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Friday, November 30, 2007

ミッドナイトオイルから環境大臣へ

Peter-Garrettミッドナイト・オイルという70年代中ごろにそれなりに幅をきかせたオーストラリアのパンク・ハードロック・バンドがある。当時から環境問題やアボリジニーの問題などで先鋭的な意見を歌にのせてはきまくっていた。バンドは20年以上も続き、5年程前に解散したが、リーダー的存在でそのボーカルをずっと担当していたピーター・ギャレット(写真)が、今回政権交代を勝ち取ったオーストラリア労働党の次期内閣で環境大臣に任命されることがきまった。ピーター・ギャレットはオーストラリア環境保護財団の代表を10年間務めたし、環境保護組織グリンピースの理事を2年経験、海を守る組織であるサーフライダー・ファウンデーションの創設メンバーでもある。80年代初頭にぼくにミッドナイトオイルをしきりと勧めてくれた日本のサーファー連中のなかにもこのニュースを耳にして喜んでいる連中がかなりいるはずだ。

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イン・ザ・サークル

ripple

輪(サークル)は癒しの力を持つ。輪のなかにおいては、われわれはみな平等である。輪のなかにいるとき、あなたは誰かの背中を見ることはない。輪のなかにいるとき、あなたの後ろには誰もいない。輪のなかにいるとき、あなたの上にも、そしてあなたの下にも、誰もいない。聖なる輪は、人間はみな同じだということをすべての人に理解させるために、考案され創造された。いのちというものもまたひとつの円環を描く。この円環のなかに、ありとあらゆる種のための、あらゆる人種のための、あらゆる木々のための、あらゆる植物のための場所がそなわっているのだ。この惑星において健康をもたらすために、敬はれるべきは、この完ぺきさにある。水面に石を投げ入れたときにつぎつぎと出来るいくつもの波紋のように、あらゆるいのちが互いに理解し合うためには、輪は最初は小さくはじまり、そしてその輪が次第に大きくなって、やがては湖全体にまで広がるようになっている。


デイブ・チーフ オグララ国 ラコタのスピリチュアル・リーダー


世界を創られた存在がそこにあるものをいかに考案したか、そのなかでいかに生きればよいのかを、輪は教えているといわれている。つまり輪は、天地創造の見方を、われわれに教えているのだな。いのちの旅は輪を描く。ネイティブ・ピープルのメディスン・ホイールで示せば、われわれの旅は東側からはじまる。東は赤ん坊を意味する。人生という旅は太陽と同じ巡り方をする。東が過ぎれば南にはいる。南は若者だ。西は成人。北は老人を意味する。そしてこの先は輪はまたもとの振り出しに、母なる地球に還り、再度また新しい旅のはじまりを迎える。われわれは輪の中心にいて、自分を取り囲んでいるものを目をこらして観察している。この観察のなかから、自分なりのものの見方が作りあげられていく。だから自己中心的にならないように、じゅうぶん心して世界を見つめなくてはならない。

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Wednesday, November 28, 2007

2008 Indigenous Peoples Summit in Ainu Mosir

北からの呼び声

来年アイヌモシリのトーヤ湖(洞爺湖)でG8サミット首脳会議が開催されるのにあわせて、2008年7月4日に「先住民族サミット」アイヌモシリ2008がひらかれるというお知らせが届けられた。主催するのは日本列島の先住民族であるアイヌたちと、アイヌではない有志たち。G8にあわせて先住民族が大地からのメッセージを出そうという動きはこれまでになかったものだ。10月13日には北海道庁で記者会見も行われた。来年の1月から7月までの半年のあいだ、さまざまに人びとの意識を高める教育的イベントが展開されるという(下記プログラム参照)。傷ついた大地と心を癒すための祈りとしてのウォークもおこなわれる。なにかが動きはじめているようだ。もう一度、日本列島の声を、大地の守り人としての偉大なる熊の声を、地球の声を聞く精神が帰還しようとしているのだろうか。胎動は感じるものの鼓動はまだ小さい。祈りと共にこの生まれたばかりの夢を大きく育てられないものか。「一緒に動いてみたい人、ぜひ、来てください。一緒に発信したい人、ぜひ、来てください」とお知らせは言う。「先住民族サミット」アイヌモシリ2008実行委員会では、このサミットを共に作るメンバーを募集している。できることからはじめよう。日本列島に生きる人たちの過去と未来を考える上で、とても重要な出来事が起ころうとしている。Let It Happen!

2007年12月6日 18:30−21:00

「先住民族サミット」アイヌモシリ2008
実行委員会設立記念フォーラム


場所:札幌男女共同参画センター(エルプラザ)3Fホール
札幌市北区北8条西3丁目(札幌駅北口前)
参加無料・申込み不要 資料代500円
問い合わせ先:事務局 TEL:011−206−4674
FAX:011−242−6077
Mail:Aynumosir2008@me3.sings.jp
Web:実行委員会サイト

aynumosir2008logo

2008 Indigenous Peoples Summit in Ainu Mosir
「先住民族サミット」アイヌモシリ2008


2008年1月〜5月:
『「先住民族サミット」アイヌモシリ2008』を盛り上げていくための様々なイベントやフォーラム、講演会などを道内各地や東京などで行なう。

2008年6月
 ・札幌でのハワイ先住民族との交流
 ・アプカシ ヒーリング・ウオーク:若者中心で、宗谷岬〜対雁(樺太アイヌの強制移住ルート)を歩いて、新たなアイヌ・非アイヌの関係を築く旅(詳細未定)
 ・北海道大学アイヌ・先住民研究センターでのG8サミット国際シンポジウム

6月28日(土)〜7月4日(金):『「先住民族サミット」アイヌモシリ2008』の開催

7月5日(土):札幌でのピース・ウオークに参加

7月6・7・8日:札幌コンベンションセンターを中心に開催される、「G8サミット市民フォーラム北海道」、「G8NGOフォーラム」共催の「市民サミット」に参加。先住民族からの提言を行なう。

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古代マヤ人に高度に管理されていたユカタン半島のジャングル

手付かずに見えるユカタン半島のジャングルだが、マヤ文明時代には、人間によって高度に管理されていた痕跡が見られると歴史生態学者は語る。少ない植物種が均等に分布しており、経済的に重要な植物が数多く見られるというのだ。

