Monday, May 12, 2008

Hawai'i Book of Days 5/12- 5/18

Hawai'i Book of Days
© 1991, 2002 by Debra F. Sanders
( Japanese translation by Kohei Kitayama)


メイ/メイ
皐月(さつき)/イキイキ

五月は十月まで続くカウの季節の最初の月にあたります。
「カウ」とは「暑くて乾いている」を意味します。
カ・フイフイと古代ハワイ人が名づけたプレアデス星団が
夜明けの空にのぼります。
プレアデスはまたマカリ・イの——小さくまとまっている——星たち
としても知られます。
(訳者補遺 ネイティブ・ハワイアンは
一年をふたつのシーズンに分けて認識していました。
そのひとつがこの「カウ」です。
カウ・シーズンは実り多い期間で、
直射日光も強く、気候は暖かくて、
貿易風も安定しています。)


12日

今あるものに満足することなく
どうあるべきかをつねに求めよ。

13日

可能性にたいして頭を閉じてはならぬ。

14日

大地の実りがわたしを支える。

15日

太陽は完ぺきな暖かさでわたしを包む。

16日

内なる力(マナ)の源を
あてにしないものなどあり得ない。

17日

わたしは祝福のレイをあなたのためにつくる。

18日

ものみなすべてが新しくなりかけた暁(あかつき)のとき
夜の終わりを告げる最初の光のなかを
わたしのところに来てください。


日々是布哇著者デブラ・サンダースさんの許可を得て、『日々是布哇(ひびこれハワイ)』(太田出版刊)から一週間分ずつ本文のみを掲載しています。原則として毎週月曜日に入れ替わり、過去記事としては残らず、コメントやトラックバックもつけられません。単行本について知りたいとき、コメントなどをつけたいときは「ハワイィはどこにあるのだろう?」の記事まで。まとめてお読みになりたいとき、全部をそばに置いておきたいときには、『日々是布哇』(太田出版刊)をご購入ください。左側の本の表紙をクリックするとアマゾンに飛びます。どこにでも持ち運べる単行本では長崎訓子(Kuniko Nagasaki)さんの素敵な日替わりイラストが日々楽しめます。ブログ版「日々是布哇」次回は5月19日(月曜日)に更新されます。

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Friday, February 23, 2007

命がけの航海は続いている

Track of the Hokule'a

明日になるとハワイ諸島が地図から消えてしまうから、とりあえず昨日までのホクレアの航跡。左下がマーシャル諸島。

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Tuesday, January 23, 2007

ONE(われわれはひとつの家族)

start_quote色々ありますが、要するにこれらは航海の一部に過ぎないんです。ただ、この出来事は私たちの結束を更に強めてくれました。私たちは2艘のカヌーで旅をしていますが、1つの航海に取り組んでいるんです。クルーは2組に分かれていますが、1つの家族です。今回のステアリング・スウィープの破損は、2組のクルーの間にさらなる力と結束を生み出したんです。end_quote

22日にホクレアのナビゲーターのナイノア・トンプソンが
ホノルル・アドバタイザー紙記者のインタヴューのなかで語った言葉の一部
(「航海カヌーマニア」の[ステアリング・スウィープの破損について続報]より)

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Monday, January 15, 2007

ホクレアはなにを運んでくるのだろう?

petroglyph クレアのハワイ島出航が迫っている。今日はホクレアについて書かれた二つのブログから言葉をひろってきた。ひとつはホクレアの動向を逐一報告し続けている「非公式応援サイト」である航海カヌーマニア[Floatin'round Vaka Houlua]からの引用だ。

それでだよ。ホクレアがついでに日本まで来る理由。まあ表向きの理由は色々あるだろうし、裏の理由も色々推測されている。でも、俺が思うに、今日本列島人がホクレアに学ばなきゃいけないのは次の二つだ。勇気、そして祈る心だ。

 勇気。血の気が引くことに、今日本でホクレアの記事を書いている雑誌のかなりのところは、ホクレアの魂、人類史上最も勇気ある男の一人、エディ・アイカウのことを書かない。多分知らないんだな。冗談よせよ。勇気ってものをローマ字にしたらcourageじゃなくてEddie Would Goになるんだよ。それってどうなのよ。全く駄目でしょう。お話にならん。エディの勇気が無かったら今頃ホクレアはモロカイ海峡の水底だ。命をかけてホクレアを生かした男の事跡を語らないでどうする。

 そして祈る心。荒木さんが俺たちの代わりにホクレアの旅立ちに際して祈りを捧げてくれたわけだが、祈りってのは船出の時にだけ捧げるもんじゃない。人間も人間社会も、それだけじゃあ自分のケツを拭けない。これは端的な事実だ。だから人力を越えた何かに祈る。祈って何かが確実に起こるわけじゃないが、祈ることで人間は人間以上の何かとコミュニケーションする。それが実在しているかどうかは問題じゃない。人間が無敵じゃないってことを対話のなかで理解する。その為の行為が祈りだ。

 ポリネシアの航海カヌーが旅立ちの前に必ず祈るのは、それで実効的な何かを呼び起こそうとしているんじゃないと俺は思う。あれはコミュニケーションなんだ。宇宙との。

ホクレアってなに? と今さらながらあっけにとられてる人は、上記「航海カヌーマニア」サイトの加藤晃生さんが「ホクレア号を待ちながら」というハワイの航海カヌー「ホクレア」に関する情報をまとめたウェブサイトを立ちあげているのでそちらを参考に。そこには「ホクレア」概説・用語集・年表・Who’s Whoなどが掲載されている。

もうひとつは今週21日の神戸メリケン波止場でのイベント「スピリットの帰還」をプロデュースしてくれたランド・アンドライフの辰巳玲子さんのプログ「ランド・アンド・ライフからの風」に掲載された「縄文からのいざない」という文章からの引用。

わたしたち、この日本と呼ばれる島じま(シマー縄張りー故郷ーよりどころ)に植えつけられたわたしたちは、問われている。そのシマに地球人としてのスピリットをもって再び立ち、誇りと希望を取り戻し、シンプルにスピリチュアルな暮らしを選び取る覚悟はあるのか、と強く問われていると感じて止まない。 ホクレア号は、30年間という年月のなかで、海と一体になり、自身と向き合い、何にも依存せず、からだと精神を持って、大海原の道を切り開いていく術を蘇らせていった。そして、西洋近代文明に侵され、忘れさられようとしていた先住民ー地球人ーとしてのアイデンティティ、尊厳、希望、喜びを取り戻していった。この事実はこれまでの既成概念・価値から解放され、不気味に巨大化し仕組まれた社会システムからはずれ、何にもまつろわず、地球と生命に対して揺ぎなく生きていくというというひとつの選択に、勇気と希望と、そして、リアリティを与えてくれているのではないか。

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