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Saturday, September 29, 2007

ボリビア大統領の次なる打つ手

以下は「サバイバル・インターナショナル・ジャパン」が発信している最新の先住民族情報のひとつです。

ボリビア政府は未接触インディオ保護に動く

ペルー国境の近くに住み、ほとんど知られていない未接触インディオ・グループを保護するため、ボリビア政府は居留地を策定しています。

彼らについて、16世紀に金銀を略奪するスペイン征服者と衝突した、かつて大勢いたトロモナの子孫だと信じている人もいます。

自分たちの領域を死に物狂いで守ったという評判によって、19世紀に西アマゾンでゴム・ブームが巻き起こるまで、彼らはそのまま手つかずの状態でした。

けれども、数万のインディオが、奴隷、虐殺、疫病によって死亡し、そしてトロモナの生存者は、彼らの領域内の最も離れた場所に退いたと信じられています。

確たる証拠はとても少なかったのですが、マディディ国立公園内に孤立したインディオがいると、長年にわたって予測されていました。

ボリビア大統領のモラレスは、インディオの生存を確実にする特別保護区創設の法律にサインしました。居留地域内での石油・ガス開発、採鉱・伐採は、すべて禁止されます。

[森本和男訳]

サバイバル・インターナショナル・ジャパン


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正義を求める闘い

featherビルマの人たちの正義を求める闘いと、アメリカのネイティブ・ピープルである西ショショーニ国の人たちの直面している闘争の根っこは同じものである。ニュウイ(西ショショーニ)の人たちが自分たちの国を取り戻そうとする試みを止めるために、今までのところアメリカ合衆国が公然と惨殺という手段に出ることはなかったのは幸いではあったけれど。ビルマの人たちを助けるためにわれわれにできることはなんだろう?

arrow2 ko htike's prosaic collection

インターネットとの接続が切られる直前の9月27日までのビルマの模様を伝える「ko htike」さんの「ビルマにおける退屈な日常」を伝えるブログを見てみよう。ほとんどがビルマ語で書かれているので英語以外は文字化けしているが、写真の一枚一枚は生々しく現実を写し出している。

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Friday, September 28, 2007

先住民の代表としてエボ・モラレス・ボリビア大統領が先日国連のあるニューヨークで語ったこと

news「主権国家というのは、自らの国のなかに外国の軍事基地を持たない国のことを言う」と、国連総会でニューヨークを訪れたエボ・モラレス・ボリビア大統領(写真)が至極まっとうなことをアメリカに向かって述べた。

エボ・モラレスは世界で最も貧しい国とされるボリビア共和国において南北アメリカで初めて民主的に国家元首に選出された先住民、しかもコカ栽培農家出身の大統領で、南北アメリカの先住民の希望の星でもある。このブログでも彼が大統領になる以前から彼の言動に注目し続けてきた。理由は、日本の他のメディアはおそらく彼の発言などは報道しないであろうから。はたせるかな今回の彼の言葉も、日本では報道されていない。

いのちを守り人類を救うために

ボリビアも第二次世界大戦以降アメリカの軍事基地を受け入れてきたが、非暴力・非参戦の原則に基づいてアメリカの軍隊を自国から撤退させることになっている。この決定だけでなく、モラレス大統領は国連に対して本部をアメリカ合衆国から外に出すように求めた。彼は閣僚の入国に対していやがらせが多く、アメリカに自分たちが歓迎されていないと感じたようだ。

imagename国連総会では、先住民の人権宣言が採択されたことに対し、これに反対した4つの国をのぞく賛同したすべての国々にたいして謝辞を述べたあと、あらためて「異なる生き方を理解するための世界先住民会議」の招集を国連に呼びかけた。

「先住民のコミュニティーにとっては、その慣行が証明しているようにこの地球は聖なるものであるのだから、いのちを守り人類を救うためにそうした経験を一堂に集めてみようではないか」

自然資源はすべての人が使えるようにすべきであると、彼は主張した。「水は人間の権利である。エネルギーは人間の権利である」と。そしてつけくわえた。「そうしたものは特定の個人企業によって搾取されるべきものと考えてはならない」