詳しくは:ユカタン半島のジャングルは「古代マヤ人に高度に管理されていた」(WIRED VISION NEWS by Wired Vision, 2007年11月28日)

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インディアンが回想する最初のサンクスギビング

あれはもうかなり昔のことになるかな。この母なる大地にはまだインディアンたちだけしか住んでいなかったころの話しだ。ある日わしらが浜辺を散歩していたら、みょうちくりんな人間たちとひょっこりであった。奇妙な服を着て、行く先がわからなくなったのか、海べりをふらふら歩いていた。鳥が羽根を広げたようなものをつけた船でその者たちはやってきて、行く先もわからないようだったから、しかたなくわしらは連中を助けることにした。よく見ると、どうやら食い物を持っていなようで、みな腹をすかしていた。そこでわしらはその者たちを家に招いて、一緒に飯を食わせたんだ。まず、そうしたら連中はここをえらく気に入ってな、ここにいたいといいだし、二度と帰ることはなかった。

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人類学者はなぜ笑われるのか?

anthropologistインディアンの人たちのジョークには「人類学者」をからかったものもことのほか多い。調査研究のために部族を訪れる学者が真面目であればあるだけ盛大に笑いの対象にされる。もちろんそれには長い、といっても150年ぐらいのものなのだが、歴史的な背景がある。彼らの世界では原則的に「学者とジャーナリストは文化的な泥棒」という認識がいつのころから過できあがっているからだ。そのことはすでに広く一般的に知られることになっていて、ここにお見せする風刺漫画が新聞に普通に掲載されたりする。先住民の村のある光景を描いたもので、人類学者がやってきたのを見つけた先住民たちが、「人類学者がきたぞ!」と大あわてでテレビやビデオや電話や電気スタンドといった文明的な道具類を隠している図だ。そこで、ネイティブ・ピープルによる人類学者をからかうジョークをひとつ。

line of rocks

とあるインディアンの村を調査で訪れていたひとりの人類学者が、一族のチーフと話を交わすうちに、ふたりは心をうち解けるような間柄になった。そんなあるとき、学者先生がチーフにこう切り出した。

「もしお許しいただけるのなら、チーフのご母堂さまの墓を一度掘り返させていただけませんか? そうすれば彼女についてもう少しくわしいことがわかるのではないかと思うのです」

「ああ、かまわんよ」と、チーフはこたえた。「でもよいか、そのときにはこのわしにだって、お前さんのおふくろの墓を掘り返させてくれるんだよな」


Native jokesインディアンは笑う』北山耕平編・構成。(おそらく)世界で初めてのネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクションの本。笑うことで世界をひっくり返す知恵の書。笑いの百連発! 当ブログから生まれた本。マーブルトロン発行 中央公論新社発売 ブックデザイン グルーヴィジョンズ。好評発売中

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Tuesday, November 27, 2007

聖なるものが売り物にされるとき

women_are_sacred_poster.jpg
ネイティブの女性にたいする暴力を終わらせるために活動する非営利グループ「SACRED CIRCLE(聖なる輪)」のポスター。「女性は聖なるもの」であり、「想像のなかでも女性を敬うべし」と教えている。聖なる白いバッファローの娘の伝説にもあるように、「みだらなことを考えるだけでも偉大なる精霊は怒られる」のであると。

「あれは聖なるものだ」「ここは聖なる土地だ」とネイティブのエルダーたちが口にするとき、その「聖なるもの」に備わっているものは「なにものにも代え難いスピリチュアルな価値」である。「この地球には聖なる場所がある」とか「この儀式は聖なるものだ」とか「子どもはみな聖なるもの」とか「身体は聖なるものだ」「結婚は聖なるものだ」などと彼らはじつにしばしばいう。聖なるものには、それ以上の価値を加えることなど出来ない。聖なるものはそのままで絶対的な価値なのである。絶対的な価値のものは、売ることができるようなものではない。したがって、聖なるものをお金を払って買いたいと申し出ることは、およそ人間が考え得る最大の侮辱である。

これを別の観点から眺め直してみてみよう。聖なる土地がまるでなくなって、儀式から神聖さが消え、子どもが聖なるものとはされなくなり、結婚の神聖さは失われるなど、聖なるものがことごとく消えてしまうとどうなるか? 答はひとつである。いっさいすべてのものが売り物になるのだ。人びとの「聖なるものがある」という感覚が、聖なる空間を作りあげる。神聖さは、その感覚が醸し出す。聖なるものの存在を認めるとは、この世界を創られた偉大なる存在にたいして敬意を示すことに他ならない。「子どもたちが肉体をお金に替えるようになったとき、それは一切の聖なるものが消え失せたことを伝えている」と、ぼくはこの道の上で教わった。

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Monday, November 26, 2007

お金では買えないものがあるということを信じて生きる

人間の歴史を通観しても、物質的なもの、ことさらにお金で買えるもののことだけが人びとの口の端にのる時代は珍しいのではないかとぼくは思う。ぼくたちはお金がパワーであると信じている。役人や政治家といわれる人にはその傾向が顕著である。お金をいっぱい持つと、人びとに尊敬され、お金をいっぱい持つと、人びとにうらやましがられる。今時の子どもたちはまず例外なくそう考えている。

「お金の全くない世界」の片鱗を垣間見、「正しいことをやっていれば必要なだけのお金は必ずやってくる」という宇宙の法則を信じて以来、ぼくは必要以外のお金をほしがることは避けるようにしてきたのだが、コズミック・プロフィットを頼りに生きることはこれで案配むずかしくて、絶対に必要以上にはきてくれないから困りものである。そして入ってきたお金はすべて足早に出て行く。お金とは不思議なもので、持っているとなんでもほしいものが買えるような気にされてしまう。

実際、物質によって支配されている世界では、お金があれば際限なくほしいものが買えてしまうのだろう。ところが目に見えないものの世界においては、事情は異なる。そこではほしいものがなにひとつ買えるわけではない。お金がまるっきり役に立たなくなる。目に見えない世界においては、なにひとつ値札のついているものが存在しないのだ。その世界のなかにあるものは、どれも与えられてはじめて自分のものにできるものばかりである。愛情にしろ、思いやりにしろ、尊敬にしろ、崇敬にしろ、信頼にしろ、献身にしろ、こうしたものは「与えられる」か、あるいは「無条件に差し出す」かのいずれかしかやりとりができない。他の道はそこにはない。目に見えない世界からやって来るそうしたものを使うとき、ぼくたちはほんもののパワーを使っている。

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Friday, November 23, 2007

戦士として生きるとはどういうことか?

