Monday, November 22, 2010

北米大陸の先住民族の呼び名のこと



 
その人たちのことを
「インディアン」と呼んでいいのですか?








| | TrackBack (0)

Friday, September 04, 2009

◆彼らの呼び方についての覚え書き◆

[この文章は少しずつ手を加えながら定期的に繰り返しアップロードされます]

Revised Friday, November 22, 2010

start_quote「インディアン」という言葉は、今ではぼくたちのものだ。ぼくたちはインディアンである。インド人とはまったく関係がない。ぼくたちは、アメリカのインド人ではないのだ。ぼくたちはインディアン。「イン・ディン(In-din)」と発音する。それはぼくたちのものである。この言葉は、ぼくたちが所有しているのだ。誰が返したりするものかend_quote.gif

——シャーマン・アレクシー『The Unauthorized Autobiography of Me(ぼくについての独断的な自叙伝)』の一節より(シャーマン・アレクシーは1966年にワシントン州のスポケーン・インディアン・リザベーションで生まれた。アメリカ・インディアンの新世代の作家・詩人として注目を集めている。)

s_handこの「BLOG」をお読みいただくに際しておことわりがある。それは、わたしはこれまで自分の書いたり話したりすることのなかで「アメリカ・インディアン」「アメリカン・インディアン」「インディアン」「ネイティブ」「ネイテイブ・アメリカン」「ネイティブ・ピープル」「インディアン系アメリカ人」「ブラウン・アメリカンズ(茶色いアメリカ人)」「レッド・ピープル」「レッドマン」「赤人」「北米先住民」「先住民」「先住民族」「先住アメリカ人」「アメリカ大陸原住民」「原住民」といった言葉を、そのときどきの思いつきと気分と文脈とに応じて使ってきたし、これからもそうするだろうということである。気持ちが高揚すればあらゆる要素を盛り込んで「ネイティブ・ノース・アメリカン・アボリジナル・フアースト・ネーションズ・インディーニアス・ピープル」なんて単語だって使うかもしれない :-)

Continue reading "◆彼らの呼び方についての覚え書き◆"

|

Saturday, January 10, 2009

5年目に入った「Native Heart」ブログのまえがき

Native American & Native Japanese

このブログも5年目を迎えてもう一度帰るべき場所としての原点を確認しておきたい。アメリカ・インディアン、ネイティブ・アメリカンという言葉を耳にしてなにを思い描くかは人それぞれだ。それはわかっている。インディアン・ジュエリー、レザー・クラフト、ビーズ・ワーク、シルバー・クラフト、カチーナ人形・・・そうしたネイティブ・アメリカン・ガジェットをこのブログでは直接扱うことはこれまで意識的にしてこなかったし、これからもすることはないと思う。そうしたネイティブ・アメリカンの「アート・アンド・クラフト」の世界は、彼らの文化を外側から観ているたいていの人たちのイメージとは重なっているのだろう。もちろんぼくはそれらを頭から否定するものではない。

このブログが最初から目的にしてきたのは、そうしたアート・アンド・クラフトの向こう側に広がっているとてつもなく広い世界について共に学ぶことで、お金では売り買い出来ないものについての「つい500年程前まで自然のサイクルのなか地球とつながって調和と美のうちにバランスを保って生きてきて、その後いきなり西洋強欲文明の波にのみこまれて、人工的な時間で生きることを余儀なくされる事による壮絶な経験をした人たち」の現実に目を向け、この世界にはあくまでも別の世界で生きようとしてきた、今も懸命にその世界にとどまろうとしている人たちが存在するということに意識を向けるきっかけを作り、「かつてインディアンであった頃のことを忘れて虚構の日本人をいっしょうけんめいしている同胞たち」の目を覚まさせることだった。

ネイティブの人たちのことを語るとき、しばしば今の世界からかけ離れているがためにアナクロと受けとめられがちである。お前はもう一度原始時代に返れというのかと言われたことが何度もある。ぼくが伝えようとしているのはしかしそのようなことではない。ネイティブ・ピープルの問題は過去のことなどではないからだ。それは時間が直線を描かないで、過去と現在と未来が輪を描いて同時に存在する異なる時空間認識の世界だと言うことだ。