彼はまた最近話題となっている「バイオ・フューエル(生物燃料)」についても「なぜ車のために食料を生産しなくてはならないのか理解できない。耕された土は、いのちのためにあるのだ! ガソリンが不足したからと言って、なぜ自動車のための食べ物をつくらなくてはならないのか」と言及し、それよりも「贅沢をやめるべきだ。ゴミをいつまでも蓄え続けることなどできない」と語った。

モラレス大統領は「大量虐殺の原因となる経済政策」には反対すると声明のなかで述べ、軍拡競争を強く非難し、「戦争は死の産業である」と宣言した。また世界の経済の不均衡を、わずかな国がその手に富をかき集めているとして非難し、「多数がそれぞれの違いを尊敬しない集団的グローバライゼーションこそがすべての問題の源である」と主張した。

モラレス大統領はこの日出演したラジオのトークショーでも同じような主張をしたあと、「くれぐれもわれわれを悪の枢軸と考えたりなさらないように願いたいと」冗談で話をしめくくったという。

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Thursday, September 27, 2007

とてつもない重荷

核廃棄物は、われわれの子どもたちに、そしてその子どもたちに、さらにその子どもたちの子どもたち、そのまた子どもたちの子どもたちの子どもたちの子どもたちの、さらにそのまた子どもたちの子どもたちに課せられた、とてつもない重荷である。

ルフィナ・M・ロウズ
メスカレロ・アパッチの活動家の言葉
ルフィナは自分たちの居留地に持ちあがった
核廃棄物処理施設に人間として反対する
HAND「Humans Against Nuclear Waste Dumps」
というグループのディレクター

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Wednesday, September 26, 2007

A Special Full Moon Tonight

今晩は満月。それも特別な満月。秋分の日にいちばん近いフルムーンは「フル・ハーベスト・ムーン」と呼ばれる。「収穫月」だ。これってとても美しい響きなのだが、実相はだいぶ違っている。折しも恵みの秋のこのころの農家は、どこも収穫に大忙しで、陽が暮れても収穫作業を続けることもしばしばだった。電気なんてなかったその昔は、月が夜空にあるだけで大助かりで、この満月の日は夜が更けるまで畑で月明かりをたよりに収穫作業にいそしんだと言われてる。夕方には東からのぼってくる今宵の十六夜(いざよい)月。存分に楽しめるといいのだけれど。

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Tuesday, September 25, 2007

この秋のお知らせ第1弾です

feather秋の最初の日です。夜空の月も大きくなってきました。今夜は旧暦8月15日でいわゆる十五夜です。満月ではないのですが、ほとんど満月と言うことで。

今日はふたつお知らせがあります。まずアマゾン(Amazon.co.jp)のなかに開いている「shop NATIVE HEART」に小生が選んだ「来年2008年のカレンダー」のショップを期間限定で開いておいたこと。アマゾンのカレンダーは例年11月の声を聞くころにはあらかた売りきれとなってしまいます。とくにネイティブ・アメリカンを扱ったものなどは、もともと扱う数が少ないのか、けっこう早くなくなってしまうので、早めにチェックが肝要です。そのほかにもおすすめのカレンダーを掲載しておきました。「shop NATIVE HEART」にはカレンダー以外にも小生のお薦めの本や写真集や音楽や映画が並べられています。アマゾンからはいるアフリエイトの代金は本ブログの維持管理費に充てられます。

next Happy New Calendar 2008(期間限定)


petroglyph時の輪講座 2007秋 座学——ホクレア 弓の島へ★スピリットの帰還」(主催アース○サークル/協力 先住民のクラフトショップ Middles 鎌倉長谷)が10月21日(日曜日)の昼に鎌倉極楽寺の古民家アナン邸でおこなわれます。「座学」というのはのんびりと腰をおろし話しあうことからなにかを学びあうことを意味していて、この日は、夏のはじめにハワイからミクロネシアを経て日本列島を、湘南の七里ヶ浜を訪れたホクレア号日本側のクルーでナビゲーターの内田正洋さんをゲストにお迎えし、ディープな視点から学び合う場を開く予定です。ホクレアが日本列島まで運んできたものを確認すると同時に、四方を海洋に囲まれたこの島々で今はあきらめて日本人をやっているわれわれの来し方行く末のことなどに思いを馳せたいと思います。定員は40名限定。詳細はお知らせのページで確認してください。

arrow2 時の輪講座 2007秋 座学——ホクレア 弓の島へ★スピリットの帰還

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Sunday, September 23, 2007

Happy Equinox! よき秋分の日を!