Tecumsehわれわれの内側にはいくつか「元型」とされる個性が息づいていると心理学者の先生が言っていた。それはたとえば、インナー・チャイルド、内なる母親、内なる父親などだ。こうした元型のなかで、人によって強く顕現したり弱くでたり、ほとんどどこかに隠れてしまっていたりするものが「内なる戦士」とされるもので、この元型としての戦士は、確かにわれわれすべてのなかに存在しているのだが、その部分が未開発のままの人たちもけっこう多い。原因はいくつも考えられる。戦士のめんが強くおもてに出すぎた親の元で成長したとか、あえてそのめんを押し殺しているとか。また戦士の部分が完全に眠りこけたままの両親の元に育ったために、自らその戦士の部分の目を覚まさせるきっかけを見つけることも出来ないまま今日に至っているとか。

これまでにも書いたことがあるけれど、戦士というのは「兵隊」とは180度異なる。兵隊は上官に命令されるまま動く(命令がなければ動けない)が、戦士は男であれ女であれ、自らの意志で、自らの信ずるもののために自発的に行動する。彼あるいは彼女はどのような挑戦も障害も乗り越えて目的を貫く。戦士は彼もしくは彼女が信じていることのために耐える強さをもつ。信じるものを守るために正直に話し行動する。あまりにも弱くて自分では戦えないもののを守るために立ちあがる。内なる戦士がまだじゅうぶん開発されていないときから、たとえなにかを守らなければという熱い思いはいまだ感じられなくても、自分のなかのその部分にうすうす気がつきはじめ、戦士の自分を呼び覚ましたいと思いはじめるひともいる。ある特定の関係のなかで、または特別な状況下において、自分のなにかを守るために立ちあがらなくてはならないときがくるかもしれない。あるいは、夢を実現させようと思いたつとか。それを形あるものにするためには、自分には勇気とか、それを成し遂げるためのエネルギーといった戦士の持つ力が必要になるときがくるだろう。あるいは自分のなかに巣食っている恐れだとか不安だとか無力感に気がついて、内側で眠りこけている盟友としての戦士を奮い立たせることは、あなたが人生を変えるために必要としていたものである可能性もある。

ここまで読んでくれればうすうす気がつかれるかもしれないが、「内側で眠りこけている盟友としての戦士」とは、心理学的な用語などではなく、われわれが日本人化していく過程のなかで眠り込ませざるをえなかった内なる「ネイティブ・ジャパニーズ」の部分でもあると、ぼくは信じている。個人的にはどうあれ、日本人論的に言うならば、われわれは戦士である部分を、弥生的な生き方を受け入れて(国家の奴隷となった)ときから封印し、深いまどろみのなか、それを奮い立たせることなく数千年が過ぎようとしている。

内なる戦士、「インナー・ウォリアー」と心理学者が名づけたものをより大きく育てる最も優れた方法はなんだろうか? それはおそらく自分が望むような勇気、勇敢さ、強さ、生き方(死に方)を体現している役割のモデルを選ぶことである。戦士的な生き方があたりまえだったネイティブの伝統文化を守る共同体においては、そうしたモデルとなる人はそれこそいくらでもいた。そういう人たちがどのような存在だったのかは、その名前と共に長く語り継がれている。名前を聞けばその人がどういう戦士だったのか即座に理解できる偉大な戦士が夜空の星のごとくきらめいていた。国家の奴隷となってしまって長い年月を経た国においては、戦士として名を残している人は限られてしまう。では今を生きるぼくたちが内なる戦士を育てるためにどうすればよいのか?

まずは自分からそのモデルとなる人間を見つけなくてはならない。あなたが称賛する生き方をしている神話や伝説の登場人物、映画や本に描かれたキャラクター、自分がそういう生き方をしたいと願うような特定な「戦士」を選び出すこと。出来うるならば、その人と直接会えるのなら会いに行くか、会えない過去の人の場合は、その人に関するありとあらゆる情報、伝記を読み、言い伝えを調べ、その人に直接であったことのある人の話を聞きき気に入ったりして、とにかくさまざまなあなたにとって価値ある情報を丁寧に集めてそのなかに浸ること。

そのうえで毎日のように黙想してそのなかでその人物と出会い、自分がなぜその人に惹きつけられるのか、そのエネルギーの質を検証する。そのようにして自分の内側にそれと同じ可能性が息づいていることを確認していく。自分がそうしたエネルギーを扱えるだけの器であるかどうかを確かめつつ、自らの内側でくすぶっている勇気の炎をより大きく燃やし続けるようにしていく。これは、もちろんそう簡単なことではない。役割モデルとなる人物のすぐそばにいて、その人の一挙手一投足を目を皿のようにしてみることが出来れば、事情はだいぶ違うのだろうが。しかし、ぼくはそれでもこの方法は有効性を持っていると信じる。

ぼくがこの30年近くネイティブ・ピープルの言葉のなかに探してきているのも、そういうエネルギーを求めてのこと以外のなにものでもない。

今回、戦士の話をしめくくるために、ネイティブ・アメリカンのショウニー国の偉大なチーフだったテクムシェ(Tecumseh)の言葉を紹介しておく。テクムシェは「天駆けるパンサー」という意味で、彼の父親も一族では名をはせた戦士だった。この言葉は彼が1813年10月にアメリカ陸軍との戦闘で命を失う前年、甥のスペニカロウブに戦士としての心構えを伝えるために語った遺言のような言葉である。テクムシェは、その後アメリカの副大統領となった軍人によって射殺されたと言われている。戦闘の終わったあと、彼の遺体は結局見つかることはなかった。図版は1812年の闘いのときのテクムシェの肖像画とされるもの。

なおこの言葉の翻訳は小生がおこなった。つまりこれはぼくのハートには彼の言葉がこのように聞こえたという意味である。ネイティブ・ピープルの言葉は、誰がそれを翻訳したのかによってそこにこめられるエネルギーの質が異なることをご理解いただければと思う。

