人生における究極の価値とははなにか?
われわれインディアンには、人間のためのいのちの哲学としか言いようのないものが備わっている。われわれインディアンならこの国にいかに人間としてふるまえばよいかを見せてあげることができるだろう。いつの日にかこの国は、その憲法や法律を、財産を守るためのものから人間を守るものに修正するときがくるだろう。もしインディアン・パワーがこの国における真の力のひとつになるのなら、理由はそれが観念的だからである。人生における究極の価値とははなにか? それが問題である。ヴァイン・デロリアJr ラコタ出身の大学教授、歴史家、2005年没
経済システムを維持するためだけを目的に構築された統治体制には、おそかれはやかれ必ずほころびが見えてきて、終わりがくるとぼくは信じている。資本主義、共産主義、社会主義といったイデオロギーはどれも西洋の産物であり、経済原理の上に形作られてきた。
資本というか、富というか、マネーというか、そうした経済的な価値に基づいたもので判断したりしない、精神的な価値の上に形作られた社会がもし可能だとしたら、いったいそれはどういうものになるだろうか? 労働や政治や自然資源、生産や教育や宗教といったものの見方をあらためて、精神的な価値をもとに生きはじめるには、われわれは自分の世界の認識の仕方のみならず、行動の形態をもシフトさせる必要があるのだが。
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