The Autumn Equinox by Ellen Jackson本日、9月23日、日曜日の午後7時(19時)に、秋分が訪れる。今日はプエブロの人たちのような農耕の民にとっては、実際に1年の収穫を祝う踊りの日でもある。天空の方角で言えば「西」の時で、外に向かっていたエネルギーがこの日を境にして内側に向かいはじめる。あなたにとっても、象徴的にであれなんであれ、この半年にやってきた有形無形の努力にたいする収穫を祝い、感謝を捧げる日であってほしいと願う。天空を旅する太陽が夏の家から冬の家へと旅をする道の中間点に当たり、1年に2度しかない昼と夜の長さが等しくなる日で、バランスがとれる1日である。偉大なる曾祖父である太陽には、夜の支配する6ヶ月間の旅のはじめの最初の時であり、自然界のエネルギーのサイクルが変わることもあって、この時を自分の、家族のメディスン・ホイールへのチューニングのために過ごす人も多い。この半年育ててきたものを多くの人たちと分けあうときがはじまる。

秋分の日には、家族であるいは親しい人たちと「スリー・シスターズ(3姉妹)」と名づけられた「トウモロコシとカボチャと豆」の3つが入ったスープでも食べたい気分になります。そして自分がこの1年でなにを「収穫」したかをあらためて見つめなおすセレモニーを通して、自らの内側を検証することをはじめたいものではありませんか。自分は春になんの種を蒔いて、それをこの秋にどのように収穫できたのか。この日はそれを確かめる価値のある日。そして未来に向かってこの次はなんの種を蒔けばいいのか、考えるにふさわしい日。

願わくばこの日、あなたが豊穣の時を迎えていますように。

(図版は「秋分の日」という絵本の表紙。エレン・ジャクソン著、ジャン・デイビー・エリス画。 ぼくが知っているかぎり最も秋分の日が美しく描かれた絵本。日本語にはなっていないと思う。The Autumn Equinox: Celebrrating the Harvest by Ellen Jackson. Illustrated by Jan Davey Ellis. Millbrook Press, 2000, ISBN: 0-7613-1442-3

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Friday, September 21, 2007

言語が急激な絶滅の危機にある地球の5つの地域

newsひとつの言葉が絶滅すること、つまりその言葉を話す最後の人が亡くなることは、その言葉が抱えてきた宇宙そのもの、地球に生きるある集団の人たちが歴史がはじまる以前から保ち続けた膨大な知識の貯蔵庫がまるごとそっくり地上から消滅することを意味する。ぼくたちはとてつもなく大切ななにかを失いつつあり、そして失われたものは永遠の彼方に消え去って二度と帰っては来ない。今わたしたちのこの惑星では、14日ごとにひとつずつ言葉が消えて言っていると、ナショナルジオグラフィック協会のサイト「Enduring Voices」が伝えている。このままでいけば2100年までには7000を超える言葉が一度も記録されることもないままに消滅するのだと。なかでも今の地球で最も急速に先住民の言語が消滅して言っている5つの地域を、ナショナルジオグラフィック協会が支援する「生きている言葉たち 絶滅危惧言語研究所」が、ホットスポットとして特に先日公表した。