死にたいする恐怖を、けして自分の心に入らせないようにして、生きるべし。それぞれの宗教のことで、誰とも問題を起こすべからず。おのおのの人間のものの見方を敬い、相手にも自分のものの見方を敬うように求めよ。生きることを愛し、おのれの人生を十全なものとなして、与えられるすべてを、ことごとく美しいものとなせ。出来うる限り長く生き、一族のために奉仕する道を探し求めよ。偉大な分水嶺を超えてゆくその日のために、高貴なる死の歌を用意しておけ。人けのないところで、誰かと出会ったり、すれ違うようなことがあれば、それが友だちであれ、また見ず知らずの他人であれ、常に一声かけるか、声を出さないまでも、仕草で相手に敬意をあらわすべし。すべての人に敬意を態度で示せ。だが誰に対しても卑屈な態度をとるべからず。朝目を覚まして起き上がったときには、食べるものと生きることの喜びに感謝を捧げよ。もし感謝を捧げる理由がおのれのなかに見つけられないときには、その誤ちはひたすらになんじがうちにあることをわきまえよ。誰にたいしても、なににたいしても、虐待をしたり、迷惑をかけたり、おぼれたり、価値を卑しめたりしてはならない。そうした行為は、賢者を愚者にし、ヴィジョンからスビリットを奪いさる。そしていざ、自分に死ぬときがきたら、死ぬことの恐怖に胸を詰まらせ、涙ながらにもう一度、これまでとは違うようにあと少しだけ生き長らえさせてくださいなどと祈ったりするようであってはならない。おまえは自らの死の歌をうたい、英雄が故郷に帰るがごとく、死地に赴け。

ショウニー国チーフ テクムシェの教え

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Wednesday, November 21, 2007

感謝祭なんてありがたくもなんともないと主張するネイティブの人たちの集会とコンサートのポスター

NO THANKS NO GIVING

アメリカでは11月の第4木曜日を
感謝の日だという人もいるが
嘆きの日だと主張する人もいる。
ことほどさように
相対立するふたつの物語とともに
感謝祭の休日は作り出された。

自分たちの神だけを信じる巡礼たちと
偉大なる精霊の声を聞くインディアンたち。
自分の生まれた国土との絆を失った人たちと
自分の生まれた大地との絆を守る人たち。
立場の異なる両者の出会いは
征服者たちがそう思いたがっているように
ほんとうに友好的なものだったのだろうか?

当ブログ過去記事

reddot サンクスギビングって、いったいなんなの?

reddot サンクスギビング

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携帯からのブログへのアクセスが制限されます

★毎日21時から終日、携帯からのココログブログへの閲覧が制限されています。ココログ側の発表では制限は当面続くらしく、当ブログもその影響を受けます。詳細は「お知らせココログ」まで。

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熊には不思議な力があるということを教えるニュース

熊が死んだふり? 撃った男性、反撃され重傷 岩手

20日午後2時ごろ、岩手県八幡平市の山林で、岩手北部森林管理署職員安保裕一さん(55)=八幡平市下モ川原=がクマに襲われ、顔などに重傷を負った。

岩手署によると、安保さんは狩猟のために同日昼ごろ入山。見つけたクマを銃で撃ち倒した後に近づいたところ、クマが突然起き上がり襲われた。安保さんは口や手などに大けがを負ったが自力で下山。クマは逃げたという。

Source : MSN産経ニュース (事件)2007.11.20 21:55

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今日は世界の10人に「コンニチハ!」をつたえよう

Peace11月21日、今日は35回目の「世界ハローの日(World Hello Day)」です。といってむずかしく考える必要はありません。この世界的なイベントに参加するためには、とりあえず10人の人に「こんにちは!」と声をかけさへすればいいのです。

平和を守るためには個人と個人のコミュニケーションが大切だと言うことを行為でとりあえず示してみる日、それが「世界ハローの日(World Hello Day)」なのですから。

「世界ハローの日(World Hello Day)」の公式ホームページによれば、「世界ハローの日(World Hello Day)」は1973年の秋にエジプトとイスラエルが一触即発の戦争の危機に陥ったことをきっかけにはじまりました。今では世界180の国々の人たちがこれに参加しています。

自分が世界平和に関心を抱いているのだと言うことを公表する良い機会として世界中の人たちが「世界ハローの日(World Hello Day)」を使っています。これまでにノーベル平和賞を受賞した人のうち31人が、同じように「世界ハローの日(World Hello Day)」が平和を守るための道具としての価値があり、世界のどこにいても誰もが平和を作り出すプロセスに貢献できると認めているそうです。

とりあえず、あなたに、ハロー!

November 21st, 2007
WORLD HELLO DAY
Greet Ten People for Peace
OFFICIAL WEB SITE

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Tuesday, November 20, 2007

風の楽器と大地の楽器

Huaira電車のターミナルとなっている大きな街の駅前に出てみると、たまに「コンドルは飛んでゆく」に代表されるフォルクローレを奏でる南米の人たちのグルーブと遭遇することがあった。髪の黒いボリビアやペルーのインカの人に代表されるような顔つきの彼の地の先住民らしき人たちが、原色のポンチョなどの民族衣装を身につけて、シーク、ケーナ、ワンカラ、サンポーニャといった民族楽器を奏でていたりする。新宿などの騒音が激しいシティではエレキギターを加えて増幅されたでっかい音でフォルクローレを合唱して人びとの足をとめてささやかな寄付を求めているバンドもいたりする。いくら出稼ぎとはいえ、しかしアンデスの音楽にエレキは似合わないな。でもこれは日本だけの現象ではなく、アンデスの民族音楽は今世界の各地に広がりつつあるのだというちいさなニュースを目にした。

アンデスの音楽は、アンデス山脈のスピリットからの贈り物なのだという話を、昔、聞かされたことがある。アンデスの音楽に用いられるのはケーナのような口から息を出して吹く「風の楽器(管楽器)」と太鼓などの「大地の楽器(打楽器)」のふたつ。風の楽器は「ファーザー・スカイ(父なる空)」を、大地の楽器は自然をふくむ「マザー・アース」を象徴するのだと教えられた。そうしたふたつの種類の楽器たちによって奏でられる音楽は、ひとつの宇宙と、自然界のバランスをあらわすのだと。アンデスの人たちは通過儀礼における生と死を、あらゆる変化を、種まきや収穫を、音楽で祝ってきた。先住民の音楽はそれぞれの共同体の有り様の一部にしっかりと組み込まれていて、なんの目的もなく演奏されたり、単に娯楽のためにのみ演奏されることは絶対になかった。それぞれの歌に、メロディのひとつひとつに、意味や伝えているものがあるのだな。

