われわれの内側にはいくつか「元型」とされる個性が息づいていると心理学者の先生が言っていた。それはたとえば、インナー・チャイルド、内なる母親、内なる父親などだ。こうした元型のなかで、人によって強く顕現したり弱くでたり、ほとんどどこかに隠れてしまっていたりするものが「内なる戦士」とされるもので、この元型としての戦士は、確かにわれわれすべてのなかに存在しているのだが、その部分が未開発のままの人たちもけっこう多い。原因はいくつも考えられる。戦士のめんが強くおもてに出すぎた親の元で成長したとか、あえてそのめんを押し殺しているとか。また戦士の部分が完全に眠りこけたままの両親の元に育ったために、自らその戦士の部分の目を覚まさせるきっかけを見つけることも出来ないまま今日に至っているとか。
これまでにも書いたことがあるけれど、戦士というのは「兵隊」とは180度異なる。兵隊は上官に命令されるまま動く(命令がなければ動けない)が、戦士は男であれ女であれ、自らの意志で、自らの信ずるもののために自発的に行動する。彼あるいは彼女はどのような挑戦も障害も乗り越えて目的を貫く。戦士は彼もしくは彼女が信じていることのために耐える強さをもつ。信じるものを守るために正直に話し行動する。あまりにも弱くて自分では戦えないもののを守るために立ちあがる。内なる戦士がまだじゅうぶん開発されていないときから、たとえなにかを守らなければという熱い思いはいまだ感じられなくても、自分のなかのその部分にうすうす気がつきはじめ、戦士の自分を呼び覚ましたいと思いはじめるひともいる。ある特定の関係のなかで、または特別な状況下において、自分のなにかを守るために立ちあがらなくてはならないときがくるかもしれない。あるいは、夢を実現させようと思いたつとか。それを形あるものにするためには、自分には勇気とか、それを成し遂げるためのエネルギーといった戦士の持つ力が必要になるときがくるだろう。あるいは自分のなかに巣食っている恐れだとか不安だとか無力感に気がついて、内側で眠りこけている盟友としての戦士を奮い立たせることは、あなたが人生を変えるために必要としていたものである可能性もある。
ここまで読んでくれればうすうす気がつかれるかもしれないが、「内側で眠りこけている盟友としての戦士」とは、心理学的な用語などではなく、われわれが日本人化していく過程のなかで眠り込ませざるをえなかった内なる「ネイティブ・ジャパニーズ」の部分でもあると、ぼくは信じている。個人的にはどうあれ、日本人論的に言うならば、われわれは戦士である部分を、弥生的な生き方を受け入れて(国家の奴隷となった)ときから封印し、深いまどろみのなか、それを奮い立たせることなく数千年が過ぎようとしている。
内なる戦士、「インナー・ウォリアー」と心理学者が名づけたものをより大きく育てる最も優れた方法はなんだろうか? それはおそらく自分が望むような勇気、勇敢さ、強さ、生き方(死に方)を体現している役割のモデルを選ぶことである。戦士的な生き方があたりまえだったネイティブの伝統文化を守る共同体においては、そうしたモデルとなる人はそれこそいくらでもいた。そういう人たちがどのような存在だったのかは、その名前と共に長く語り継がれている。名前を聞けばその人がどういう戦士だったのか即座に理解できる偉大な戦士が夜空の星のごとくきらめいていた。国家の奴隷となってしまって長い年月を経た国においては、戦士として名を残している人は限られてしまう。では今を生きるぼくたちが内なる戦士を育てるためにどうすればよいのか?
まずは自分からそのモデルとなる人間を見つけなくてはならない。あなたが称賛する生き方をしている神話や伝説の登場人物、映画や本に描かれたキャラクター、自分がそういう生き方をしたいと願うような特定な「戦士」を選び出すこと。出来うるならば、その人と直接会えるのなら会いに行くか、会えない過去の人の場合は、その人に関するありとあらゆる情報、伝記を読み、言い伝えを調べ、その人に直接であったことのある人の話を聞きき気に入ったりして、とにかくさまざまなあなたにとって価値ある情報を丁寧に集めてそのなかに浸ること。
そのうえで毎日のように黙想してそのなかでその人物と出会い、自分がなぜその人に惹きつけられるのか、そのエネルギーの質を検証する。そのようにして自分の内側にそれと同じ可能性が息づいていることを確認していく。自分がそうしたエネルギーを扱えるだけの器であるかどうかを確かめつつ、自らの内側でくすぶっている勇気の炎をより大きく燃やし続けるようにしていく。これは、もちろんそう簡単なことではない。役割モデルとなる人物のすぐそばにいて、その人の一挙手一投足を目を皿のようにしてみることが出来れば、事情はだいぶ違うのだろうが。しかし、ぼくはそれでもこの方法は有効性を持っていると信じる。
ぼくがこの30年近くネイティブ・ピープルの言葉のなかに探してきているのも、そういうエネルギーを求めてのこと以外のなにものでもない。
今回、戦士の話をしめくくるために、ネイティブ・アメリカンのショウニー国の偉大なチーフだったテクムシェ(Tecumseh)の言葉を紹介しておく。テクムシェは「天駆けるパンサー」という意味で、彼の父親も一族では名をはせた戦士だった。この言葉は彼が1813年10月にアメリカ陸軍との戦闘で命を失う前年、甥のスペニカロウブに戦士としての心構えを伝えるために語った遺言のような言葉である。テクムシェは、その後アメリカの副大統領となった軍人によって射殺されたと言われている。戦闘の終わったあと、彼の遺体は結局見つかることはなかった。図版は1812年の闘いのときのテクムシェの肖像画とされるもの。
なおこの言葉の翻訳は小生がおこなった。つまりこれはぼくのハートには彼の言葉がこのように聞こえたという意味である。ネイティブ・ピープルの言葉は、誰がそれを翻訳したのかによってそこにこめられるエネルギーの質が異なることをご理解いただければと思う。
死にたいする恐怖を、けして自分の心に入らせないようにして、生きるべし。それぞれの宗教のことで、誰とも問題を起こすべからず。おのおのの人間のものの見方を敬い、相手にも自分のものの見方を敬うように求めよ。生きることを愛し、おのれの人生を十全なものとなして、与えられるすべてを、ことごとく美しいものとなせ。出来うる限り長く生き、一族のために奉仕する道を探し求めよ。偉大な分水嶺を超えてゆくその日のために、高貴なる死の歌を用意しておけ。人けのないところで、誰かと出会ったり、すれ違うようなことがあれば、それが友だちであれ、また見ず知らずの他人であれ、常に一声かけるか、声を出さないまでも、仕草で相手に敬意をあらわすべし。すべての人に敬意を態度で示せ。だが誰に対しても卑屈な態度をとるべからず。朝目を覚まして起き上がったときには、食べるものと生きることの喜びに感謝を捧げよ。もし感謝を捧げる理由がおのれのなかに見つけられないときには、その誤ちはひたすらになんじがうちにあることをわきまえよ。誰にたいしても、なににたいしても、虐待をしたり、迷惑をかけたり、おぼれたり、価値を卑しめたりしてはならない。そうした行為は、賢者を愚者にし、ヴィジョンからスビリットを奪いさる。そしていざ、自分に死ぬときがきたら、死ぬことの恐怖に胸を詰まらせ、涙ながらにもう一度、これまでとは違うようにあと少しだけ生き長らえさせてくださいなどと祈ったりするようであってはならない。おまえは自らの死の歌をうたい、英雄が故郷に帰るがごとく、死地に赴け。
ショウニー国チーフ テクムシェの教え
Recent Comments