Tuesday, May 06, 2008

◆彼らの呼び方についての覚え書き◆

[この文章は少しずつ手を加えながら定期的に繰り返しアップロードされます]

Revised Monday, May 5, 2008

start_quote「インディアン」という言葉は、今ではぼくたちのものだ。ぼくたちはインディアンである。インド人とはまったく関係がない。ぼくたちは、アメリカのインド人ではないのだ。ぼくたちはインディアン。「イン・ディン(In-din)」と発音する。それはぼくたちのものである。この言葉は、ぼくたちが所有しているのだ。誰が返したりするものかend_quote.gif

——シャーマン・アレクシー『The Unauthorized Autobiography of Me(ぼくについての独断的な自叙伝)』の一節より(シャーマン・アレクシーは1966年にワシントン州のスポケーン・インディアン・リザベーションで生まれた。アメリカ・インディアンの新世代の作家・詩人として注目を集めている。)

s_handこの「BLOG」をお読みいただくに際しておことわりがある。それは、わたしはこれまで自分の書いたり話したりすることのなかで「アメリカ・インディアン」「アメリカン・インディアン」「インディアン」「ネイティブ」「ネイテイブ・アメリカン」「ネイティブ・ピープル」「インディアン系アメリカ人」「北米先住民」「先住民」「先住民族」「先住アメリカ人」といった言葉を、そのときどきの思いつきと気分と文脈とに応じて使ってきたし、これからもそうするだろうということである。

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Wednesday, December 05, 2007

このサイトからの引用に際してのお願い

cloudsデジタルの時代にあって、そのコンテンツは簡単にコピーできることはわかってはいるのだけれど、このサイトからコピーしたものを自分のサイトに貼り付けて公開されるときには、各人が責任を持って応分の敬意を払ってくれることを、ぼくは要求します。(ホピの教えのように部分引用が認められないものもあります)

ネイティブ・アメリカンのエルダーたちの言葉は、それがスピリットに関するものになればなるほど、日本語にする者のスピリットもまた問われることになります。オリジナルの精神性がいかに高くても、日本語になると翻訳者の言葉の精神性のレベル以上のものは表現されないのです。彼らの言葉を別の言葉に飜訳にするには、単に英語の力以上のものと、スピリットからの力添えも要求されます。誰が飜訳しているのかによって伝えられるべきものの質も精神性のレベルも異なることが多々あります。

したがって引用をされるときには、それが誰の言葉なのかを伝えるのはもちろん、それを誰がどこで翻訳したものかにも、これからはどうか配慮していただきたい。そして言葉の扱い方には敬意を払っていただきたい。コピーしてペーストするのはたやすいのですが、ネイティブのエルダーの言葉などの場合、誰がいつどこでその言葉を日本語化したのかもまた、オリジナルの精神に到達するための情報としても、とても重要なものになります。

敬具  

北山耕平

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Wednesday, November 21, 2007

携帯からのブログへのアクセスが制限されます

★毎日21時から終日、携帯からのココログブログへの閲覧が制限されています。ココログ側の発表では制限は当面続くらしく、当ブログもその影響を受けます。詳細は「お知らせココログ」まで。

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Friday, June 01, 2007

さらにブログを続けるということ

So you can get on with your search, baby,
and I can get on with mine.
And maybe someday we will find
that it wasn't really wasted time.