母なる地球が打ち鳴らすドラムにはいつでも大地のビートがある。それこそが地球とつながって生きる人たちの鼓動でもある。われわれが遠い昔に忘れたか、過去のどこかに置き忘れてきたもの、ネイティブ・ピープルの価値観、ヴィジョンと夢は、それを受けとめる人の心に届いたかどうかはともかく、これまでさまざまに言語化されてきた。その人たちの超自然的な力、神秘的な力、あるいはそれを「神」とも「グレイトスピリット」とも呼んでもいいのだが、そうした人間の理解を超えたものの存在にたいする絶対的な信頼は、ネイティブ・アメリカン・ピープルをはじめとして地球に生き続ける人たちの諸部族がかろうじて守りとおしてきたさまざまな儀式や祭りや祈りのなかに、今でも認識することができる。

だが、地球と共にあることを忘れた人たちによって大地は搾取され、資源は浪費され、あらゆるいのちが軽んぜられ続けた。自然は声もなく撤退し、ぼくたちは不自然なものを自然だと思い込まされた。この状況を母なる地球はレイプされ続けていると語る人たちが多くいる。これは日本列島だけの話ではない。偉大なる癒しの時の到来が地球の各地で求められているのは、その理由によるものだろう。

このブログは、そうした目には見えず、われわれが忘れようとしてきた(けれども忘れきることができずにいる)もうひとつの地球に生きる人としての生き方と世界の見方と円を描く時間を探求するための情報を可能な限り共有することを目的としている。

*写真は自著『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ』(太田出版刊)。このブログを読むための基本となる本の一冊。すでに1度読んでもらった記事も文章にかなり手を加えてあるし、書き下ろしも含まれていますので、ぜひ一冊と言わず何冊かご購入いただけると小生の生活が少しだけ楽になります。\(^O^)/

追伸 Hawai'i Book of Days の更新を忙しさにかまけて忘れてしまったことをお詫びします。来週か再来週には再スタートさせるつもりです。インディアン・タイムでお待ちください :-)

| | Comments (7) | TrackBack (1)

Wednesday, December 05, 2007

このサイトからの引用に際してのお願い

cloudsデジタルの時代にあって、そのコンテンツは簡単にコピーできることはわかってはいるのだけれど、このサイトからコピーしたものを自分のサイトに貼り付けて公開されるときには、各人が責任を持って応分の敬意を払ってくれることを、ぼくは要求します。(ホピの教えのように部分引用が認められないものもあります)

ネイティブ・アメリカンのエルダーたちの言葉は、それがスピリットに関するものになればなるほど、日本語にする者のスピリットもまた問われることになります。オリジナルの精神性がいかに高くても、日本語になると翻訳者の言葉の精神性のレベル以上のものは表現されないのです。彼らの言葉を別の言葉に飜訳にするには、単に英語の力以上のものと、スピリットからの力添えも要求されます。誰が飜訳しているのかによって伝えられるべきものの質も精神性のレベルも異なることが多々あります。

したがって引用をされるときには、それが誰の言葉なのかを伝えるのはもちろん、それを誰がどこで翻訳したものかにも、これからはどうか配慮していただきたい。そして言葉の扱い方には敬意を払っていただきたい。コピーしてペーストするのはたやすいのですが、ネイティブのエルダーの言葉などの場合、誰がいつどこでその言葉を日本語化したのかもまた、オリジナルの精神に到達するための情報としても、とても重要なものになります。

敬具  

北山耕平

| | Comments (0)

Wednesday, November 21, 2007

携帯からのブログへのアクセスが制限されます

★毎日21時から終日、携帯からのココログブログへの閲覧が制限されています。ココログ側の発表では制限は当面続くらしく、当ブログもその影響を受けます。詳細は「お知らせココログ」まで。

| | Comments (0)

Friday, June 01, 2007

さらにブログを続けるということ

So you can get on with your search, baby,
and I can get on with mine.
And maybe someday we will find
that it wasn't really wasted time.


