注目を浴びる状況を私はとても残念に思います。ボルドー氏は、「この“ラコタ共和国”のウエブサイトは、一週間で100万回以上のヒットがあるというが、彼らが一体どれくらいの寄付金を集めているのか想像し難い、その寄付金はラコタの人々には、縁のないものだ」とコメントしています。ネイティブアメリカンの人達の世界では、白人が教えたとは言え、横領、着服は日常茶飯事ですから、寄付をされる時はよく調べられた方がいいかと思います。

と記されていた。この文章は、150年間植民地化を押しつけられてきたラコタの人たちの置かれた現実の一面を映し出している。ラコタの人たちのみならず、ほとんどのアメリカの先住民の部族や国で、部族会議の意向に従うことを受け入れた(受け入れざるを得なかったか進んで受け入れたかはともかく生き方において)プログレッシブな人たちと、その部族会議そのものの存在を認めないか相手にしない(生き方において)トラディショナルあるいはラディカルな人たちと、態度をはっきりさせずどっちつかずで様子見をきめこんで、あっちにいったりこっちにきたりしている人たちに勢力の分布が色分けされているからだ。

彼女が上の引用のなかで言う「ローズバット居留地の議会長ロドニー・ボルドー氏、シャイアンリバー居留地の議会長ジョー・ブリングス・プランティー氏、ラコタ・ダコタ居留地の代表者で作っているスー会議」は、ラッセル・ミーンズらのサイドに言わせればそもそもアメリカ合衆国の傀儡政府(操り人形)そのものの人たちであり組織である。ジャコタ・ウーマンさんの言葉を借りれば、「白人が教えた」選挙というやり方で選ばれた人たちが、自分たちの存在を認めるわけもないラッセルらの動きを支持することは絶対にない。選挙で選ばれた部族政府は、アメリカ合衆国の意向をラコタのリザベーション内に広めることで経済的にもなり立っている組織だという見方もできる。それはちょうど、日本列島のなかに存在する米軍基地の問題について選挙で選ばれた自民党政府が「地道に」アメリカ政府と交渉しているようなもので、最終的には植民地主義を貫くアメリカ政府のやり方ですべてが動いていき、本質的な解決はなにひとつもたらされないというのと同じ構造である。

ぼくがラコータ共和国独立で関心があるのは、70年代に部族会議派の人たちのことを弱虫だとか腰抜けだと言っていたエルダーやメディスンマンや精神的指導者たちの動向と影響であり、彼らに学んだ世代が今後どのような手を打ち、知恵を出してくるかである。だからぼくはその動きをいささかでも見つけようとヴィジョンとしての独立運動を注視し続ける。

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なお「寄付金」については、ラッセル・ミーンズ本人が自分の手紙としてウェブサイトに「寄付金を送りたいという人は、ラコータ共和国銀行といったものがきちんと立ちあがり操業をはじめたらおくってくれ。現在似たような名前をかたって寄付金を求めるものたちがいるがそれらはニセモノであるので気をつけてほしい」と注意を喚起している。そういえばラコータ共和国のウェブサイトのホームページについ最近モハンダス・ガンディー(マハトマ・ガンジー)の言葉が新たに書き加えられていた。それはつぎのようなものだ。

「First they ignore you, then they laugh at you, then they fight you, then you win. (最初、彼らはあなたを無視する。それから彼らはあなたを笑いものにする。それから彼らはあなたと闘う。それからあなたが勝利する)」

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Thursday, February 28, 2008

エネルギーの持続可能性についてインディアンの文化に学ぶ

Winona LaDuke
日か前、アメリカの大統領選挙に今回もラルフ・ネーダーが出馬するというニュースが世界中に流された。今回もというのは、前回(2000年)、前々回(1996年)ともに、彼が大統領選挙に出馬したからだ。特に前回、ブッシュ対ゴアの僅少の闘いで、ラルフ・ネーダーの獲得した票がゴアに行っていればアメリカの今はだいぶ違ったものになっていたのではないかと、多くの人たちが心のどこかで思っていたりする。

なんでこんなことを書いているかというと、前回と前々回の大統領選で、ラルフ・ネーダーが第三の勢力として緑の党(グリーン・パーティ)から出馬した時、自らの副大統領候補に選んでいたのがウィノナ・ラデューク( Winona LaDuke )というミネソタのアニシナベ一族の血を一部に受け継いだネイティブの女性だったからだ。

インディアンの世界では、もしインディアンのなかから大統領が出るなら、最も可能性のあるのが彼女だと言われてるぐらい著名な女性活動家である。彼女がネイダーの副大統領候補となったために、多くのインディアン票がそこに流れた。だから、今回もまた誰と誰の一騎打ちになるにせよ、そこにラルフ・ネイダーが割って入り、また彼女を副大統領候補に指名したら、と多くの人たちが考えたとしても無理はない。

ところがこの2月26日(火)モンタナ州にあるモンタナ大学の講堂で彼女の講演会があり、彼女はそこで今回は副大統領候補として出馬はしないといきなり表明したのである。「みんなもそのことを知りたいでしょうし、それで講演を最後までつきあわせては悪いから」と彼女は聴衆を安堵させてから、講演の本題「公正な社会をつくる−−つぎの千年のための環境と経済と人間関係」に入った。

講演のなかでウィノナ・ラデュークは政治の話はいっさいせず、ではなにを話したのかというと、「持続可能なエネルギー」という、このところ世界中で注目を集めているテーマについて、アメリカ・インディアンという新しい視点から話をしたのだ。