Wasted Time by EAGLES

[それならばベイビー、君は君の探しものを探せばいい/ぼくはぼくで自分の探しているものを見つけるだろう/きっといつの日にかぼくたちは/それが無駄な時間じゃなかったことを知るはずだ(イーグルス「無駄な時間」より)]

月が訪れ、このブログも区切りの4年目にはいっている。もともと4年前の夏至の日に富士山麓でおこなわれた「せかいへいわといのりの日 WPPD2004」というギャザリング(ラコタのチーフ・アーボル・ルッキング・ホース氏提唱になる地球の聖地に人々の意識を集めるイベント)にむけた頭と心と体の準備のために、このネイティブ・ハートというブログをはじめたもので、その前後の事情は「わたしがこのブログを続けている理由」という記事に書いてある。(今年も世界各地でへいわといのりのギャザリングがおこなわれる。富士山でおこなわれる WPPD2007 の詳細はここに。)

4という数は、すべての地球を生きる人たちにとって非常に重たく、かつ神聖な数字で、ある意味でそれは輪を回る旅が東西南北を旅して一巡することを意味する。当ブログも最初は数人のアクセスからはじまり、現在では毎日1000前後のアクセスがあるようになっている。

くはもともと雑誌の原稿を書いたり本を作ったりをするのを大学卒業以来仕事にしてきた売文の徒である。原稿用紙一枚書いていくらという世界で長いこと生き延びてきた人間にとって、お金にならないブログを続けることは、無謀なチャレンジ以外のなにものでもなかった。ぼくの才能ある友人の多くがこれでは食べていけないという理由でせっかくはじめたブログを断念したり、はじめることに躊躇するのを間近で見てきた。

しかしそれでもぼくはこの間に、数十名の方々から、心のこもった「寄付(ドネーション)」をいただいた。サイドバーの右下にあるドネーションボタンを押して金額を選んでニフティ経由で贈られてきたものや、アマゾンのギフトカードを贈ってくださった方もある。講演会場で寄付をわたされたこともあった。またサイドバーや本文の書籍に貼り付けたアフリエイトからもたらされる収入も、最近は毎月3000円ぐらいになっていて、おかげですこしは本が買えるようになった。もちろん、それだけで食べていっているわけではなく、生活時間の多くは家族を養うための仕事に精力をつぎこんでいるのだが、それでもそうした寄付をこれまで寄せていただいたみなさんには——個人個人にはお礼できなかったケースもあるけれど——心の底から感謝している。

ぜこんなことを書きはじめたのかというと、以前も少し書いたがこのブログに過去に書いた記事をまとめて本にしようというプロジェクトが現在2件進行していて、それらがもうじき形になるからだ。それら2冊の表紙写真をここに掲載しておく。

Native JapaneseNative jokes

左の『ネイティブ・アメリカンと・ネイティブ・ジャパニーズ』は、ぼくたち日本人をやっている人間にとってアメリカ・インディアンをどう理解するべきかについて書いた詩や文章を集めて編集し、別に書き下ろしを新たにくわえたもので、アメリカ・インディアンについて学ぶことが自分について学ぶことであることをわかりやすく説いたものだ。『自然のレッスン』『虹の戦士』『ジャンピング・マウス』を刊行してくれた太田出版[東京都新宿区]の心ある友人の編集者が、最初のネイティブ・ハート・ログブック(航海記録)として世に出してくれる。簡易フランス装の素敵な本だ。

また『自然の教科書』『聖なる言の葉』『月に映すあなたの一日——ネイティブ・アメリカンの364のことわざ』を刊行してくれたマーブルトロン[東京都 杉並区]からは右の『インディアンは笑う——ネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクション』がほぼときを前後して刊行される。これは当ブログに掲載したインディアン・ジョークを集めて少し手を入れたもので、世界でもまだ類を見ない抱腹絶倒のネイティブ・アメリカンのジョーク集で、『月に映す』と同じグルーヴィジョンズがデザインしてくれた。

いずれ発売日等が確定した段階で、今月中にあらためて内容等についてはお知らせするので、ぜひ書店などでご予約されお買い求めいただきたいと願う。これらの本がどのように売れるかが、今後の当ブログのあり方を決定づけると言っていい(おいおい、脅迫かよ\(^O^)/)。