Wasted Time by EAGLES

[それならばベイビー、君は君の探しものを探せばいい/ぼくはぼくで自分の探しているものを見つけるだろう/きっといつの日にかぼくたちは/それが無駄な時間じゃなかったことを知るはずだ(イーグルス「無駄な時間」より)]

月が訪れ、このブログも区切りの4年目にはいっている。もともと4年前の夏至の日に富士山麓でおこなわれた「せかいへいわといのりの日 WPPD2004」というギャザリング(ラコタのチーフ・アーボル・ルッキング・ホース氏提唱になる地球の聖地に人々の意識を集めるイベント)にむけた頭と心と体の準備のために、このネイティブ・ハートというブログをはじめたもので、その前後の事情は「わたしがこのブログを続けている理由」という記事に書いてある。(今年も世界各地でへいわといのりのギャザリングがおこなわれる。富士山でおこなわれる WPPD2007 の詳細はここに。)

4という数は、すべての地球を生きる人たちにとって非常に重たく、かつ神聖な数字で、ある意味でそれは輪を回る旅が東西南北を旅して一巡することを意味する。当ブログも最初は数人のアクセスからはじまり、現在では毎日1000前後のアクセスがあるようになっている。

くはもともと雑誌の原稿を書いたり本を作ったりをするのを大学卒業以来仕事にしてきた売文の徒である。原稿用紙一枚書いていくらという世界で長いこと生き延びてきた人間にとって、お金にならないブログを続けることは、無謀なチャレンジ以外のなにものでもなかった。ぼくの才能ある友人の多くがこれでは食べていけないという理由でせっかくはじめたブログを断念したり、はじめることに躊躇するのを間近で見てきた。

しかしそれでもぼくはこの間に、数十名の方々から、心のこもった「寄付(ドネーション)」をいただいた。サイドバーの右下にあるドネーションボタンを押して金額を選んでニフティ経由で贈られてきたものや、アマゾンのギフトカードを贈ってくださった方もある。講演会場で寄付をわたされたこともあった。またサイドバーや本文の書籍に貼り付けたアフリエイトからもたらされる収入も、最近は毎月3000円ぐらいになっていて、おかげですこしは本が買えるようになった。もちろん、それだけで食べていっているわけではなく、生活時間の多くは家族を養うための仕事に精力をつぎこんでいるのだが、それでもそうした寄付をこれまで寄せていただいたみなさんには——個人個人にはお礼できなかったケースもあるけれど——心の底から感謝している。

ぜこんなことを書きはじめたのかというと、以前も少し書いたがこのブログに過去に書いた記事をまとめて本にしようというプロジェクトが現在2件進行していて、それらがもうじき形になるからだ。それら2冊の表紙写真をここに掲載しておく。

Native JapaneseNative jokes

左の『ネイティブ・アメリカンと・ネイティブ・ジャパニーズ』は、ぼくたち日本人をやっている人間にとってアメリカ・インディアンをどう理解するべきかについて書いた詩や文章を集めて編集し、別に書き下ろしを新たにくわえたもので、アメリカ・インディアンについて学ぶことが自分について学ぶことであることをわかりやすく説いたものだ。『自然のレッスン』『虹の戦士』『ジャンピング・マウス』を刊行してくれた太田出版[東京都新宿区]の心ある友人の編集者が、最初のネイティブ・ハート・ログブック(航海記録)として世に出してくれる。簡易フランス装の素敵な本だ。

また『自然の教科書』『聖なる言の葉』『月に映すあなたの一日——ネイティブ・アメリカンの364のことわざ』を刊行してくれたマーブルトロン[東京都 杉並区]からは右の『インディアンは笑う——ネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクション』がほぼときを前後して刊行される。これは当ブログに掲載したインディアン・ジョークを集めて少し手を入れたもので、世界でもまだ類を見ない抱腹絶倒のネイティブ・アメリカンのジョーク集で、『月に映す』と同じグルーヴィジョンズがデザインしてくれた。