ず彼女は聴衆に先住民文化を「昔語り」のようなものだけで考えずに、過去のものとしてとらえたりするのをそろそろ止めるように求めたうえで、こう話した。

「インディアンの文化は現代に多大な影響を与えており、そこからわたしたちは持続可能性について学ぶことができます」

インディアンは循環的に物事を考え、循環的に生活して、月や潮や季節やいのちの自然なサイクルにしたがっていると、彼女は話した。彼女は現在ミネソタにあるホワイト・アースというアニシナベ(チペア)のひとたちのリザベーションで暮らしており、そこでは人々は湖でワイルドライスを育てていると。

収穫の季節が巡ってくると、人々は湖に感謝を捧げ、自分たちが必要な分だけを収穫して、残りは地球のために残しておく。現代のアメリカではそんなことはおよそ考えられないと、彼女は言う。

「必要なだけを収穫し、必要ではない分を残したままにしておくことなど、アメリカ人はまずしません」

そして問題はそこにあるのだと、ラデュークは続ける。

「インディアンたちは創造主の法こそが最上のものであると信じており、それがためにその人たちは湖や大地を称えるのです。しかし、アメリカはそうした原則には従わない。アメリカ人は、海や風ぐらいなら出し抜けると信じています。インディアンは愚かなのさと」

ラデュークは、資源やエネルギーにたいするアメリカの飽くなき欲求にたいする批判を展開した。押さえ込まなくてはならないのはまさにその欲望なのだと。こうした論理にたいして聴衆は幾度もうなづき、時にはいきなり喝采を浴びせたりした。

アメリカは川がなくなってしまうまで水利権を分配するし、中毒のごとくに石油に頼り、廃棄物処理までビジネスにしている。アメリカがやっているのはゴミの埋め立てなどではなく、ゴミの山をこしらえることだ。「持続可能性を手に入れようとするなら」と彼女は続ける。

「われわれは、インディアンたちがそうしているように、あらゆるものを自分たちとつながりのあるものとして考える必要があるでしょう。動物たちも、植物も、マスクラット(水辺に生息するネズミ科の雑食性の動物)のような生きものまで、みんなわたしたちの親戚で家族なのです。ネイティブの人たちのあいだにはとてつもない洪水に見舞われた話が伝えられています。亀の背中に座っていた一人の女性がその洪水を生き延びました。彼女はカワウソに、水に潜り底まで行って地面を少し持ってきてほしいと伝えます。亀の背中のうえに水底からとってきた土を積み上げて大地をつくるためです。しかしカワウソは水底に到達することができませんでした。さまざまな動物たちが試しましたが、誰にも出来ません。ただマスクラットだけが、水底にたどりついて土を持ち帰れたのです」

「この話は、わたしたちとつながりのある生きものを見くびってはならないと言うことを教えています」ラデュークは言います。「わたしたちは自分につながるものたちのことを、動物たちのことを、自分たちがなにかをどうしても必要になるまで、まったく注意を払うことがありません。今起きている問題は、ミツバチたちが完全に姿を消して、わたしたちの植物の受粉ができなくなるまで、ミツバチのことなどなにひとつ考えようともしなかったことにあります」

ラデュークは、人間は石油への依存から脱却するか、すくなくとも、もっと可能な限り効率よく使うようにしなくてはならない、それはみんなのためのものなのだから、と語った。「われわれは誰もが水を飲み、空気を吸わなくてはならないのです」

最後にラデュークは何百年前からインディアンに伝わる予言について話した。その予言は、いつの日にか人々が分かれ道に来て、ふたつの道のいずれかを選ばなければならなくなることに直面すると伝えているのだと。ひとつは黒く焦げたような道であり、もうひとつは青々とした緑の道——

「いずれかを選ばねばなりません」彼女は言った。「ひとりひとりが、いずれかを選ぶのです。この会場を見まわすと、賢そうな若者たちがたくさんいます。なにであれ大きな影響を与えることをなしてください。くれぐれもどうでもいい人間にはなりませんように」

うーん、やはりウィノナ・ラデュークにはいつかアメリカの大統領になってもらいたいな。


ウィノナ・ラデューク( Winona LaDuke )1959年生まれ。ネイティブ・アメリカンの活動家。環境学、経済学の学者。作家。父親は、ネイティブ・アメリカンのスピリチュアル・グルといわれた故サン・ベア。母親は大学教授でユダヤ人。ハーバード大学で地域経済学を学び、卒業後、ホワイト・アース居留地の高校の教師になる。アニシナベの人たちの土地の権利の回復運動に加わる。

Source : Lecturer: Indian culture teaches energy sustainability

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Sunday, February 24, 2008

シベリアのネイティブ・ピープルと南北アメリカ大陸の先住民に遺伝子上のつながりが見つかった

Siberian Yakuts Tipiカリフォルニアにあるスタンフォード大学ヒューマン・ゲノム・センターの研究者が、シベリアのネイティブ・ピープルと南北アメリカ大陸の先住民が遺伝子の上でつながりのあることを発見した。

調査においてシベリアのヤクーツの人たちとメキシコのマヤ族や、ブラジルのスルイス族やカリティヤナス族をふくむメキシコや中央アメリカ、コロンビアやブラジルの先住民の遺伝子に類似点があることを突き止めたという。

「まさしくそれは共通の先祖を持つと言うことを指し示しています」と語るのはスタンフォード大学ヒューマン・ゲノム・センターのデバイン・アブシャー研究員。

今回の新発見は、およそ30000年程前に今は姿を消したベーリング陸橋を伝って人類がシベリアからアメリカへ移住したことの強力な——遺伝子学的な——裏付けとなるものかもしれない。

Source : Siberian, native American genes linked