れまで自分としては金銭的なことは一切考えることなくこのブログを作り続けてきており、今後もその考え方は変わらないのだが、このブログを維持していくための精神的経済的基盤を作るための家を保つための仕事の方がこれでなかなかに大変で、お知らせしたいことがたくさんあるにもかかわらず、ここのところ大切な記事をいくつも公開できないまま悔しい思いをしながら過ごしてきた。

ついては6月15日までに、上記2冊に使用する記事に関しては、暫時当ブログから削除させていただく(作業はすでにはじまっている)。本に収録していないものについてはそのまま公開を続けるが、それらもいずれ本になったあかつきにはブログからは削除される。ブログに書くものは、ニュースや情報提供のもの以外は、あくまでもぼくがいまだ書かれざる本の下書きとして暫定的に公開するというのが前提ではじめたもので、完成形になったときにはそれらを削除するのが、自分と読者と出版にかかわつてくれたすべての人たちにとっての礼儀だと考える。

本が売れなくなったという声を聞いて久しいが、ぼくはきみのハートにつながる手段として、宇宙とつながる手段として、話をすることと、本を書くことを、それでも信じているのだから。

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Tuesday, December 06, 2005

声を送る 目次 2004.03-2008.05

Native American Teachings

このブログの書庫に収蔵されている「ネイティブ・アメリカンのエルダーたちの教え」に関係するもののリストを作った。Native Heart blog のカテゴリーでいうなら「To All My Relations」におさめられているものだ。「地球に生きるための教えとその解説」として現在も続けているものではあるが、ひとつひとつはいつ読んでもよいように考えてあるので、こうした索引があると便利だろうと思った。ほとんどがこのブログではじめて紹介したものだが、なかには他の媒体に発表したものも数編ふくまれている。またこのカテゴリにおさめられているものすべてではない。エルダーの声が聞こえるものを主に選択し、日常的な印象などを記したものは省いた。ひとつひとつの教えが、もう一度地球で生きるとはどういうことかを考えるきっかけになるとよいと思う。

Revised Monday, May 12, 2008

  教えとその解説 目次 2004.03-2007.08

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Friday, October 28, 2005

主要記事の目録 2004.04-2007.01

このブログをはじめてから2006年12月現在までに掲載した主要な(全てではない)記事の目録を作った(最近のものは入っていない)。こうやってみてみるとさまざまなニュースをみなと分けあってきたものだと思う。ネイティブ・ピープルとその文化にまつわるニュースは当然ながら大きなメディアにはまったく掲載されないし、テレビで報じられることもまれである。しかし、ネイティブの人たちの世界でも、現代世界と同じ事が起こっているわけで、ニュースには事欠かない。小生は、ネイティブの世界とのつながりを維持するためにインターネットの世界にとどまり続けているみたいなもので、そうした彼らの声を伝える小さなメディアに触れるのがいつの頃からか日々の習慣になっている。自分ののばしたアンテナに触れた記事のなかでも、彼らの世界や世界の見方を理解するのにふさわしいと思ったものを紹介するように努めてきているが、これらは膨大な世界のほんの一片に過ぎない。それでもこうしたニュースに日頃触れることのない人たちの頭とハートには何らかの刺激を与えられるし、そうあってほしいといつも願っているし、これらの記事のなかで伝えられていることはわれわれの日常生活ともけして無関係ではあり得ないとぼくは確信している。記事のなかにはその後も繰り返してアップデートを続けているものもある。なお、おはなし(物語)、言い伝え(ホピ関連以外の予言や教え)、インディアン・ジョークについてはそれぞれ別の目次を参照されたい。それらは右サイドバーの「書棚の探索」に別にリンクが張ってあります。
Revised Monday, May 12, 2008

なぜ「ホピ」なのか?