いずれ発売日等が確定した段階で、今月中にあらためて内容等についてはお知らせするので、ぜひ書店などでご予約されお買い求めいただきたいと願う。これらの本がどのように売れるかが、今後の当ブログのあり方を決定づけると言っていい(おいおい、脅迫かよ\(^O^)/)。

れまで自分としては金銭的なことは一切考えることなくこのブログを作り続けてきており、今後もその考え方は変わらないのだが、このブログを維持していくための精神的経済的基盤を作るための家を保つための仕事の方がこれでなかなかに大変で、お知らせしたいことがたくさんあるにもかかわらず、ここのところ大切な記事をいくつも公開できないまま悔しい思いをしながら過ごしてきた。

ついては6月15日までに、上記2冊に使用する記事に関しては、暫時当ブログから削除させていただく(作業はすでにはじまっている)。本に収録していないものについてはそのまま公開を続けるが、それらもいずれ本になったあかつきにはブログからは削除される。ブログに書くものは、ニュースや情報提供のもの以外は、あくまでもぼくがいまだ書かれざる本の下書きとして暫定的に公開するというのが前提ではじめたもので、完成形になったときにはそれらを削除するのが、自分と読者と出版にかかわつてくれたすべての人たちにとっての礼儀だと考える。

本が売れなくなったという声を聞いて久しいが、ぼくはきみのハートにつながる手段として、宇宙とつながる手段として、話をすることと、本を書くことを、それでも信じているのだから。

関連記事

arrow 夏至の日・富士山・スピリットの帰還、そして5年目に入ったネイティブ・ハート [Monday, June 30, 2008]

| | Comments (3) | TrackBack (0)

Tuesday, December 06, 2005

声を送る 目次 2004.03-2010.01

Native American Teachings

このブログの書庫に収蔵されている「ネイティブ・アメリカンのエルダーたちの教え」とぼくがこのブログの読者にどうしても伝えておきたい大事なことに関係するもののリストを作った。Native Heart blog のカテゴリーでいうなら「To All My Relations」におさめられているものだ。「地球に生きるための教えとその解説」として現在も続けているものではあるが、ひとつひとつはいつ読んでもよいように考えてあるので、こうした索引があると便利だろうと思った。ほとんどがこのブログではじめて紹介したものだが、なかには他の媒体に発表したものも数編ふくまれている。またこのカテゴリにおさめられているものすべてではない。エルダーの声が聞こえるようなもの、生き方に影響を及ぼすと思えるものを主に選択し、日常的な印象などを記したものは省いた。ひとつひとつの教えが、もう一度地球で生きるとはどういうことかを考えるきっかけになるとよいと思う。

Revised Friday, January 22, 2010

  教えとその解説 目次 2004.03-2007.08

|

Friday, October 28, 2005

主要記事の目録 2004.04-2007.01

このブログをはじめてから2006年12月現在までに掲載した主要な(全てではない)記事の目録を作った(最近のものは入っていない)。こうやってみてみるとさまざまなニュースをみなと分けあってきたものだと思う。ネイティブ・ピープルとその文化にまつわるニュースは当然ながら大きなメディアにはまったく掲載されないし、テレビで報じられることもまれである。しかし、ネイティブの人たちの世界でも、現代世界と同じ事が起こっているわけで、ニュースには事欠かない。小生は、ネイティブの世界とのつながりを維持するためにインターネットの世界にとどまり続けているみたいなもので、そうした彼らの声を伝える小さなメディアに触れるのがいつの頃からか日々の習慣になっている。自分ののばしたアンテナに触れた記事のなかでも、彼らの世界や世界の見方を理解するのにふさわしいと思ったものを紹介するように努めてきているが、これらは膨大な世界のほんの一片に過ぎない。それでもこうしたニュースに日頃触れることのない人たちの頭とハートには何らかの刺激を与えられるし、そうあってほしいといつも願っているし、これらの記事のなかで伝えられていることはわれわれの日常生活ともけして無関係ではあり得ないとぼくは確信している。記事のなかにはその後も繰り返してアップデートを続けているものもある。なお、おはなし(物語)、言い伝え(ホピ関連以外の予言や教え)、インディアン・ジョークについてはそれぞれ別の目次を参照されたい。それらは右サイドバーの「書棚の探索」に別にリンクが張ってあります。
Revised Monday, May 12, 2008

なぜ「ホピ」なのか?

