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Monday, June 30, 2008

夏至の日・富士山・スピリットの帰還、そして4年目に入ったネイティブ・ハート

Fuji Medicine Wheel

    「一度も登らぬ馬鹿、二度のぼる馬鹿」

——富士山についての昔の言い伝えのひとつ

夏至の日が終わり、太陽は新たに黄道を辿る旅をはじめた。作物が順調に育っているのを確認して、精霊たちは無事に山の家に帰られただろうか?

ぼくがこのブログをはじめたのは2004年の夏至の日に富士山の西の朝霧高原において「せかいへいわといのりの日(WPPD)」の集いと儀式がおこなわれることが決定し、WPPDの提唱者がネイティブ・アメリカンのラコタ(スー)の精神的指導者の一人であり、一族に伝統的に伝わる聖なるパイプの守護者だったことから、自分も呼びかけ人の一人に名を連ねたことが直接のきっかけだった。

地球で生き残っているネイティブ・ピープル、とりわけ北米大陸で「アメリカ・インディアン」と呼ばれてきた人たちの考え方や世界の見方について自分が見聞覚知してきたものを、同じようなルーツをもちながらそうしたもののほとんどをあらかじめ奪われて「日本人をしている自分の同胞たち」と分けあう場として、どうしてもこういう場が必要だと考えたからだった。

そしてこのブログ「ネイティブ・ハート」を立ちあげてから4年を経過したことになる。これまでの記事の数は1400件を数え、日々の訪問者数はほぼ1000を前後し、総アクセス数も100万を越えた。文化系のこのようなサイトにしては、すごいことだし、ありがたいことでもある。

2004年を契機として富士山をメディスンホイールとしてその山麓を廻ることになった日本のWPPDの夏至の巡礼の集いも、南(富士市)、東(山中湖)、北(西湖)、そして今回の西(富士宮)と一巡した。ひとつの大きな輪は閉じたが、輪そのものにはもともと始まりもなく終わりもないものなわけで、その輪はぐるぐると回りながらかたちを変えつつ続いていくことになるだろう。2004年の雷の母と名づけられた台風の雨の中の奇跡のようなWPPDは「母なる富士山の声に耳を傾ける世代」のスピリットの帰還を予感させた。ぼくたちはあのときに集団で観たヴィジョンを具現化させ続けなくてはならない。

個人的には夏至の日は「各人が自分の聖地に意識を集めて地球と会話をする日」として定着していくことを願っているわけで、ぼくにとってはWPPDがやって来る前からずっと関東に生まれた自分にとっての聖なる山は富士山以外にはないと信じてきた。80年代前半にアメリカから帰還したぼくを日本列島にソフトにグラウンディングさせてくれた土地は富士吉田登山口入口に鎮座する北口本宮富士浅間神社であり、縁あってその山梨県富士吉田市に4年ほど過ごし、山麓を徘徊して山麓をひたすら歩き回って不思議な体験をいくつもし、東富士五湖道路の工事がはじまったころに静岡県に移り住んで、それ以後ものべ十数年を東や南など富士山の気を感じる土地で暮らしてきた。ぼくにとって聖地とは富士の山以外のなにものでもなく、その聖なる山の扱われ方についてはいつどこで暮らしていても常に気にしないわけにはいかないのだ。どこにいても目の端にあの山のかたちがシルエットとして写った瞬間に、ぼくは自分のなかでなにかが動くのを感じる。

聖なる御山としての富士山の扱われ方は「日本という国家の今」を常に写しだしてきた。今では富士山の存在を知らない人などまずいないだろうが、いつの時代にも富士山が人々によってどんな扱われ方をしているかを知っている人は少ない。それは仏教がこの国に入ってくるまでは普通の人ならまず登ることなどない畏れ多い山だった。山頂にはスピリットが立っていた。世界には人間の登ることを禁止している神聖な山がまだいくつか残されている。だがそうした神聖さは、当然人間の欲望によって打ち壊される。最初はそれでもおそるおそると、そしてあるときからは堰を切ったかのように雪崩を打って。

誰もが日本でいちばん聖なる山というと「富士山」の名前を挙げるが、自分たちの聖なる山に演習と称して大砲を撃ち込んだり戦車で山麓を走り回っている軍隊はいったいどの国の軍隊なのか? 彼らはなにを守るというのか? 限りない人間の欲望のためにかくもひどい扱われ方をしている国立公園が他にあるだろうか? 北富士本宮浅間神社の龍の口から流れる出る水が湧き水ではなくいつのまにか水道水となり、富士山頂に最も近い水源だった泉瑞(せんずい)の湧き水が枯渇したのは、人間たちの企業が金儲けを目的に機械を使って大量に山麓で汲み上げて日本国中に売り飛ばしている富士山ミネラル水のせいではないのか?

人々の振る舞いの愚かさが極点に達したとき、聖なるスピリットを受け継いだ子どもたちが返ってくるというあの台風の中の預言を、ぼくはこの丸4年間確認し続けた。そしてそれは富士山の山肌に直接触りその声を聞く祈りの時の必要性を強く感じた4年間でもあった。

このブログは、日本列島のスピリットの声に耳を傾ける新しい人たちの集合点(呼び集め、再結集させる場)として、今後も機能し続けるだろう。そしてぼくは富士の山の声に耳を傾け続ける。一切の聖なるものが失われた日本列島にスピリットが帰ってくるのなら、それはまず真っ先にこの聖なる山においてであることは想像に難くないからだ。鏡のように世界を写し出している聖なる山・富士山の周りを新しい意識で巡り、祈りを積み上げていく巡礼たちの旅は、まだはじまったばかりなのだ。

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Comments

こんにちは。素敵な映像を有難うございます。
こちらのリンクをご紹介させてください。

Posted by: cupkamui | Monday, June 30, 2008 at 10:26 PM

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