Top 5 Language Hotspot

地球で最も急激に言語が消えて行っている地域

  1. 北部オーストラリア
    クイーンズランド、ノーザン・テリトリー、西部オーストラリアでは153の先住民の言葉がありそのいずれもが絶滅の危機にある。
  2. 中央部南アメリカ
    アンデス山脈からアンデス盆地にかけてのエクアドル、コロンビア、ペルー、ブラジル、ボリビアでは113の言葉が危機的な状態。カラワヤ一族は日常的にはスペイン語やケチュア語を使っているが、薬草などの名前ではかろうじて自分たちのオリジナルの名前を用いている。
  3. 北アメリカ北西部太平洋高原
    カナダのブリティッシュコロンビア、アメリカ合衆国のワシントン州、オレゴン州ではおよそ54の先住民の言語が絶滅危機に。たったひとりしか話す人のいない言葉も。
  4. 東部シベリア
    この地域にふくまれるのは、ロシア、中国、旧日本のそれぞれの一部だったところ。23の言語が残っているが、侵略征服者たちの社会は支配的な言語の使用を少数集団である先住民たちに求め続けてきた。
  5. 南西部アメリカ合衆国
    オクラホマ州、テキサス州、ニューメキシコ州など。40の言語がかろうじて残っている。そのひとつが「ヨーチ語」で、この言葉はほかのどの先住民の言葉とも関連がない。前回の調査ではヨーチ語を話すエルダーは5人だった。20世紀に強制的に子どもたちの話す言葉を英語に転換させられたことで、部族は英語を公用語にするようになった。

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Thursday, September 20, 2007

9月22日は車に乗らない日

Imagename

animism online で教えられたが、22日は車に乗らない日だという。最近しばしばエコカーなどという宣伝の言葉を耳にするが、誤解してはならないのは、どんな車であれオートモービルは、ハイブリッドであろうが電力であろうが、いささかも地球に優しいものではないということを知った上で、これとつきあわなくてはならないということ。程度の差こそあれどんなに美しい車であろうが本質的に地球を痛めつけていることにかわりはないのだから。乗らないのがいちばん。

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権力者がこんなことをはじめたら注意すべし

ファシストの登場を知らせる10のステップ

  1. 凶悪な敵が内外にいることを喚起させる
  2. 超法規的な収容所の設置
  3. 暴力的な排他的階級を作りだす
  4. 内部監視体制の確立
  5. 市民グループへのいやがらせ
  6. 独断的な身柄の拘束と解放
  7. 特定の個人にたいする狙い撃ち
  8. 報道のコントロール
  9. 異議申し立てが国家反逆となる
  10. 法の支配の中断

arrow2 Fascist America, in 10 easy steps by Naomi Wolf

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国連宣言の採択が先住民と世界に与える大きな影響

「先住民」とは誰か?

植民地社会によって征服される以前からその土地に居住していた人たちで、その領土を現在統治する社会と自分たちとは異なっていると考えている人たちは、先住民と呼ばれる。

ミネソタ大学人権センター刊行「先住民の権利」スタディガイド、冒頭の一文


世界で3億7000万人以上いるとされる先住民の自決・自治権や固有の文化、資源を保障する「先住民の権利に関する宣言」が、先ごろ国連総会で賛成143、反対4(棄権11)の圧倒的多数で採択された。日本を含むほとんどの国が賛成し、イスラエルなどが棄権。反対したのは米国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの4カ国だった。日本は「民族自決権は国家からの独立を意味しない」ことを強調したうえでの賛成だという。

20年の長い闘いを経て今月国連で可決された新しい国際法『先住民の権利に関する宣言』は、各部族の権利をあらためて確認しただけのものではなく、先住民のひとりひとりがありのままの自分でいる権利を確認したという点で画期的なものとなっている。

9月14日に毎日新聞の去石信一記者は北海道から『先住民宣言:北海道ウタリ協会「アイヌの権利の章典だ」』と題する次のような記事を書いた。

国連総会が「先住民の権利に関する宣言」を採択したのを受け、北海道ウタリ協会の加藤忠理事長らは14日、札幌市内で会見した。加藤理事長は「宣言に含まれた経済的、社会的権利を政府に求めていく」と話し、アイヌ民族の意見が反映されず、具体的権利が規定されていないと批判があった「アイヌ文化振興法」の改正を政府に求める考えを明らかにした。澤井政敏理事は「宣言は我々の権利の章典だ」と採択を歓迎した。

加藤理事長は「歴史的出来事であり、先住民族の人権(擁護)進展に大きく寄与する」と評価する一方、政府に対しては「過去140年間、権利を侵害され、苦悩を被った先祖に謝罪してほしい」と話した。

