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Tuesday, October 27, 2009

日本列島における地球に生きる人の歴史と、学校で教わる日本の歴史はまったくの別物だと、あなたに気がついてほしいから

先日新潟県の越後川口のキャンプサイトで焚き火とロウソクの明かりのなか深夜2時過ぎまで話をしたとき、澄みわたった夜空には流れ星と星の道がずっと見えていました。夜空の中天を抜けていく無数の星の道は、普通は天の川と呼ばれていますが、それは星の道と呼んだ方がふさわしい気がします。星の道は人間の精神とスピリットに触れてゆくものだからです。街に暮らして自然を忘れた人たちの心の中には星の道はもうありません。夜空の星の道は、われわれの祖先が辿って向こう側の世界に向かった道でもあります。われわれもまたいつの日にかその道に足跡を残すことになるでしょう。星の道に見られながら精神の歴史を語ることは、久しぶりに興奮する出来事でした。

どこから来たのか、どこへ向かっているのか、今はどんなときなのか? ぼくたちは新しい学びをはじめなくてはなりません。学校の勉強からきれいに隠されている日本列島における地球に生きる人たちの歴史。われわれのほんとうの歴史とは何なのか? わたしたちの国を見る見方を180度転換することで、今まで見えなかったものが見えてきます。

今週金曜日、4回連続講座「ネイティブ・ピープルのものの見方と考え方・入門編」の最終回『歴史とはなにか』を開催します。これまでの3回はこの4回目のための準備のようなものでした。ぼくの話は最終的には常にこの先祖たちが辿った道の話をすることを目的としていますが、もとより、数千年におよぶ歴史・文化・価値についての話を4回で話すことなど到底不可能です。しかしいずれの場合でも、話し始めないかぎり終わりも見えてきません。ほんらいであれば、いずれの機会も、さまざまな土地を訪れて自分の内側に今までになかった地図を作り出しながら、同時に学問としての歴史ではなく、各人が自分の存在理由を探求するための時空を越える精神の旅を続けるように仕向けてはいます。この講座があなたにとってさらに大きな輪を回すためのものでありますように。そして、電気を使う量が大幅に減って、帝都東京の夜空にももう一度星の道が帰ってきますように。

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ネイティブ・ピープルのものの見方と考え方・入門編 第4回
北山塾 at マーブルトロン(高円寺/東京)

 *第1回  6月26日 (金) 『自然とはなにか』
 *第2回  7月31日 (金) 『祈りとはなにか』
 *第3回  9月25日 (金) 『物語とはなにか』

これまでに以上3回を終えました。東京の外れで行うこのお話会もこの4回目が最終回です。ぼくはこれまでも各地で連続講座を行うときには4回に分けてきました。4は地球に生きる人たちにとって神聖な数だからです。そして4回目におはなしするのは、わたしたちの歴史についてです。これはいわゆる学校で教わる歴史のことではありません。学校では絶対に教わることのない地球に生きるひとりの人間のためのスピリットの歴史について話します。われわれがどこから来たのかを学ばなければ、どこへ向かっているかもわからないままです。この日本列島にしっかりと足をつけて生きていくために、あらかじめ失われていたスピリットをとりもどすために、どうしても知っておいてもらわなくてはならない歴史のさわりをお話ししましょう。

 第4回  10月30日(金) 『歴史とはなにか』

 入場開始 18:45|公演開始 19:00|終了 22:30

 募集人数 50名 現在予約受付中
 参加費 ¥3,500(1ドリンク込み)
 ※当日受付での清算 参加費の一部は当ブログの維持費や北山の活動費に充てさせていただきます。

 会場 『SALON by marbletron』
  東京都杉並区高円寺南2−14−2 2F
  東京メトロ丸の内線 新高円寺駅 徒歩3分

  電話 03−5934−8106(店舗)
    03−5377−1300(オフィス)

 申込サイト http://www.marbleweb.net/salon/indian/

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Comments

最終回、迫力ある講座をどうもありがとうございました。
歴史を知ることで見えてくる今いる自分の場所という考え方がようやくわかった気がしました。
いよいよネイティブタイムを読み始めようと思います。

2009年10月30日のAFPの記事に
「アルコールとタバコはLSDよりも危険、英科学者」というものがありました。

教授によると、「身体的・社会的な危害や依存に基づく有害度ランキングは、アルコールがヘロイン、コカイン、バルビツール酸系催眠薬、メタドンに次ぐ第5位。タバコは第9位。大麻、LSD、エクスタシーは、それぞれ11位、14位、18位となっている。」
ということでした。

この国に自然やスピリチュアルなものを語る人たちは
多くなったけれど、以前アルコールに依存している人は多いようにも感じます。
北山さんのおっしゃるようにアルコールが支配のために
使われ、何か大切なことを忘れるためのドラッグだとしたら、これをもう一度正しい場所に戻す必要がありますね。

ところでひとつお聞きしたいのですが、ネイティブな国々で
アルコールを神聖な儀式などで飲用したりする
人々はいるのでしょうか?
(アルコールの神聖さとは何でしょうか)

Posted by: rainbow cloud | Monday, November 02, 2009 at 07:26 AM

ぼくが知るかぎりで、ネイティブの国でアルコールを儀式に使うところはありません。ただ、アメリカ・インディアンのいくつかの国で、最初にアルコールと接触したとき、それに意識変容の作用があると誤解したヒトたちがいることは否定できません。しかしアルコールがもたらした意識変容の力は、パワートリップを押しつける側によって利用され、今、誰も否定できないように世界はアルコール文明によって支配されるにいたっています。先日のお話しのなかでもいいましたが、アルコールを含むあらゆるドラッグが金儲けのために利用されるとき、それが政府であれヤクザな人たちであれ、正しい使い方も一緒に教えることはありません。日本は、アルコールを神聖なものとして利用したかったという気配は残っています。三三九度にお酒を飲むでしょ。お正月の神社で御神酒をくれるでしょ。でもそれは意識の変容をもたらしません。というより、ローリング・サンダーにいわせれば、「アルコールは意識を濁らせる」ということになります。濁った意識のなかで行われる儀式のなかに神聖さはありません、とおもいます。火の味のする水は飲まないように、というのがローリング・サンダーの遺言のひとつです。

Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Monday, November 02, 2009 at 11:16 AM

僕はもともとアルコールが苦手な人間で
そのことを否定されることも社会の場ではしばしばあるので、
このような意見はなんだか嬉しくあります。
北山さんのような大人がいてくれて良かったです。

周りの人間とも共有しようと思います。
どうもありがとうございました。

Posted by: rainbow cloud | Tuesday, November 03, 2009 at 09:12 PM

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