写真はケチュア語で「風」を意味する「Huaira(ワイラ)」という名前をつけたアンデスの伝統的音楽のグループ。ワイラはアメリカをはじめとして世界各国を回って演奏を披露している。

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Monday, November 19, 2007

30年ぶりのザ・ロンゲスト・ウォーク

LONGEST WALK 2008

1978年にサンフランシスコからワシントンDCまでアメリカの国を歩いて横断するというネイティブ・アメリカンの人たちを中心とした自発的示威行動がおこなわれた。カリフォルニア、ネバダ、ユタ、コロラド、カンサス、ミズーリ、イリノイ、アイダホ、オハイオ、ペンシルバニアとほぼアメリカ大陸のまん中を横断し、ロンゲスト・ウォークと呼ばれたこのアメリカ大陸をひたすら歩く、地球浄化の祈りとしての歩きを母なる地球に捧げるこの歴史的なイベントから、後にセイクリッド・ランという毎年の行動が派生した。その結果、世界各地で地球とその環境のために長い距離を自発的に走ったり歩いたりするひとがあらわれたし、ネイティブ・アメリカンにたいする人びとの認識もこのロンゲスト・ウォークをきっかけにして大きく改められた。ぼくの友人たちのなかにはこのロンゲスト・ウォークを契機にネイティブ・アメリカンの人たちと親交を持つようになった人たちがかなりいる。

セイクリッド・ランはおよそこれまでに1000人の参加者をえて、地球の上を40000キロ以上も巡り、アメリカ合衆国、日本、オーストラリア、カナダ、アイルランド、スウェーデン、スコットランド、ノルウェイ、ベルギー、ポーランド、フィンランド、エストニア、ラトビア、ロシアといった国々を通り過ぎてきた。そして来年2008年は、このロンゲスト・ウォークが30年目の区切りを迎える年であり、今度は前回とは異なるルートで、そして「母なる地球の清掃 Clean Up Mother Earth 」を使命とし、「いのちはすべて神聖なり ALL LIFE IS SACRED 」というメッセージを掲げて、再びロンゲスト・ウォークをおこなうと、インディアン運動(AIM)をリードしてきた活動家のデニス・バンクスが発表し、行動のための物質的・精神的・経済的なあなたの支援と、ウォークへの参加を求めている。

上の地図の緑色の先が前回のコースで、赤色が来年のコースである。来年のコースには、ナバホやホピの土地も当然ふくまれる。2008年2月11日にサンフランシスコを発ち、前回辿らなかったアリゾナ、ニューメキシコ、テキサス、オクラホマ、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、テネシー、ヴァージニア、そしてワシントンDCと南回りで、ハリケーンによって大きな被害を受けたセントルイス周辺のネイティブのコミュニティーを力づけ、アメリカ合衆国を横断する祈りとしての、のべ4400マイル、7000キロを有に越す前回に輪をかけての長い歩きである。予定では5ヶ月後の6月11日に目的地ワシントンDCに入る。支援や参加の申込は、ザ・ロンゲスト・ウォーク2のウェブサイトで。

arrow2 The Longest Walk 2

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あなたを小さくするもの

利己的になればなるほど
あなたの世界は狭くなる

利己的であることで
人は自分を小さくする


エドナ・ゴードン、セネカ国のグランマ
ホーデノショーニ、シックス・ネーション、ホーク・クラン

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Friday, November 16, 2007

ハチドリに生まれかわった若き戦士の話 アパッチ

hummingbirdウインド・ダンサー、「風の踊り手」という名の、ひとりの若き戦士のことを、今に語り継ぐ、アパッチ一族の伝説について、お話ししよう。

ウインド・ダンサーは生まれたときから耳が聞こえなかった。しかし彼には言葉にならない魔法の歌をうたえるという才能が与えられていた。彼がその魔法の歌をうたうと、病が癒され、晴れの天気がもたらされた。

ウインド・ダンサーは、「輝く雨」、ブライト・レインという名前の女性と結ばれた。ブライト・レインは若くて麗しい女性だった。彼女が一匹の狼に襲われそうになったとき、彼女のいのちを救ったのが風の踊り手、ウインド・ダンサーだったというのがなれそめだ。

ウインド・ダンサーはそうやって多くの人を救い出したが、しかしあるとき自ら身を賭し危険にあるいのちを救おうとして彼は殺されてしまった。一族の誰もが彼の死によってひどく寒い、死ぬほどの冷える冬の到来を予感した。そして実際刺すような寒さが到来しかけた。

ところがある日不思議なことに、いきなりその寒さが終わってしまったのだ。それはブライト・レインがたったひとりで、ぶらりといずこかへと散歩に出かけた直後の出来事だった。

一族の長老たちはウインド・ダンサーが彼女のもとへ、いちわのハチドリとなって帰ってきたことを知ることになった。そのハチドリは、彼が儀式の際に身につけるのと同じ衣装をまとい、同じ戦の化粧をほどこしていた。

春の花たちが咲きほこる草原で、いちわのハチドリとなったウインド・ダンサーはブライト・レインに近づき、彼女の耳元であの魔法の歌をささやきかけた。そしてその魔法の歌が、彼女に平和と喜びをもたらしたのだった。

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OUR HOME  わたしたちが「家」とよべるただひとつの星

Our Home 1
Our Home 2

宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプレスリリースによる画像の解説は以下のとおり。

上の画像は、平成19年11月7日14時52分(日本時間)に「かぐや(SELENE)」ハイビジョンカメラ(広角)から撮影され、JAXA臼田宇宙空間観測所にて受信した動画の一部を静止画像として切り出した「地球の出」の写真。月面は北極付近で、地球にはアラビア半島、インド洋などが見える。