政府はアイヌ民族を先住民族と認めていない。同協会は政府に対して引き続き、先住民族と認めることを要求し、アイヌ民族の権利確保を立法化によって実現するように求めていく。これまでもアイヌ民族が土地を使用する権利や雇用対策、教育や文化政策の推進を政府に求めてきており、引き続きこの要求を継続する。

宣言が土地や資源の所有権、自治権を認めていることについて、阿部一司副理事長は「私有地となっている土地の返還は求めないが、国や市町村の土地の利用権はある。自治権について日本から分離独立する考えはない」と述べ、柔軟に対応する方針を示した。

地球に生まれた人間には、造物主によって与えられた権利があることを、先住民の人たちは太古から知っていたわけだが、ようやく国際社会がその事実を文字にして書きとめ確認したことになる。今回の歴史的な国際法の可決が、今後いくつもの興味深い変化を、世界と日本に引き起こすことを心からのぞみたい。

arrow2 今回の宣言の元となった草稿である「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(University of Minnesota Japanese Page)

arrow2 The Rights of Indigenous Peoples

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Wednesday, September 19, 2007

犬が逃げていった道 チェロキー一族のおはなし

Milky Way

昔、世界がまだ若かったころ、空には星があまりありませんでした。

当時の人びとは日々の食料のすべてをトウモロコシに頼り切っていました。乾燥させられたトウモロコシが大きな木の臼のなかで、これも長い木の杵でつかれてコーンミールになるのです。コーンミールは大きなカゴのなかに蓄えられました。冬になると挽かれたトウモロコシの粉は、パンやおかゆへと姿を変えたものです。

ある朝のこと、年老いた夫婦が貯蔵用のカゴのところにコーンミールを取りに行きました。そしてなにものかが夜のうちに大切なコーンミールをカゴから持ち去っていたことを発見したのです。ふたりはたいそう腹を立てました。こともあろうにチェロキーの村に泥棒が出没したのかもしれません。

しかしふたりは気がつきました。カゴのまわりの地面のあちこちに、コーンミールが散らばっているではありませんか。ぶちまけられたようなコーンミールのまん中のところには、とても大きな犬の足跡が残されていました。犬にしてはとても巨大な足跡です。老人と老婆は、その犬がおよそ普通の犬ではないことに気がついていました。

ふたりは大あわてで村中の人たちに知らせて回ります。その犬は別の世界から来たスピリットの犬であるにちがいないと村人たちは信じました。村では誰もスピリットの犬の訪れをのぞんだりはしません。

村の人たちは頭を寄せあって考え、スピリットの犬を追い出す算段をしました。とことん怖がらせてやれば、犬は二度と帰ってくるはずはないと。その晩、人びとは村中の太鼓と、亀の甲羅からできたガラガラを集めると、コーンミールの貯蔵用カゴを置いてある場所の周囲に隠れて息をひそめました。

その晩の夜更け。たくさんの鳥たちがいっせいに翼を羽ばたくような物音が空から聞こえました。村人たちが顔を上げて夜空を見あげると、一匹の巨大な犬が彼方から急降下してくるではありませんか。やがて犬はバスケットの近くに着地をするや、口いっぱいにコーンミールをほおばり、ムシャムシャと食べはじめました。

そのときをねらったかのように、手に手に太鼓やガラガラを持ち、けたたましい音をたてながら、村人たちがいっせいに物陰から飛び出してきました。いやその音のものすごいことと言ったら、まるで雷が落ちたかのようです。

巨大な犬は音のする方を見ると大あわて、一目散に細い道を走りはじめました。ここぞとばかり村人たちはさらに思い切り大きな音をたてながらその逃げる犬の後を追いかけます。犬はそのまま近くの山に一気に駈けのぼり、そこから空に飛び出しました。犬が口いっぱいにほおばっていたコーンミールが、そのとき夜空にばーっとまきちらかされたのです。

大きな犬は暗い夜空を逃げに逃げてやがてその姿も見えなくなりました。でも彼の口の端からこぼれ落ちたコーンミールが、犬の消えた方に向かって、夜空を横切ってどこまでもどこまでも続いていました。コーンミールの一粒一粒が星になったのです。

