ユダヤの預言者はいかにしてクジラの腹のなかに入ったの?


クリンギットはカナダの北西太平洋沿岸に暮らしてきた漁猟狩猟採集の民。
ちいさなクリンギットの女の子が、クジラのことで先生と言いあっていた。
「いくら大きい動物だからと言って、いいこと、身体の構造上、クジラが人間をのみこむなんてことはありえないのよ、クジラの喉はとっても狭いんだから」と先生。
「でもヨナはクジラにのみこまれたのよ」
少女は、巨大な魚にのみこまれたけれどその腹の中で三日三晩祈りをあげたことで魚から吐き出された預言者ヨナについての旧約聖書のなかのお話しを引き合いに出して反論した。先生は少しイライラして、クジラが人間をのみこむなどということはあり得ないと繰り返した。その身体の構造上、絶対に不可能だと。
クリンギットの少女はそれを聞くとこたえた。
「いいわ、天国に行ったら、わたしがヨナに聞いてみるもの」
「ヨナがもし地獄に行っていたらどうするの?」
先生がやりかえすとそのクリンギットの女の子はこたえた。
「そのときは、先生が彼に聞いてみればいいでしょ」
『インディアンは笑う』北山耕平編・構成。(おそらく)世界で初めてのネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクションの本。笑うことで世界をひっくり返す書。笑いの百連発! 当ブログから生まれた本。マーブルトロン発行 中央公論新社発売 ブックデザイン グルーヴィジョンズ。好評発売中

どこからか鳥の鳴き声が聞こえているではありませんか。小鳥の歌う声に興味を抱いた野良猫は、牛の落としたうんこの山をかき分けて、そのなかに小鳥が横たわっているのを見つけると、その小鳥を引き出して食べてしまいましたとさ。
インディアンの人たちのジョークには「人類学者」をからかったものもことのほか多い。調査研究のために部族を訪れる学者が真面目であればあるだけ盛大に笑いの対象にされる。もちろんそれには長い、といっても150年ぐらいのものなのだが、歴史的な背景がある。彼らの世界では原則的に「学者とジャーナリストは文化的な泥棒」という認識がいつのころから過できあがっているからだ。そのことはすでに広く一般的に知られることになっていて、ここにお見せする風刺漫画が新聞に普通に掲載されたりする。先住民の村のある光景を描いたもので、人類学者がやってきたのを見つけた先住民たちが、「人類学者がきたぞ!」と大あわてでテレビやビデオや電話や電気スタンドといった文明的な道具類を隠している図だ。そこで、ネイティブ・ピープルによる人類学者をからかうジョークをひとつ。


部族会議の議長を務めた男が死の床についていた。息を引き取る寸前、彼が横たわる部屋に、揚げたてのフライブレッドのなんともいえないよい香りが漂ってきた。
サウスダコタ州の南部にパイン・リッジ・インディアン・リザベーションがありオグララ・スーの人たちが暮らしている。リザベーションの近くに、オグララの人たちが所有し運営する24時間営業のプレーリー・ウインド・カシノ(大草原の風という名前のカシノ)がある。働いているのもオグララ・ラコタの人たちで、このカシノには78部屋のホテル、水泳用プール、劇場、レストランなどが備わっているのだが、これはそのレストランでの話。
ニューヨークのダウンタウン、マンハッタンはタイムズ・スクエアの近くを、一人のインディアンが友だちと歩いていた。ちょうど昼飯時で、通りにはたくさんの人たちがあふれかえっている。車があちこちでやかましくクラクションを鳴らし、角という角ではタクシーがタイヤをきしませていた。けたたましくサイレンの鳴る音が聞こえる。さまざまな都市の音がひとつにまとまって、うわーんというような耳をふさぐような音——