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Sunday, March 02, 2008

人は考えていることにも責任を持たなくてはならない

人間は自分の考えていることに責任を持たなくてはならない。だから人間は自分の考えることをコントロールすることを学ばねばならないのだ。それは簡単なことではないかもしれないが、やってやれないことではない。
ローリング・サンダー、チェロキー

自分に向かって話しかけることをコントロールすることで、われわれは思考をコントロールできるということを、ぼくは教わった。人間というのはいつも自分に向かってさまざまに−−声に出すこともあれば声に出さないまでも−−話しかけているものなのだな。考えていることというのはたいていそれぞれに感情がつきまとっていて、気がつくとその感情と感情が対立しあう結果を生んでいたりする。

だから感情がおもいきり高ぶって、どうしても自分の手に負えなくなり、ああこのままでは危ないなと思えた時には、自分に向かっていい加減にそれを止めるように伝えることもできるのだ。深呼吸を何度かして気分を静め、万物を創られた存在にむかって、正しい思考、正しい決定、正しい行動を求めてみるのもひとつの手だろう。これをことあるごとに繰り返すようにしていくうちに、自分の考え方も違ってくるはずだ。毎朝目を覚ました時に、偉大なる存在に自分の考えることを導いてくれるように求めてみるのも効き目があると聞いた。目に見えない不思議な存在は、さまざまな形でわれわれに力を与えてくれるものなのだ。

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Comments

 こんばんは。今日は啓蟄ですね。
とても温かい1日でした。春が近づいてきて
いることを感じると嬉しくなります。

 この言葉には、伝統の中で生きていくことの
厳しさを感じました。(もちろん、私達の社会
でも同じですが)言った言葉に責任をも持たな
ければ、と思ってはいましたが(実行できている
かと言われるとまだまだですが・・・)、考えて
いることにも責任を持つ、というところまでは
それほど厳しく考えたことがありませんでした。

今、インディアンの子育ての原点を読ませて
いただいていますが、これまではインディアンの
生き方にとても大きな自由を感じていましたが、
本を読んで、しつけの厳しさについては思いの
外だったので、少し驚きました。

先日、日本の着物を見て、伝統について考える
機会がありました。以前、インディアンの伝統
衣装の写真を載せた記事を拝見して、伝統を
身に付けることの意味に触れられていたかと
思いますが、その重みと、今回の考えることの
責任とは同じものかもしれないと思いました。

思考はどんどん先へ進んでいってしまうけれど、
行為はなかなか追いつかず、それを実践するのが
伝統かなぁと思い、伝統の偉大さ(?)のような
ものを感じます。

厳しいばかりではないと思いますが、考えさせ
られる記事でした。
心に留めておきたいと思います。

Posted by: Rin | Wednesday, March 05, 2008 at 10:32 PM

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