天の川はこのようにしてできました。チェロキーの人たちはだから、天の川のことを、「犬の走り去った道」と今も呼んでいます。

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Saturday, September 15, 2007

メキシコの五つ星ホテルがマヤ人の女性を露天商として放り出したというよくあるニュースがめったにないニュースになったわけ

Ms Menchúイギリスの新聞ザ・ガーディアンが今年の8月17日の金曜日にこんな記事を掲載した。それによるとメキシコのカンクンというリゾート地にある五つ星のホテル・コーラル・ビーチで、ひとりのマヤ族かほかの中央アメリカの先住民女性の着る派手な衣装を着た女性が、露天商か乞食として、いつものようにホテルの中から外に従業員によって放り出された。従業員は頭からその女性がそのようなものであるときめつけて、なにひとつたずねることもなく姿を消すように命じた。きっとよくある光景のひとつだったのだろう。違っていたのは、その女性がノーベル平和賞を受賞し、ユネスコ大使で、グアテマラ大統領選に出馬していて、先住民の権利のために先頭に立って闘うリゴベルタ・メンチュウさん(写真)だったことである。メンチュウさんはメキシコ大統領の招聘を受けて、このリゾートで開催される飲料水の衛生問題にかんする会議に出席するためにメキシコを訪れ、このホテルでインタヴューが予定されていた。

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現代日本人の約2割が日本列島の先住民とおなじタイプの耳あかを持つ

よく言われてきたことだけど、ネイティブ・ジャパニーズとはなにかを考えるためにも、ときどきは自分の耳あかをほじくり出してじっくりと観察してみましょう。

arrow2耳あか遺伝子に地域差 高校生が日本人類遺伝学会で発表

耳あかが湿っているか、乾燥しているかは遺伝子のタイプで決まるが、どちらの型の人が多いかは地域によって微妙に違う−。

長崎県の高校生らが、全国の高校生から集めたつめのDNA分析を基に、長崎大と共同でこんな研究結果をまとめ、東京で開催中の日本人類遺伝学会で15日発表した。

研究に取り組んだのは県立長崎西高3年の山田賢輔君(18)ら。

耳あかは、両親の双方から特定の変異がある耳あか遺伝子を受け継ぐと乾燥型になる。過去の研究から、古くから日本にいた縄文人は変異がなく湿っていたとみられるが、大陸から渡来した弥生人は乾燥型だったとされ、現代の日本人は約八割が乾燥型といわれる。

山田君らは、地域による違いがあるのかを調べようと計画。長崎西高は理数教育に重点を置く「スーパー・サイエンス・ハイスクール」の指定を文部科学省から受けており、全国のスーパー高校に協力を呼び掛けた。これまでに28道府県の32校から計771人分の高校生のつめを集め、長崎大で遺伝子の型を分析してもらった。

すると、乾燥型の比率は岐阜、京都、愛媛、大分などで比較的高く、岩手、三重、島根、沖縄などでは低めとの結果が出た。耳あかと遺伝子の関係を解明した新川詔夫長崎大名誉教授(分子医療)は「もっと詳細に調べれば、弥生人の移動経路の推測に役立つかもしれない」と話した。

(2007/09/15 10:38 サンケイWeb)

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Friday, September 14, 2007

日本からのハッピーバースデー、レオナルド・ペルティエ!

Leonard Peltierアメリカン・インディアン・ムーブメント(AIM)の活動家であったためにふたりの連邦捜査局(米国、FBI)局員殺人の罪で容疑否認のまま、また彼の無罪を証言するものが多くいるにもかかわらず、長く牢獄につながれているレオナルド・ペルティエを主人公にした1992年制作のドキュメンタリー映画『インシデント・アット・オグララ』(制作:ロバート・レッドフォード、監督:マイケル・エイプテッド、ナレーション:ロバート・レッドフォード)の日本語版が「ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパンから本日発売になった」と昨日13日に読者の方から教えられた。