母なる地球の嘆き

土地の名前と土地の履歴

いわゆるリトル・トリー問題

WHOLE LIFE CATALOG

ネイティブ・ヴィジョンズ

ネイティブとしての存在のしかた

バランスを失った暮らし

ローリング・サンダー・ノート

ネイティブ・アメリカン

2007年の気になったニュース

2006年の気になったニュース

2005年の気になったニュース

2004年の気になったニュース

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Sunday, October 16, 2005

インディアンは笑う 目次 2007.01-2008.04

Indian Humor

「インディアン・ジョーク」は、Native Heart blog のカテゴリーでいうなら「Indian Humor / Indian Jokes」におさめられているものだ。いわゆるエスニック・ジョークの範疇のなかに「インディアン・ジョーク」もふくまれているが、インディアン・ジョークには「インディアンを笑う」ものと「インディアンが笑う」ものがある。わたしが集めてここで公開しているのは基本的には後者である。

Native jokesネイティブ・ピープルにとって笑いはとてつもなく重要なものであり、なおかつ神聖なものと考えられてきた。かつてわたしは『ネイティブ・マインド』(地湧社刊 1988)のなかで「ネイティブであるということは、自分が一人の、時には弱い、人間であるということをはっきりと知っていることである」「ネイティブな人たちは、人生をシリアスに考えないために、我を忘れて興じることのできる遊びと、世界をひっくり返すための笑いを忘れたことがない」と書いた。今もその伝統は消えていない。彼らは厳しい現実を超えていくためにとにかく笑う人たちである。

ネイティブの人たちのユーモアとはいかなるものかをご理解いただくために、ブログをはじめてから最初の3年間に Native Heart のなかで発表紹介してきたインディアン・ジョークの数々は、『インディアンは笑う』というタイトルで2007年6月28日には書籍として発売(マーブルトロン刊行・中央公論新社発売・ISBN978-4-12-390161-1)されたので、削除した。せっかくお越しいただいて申し訳ない。というわけで、ここには、本に収録しなかった写真を使ったものと、今年2007年の1月以降のものが掲載してあるだけである。以前ここに掲載してあったネイティブ・ジョークを求めてこられた方は、これもなにかの縁、下のリンク先にある前書きを読まれた上で、なにとぞ書店にて本を手にとっていただきたい。読まれたあとで推薦の弁をアマゾンの書評に書き込んでいただければ当方にとって無上の喜びであります。

next Native Heart 関連記事: インディアンは笑うという本のまえがき

next Native Heart 関連記事: 北山耕平、東京エフエムのスタジオに行く


Revised Monday, August 27, 2007

  インディアンは笑う 目次 2007.01-2007.08

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ネイティブ・アメリカンに残る言い伝え 目次 2004.03-2008.04

Native American Story

このブログをはじめてからこれまでに紹介した「言い伝え」のリストを作った。Native Heart blog のカテゴリーでいうなら「Native American Story」におさめられているものだ。もとよりこれは現在進行中のもののリストなわけだが、読者が過去記事にアクセスしやすくする意味もあってのものである。ほとんどがこのネイティブ・ハートではじめて紹介したものだが、なかには他の媒体に発表したものも数編ふくまれている。本ブログの「おはなし宝箱」で紹介した「物語」と「言い伝え」の違いは、「教えについての色合いの強いもの」「予言」とされるもの、話を聞く年齢が幼年期を過ぎた世代を対象にしてあるものが中心の点であるが、重なっているものもアルすもしれない。これらのなかには今のわたしたちを取り巻いているさまざまな状況を変える力になるものもあると思われるので、あなたが人生という旅を続ける羅針盤としてお使いください。

