ストーリーテリング・ストーンと教え
むかしむかし、地球がまだ若く、この世界が出来てまだ間もない頃の人々の暮らしぶりは、たいそうきついものだった。なかでも最悪だったのは、冬と呼ばれた年寄りが仲間の北風を連れてやってきて、人々の頭のうえにどっかりと座り込み、何日も何日もたくさんの雪を降り積もらした季節だった。
どんなに雪が深くても、その雪をかき分けて狩りに出かけなければ、食べるものが底をつき、一族が飢えてしまうことは、みんながわかっていた。
一族のなかにひとりのよくできた少年がいた。いつでもエルダーたちには十分すぎるほど敬意を払う若者で、心優しくて、それに常にほんとうのことを話した。ある日少年は一族のために狩りに出かけた。
狩人の腕もたいそう良く、いつでもなにかの獲物を欠かさず持ち帰った。ある日、深い雪のなかを歩いて家に帰る途中、少年は疲労感に襲われて、ちょうどそこにあったたいそう大きな岩に寄りかかるように腰をおろした。
それは少年が今までに見たこともないような形をした岩だった。まるで人間の顔というか、頭というか、地面から首が突き出しているように見えた。
「これからお前に話を聞かせてやろう」いきなり深いところからそう言う声が聞こえて、若者は飛びあがった。
誰かにからかわれているのではないかと考えて辺りを見まわしてみたのだが、周囲に人の気配はなく世界は静まりかえっていた。「そう言うあなたはどなたですか? どこにおられるのですか?」少年は声に出してたずねた。
「これからひとつ物語を話して聞かせよう」
少年はこたえた。「わかりました」
すると石がこう言った。「ならば最初になにかをもらわなくてはならない」
少年はその日の獲物である何羽かの鳥をその岩の上にのせた。すると岩が話をはじめた。
岩はまずこの地球がどのようにしてできたかの話をした。とても長い話だったけれど、引き込まれるぐらい面白かった。
長い話が終わると若者はその岩に感謝を述べた。さっそくこれから一族の所に戻り、今聞かせていただいた話をみんなに聞かせますと伝えた。そしてまた明日ここに来ますと彼は岩に話した。
雪のなかを歩いて家に帰りながら、あの岩が話をしているのを聞いているときには、まったく寒さを忘れていたことに少年は気がついた。ぜんぜん寒くはなかったのだ。雪などどこかに消えていたようにさへ思えた。
少年は家のなかに走り込んだ。晴れ晴れとした幸せな気分だった。なにごとかと一族の人たちがあまりにうれしそうな少年のまわりに集まってきた。少年はあの偉大な岩が少年に伝えた物語をみんなに話して聞かせた。
その夜は、少年の話した物語のおかげで人々は寒さを感じることもなく、幸福感に包まれて寝床に入り、よい夢を見ることができた。
翌日、若者はまた別の獲物の鳥たちを持ってあの岩のところにおもむいた。岩はまた別の話をして聞かせてくれた。その日の話もたとえようもなく素晴らしく心躍る話だった。
そうやって来る日も来る日も、どんなに寒い雪が降り積もり、冷たい風が肌を切りつけるように吹いても、若者はあの岩のところに通い続け、たくさんの素晴らしく面白い話に耳を傾け続けた。
岩の話した物語はただ人々を楽しませることだけが目的のお話ではなかった。それは正しい生き方を伝え、どのように生きていけばよいかを伝えるきわめて一族にとって大切なお話ばかりだった。
春が訪れたある日、若者はいつものように獲物を持って岩のところに行った。しかし、岩はもう何も話をしなかった。
若者は話をしてくださいと岩に語りかけた。「どうしてお話しを聞かせてくださらないのですか?」すると岩がこたえた。
「私は自分の知っている話はすべてお前さんに話して聞かせた。それをしたのは、お前さんに物語をおぼえさせ、一族の者たちに語ってきかせてもらうためだった。お前さんがそれらの話を心に焼きつけ、次の世代、次の次の世代と共有することができるなら、人々はこれからもずっと正しい生き方を忘れるようなことはないだろう。お前がその生き方を続けておれば、物語は向こうからやって来るだろう。それを又、みなと分けあうがよい。そうすればすべての人が正しい生き方のことを知り、心に焼きつけるだろう」
若者は自分の知った物語のすべてを人々と分けあった。話を聞いた人たちは幸福感を味わい、誰もが彼に感謝をした。そして次に自分から話をしはじめたものは、みな等しく善なるものを知り、善なるものとともに生きたという。
おしまい。
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