だいぶ前の全米のテレビで放映されたドキュメンタリー映画であり、日本語版など出るわけがないと考えていたので、まったくのノーマークでちょっとした驚きだった。教えていただけて嬉しい。監督はぼくのもうひとつのおすすめの映画である『サンダーハート』を撮影した人物である。さっそくアマゾン書店のショップ・ネイティブ・ハートにも加えておいた。こちらで購入いただくと、当ブログの維持費に積み立てられることになっている。

ロバート・レッドフォードが制作してナレーションを担当した作品と言うことで、初回のみ限定生産の作品なのだろうから、この機会にぜひご覧いただき、願わくば広くペルティエに乗り移っているとされるあのクレージー・ホースのスピリットを共有してもらいたいと思う。英語版でよければほぼ全部が現在 Google Video で見ることができるが、日本語の訳がつけられているのはありがたい。

そうそう、このDVDが日本国で発売された昨日は、アメリカでは12日で、この日は偶然か、あるいはそれを知っていてこの日にしたのかはどうかはわからないが、もしそうなら見あげたことだけど、レオナルド・ペルティエの63歳の誕生日に当たっている。彼は1944年9月12日生まれだ。ハッピーバースデー、レオナルド・ペルティエ!

Incident at Oglalaインシデント・アット・オグララ
(ユニバーサル・セレクション第3弾)
【初回生産限定】
出演: レオナルド・ペルティエ
制作: ロバート・レッドフォード
参考価格:¥ 1,500(税込)
価格:¥ 1,350(税込)

参考記事:
ペルティエから届けられた声

Google Video:
Incident at Oglala - Part One (44 min 54 sec)
Incident at Oglala - Part Two (45 min 43 sec)

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Thursday, September 13, 2007

ニール・ヤングのオーディナリー・ピープル

Neil Youngニール・ヤングのこの秋に出るアルバム「Chrome Dreams II」に収録されているあの1988年の大作「Ordinary People」(18分)が Rolling Stone 誌の「ここ」で、今だけかもしれないけれど、全曲聴くことができるようになっています。

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「美しい国」は誰が創られたのだろうか?

Cheyenne Warriors

ここにお聞かせするのは、シャイアンの人たちが歴史をどのように伝えているのかを知るために参考になる話である。19世紀末から20世紀初頭にかけてのアメリカの人類学の重鎮だったジョージ・A・ドージィ George A. Dorsey の1905年の報告に記録されている「シャイアンの創世記 グレイト・メディスンが美しい国を創られた」を個人的に興味があって翻訳してみたものだ。十数年程前に、おなじシャイアンの人たちに伝えられたメディスン・ストーリー(不思議な力の物語)である『ジャンピング・マウス』のできる限りオリジナルに近いものを探しているときに出会った話のひとつだ。

話は17世紀後半に、おそらくはすでに渡来のフランス人から火器を手にしていたオジブエの人たちから追われるようにして、シャイアンの人たちが自分たちが狩り場としていたアメリカ大陸北中央部から出ることを余儀なくされたときの状況を、象徴的には伝えているものだろうと推測される。しかしそれだけでなく、この話は、18世紀から19世紀にかけてのシャイアン一族の分裂も伝えているらしい。いずれにせよ、文字を持たなかった人たちの歴史は、たくさんのシンボルが散りばめられたこのようなお話しとして伝えられてきた。文字を持たされてしまったわれわれには、文字を得たのとひき換えに、象徴的に歴史を見る目を永遠に奪われてしまったのだった。

北山耕平 記


Imagename

グレイト・メディスンが美しい国を創られた


すべてのはじまりにさいして、グレイト・メディスンは大地をお創りになられた。そして大地のうえに水を創られた。次に太陽を、月を、そして星たちを創られた。それらができあがると、グレイト・メディスンははるか北の外れのところに美しい国をひとつお作りになった。

そこには冬はなく、氷も、雪が降ることも、凍てつく寒さもなかった。気候は常に春。そこかしこに野生のさまざまな果物やベリーが実り、いくつもの巨木の投げかける影が、大地を縫うように流れる清らかな水の流れを覆っていた。