下の画像は、平成19年11月7日12時07分(日本時間)に「かぐや(SELENE)」ハイビジョンカメラ(望遠)から撮影され、JAXA臼田宇宙空間観測所にて受信した動画の一部を静止画像として切り出した「地球の入り」の写真。月面は南極付近で、地球の中央左にはオーストラリア大陸、右下にアジア大陸が見えている(画面の上が地球の南になっているため、オーストラリア大陸の上下が通常とは逆)。

next 宇宙航空研究開発機構プレスリリース 2007年11月13日

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Wednesday, November 14, 2007

リザベーションを舞台にした超自然的なスリラー映画

先週の土曜日に発表された第32回アメリカン・インディアン・フィルム・フェスティバルで最優秀映画に選ばれた「インプリント(しるし)」のトレイラー。パインリッジ居留地やバッドランドが舞台となった超自然現象を扱ったスピリチュアルな現代スリラー。予告編を見る限りかなり面白そうだけど。

プロデューサーのクリス・イアは、チェロキーとアラパホの両方の部族の血を受け継ぎ、1998年におなじアメリカン・インディアン・フィルム・フェスティバルで最優秀映画賞を受賞した「スモーク・シグナルズ」の製作者でもある。サンダンス映画祭で高い評価を得たその映画は99年に日本でも公開されたし、テレビでも最近放映された。そういえば当時映画のプロモーションで来日したときに、試写会が終わったあと、ぼくは雑誌の仕事で学生のよう見えるスニーカーとブラックジーンズにTシャツ姿の彼と話し込んだことがある。ネイティブ・アメリカンの今を常に見据えて、そこから作品作りをしている彼にぼくはそのとき以来注目している。

Official Chris Eyre Website

Imprint
Director: Michael Linn
Chris Eyre and Linn Productions
88 Minutes • USA

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Sunday, November 11, 2007

ノーマン・メイラーが残したものを思いながら

ノーマン・メイラーが急性腎不全で亡くなった。彼はレポーティングのスタイルにおいてぼくが影響を受けた作家のひとりだ。いわゆる「ニュージャーナリズム」とされるもの(目に見えるものも感じるものも報告する書く技術)の枠組みを作りあげるのに貢献した作家のひとりで、ぼくは彼の書いた小説より70年代以降の戦争中毒のアメリカを描いた「なぜぼくらはヴェトナムへ行くのか?」とか、アポロの月着陸について報告した「月にともる火」、世界ヘビー級チャンピオン、ジョージ・フォアマンとモハメッド・アリとのタイトルマッチを報告した「ザ・ファイト」、911がアメリカ国民にもたらした「狂気」についての考察である「なぜわれわれは戦争をしているのか」といったルポルタージュというか、時代のレポーティングに魅力を感じていた。時代に流されることなく、クールに自分の立つ場所を持ち続けた希有なニューヨーカーだった。享年84歳。

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Saturday, November 10, 2007

現代の日本人は全国平均で縄文系3、渡来系7の割合で双方の遺伝子を併せもつですと

start_quote日本列島の住民のなりたちは、在来の縄文人(南モンゴロイド)と、弥生以降の渡来系の人びと(北モンゴロイド)の双方を視野に入れてとらえなければならない。現在のアイヌ民族、琉球民族は、南モンゴロイドに属する先住民族であるが、大多数を占める「日本民族」は、弥生以降に大挙して朝鮮半島から渡来するようになった北モンゴロイドと在来の南モンゴロイドが混合して形成された集団である。

あるシミュレーションによると、現代の日本人は全国平均で縄文系3、渡来系7の割合で双方の遺伝子を併せもっており、西日本ではさらに渡来系の比率が高いといわれる。「新撰姓氏録」(815年)によると、畿内の1182の氏のうち渡来系と分類されている氏が326におよぶ。7世紀後半に成立する「日本」なるものは、そうした弥生文化とその系譜のうえに創出されたのである。この点をあいまいにしたまま、縄文文化と「日本」を無媒介に連続させ、「日本人」や「日本文化」の起源をむやみにさかのぼらせるのは適切なこととは思えない。end_quote.gif
(康成銀、朝鮮大学校教授)       [朝鮮新報 2007.11.9]

Source : 朝鮮史から民族を考える 3 朝鮮民族の形成発展(上)

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Friday, November 09, 2007

ペルーの未接触部族をパワー・ハングリーな文明が滅ぼそうとしている

Ashéninka girl
Ashéninka girl, River Yurua, Peru
© David Hill / Survival
ペルーの未接触部族は、他のアマゾン流域の先住民がこの500年に体験したのと同等か、あるいはそれよりもさらにひどい困難を味わいつつあると、ペルーのアマゾンに暮らす先住民の指導者が語ったと、サバイバル・インターナショナルが報じている。

「最初の植民地主義者がアマゾン地帯に足を踏み入れて以来、その目的は常にわれわれの自然資源の搾取にあった」と怒りをあらわにしたのは、ペルー・アマゾン・インディアン機構の代表であるアルベルト・ピザンゴ・チョータ氏。彼の組織は未接触部族を今あるそのままの状態にとどめおき守ることを支援してきたという。

ペルーには現在、推定で15の未接触部族が存在する。未接触部族とは、これまでにエネルギー・ハングリーな文明世界とコンタクトをとったことがない部族、つまりいまもなお「前の世界」、わかりやすくいえば「縄文時代」を生き続けている人たちの小集団のことである。

そしてその人たちのすべてが、ペルー政府による石油と天然ガスの資源調査や不法に彼らの領土に侵入する製材業者たちのために、いままさに存在そのものが脅かされているという。

その人たちは長いこと文明世界から隔絶したところで暮らしていたために、外界から人が持ち込む疫病にたいする免疫をもっておらず、どのような形であれ外の人との接触がそのまま彼らの命運を左右してしまうのである。1980年代には、石油資源の探索がおこなわれたためにそれまで未接触部族だったナワ族の人口が半減したとされる。

Source: Amazon leader – uncontacted tribes suffer worst experience in 500 years

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Thursday, November 08, 2007

フロイド・ウエスターマンの症状が危機を脱したようだ

1日にして「フロイド・ウエスターマンの症状が危機を脱し驚異的な回復をみせた」というメールが、彼の家族から友人を経由して今朝送られてきたので以下にそのまま掲載する。

Hello Friends,

Just giving everyone an update that Floyd is recovering now. He has made tremendous improvement in the last day. Thank you to all those who have sent their prayers and good thoughts. He appreciates all the support and love everyone has shown.

