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Thursday, September 13, 2007

「美しい国」は誰が創られたのだろうか?

Cheyenne Warriors

ここにお聞かせするのは、シャイアンの人たちが歴史をどのように伝えているのかを知るために参考になる話である。19世紀末から20世紀初頭にかけてのアメリカの人類学の重鎮だったジョージ・A・ドージィ George A. Dorsey の1905年の報告に記録されている「シャイアンの創世記 グレイト・メディスンが美しい国を創られた」を個人的に興味があって翻訳してみたものだ。十数年程前に、おなじシャイアンの人たちに伝えられたメディスン・ストーリー(不思議な力の物語)である『ジャンピング・マウス』のできる限りオリジナルに近いものを探しているときに出会った話のひとつだ。

話は17世紀後半に、おそらくはすでに渡来のフランス人から火器を手にしていたオジブエの人たちから追われるようにして、シャイアンの人たちが自分たちが狩り場としていたアメリカ大陸北中央部から出ることを余儀なくされたときの状況を、象徴的には伝えているものだろうと推測される。しかしそれだけでなく、この話は、18世紀から19世紀にかけてのシャイアン一族の分裂も伝えているらしい。いずれにせよ、文字を持たなかった人たちの歴史は、たくさんのシンボルが散りばめられたこのようなお話しとして伝えられてきた。文字を持たされてしまったわれわれには、文字を得たのとひき換えに、象徴的に歴史を見る目を永遠に奪われてしまったのだった。

北山耕平 記


Imagename

グレイト・メディスンが美しい国を創られた


すべてのはじまりにさいして、グレイト・メディスンは大地をお創りになられた。そして大地のうえに水を創られた。次に太陽を、月を、そして星たちを創られた。それらができあがると、グレイト・メディスンははるか北の外れのところに美しい国をひとつお作りになった。

そこには冬はなく、氷も、雪が降ることも、凍てつく寒さもなかった。気候は常に春。そこかしこに野生のさまざまな果物やベリーが実り、いくつもの巨木の投げかける影が、大地を縫うように流れる清らかな水の流れを覆っていた。

この美しき国に、グレイト・メディスンはありとあらゆる動物たちや、鳥たち、虫たち、魚たちを置かれた。そしてそれから彼は人間をお作りになり、ほかの生き物たちとともに暮らすようにした。動物たちはすべて、大きいものも小さいものも、鳥たちもすべて、大きいのも小さいのも、魚たちもすべて、そして虫たちもすべて、人間と話ができ、その言葉を理解できた。人間たちも互いに理解し合えた。なぜならみな共通の言葉を話し仲良く暮らしていたから。

彼らはあえて身を隠すものをまとう必要もなく裸で暮らし、野生の果実やハチミツを食べて、ただの一度も飢えることはなかった。人間たちは野生の動物たちとともにあちらこちらと歩き回り、夜になって疲れると、みなはつめたい草の上にごろりと横になって眠りについた。仲のよい友だち同士だったので、陽があるうちはほかの動物たちともよく語りあった。

グレイト・メディスンは3種類の人間を創られた。まず最初に創られたのは、全身が毛で覆われた毛むくじゃらの人間だった。2番目に創られたのは、頭と顔とそれぞれの脚に毛が密生した白い人を創られた。3番目には赤い人を創られた。赤い人は頭にだけ長い髪をはやしていた。

毛むくじゃらの人間たちは力があり活動的だった。顔に長い髭を蓄えた白い人たちは狼たちと同類だった。なぜならこの美しき国においては、白い人も狼も、とにかく他を抜いて狡猾でずる賢い生き物だったから。赤い人たちはみな、走るのが得意だった。身のこなしが軽やかで、動きが速かったから、まだ誰も人間が肉を食べることなど知らなかったときに、グレイト・メディスンはこの人たちに魚を捕まえて食べることをお教えになられた。

それからしばらくして、毛むくじゃらの人たちが北の国を離れて、荒れ果てた大地の続く南を目指した。それに続いて赤い人たちも彼らの後を追って南に向かう準備をはじめた。しかし赤い人たちが美しき国を離れる前、グレイト・メディスンはみなを呼び集められた。赤い人たちが一堂に会するのはそれがはじめてのことだった。

グレイト・メディスンは彼らを祝福したあと、ずっと眠ったままでいた赤い人の頭を覚醒させるために、なにがしかのメディスン・スピリットを授けられた。このことがあって以来、赤い人たちは頭を使うようになり、自分たちがなにをすべきかを理解するようになった。グレイト・メディスンはなかのひとりにとくに白羽の矢を立て、一族の者たちに教えをほどこして集団としてひとつにまとめるようにと、このものに命じられた。結果、ひとり残らず全員が働くようになり、裸の身体にもパンサーや熊や鹿の毛皮をまとうようになった。

グレイト・メディスンは彼らに力をお与えになり、さまざまな石を好きな形に切り出したり、大きな岩のかたまりから火打ち石を切り取ったり、矢尻や槍の穂先や石のコップや鍋や斧などができるようにされた。そしてそれ以後赤い人たちがばらばらになることはただの一度もなかった。

