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Friday, May 23, 2008

あなたは小さな人たちの姿を見たことがあるだろうか?

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環太平洋のネイティブ・ピープルにほぼ共通しているもののひとつに「小さな人たち」の言い伝えがある。ハワイ諸島にも、ポリネシアの人たちがやってきたときに出会った小さな人たちの言い伝えがたくさん残っていたし、日本列島の北海道島のアイヌの人たちにも、コロボックルの話が伝えられている。個人的な話だが、ぼくは小学生の頃に、佐藤さとるという人がコロボックルを題材にして書いた『だれも知らない小さな国』という魔術的な本を読んで以来、いろいろな局面で小さな人たちの通り過ぎていく影や後ろ姿を見るようになり、その後も小さな人たちの存在を忘れることなくそのまま大人になった。アメリカ大陸に渡ってからも小さな人たちの影は消えることがなく、ぼくは以後その実在を大きな声では言えないが信じ続けている。さてアメリカ・インディアンにも、小さな人たちの言い伝えが残っているので紹介しておく。

チェロキーの人たちの話によれば、小さな人たちを明るい昼間に見ることはなかなかにむずかしいらしい。その人たちは太陽のまぶしい光のなかに隠れるようにしているので、人間の目には見えにくいのだ。しかし彼らの方は太陽の光を通しても世界がはっきりと見えているという。かといって夜暗くなれば姿が見えるかというとそれがそうでもない。夜間に小さな人たちを見るためには月の明かりが必要だというのである。夜に森のなかに行くと、人間の通る道を少し外れたところに、小さな人たちの灯す明かりの灯が木々の間を縫うように動いているのが、ぽつぽつと地面のすぐ近で、いくつも見えたりすることがある。これもまた小さな人たちが意図的に姿を見せようとしているときにだけ、わたしたちの目に見ることが出来るらしい。最もよく小さな人たちの姿が見受けられるのは日没後のたそがれ時か、夜明け前の頃だという。小さな人たちはその時間、いろいろな動物たちと一緒にいて食事をしているのだ。鹿たちとともに草や木の実を集めたり、熊たちと一緒に魚を釣ったり、ビーバーたちと一緒に薪を集めたり、狐をつれて近くのネイティブの人たちのもとを訪れたりする。

チェロキー・プリンセスという名のハナミズキ

小さな人たちは歴史のはじまるはるかずっと前からチェロキーの人たちとは同じテリトリーを分けあってきた。フルブラッドのインディアンのような顔つき、浅黒い肌の色、ふたつの黒い瞳、地面に触りそうになるぐらい長くのばした黒い髪。みななかなかにハンサムで、屈強そうで、身長は3フィート(1メートル)にみたない。着ているものは、いつの時代にも、ネイティブのチェロキーと同じような衣装で、言葉は古代のチェロキー語を巧みに操る。今のチェロキー語とは発音がだいぶことなるので、エルダーのなかの数人だけが今ではその言葉の意味をかろうじて理解するだけだという。年寄りのなかには、その言葉はすでに消滅した古代のチェロキーの「エラティ語」だというものもいる。小さな人たちは、自分たちの共同体というか、コミュニティーというか、氏族を山の中のあちこちに形成しているらしい。チェロキーの人たち同様に、それぞれのコミュニティーにはコミュニティーならでは人たちがいるのだという。道化のごとくみなを笑わせるもの、一本気のきまじめな人たち、指導者になる人たちと彼らに従う人たち、問題を起こす人たちに、思慮深く考える人たち、夢を見る人たち、病を癒す人たち、狩人たち、果樹や木の実を集める人たちもみんないる。

またハナミズキの木の森のなかに暮らしている特別な小さな人たちのグループというのもいる。彼らはハナミズキ一族と呼ばれている。彼らが涙を流すと、その涙がハナミズキの花になるのだといわれている。肉体的にも感情的にもおそろしく繊細なひとたちで、この人たちはいつだってすべての人やありとあらゆるもののなかに「善」と「美」を探しだそうとしているのだ。ハナミズキの花たちが咲いていて、彼らが自ら意図したときにだけ、その姿を見ることが出来るという。そして花が咲く季節が過ぎ去ると、あとはかれらは「すべての人たちと、すべての動物たちと、すべての植物たちと、すべての水のなかを泳ぐものたちと、すべての地を這うものたちと、すべての空を飛ぶものたち」のためにひたすら「良きことのみを夢見続ける」のだ。ハナミズキ氏族の小さな人たちは、母なる地球の子どもたちすべての世話をする人たちなのである。

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Comments

港です。ご存知と思いますが、知里幸恵の「アイヌ神謡集」の第6話にポンルプネアイヌ(小さい男のアイヌ)が登場します。この小男の物語での役目は、「自分のルーツがわからないのでアイヌに化けてうろついている者」なのです。非常に多くの問いかけを現在のわたしたちに投げかけてくれます。謡い継がれているので、カムイユカラとして聴けるという楽しみもありますよ。むむむ。。。本当に小さいひとたちは魅力的ですね。

Posted by: あつこ | Friday, May 23, 2008 01:50 PM

『誰も知らない小さな国』は僕にとっては、本当の物語です。実は小学生の時に友達3人とボール遊びをしていて、藪の中に転がり込んだボールを探している時に、小さなお婆さんが藪の草むらに居たのを、みんなで見たのです。そのお婆さんは「イヤーーッ!」という声まで出しました。
ボールはそっちのけで、みんなは逃げ帰り、夢でないことを確かめ合いました。
今思えば、お婆さんは早口で喋ったために、僕らの耳には聴き取れなかったのかも知れません。

