8月29日は最後の野生のネイティブ・アメリカンが発見された日
今から98年前の1911年(明治44年)8月29日、アメリカ合衆国カリフォルニアのオロヴィル( Oroville )でその人は発見されて保護された。数千年間その地方をテリトリーとして暮らしてきたヤヒ・インディアンの文字通り最後の生き残りだった。その生涯の大半の部分をヨーロッパ・アメリカ文化の影響を受けることなく生きたという点からも、彼はおそらくアメリカにおける「最後の野生のインディアン」だったろう。その人は男性であり、世界は彼のことを「イシ( Ishi )」という名前で知っている。この「イシ」というのはヤヒの人たちの言葉で「人間」を意味する。ヤヒの社会においては、自分のほんとうの名前を一族以外のものに口にすることが禁じられており、誰ひとり彼のほんとうの名前を口にできるものがもう現存していなかったために、結局彼のほんとうの名前はわからないままになった。だから彼は「人間(イシ)」として世界に知られている。写真は1914年当時のイシ。
ヨーロッパ文化と接触する以前、北カリフォルニアにはおよそ3000人のヤヒの人たちが暮らしていたと推測されている。イシが5歳だった、1865年、ヤヒの人たちが暮らす山岳高原地帯でヨーロッパから移り住んだ人たちによる大虐殺事件が起こった。この大虐殺を生き延びたヤヒの人たちは、わずか30人ほどだったという。虐殺後、そこに牧場をしつらえた牧場経営者たちは生き残ったヤヒの人たちの半数を見つけてつぎつぎと殺害した。この血も凍るような大虐殺を身をもって体験した彼は、母親や数名の仲間たちとともにさらに山奥に隠れ住み、40年間を生き抜いたのだった。やがて母親が亡くなり、仲間たちもひとりまたひとりと亡くなっていった。
オロヴィルの近くで発見されたとき、彼は全身が衰弱していてほとんど病気だった。彼はその地方の保安官によって厚く保護されたのち、サンフランシスコにあるカリフォルニア大学バークレー校の人類学博物館に移送された。そしてその大学の人類学博物館で、5年後の1916年、結核にかかって地球における旅を終えた。カリフォルニア大学の人類学博物館では、アルフレッド・L・クローバーとトーマス・タルボット・ウォーターマンの2人の学者などがことこまかに彼のこととヤヒの人たちのライフスタイルを研究し本を書いている。
イシについて書かれた本
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Comments
おひさしぶりです。
邦訳がされていませんが、イシについてのもうひとつ重要な本が、Orin Starnの"Ishi's Brain"です。
拙文ですが、昔少し書きました。
→ http://hello.ap.teacup.com/hamanda/233.html
→ http://www.web.pdx.edu/~shingo/Ishi.htm
Posted by: ハマンダ | Sunday, August 30, 2009 05:36 AM
ハマンダさま
「人類学者と先住民 –イシの研究と遺脳返還問題から-」はとてもおもしろかつた。とくに、「クローバーの カリフォルニア先住民研究は、『文化』が対象であって『人』ではなかった。クローバーが研究する 際の『人』は文化によって創られた結果存在する『物質』であったともいえる。」との指摘には感心しました。しばしばリザベーションなどで耳にした「人類学者は泥棒」という言葉がまた思い出されました。人類学者がこの100年間に記録したさまざまな文献があるおかげで前の世界のある部分にアクセスできるという皮肉。そうしたものの存在が残されたネイティブの人たちに与える影響など、考えさせられました。この論文はもう一度あらためて読みなおさせてもらいます。
「イシの脳」の本の翻訳はしないのですか? してほしいなぁ。ぜひ読んでみたい。
Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Sunday, August 30, 2009 11:53 AM
28日の「動物達だって良いことと悪いことくらいはわかってる」を読ませていただき、動物の行動を研究している科学者たちは、その善悪の判断能力を調べるため、彼らの脳を解剖したりしているのではないかな、と思いました。
そしてこちらの記事ではハマンダさまの紹介してくださった文献により、研究者がイシの脳を遺体から取り出し、保管していたことを知りました。
人間が本当に「正しいこと」は何なのか感じる能力があるなら、このような研究自体必要ないことなのではないでしょうか。
人間の欺瞞について考えさせられる機会となりました。ありがとうございます。
Posted by: ramako | Sunday, August 30, 2009 12:39 PM
"Ishi's Brain"を読んでショックを受けて、いろいろ読んでまとめたものがその拙論です。
この本は、本当に翻訳されるべきだと思います。
時間と機会をもえれたら、私に翻訳させてもらいたいぐらいです。
私でなくても、できれば人類学者に翻訳してもらいたい。人類学を考え直すという意味でも、学者が訳して、学界でも読まれるものになるべきだと思います。
うーん 時間と機会をどう作るかですね。
Posted by: ハマンダ | Wednesday, September 02, 2009 11:24 AM