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Wednesday, January 09, 2008

死ぬには良い日?

LAKOTA OYATE

自由ラコタ代表団を表明する4人の人間が、ラコタの人たちが合衆国と交わしたすべての条約から撤退すると宣言してから、3週間がたとうとしている。この動きは、ここまでいくつかの論争をラコタの人たちのなかに引き起こしてきた。合衆国政府の認めるふたつのラコタの部族政府は、代表団の権威を完全に否定したものの、少なくともひとつの部族が「ラコタ・オヤテ」と呼び名を改めた代表団の提案には一考の価値があると述べた。残りの部族はひたすらに沈黙を守り続けている。

Canupa Gluha Mani
写真左、右奥がラッセル・ミーンズ
ラッセル・ミーンズと距離を置いたラコタ・オヤテの運動の中心にいるのはチャヌパ・グルハ・マニ(英語名ドゥエーン・マーチン・サー)で、彼もまたインディアン活動家としての長い経歴を持ち、幾度も逮捕投獄の憂き目を見てきた人物だ。つい最近では、昨2007年の6月、チャヌパ・グルハ・マニは、アルコールが禁酒となっている彼の居留地に持ち込まれるのを防ぐ目的で、ネブラスカから自分の居留地に通じる道路を集団で封鎖したという罪で逮捕されている。

チャヌパ・グルハ・マニはラコタの言葉で「聖なるパイプを守って歩く」という意味だ。彼はチャンテ・テンザという戦士のソサエティに属している。ソサエティの名前のチャンテ・エンザとは「強い心臓」を意味する。実はマニは、ラッセル・ミーンズと親戚関係、甥と叔父の関係にある。9日付のウィキニュースが、今回の行動とラコタ・オヤテについて、そのチャヌパ・グルハ・マニとのインタヴューを昨日掲載していた。そのなかから気になる言葉をいくつかひろってみた。

「ラッセル・ミーンズとのあいだには大きな断絶はない。問題はコミュニケーションにある。われわれはいつだってこうしたことを乗り越えてきた」

「わたしは叔父のラッセル・ミーンズとこれまで前向きに一緒にやってきたし、今だって彼の背後にいて、彼への愛情は失っていない」

ラコタのなかの人たちの意志決定の伝統的プロセスは、ラコタの女性たちの非公式な話し合いによるのであり、西欧型政府のような声明と宣言ではないとマニは『共和国』といった英語を引き合いに出した。そのような英語を用いたことがラッセル・ミーンズとチャヌパ・グルハ・マニのあいだに論争と誤解の両方を生んだ理由の一部であると。彼は言う。「インディアンの人たちが現代的な生活様式に適応するのは至難の業だ。インディアンに問題を引き起こしているのは白人の教えなのだから。だからわれわれをほおっておいてくれと言っている。この国はわれわれ最初の国の人たちのことをなにひとつ学んでいない」

「合衆国政府が背後にいる部族警察は、白人の騎兵隊の再来に過ぎない」

独立宣言直後、チャヌパ・グルハ・マニは記録されたインタヴューのなかで、合衆国から抜けることになれば「われわれは多分殺されるだろう」と発言していた。今回のインタヴューにおいてマニはより口を固く閉じた。合衆国政府との対立の可能性について問われると、「あるかもしれない」とのみこたえた。

「伝統的なライフスタイルがまったく西洋スタイルと共存できないかというとそうでもない。共存はできるが、そのためにはまずあらゆる傷が癒されなくてはならない」

Source : Canupa Gluha Mani speaks about Lakota Oyate, Lakota freedom

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