Revised Monday, May 12, 2008

  言い伝え 目次 2004.03-2007.07

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Friday, June 03, 2005

おはなし宝箱 目次 2004.03-2007.10

Storytelling Stone

このブログをはじめてからこれまでに紹介したネイティブ・アメリカンに伝えられてきた「物語」のリストを作った。Native Heart blog のカテゴリーでいうなら「Storytelling Stone」におさめられているものだ。こうしておけば、それぞれの物語にアクセスしやすくなると考えたからだ。これらのお話しには、おりにふれていろいろなメディアで紹介してきたものをあらためて収録したものもあるが、ここではじめて日本語化をしたものもある。これらのお話しは、自分がストーリー・テリングを学ぶあいだにコレクションしたものが主だが、なかにはインターネットの「神話と伝説」のサイトで見つけたものの日本語訳もある。こうした物語は、ネイティブの人たちにとってはそれぞれいうならば学校のようなもので、人生において大切なことを学んだり、進むべき道を指し示したりする目的で語り継がれてきたいわゆる「ティーチング・ストーリー」もあったりする。物語はけしてエンターテインメントのためだけにあるのではないということをぜひ理解していただきたい。これからもときどきこうしたストーリーを紹介するつもりでいるが、ここに紹介したものの多くが何度も何度も語られてきたものであり、なかには必ず今起こっている問題を解決する鍵が秘められているものもあると信じているので、ときどき思い出したときにはいくつかのお話しをひろって、頭のなかで「お話しを見ながら」、実際に声にしていただけたらと思います。

Revised Monday, May 12, 2008


  おはなし宝箱 目次 2004.03-2007.04

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Wednesday, June 01, 2005

なぜわたしはこのブログを続けているのか

Revised Thursday, May 09, 2008
この文章は2005年6月1日に公開したものの改訂版である

fujiboy

もうじき夏至の日が巡ってきます。サンダンスの季節到来です。今年(2005年)は夏至の日と満月が重なるので、きっと大きなターニングポイントになるかもしれません。

じつは最近はっと我に返って気がついたのですが、このブログを、腰をすえてはじめてから一年以上が経ちました。おかげさまで累計アクセス数も一年余で10万になろうとしています(実際は最初の数ヶ月間はアクセス解析をしていなかったので、ほんとうの数はわからないのですが)

 今はおよそ100万アクセス。2008年5月9日現在。

もともとこのブログをはじめたきっかけは、ラコタ族の精神的指導者であるチーフ・ア−ボル・ルッキングホースの提唱する「せかいへいわといのりの日(World Peace & Prayer Day 2004 Japan)」のために自分になにができるのかということでした。書くことを仕事にしていたので書くことでそれに参加してゆこうと。そして富士山の朝霧高原であのヴィジョンの雨の中思ったのは、ブログを続けていこうということでした。それで終わりにするのではなく、それをはじまりにしようと。思えばわたしはアメリカ大陸から帰ってきて以来富士山のスピリットと共に今日まできたようです。富士吉田、熱海、伊東、修善寺と富士山の気を感じる場所に長いこと暮らしてきて、富士山がどのような扱われ方をしているのかを見続けてきました。聖なる山とネイティブのスピリットとの関係をわたしはアメリカ先住民の人たちから学びました。「常に山の頂を見続けよ」と彼らはいいます。「すべての山の頂には神が立っている」とも。アメリカの大地とアメリカ・インディアンの精神のことを日本列島で日本人をやっている——祈ることを忘れた(あらかじめ奪われていた?)——若い世代に、できるだけ伝えていきたいというのが、長いこと自分の希望でした。そのための道案内になるような本も、書いたり翻訳したりしてきました。もちろんそれで食べていけるようなわけにはいかないので、昔とったきねづかというか、雑誌編集の技術を生かして毎月仕事をしつつ、それでもブログだけは続けていこうとあの横殴りの雨の中で考えたのです。

「ぼくの人生はサンダンスだ(My Life Is My Sun Dance)」とレオナルド・ペルティエという証拠もないままFBI職員を銃殺したとして20年以上も牢獄に入れられているひとりのラコタとアニシナベの両方の血を受け継ぐ戦士が獄中記で書いていますが、実際サンダンスとは生きることそのものなのかもしれないと小生も思うことがあります。この一年をかけてようやく形にすることができた「ジャンピング・マウス」のすべてがシンボルから構成されているシャイアン一族の物語も、まさしくそのことを教えてくれています。サンダンスというのは、平原インディアンの人たちが夏至の日の前後におこなう年に一度の大例祭です。自分を偉大な存在に明け渡すことによって願いを聞き遂げてもらうための過酷で壮絶な儀式である祈りの踊りがその中心にあるのですが、ひとたび踊りはじめた者にとってそれは大例祭の四日間で終わるのではなくて、象徴的には残りの人生のあいだ続くものなのです。そしてそれは World Peace & Prayer Day についても同じことが言えるでしょう。それは数日間の印象的な催しごとではなく、それ以後もずっと続いているのですから。