やがて赤い人たちも美しき国を離れ、毛むくじゃらの人たちが辿った道を使って南の同じ方角を目指した。毛むくじゃらの人間たちはあいかわらず裸のままで暮らしていたが、グレイト・メディスンの教えがあったので、すでに着るものを身につけるようになっていた。

赤い人たちが南に着いたとき、先にきていた毛むくじゃらの人たちは、散り散りばらばらになって、めいめいが勝手に丘の影や山々のなかの洞窟に家を構えていた。赤い人たちはめったに毛むくじゃらな人たちの姿も見ることはなかった。赤い人たちがやってきたときには、毛むくじゃらな人たちはそれぞれの洞窟のなかに隠れるようにして外に出ることを恐れていたからだ。毛むくじゃらの人たちも赤い人たちと同じような土器を作り火打ち石を使い、洞窟のなかに木々の葉や動物の毛皮を使って作った寝台で夜は寝ていた。

なんらかの理由で、毛むくじゃらな人たちは数を減らしていき、最後には全員がことごとく姿を消した。この人たちにいったいなにが起きたのかは、今となっては赤い人たちにも皆目わからない。

赤い人たちが南の地についてしばらくたったころ、グレイト・メディスンは彼らに、南の荒れ地が洪水に覆われることになるからという理由で、いま一度北の国に帰ってくるように命じられた。赤い人たちが北のあの美しい大地に戻りついてみると、かつてそこにいた白い肌の人たちと、髭の長い人たちと、野生の動物たちの何種類かがいずこへともなく姿を消しており、人びとはすでに動物たちと話をすることができなくなっていた。

しかし話はできなくなっていたが、そのときには人間はありとあらゆる生き物たちを支配しており、パンサーや熊や同様の猛獣たちにも、望むままに餌を得られるように猟の仕方を教えていた。猛獣たちは数を増やしており、体も、大きく、強く、活動的になっていた。

またしばし時が流れ、再び赤い人たちが美しい大地を離れて南へ向かうときが訪れた。大地を覆っていた水はすでに引いていて、草や木々が生い茂り、荒れ果てていた大地は北の国のように美しく姿を変えていた。しかしその土地に暮らしているあいだ、まだ幾度か洪水が襲ってきて、赤い人たちはその結果、四方八方にばらばらになってしまった。たとえようもない洪水の水がやっと引き、大地が再び乾きあがっても、しかし赤い人たちが昔のようにひとつに集まることはなかった。赤い人たちは、グレイト・メディスンからひとつにまとまるようにと命じられる以前の、あのはじまりのときにそうだったように、それぞれ小さな集団を形作って旅をしていた。

洪水はありとあらゆるものを破壊しつくしていた。人びとは餓死する寸前だった。彼らはもう一度また、三々五々、前のときのように、北のあの故郷に戻りはじめた。だが、人びとが北の大地になんとか辿り着いてみると、そのときには世界が一変していた。美しかった大地がどこも荒れ果てていたのだ。木々が一本もなくなっていた。生きている動物たちは姿を消していた。川には魚一匹泳いでいなかった。かつてはあれほど美しかったふるさとの大地の無残な姿を眺めながら、男たちは声をあげて泣いた。女たちも、子どもたちも、すすり泣いた。これとおなじことが、グレイト・メディスンがわれわれを創られたあのはじまりのときにも起きていたことだった。人びとは再び南の地へ戻り、わずかながら良い年もあったものの、ほとんどの年はひどい状態で、それでもなんとか生き続けた。

それから何百年も過ぎた。そしてまた新しい冬が巡ってくる直前のことだった。大地が激しく震えた。高い山々で火事が起こり煙が立ちのぼった。その冬は再びとてつもない洪水が襲ってきた。冬は長く、またことのほか寒くて、人びとは毛皮を身につけねばならず、洞窟での生活も余儀なくされた。寒い冬は木という木を枯れ死させたが、それでも春の訪れと共に新たな成長が見られた。赤い人たちは大変な被害をこうむり腹をすかせた。

グレイト・メディスンは赤い人たちをたいへんに哀れんで、トウモロコシを授けてこれを地面に植えさせ、バッファローを与えて肉を食べられるようにした。そしてそれからというもの、洪水もなくなり、飢えることもなくなった。人びとは南の地で暮らし続け、成長し、数を増やした。たくさんのそれぞれに異なる集団が生まれたが、話す言葉はみな全部違っていて、2番目の大洪水のあとは、もはや赤い人たちがひとつになるようなことはなかったのだった。

もともとのシャイアンの子孫のなかには、超自然的な知恵を持つマジシャンたちがいたのだ。この人たちは一族の者たちを惹きつけただけでなく、生き延びていた動物たちの心もとらえた。いかにどう猛で、荒れ狂っていたとしても、この人たちの前ではみな手のひらを返したように穏やかになり、言うことを素直に聞いた。この魔法の知識は、遠い北の国からやってきたあのいちばんはじめのシャイアンの人たちから伝えられたものだった。今ではその太古からの儀式を理解できているのはブッシー・ヘッド(「もじゃもじゃの頭」が名前の人物)ただひとりで、シャイアン一族では彼を、神器たるメディスン・アローの守護者とその助手たちと同格に位置づけて考えている。

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