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Friday, June 13, 2008

子どもたちの消えた村を想像できるかい

First Nations Motherカナダ政府が自国のファースト・ネーションズ・ピープル(先住民)にその過去の同和政策について謝罪したという昨日のニュースを、あなたはどんな思いで読んだだろうか。先住民の同和政策(皆殺し政策)の代表的なものが「寄宿学校制度」といわれるものだ。

想像してほしい。あなたが4つになる子どもの親であると。ある日いきなり役人がやってきて、あなたの子どもを連れ去る。あなたはそれをただなすすべもなく見送るのみ。抗議もできないし、子どもを取り返すこともできない。なぜならそれが法律で決められたことだから。連れ去られた子どもとは、音信が完全に断たれてしまう。自分の子どもが今どこでなにをしているのかもわからない。手紙すら出せない。

想像してほしい。何百何千という子どもたちが消え去って静まりかえったたくさんの村や共同体を。子どもたちの遊ぶ声も、笑い声も、もうなにひとつ聞こえてこない。

想像してほしい。12年間がすぎて、いきなり親元に送り返されるところを。両親にも親戚にも、もはやあなたは12年前のあの子どもとは別人だ。あなたは両親と言葉を交わすことができない。親と子は別の言葉を話しているのだ。親子が共通の言葉を失ってしまったのだ。

もしあなたがそうしたことをリアルに想像できるのなら、アメリカやカナダの先住民の文化が被ったただならぬ被害を少しは共有できるかもしれない。自分たちを征服した外国の国家によって子どもたちが拉致され続けたのである。現代はそうしたボーディングスクールのサバイバー(生存者)たちが、断絶させられた文化をなんとか再生させようとしてい時なのだが、一度失われたものは取り返すことが困難だと言うこともはっきりしつつある。風の便りではアメリカ合衆国政府も、そうした同和政策にたいして謝罪を検討しているという話はあるが、おそらくブッシュの時にそれがおこなわれるかどうかわからない。

日本国も、1872年、アメリカのまねをしておなじことをアイヌにたいしておこなった。北海道開拓使の命令で、アイヌ27人(女子7名、男子20名)が教育を受けるためとして東京へ強制的に連行された。一説では35人だったとする意見もある。子どもたちは東京芝の増上寺境内に作られた開拓使仮学校付属北海道土人教育所と東京府下渋谷村(現東京都渋谷区)に設置していた開拓使第三官園に強制的に入れられた。その結果、一年たらずで行方不明になったり病気で命を失ったりで、2年後に帰郷できた者はわずか5人だったという。アイヌを先住民として認めると言うことは、国家が過去のそうした行いにたいしてまずは謝罪をすることではないだろうか。

写真はカナダの首相による昨日の謝罪のテレビ中継を見ながら嗚咽するカナダ先住民の母。彼女も4歳の時に700キロ離れた寄宿学校に入れられた。

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現代企画室から昨年、『東京・イチャルパへの道 明治初期における開拓史のアイヌ教育をめぐって』(東京アイヌ史研究会 編集)が出版されています。

東京タワーのすぐ下、芝公園の一角では、東京に連れてこられたアイヌの供養が、毎年8月に行われています。その供養をイチャルパといいますが、イチャルパを行えるようになるまでの道のりや、政府の行ってきたことが詳しく書かれている本です。

ご紹介までに。

Posted by: あつこ | Friday, June 13, 2008 at 02:27 PM

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