母なる地球の嘆き

土地の名前と土地の履歴

いわゆるリトル・トリー問題

WHOLE LIFE CATALOG

ネイティブ・ヴィジョンズ

ネイティブとしての存在のしかた

バランスを失った暮らし

ローリング・サンダー・ノート

ネイティブ・アメリカン

2007年の気になったニュース

2006年の気になったニュース

2005年の気になったニュース

2004年の気になったニュース

|

Sunday, October 16, 2005

インディアンは笑う 目次 2007.01-2009.01

Indian Humor

「インディアン・ジョーク」は、Native Heart blog のカテゴリーでいうなら「Indian Humor / Indian Jokes」におさめられているものだ。いわゆるエスニック・ジョークの範疇のなかに「インディアン・ジョーク」もふくまれているが、インディアン・ジョークには「インディアンを笑う」ものと「インディアンが笑う」ものがある。わたしが集めてここで公開しているのは基本的には後者である。

Native jokesネイティブ・ピープルにとって笑いはとてつもなく重要なものであり、なおかつ神聖なものと考えられてきた。かつてわたしは『ネイティブ・マインド』(地湧社刊 1988)のなかで「ネイティブであるということは、自分が一人の、時には弱い、人間であるということをはっきりと知っていることである」「ネイティブな人たちは、人生をシリアスに考えないために、我を忘れて興じることのできる遊びと、世界をひっくり返すための笑いを忘れたことがない」と書いた。今もその伝統は消えていない。彼らは厳しい現実を超えていくためにとにかく遊び笑う人たちである。

ネイティブの人たちのユーモアとはいかなるものかをご理解いただくために、ブログをはじめてから最初の3年間に Native Heart のなかで発表紹介してきたインディアン・ジョークの数々は、『インディアンは笑う』というタイトルで2007年6月28日には書籍として発売(マーブルトロン刊行・中央公論新社発売・ISBN978-4-12-390161-1)されたので、削除した。せっかくお越しいただいて申し訳ない。というわけで、ここには、本に収録しなかった写真を使ったものと、今年2007年の1月以降のものが掲載してあるだけである。以前ここに掲載してあったネイティブ・ジョークを求めてこられた方は、これもなにかの縁、下のリンク先にある前書きを読まれた上で、なにとぞ書店にて本を手にとっていただきたい。読まれたあとで推薦の弁をアマゾンなどの書評に書き込んでいただければ当方にとって無上の喜びであります。

next Native Heart 関連記事: インディアンは笑うという本のまえがき

next Native Heart 関連記事: 北山耕平、東京エフエムのスタジオに行く


Revised Friday, February 13, 2009

  インディアンは笑う 目次 2007.01-2007.08

|

ネイティブ・アメリカンに残る言い伝え 目次 2004.03-2010.01

Native American Story

このブログをはじめてからこれまでに紹介したネイティブ・アメリカン諸部族の「言い伝え」のリストを作った。Native Heart blog のカテゴリーでいうなら「Native American Story」におさめられているものだ。もとよりこれは現在進行中のもののリストなわけだが、読者が過去記事にアクセスしやすくする意味もあってのものである。ほとんどがこのネイティブ・ハートではじめて紹介したものだが、なかには他の媒体に発表したものも数編ふくまれている。本ブログの「おはなし宝箱」で紹介した「物語」と「言い伝え」の違いは、「教えについての色合いの強いもの」「予言」とされるもの、話を聞く年齢が幼年期を過ぎた世代を対象にしてあるものが中心の点であるが、重なっているものもあるかもしれない。厳密な違いはなく、気分に応じて分けた。これらのなかには今のわたしたちを取り巻いているさまざまな状況を変える力になるものもあると思われるので、あなたが人生という旅を続ける羅針盤としてお使いいいただければ幸いである。

Revised Friday, January 22, 2010

  言い伝え 目次 2004.03-2010.01

|