At this time, we ask if everyone can kindly make a donation by purchasing either of his CD's through paypal using the link on Floyd's My space page . The proceeds will go directly to Floyd to aide him. Please use the link on the My space page or send a check to the mailbox listed on the page.

The proceeds from any CD sold on Amazon.com or any other internet services that are selling Floyd's CD do not go to him. So please purchase through Floyd's My space page.

Donations are also greatly appreciated and accepted. Thank you for your continuous love and support for Floyd.

The Westerman Family

Floyd Westerman’s My space Website: http://www.myspace.com/floydredcrowwesterman

MTBW – A special thank you to all the subscribers and others who wrote to tell me that they were praying for Mr. Westerman’s recovery. Once again, we see the power of prayer and how unity can accomplish so much.

昨日の記事の書き込みにもセージを焚いて祈りを送ってくれた人がいることからもわかるように、上の手紙はそうやって祈りと良き思いを贈ってくれたすべての人たちへ感謝を述べるものである。かろうじて危機は脱したものの、この先家族に重圧がかかるのはアメリカのバカ高い医療費であり、いくらフロイド・レッドクロウ・ウエスターマンとはいえひとりのインディアンであるわけで、さほど豊かなわけではない。彼の家族は手紙のなかで、彼のCDを買うことによる支援や寄付を仰いでいる。その場合、フロイドのCDを販売しているアマゾンや他のインターネット・サービスでは、直接彼の家族のところにお金が届かないので、CDを買うときには彼の「マイスペース(My space)」のページから購入してほしいと書かれている。「マイスペース(My space)」での購入や寄付は、PayPalという決済システムを通じて、すべて彼の奥さんであるロージーのもとに直接届く。My space では彼の歌が聴けるし、彼への思いを伝えることもできる。一度ご覧になると彼がいかに愛されているかがわかるだろう。

今日もセージを焚こう。

arrow2 MySpace.com - Red Crow

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Wednesday, November 07, 2007

フロイド・レッドクロウ・ウエスターマンが病に倒れた

Floyd Red Crow Westermaneaglefthr.gif昨晩遅く、友人からのメールで、今年71歳になる[かねてから肺の病を抱えておられた]フロイド・レッドクロウ・ウエスターマンが重い病気で倒れたと告げられた。映画『ホピの予言』にも彼の歌(「BIA」)が使われているし、写真をご覧になればおそらくたくさんの人が彼を銀幕の上で(ダンス・ウィズ・ウルブスでテン・ベアというチーフの役を演じていた)知っているのではないかと思う。彼の奥さんのロージーは、現在たてこんでいるので電話による連絡や訪問は避けてほしいと言っており、そのかわりに彼のために煙と祈りを贈ってほしいと伝えてきた。すでに携帯のメッセージはいっぱいだそうだ。エルダー・ウエスターマンは、ネイティブ(ダコタ・スー出身)のアーティスト、シンガー、アクターとしてだけでなくその存在そのものがとても偉大な人物であり、ネイティブ・アメリカンの権利回復と文化復興にかかわるほとんどすべての動きを支援し続けた。彼の影響を受けた「日本人」もかなりの数にのぼる。

心あるすべての彼とつながるみなさまへ、すべてのいのちを作られた存在に向かって感謝を捧げ、グランドファザー・ウエスターマンの回復を祈られたし。ぼくも今日はわずかしか残っていないセージを焚くことにする。

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雲の人

clouds子供のころから雲を見るのが好きだった。アメリカの沙漠に通い始めてからいっそうその思いを強くした。大気中の湿気が少ないぶんだけ、雲が非常にくっきりと形作られるからである。雲の形とそれを見る人間の意識とが連動しているらしいと気がついたのは、十代の終わりのころだったろうか。雲の形を変えたり消したりするのは自分にとっては意識の集中のトレーニングみたいなものだった。今でも雲を見ているといくらでも時間を過ごすことができる。

ネイティブ・ピープルの世界では、雲の中には人が住んでいるとされている。雲が人間の形になることがしばしばあるからかもしれない。誰かの横顔にそっくりな雲をあなたも見たことがあるだろう。雲のなかの人は「クラウド・ピープル」と名づけられている。

そこでひとりの雲を見る少年の話をしておこう。

その小さな少年は、父親が矢を何本も作り終えるのを待つあいだ、かたわらにひとりで立ったまま空の移り変わりを見つめていた。

あるとき少年が口を開いた。

「ねえ父さん、雲に人の顔が見えることがあっても、すぐ別のものに姿を変えてしまうのはなぜなのかな?」

「それはな、息子よ、クラウド・ピープルはお前に物語を聞かせてくれているのだ。一緒に空を見て、空の国が今日お前に教えようとしている不思議な力の物語を、雲の動きを見て聞かせてくれないか?」

ふたりが空を見ていると、雲が形を変えてやがて大きな巨人の横顔が浮かびあがった。巨人はまるで口笛でも吹くかのように口をすぼめていた。しばらくするとそれは姿を変えて、気流に乗った一羽の鷲が羽根を広げている姿をしばし見せた。そしてそのあとでまた姿を変えたかと思うと、今度はひとりのインディアンの戦士の姿になった。天空を横切るように飛ぶ一本の雲の矢をその戦士は手を伸ばしてつかまえようとしていた。つぎの瞬間、その矢が一本の鷲の羽根に形を変えて、ゆっくりと遠ざかっていった。

そうした一連の絵のつながりを見終えたあと、少年は父親に、自分は風のチーフがその吐き出す息で鷲の羽根を持ちあげるのを見たと説明した。大地に立っていたひとりの戦士が頭よりたかいところにある真実の矢をつかまえようとしたところ、その戦士は鷲の兄弟に姿を変えて、偉大なる神秘が天空の国からおくってくださったスピリチュアルなメッセージとしての真実を理解したのだと。

話を聞き終えると、父親は息子がおのれとつながるもののひとつの声を聞くことを学んだことを理解して、にっこりと微笑んだのだった。

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Saturday, November 03, 2007

これは興味深そうな番組なのだが

特集 サイエンスZERO「日本人の起源に迫る」

チャンネル :教育/デジタル教育1
放送日 :2007年11月 3日(土)
放送時間 :翌日午前0:00~翌日午前1:00(60分)