この小説に出会った時に、ああこの人も見たんだな、とニヤリとしてしまいました。

Posted by: 永峰秀司 | Friday, May 23, 2008 09:37 PM

北山さん、はじめまして。いつもブログを興味深く拝見させて頂いています。私は先住民族の世界観を北米の大学で学んでいるものですが、私の学部の教授は、以前、”リトル・ピープル”についての論文を書きました。教授も見たことがあると言っていました。長いドライブの途中で車を止めて外で休憩をしていたら、木の根元から出てきたそうです。先住民の友人も、”見た事あるよ~”とまるでお天気の話をするように自然に話してくれました。


Posted by: imoko | Saturday, May 24, 2008 04:21 AM


あつこさんのいう「自分のルーツがわからないのでアイヌに化けてうろついている者」というのも、考えさせられます。また永峰さんの見たという「イヤーーッ!」と言った「小さなおばあさん」も、リアルですね。imoko さんが書いてくれたネイティブの人たちも。

つまり「見た」ことを黙っている必要はないということですかね。だって見てしまったのだから:-) はやくカミングアウトすれば良かった。もっとたくさん見た人が、見える人が増えればよいのだけれど。

書き込みをお待ちします。

Kitayama "Smiling Cloud" Kohei

Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Saturday, May 24, 2008 12:18 PM

初めて書き込みさせていただきます。
私も小さい人を見たことがあります。しかも今年になってからのことです。

近所に楡の木と榎の木が根元で一緒になっている大きな木があるのですが、春風がとても強い晩に、その木の下で。
六十センチぐらいで全身とても黒くて、最初は横の植え込みの枝が風で跳ね上がっているのかと思ったのですが、やっぱりどれだけ見つめても手と足を違う動きで動かして跳ねるように踊っていました。

近くに行ったらいなくなってしまいそうな気がして、少し離れた所から、そのリズミカルな姿をしっかり心に焼き付けるだけにしておきました。
色々と人に疲れた時、その踊りの無心な感じが思い出されて少し元気を取り戻したりしてます。

いい年をした大人が何を言ってるんだと言われそうで、今まで一人の人にしか話したことがなかったのですが、こちらを拝見していてなんだか少しホッとした気持ちです。
ありがとうございました。

Posted by: ふう | Sunday, May 25, 2008 09:13 PM

たびたび失礼します。家族で「小さい人見たことある?」という団欒をしてしまいました。
ナント夫が1週間に1度は見る、と穏やかに楽しそうに言うではありませんか。なんでみんな見えないの?と逆に不思議そうにしていました。やっぱり黒い服を着て、動きが早いということ。ここは東京の西部なのですが、まだタヌキが多く、その辺りを小さい人が踊りながら走っていくそうです。
北山さん、小さい人の本、書いてください!期待してます。

Posted by: あつこ | Monday, May 26, 2008 08:24 AM

昨日、富良野の友人に小さい人の話をしたら、富良野では「ニングル」と呼ばれていて、コロボックルとはちょっと違う小さい人がいるそうです。
コロボックルが「蕗の下の人」という意味に対して「ニングル」もアイヌ語で、「妖精」という意味だそうす。富良野の民話として伝わっていて、富良野の人は「心が澄んでいると見えるんだ」と伝えているそうです。
最近、小さい人がとても身近に感じ、感じれば感じるほど幸せな気持ちになれます。北山さんアリガトウ!

Posted by: あつこ | Wednesday, May 28, 2008 09:40 AM

ふうさんへ
きっと小さい人と遭遇したことのある人は思いの外多いのかもしれません。ただみんな黙っている。なぜならそれはとても大切な体験だから、簡単にみんなに話すわけにもいかず、小さな人を見たことがあるという話を出来る相手も、当然「大切な人」に限られてしまいますから。それに小さい人と会った大人は、「自分たちが存在していることはけして話さないように」と小さな人たちから口止めされていて、そのことを黙っていることの見返りに、いろいろと便宜を受けていると言うことも、考えられますから:-)

こちらこそありがとう。小さい人を見た話を聞かせてもらって。

Kitayama "Smiling Cloud" Kohei

Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Wednesday, May 28, 2008 10:18 AM

あつこさんへ

小さい人を見たことがある人の話が100人ぐらい集まったら、リトル・ピープル・ジャーナルを作れるかな。

北欧のノーム、アイルランドのレプラカーン、スウェーデンのトロール、ハワイのメネフネ、沖縄のキジムナー、一寸法師、東北地方の座敷童、ショショーニのニメリガー、チェロキーのヤムィウィ、コマンチのヌンヌピ、クリーの人たちのマネギシーなどなど、リトル・ピープルの話は国境を越えて全地球的な広がりを持っていますし。ニングルもきっとそうだね。コロボックルだけじゃないというのがアイヌの人たちの心の広さを感じさせます。そうそうトールキンが書いたホビットも、そうだね。

リトル・ピープルは「地球の先住民」で、アトランテスとかムーといった今は消えてしまった前の文明を築いた人たちだという説もありましたっけ。

実際に見たという人の話は実に楽しい。一週間に一度は見るという旦那さんから、いろいろ話を聞いて報告してくれるのを期待します。口止めされていないなんて素敵だな\(^O^)/

小さな人たちはときどき子どもを遠くの山の洞穴のなかに連れて行ってしまうという話もありました。旦那さんは連れ去られる心配はないよね。子どもじゃないのだから。

Kitayama "Smiling Cloud" Kohei

Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Wednesday, May 28, 2008 10:32 AM

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