わたしは読者(あなた)をアメリカ・インディアンに改造しようとしているわけではありませんし、アメリカ・インディアンのように振る舞えといっているわけでもありません。アメリカ・インディアンのところで学んだ儀式をみんなに勧めているわけでもありません。そうしたことに意味があるとも思えません。われわれはアメリカ・インディアンにあこがれる必要もないし、またなる必要もないのです。

わたしたちは自分のなかの「インディアンの部分」を眠らせたまま長いこと日本列島で生きているということに気がつけば、自分のスピリットと日本列島のスピリットとをつなぐはずのものの存在に気がつけば、そこから新しい生き方がはじまり、もう一度日本列島においてネイティブとはいかなることかを学びなおすことも可能になると信じるからです。かつて遠い昔に「大陸伝来の文字」によっていつのまにか牢獄に閉じこめられてしまった「自由な精神」を、もういちど今度は「文字と声」の魔法の力によって解き放つことはできないものだろうかと、わたしは考え続けています。わたしが「書くこと」と同じかそれ以上に「話すこと」を重視しているのもその理由によります。

母なる日本列島から自然がすべて姿を消してしまわないうちに、日本列島の深いところと自分のスピリットとを結びつける新しい世代が登場することを、あの横殴りの、しかし不思議とやさしかった台風の雨、くしくも「雷の母(The Mother of Thunder)」と名づけられた特別な台風の中で、わたしは富士山から教わることが出来ました。そしてその人たちのために、それらの目を覚ましつつあるスピリットたちのために、このブログを続けていこうとあらためて今思っています。

今日はこれを読んでくれてありがとう。

そしてわたしのウェブサイトにようこそ!

arrow さらにブログを続けるということ[Sunday, June 24, 2007]

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Wednesday, March 23, 2005

「ネイティブ・タイム」からお知らせ

Revised Friday, January 12, 2007
[この文章は2005年3月に公開したものの改訂増補版です]

nativetimes

ネイティブ・タイム 先住民の目で見た母なる島々の歴史 』(地湧社刊)を2001年の2月に刊行して以来、毎年一度、その補遺として読者のために「Native Times」なるものをpdf書類で作成して、希望するという意思表示をしてくれた方に提供してきた。『ネイティブ・タイム』という本は、わたしのヴィジョンに基づいて日本列島におけるネイティブ・ピープルのたどった・たどりつつある道を年表のように、始まりも終わりもない時代まで辿るための厚さ5センチ(およそ1000ページ)もある「道具としての本」で、活字として刊行されたもの(Version 3)は、年表的にいうと2000000年前から西暦2000年までの日本列島でネイティブの人たちに起こったできごとを追体験するようになっている。いくらページを費やそうとも、当然書籍としては終わりがあるものではあるけれど、しかしそのプロジェクトには終わりはなくて、刊行後も Version 4 の製作はきわめて個人的にすすめられてきた。それは今もすすめられている。

BLOG版「NATIVE TIME」開設!!

そして毎年一度、春先に、前年度に起こった日本列島のネイティブ・ピープルの存亡にかかわる出来事を整理したものを補遺として地湧社版『ネイティブ・タイム』の読者に提供してきた。昨年にこのBLOGをはじめて、そろそろ一年目に向かいつつあるのだが、諸般の事情から今年から年に一度の「Native Times」の刊行を取りやめることにした。その最大の