番組HP:番組ホームページ http://www.nhk.or.jp/zero/

番組内容
▽ミトコンドリアDNAの塩基配列からその変異の型を解析し、古代からの人類の流れを解明する試みが行われている。日本人がどこから来たか、解明の成果を紹介する。

詳細
ミトコンドリアDNAの塩基配列からその変異の型を解析し、古代からの人類の流れを解明する試みが行われている。ミトコンドリアDNAは、母親から代々受け継がれるため、母方の先祖をたどることができるのだ。国立科学博物館では、現代日本人のミトコンドリアDNAの配列を詳しく解析し、日本人がどこから来たのか解明を進めている。分子人類学の最新の成果を紹介する。

出演者ほか
【ゲスト】国立科学博物館人類研究部研究主幹…篠田 謙一,
【コメンテーター】東京大学大学院教授…佐倉 統,
【司会】安 めぐみ,熊倉 悟,【語り】谷地 健吾,【声】寺田はるひ

面白そうだが、なにぶん今夜遅くなもので。

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Friday, November 02, 2007

セージとマリファナの煙の匂いの違いがわかりますか?

Rose Paz and her son Marcus Chapman分のまわりだけなのだろうが、最近では日本でもセージを焚く人が増えているような気がする。乾燥させたセージや、セージ・スマッジといってセージを3センチほどの束に寄せ集めて糸でくくったものを販売する店もあるという話を聞いた。

セージの独特の香りは、心を静めるのに最適だと、ぼくも思う。人の集まるところで会場の空気を整えるためにセージを焚くこともある。セージは太古からネイティブ・アメリカンの人たちにはなくてはならない大切な聖なる4つの薬草のひとつで、魔を払い、ネガティブな思考や感情を逆転させる働きがある。

聖なる4つの薬草とは「セージ」「スイートグラス」「シーダー」「タバコ」であり、これらは今もメディスン(不思議な力を秘めたもの)として病気の治療や宗教儀式において使用され続けている。

インディアンの人たちがしばしば言うのだが、「セージのことなどなにも知らない人がこの匂いをかぐと、マリファナの煙だと勘違いすることが問題といえば最大の問題だ」ということになる。セージとはいかなるものなのかをはっきりと認識しておく必要性が高まっていることは間違いない。

ウスダコタのスーフォールズに建つアパートで、12歳になる息子と暮らすローズ・パズさん(写真)は運命的にヤンクトン・スーの人間だ。彼女は毎晩のように部屋にしつらえた自分なりの祭壇で太い蝋燭に火を灯し、セージを焚いてきた。それは彼女にとっては1日をしめくくり心身をリラックスさせ平和な気分に浸るための儀式のようなものだった。あの日までは・・・

Sage burning先月10月下旬のある晩、いつものようにアパートの部屋で彼女が乾燥させたセージを少しずつ焚いていたところ、いきなり数名の警察官に非合法ドラッグを使っているとして踏み込まれたのだ。

たまたま捜査員のなかにひとり、部屋に漂っている独特の香りがセージを焚いているものであることを知っている人間がいたために、なんとか容疑は晴れて難を逃れたものの、それ以後彼女は落ち着かない不安な日々を過ごすようになった。セージを焚いたぐらいで警察に踏み込まれるようなことが二度と起きてほしくないと彼女は考えた。なんとかアパートの他の人たちにセージのことをちゃんと知っておいてほしいと。

「セージを使うわたしたちのことを知っていた警察官がいたことは幸運でした」とローズ・パスさんはひとりのヤンクトン・スーの人間として語っている。「アパートの支配人のところに行き、きちんと事情を説明できたこともよかったと思います」

サウスダコタ州はもともと「偉大なるスーの国」があったところであるけれど、ご多分に漏れず今では白人文明が支配的になっている。このサウスダコタに暮らす白人たちの多くが、ネイティブ・アメリカンの人たちの精神文化について今なお偏見と誤解を抱いていて、セージの匂いをマリファナの匂いと勘違いする人たちがかなりるのも事実だ。それが原因で、ローズ・パスさんのようなネイティブの人たちは自分たちの生き方を守りにくくなり、居心地の悪い思いをさせられることもしばしばであると、この小さな事件のことを伝えるスーフォールズの新聞の記事は書いている。

ローズ・パスさんはそのことがあって以降、無力感に襲われてセージを焚くのが怖くなり、一時は儀式をひかえようとも考えたが、他のアパートの住人をすすんで自ら「教育」することでその恐怖を乗り越えることができたという。「わたしたちの祖先はみんなこれを使って祈りをあげてきたのです。このセージの香りだけが、今のわたしとあらかじめ失われていた祖先たちとをしっかりつないでいる大切なものなのです」

Source:Mistaken identity clouds native rite

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Thursday, November 01, 2007

「我々はアイヌの血を引く蛮族」という政治家のものすごい発言

「我々はアイヌの血を引く蛮族」民主・山岡氏 直後撤回
asahi.com 2007年10月31日19時08分

imagename民主党の山岡賢次(写真)国会対策委員長は31日、自民党の大島理森国対委員長との会談で、同席した別の2人を指して「2人はヤマトンチュ(沖縄の方言で本土出身の人)の貴族だから」とした後、大島氏と自らを「こちらはアイヌの血を引く蛮族ですので」と発言した。直後の記者会見で山岡氏は「冗談だ。誤解を与えたとすれば申し訳ない」と陳謝し、発言を撤回した。

発言は会談冒頭の写真撮影の際に行われた。山岡氏は発言の真意について「大島委員長の地元は青森、私は栃木県真岡市で、北の方だ。大衆、生活者という総称において、私らは生活者中心の(大衆的な)土壌から出ているんだ、という意味で申し上げた。そういう立場を擁護しようという意味だ」と説明した。

アイヌ民族に対する認識について、山岡氏は「日本の先住民族ですから、同じ日本人であるし、特に意識をしたことはない」と説明。「誇りに思い、(大衆的な立場を)代表して言っているという解釈をしていただきたい」と語った。

arrow2 asahi.com:「我々はアイヌの血を引く蛮族」民主・山岡氏 直後撤回

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