この美しき国に、グレイト・メディスンはありとあらゆる動物たちや、鳥たち、虫たち、魚たちを置かれた。そしてそれから彼は人間をお作りになり、ほかの生き物たちとともに暮らすようにした。動物たちはすべて、大きいものも小さいものも、鳥たちもすべて、大きいのも小さいのも、魚たちもすべて、そして虫たちもすべて、人間と話ができ、その言葉を理解できた。人間たちも互いに理解し合えた。なぜならみな共通の言葉を話し仲良く暮らしていたから。

彼らはあえて身を隠すものをまとう必要もなく裸で暮らし、野生の果実やハチミツを食べて、ただの一度も飢えることはなかった。人間たちは野生の動物たちとともにあちらこちらと歩き回り、夜になって疲れると、みなはつめたい草の上にごろりと横になって眠りについた。仲のよい友だち同士だったので、陽があるうちはほかの動物たちともよく語りあった。

グレイト・メディスンは3種類の人間を創られた。まず最初に創られたのは、全身が毛で覆われた毛むくじゃらの人間だった。2番目に創られたのは、頭と顔とそれぞれの脚に毛が密生した白い人を創られた。3番目には赤い人を創られた。赤い人は頭にだけ長い髪をはやしていた。

毛むくじゃらの人間たちは力があり活動的だった。顔に長い髭を蓄えた白い人たちは狼たちと同類だった。なぜならこの美しき国においては、白い人も狼も、とにかく他を抜いて狡猾でずる賢い生き物だったから。赤い人たちはみな、走るのが得意だった。身のこなしが軽やかで、動きが速かったから、まだ誰も人間が肉を食べることなど知らなかったときに、グレイト・メディスンはこの人たちに魚を捕まえて食べることをお教えになられた。

それからしばらくして、毛むくじゃらの人たちが北の国を離れて、荒れ果てた大地の続く南を目指した。それに続いて赤い人たちも彼らの後を追って南に向かう準備をはじめた。しかし赤い人たちが美しき国を離れる前、グレイト・メディスンはみなを呼び集められた。赤い人たちが一堂に会するのはそれがはじめてのことだった。

グレイト・メディスンは彼らを祝福したあと、ずっと眠ったままでいた赤い人の頭を覚醒させるために、なにがしかのメディスン・スピリットを授けられた。このことがあって以来、赤い人たちは頭を使うようになり、自分たちがなにをすべきかを理解するようになった。グレイト・メディスンはなかのひとりにとくに白羽の矢を立て、一族の者たちに教えをほどこして集団としてひとつにまとめるようにと、このものに命じられた。結果、ひとり残らず全員が働くようになり、裸の身体にもパンサーや熊や鹿の毛皮をまとうようになった。

グレイト・メディスンは彼らに力をお与えになり、さまざまな石を好きな形に切り出したり、大きな岩のかたまりから火打ち石を切り取ったり、矢尻や槍の穂先や石のコップや鍋や斧などができるようにされた。そしてそれ以後赤い人たちがばらばらになることはただの一度もなかった。

やがて赤い人たちも美しき国を離れ、毛むくじゃらの人たちが辿った道を使って南の同じ方角を目指した。毛むくじゃらの人間たちはあいかわらず裸のままで暮らしていたが、グレイト・メディスンの教えがあったので、すでに着るものを身につけるようになっていた。

赤い人たちが南に着いたとき、先にきていた毛むくじゃらの人たちは、散り散りばらばらになって、めいめいが勝手に丘の影や山々のなかの洞窟に家を構えていた。赤い人たちはめったに毛むくじゃらな人たちの姿も見ることはなかった。赤い人たちがやってきたときには、毛むくじゃらな人たちはそれぞれの洞窟のなかに隠れるようにして外に出ることを恐れていたからだ。毛むくじゃらの人たちも赤い人たちと同じような土器を作り火打ち石を使い、洞窟のなかに木々の葉や動物の毛皮を使って作った寝台で夜は寝ていた。

なんらかの理由で、毛むくじゃらな人たちは数を減らしていき、最後には全員がことごとく姿を消した。この人たちにいったいなにが起きたのかは、今となっては赤い人たちにも皆目わからない。

赤い人たちが南の地についてしばらくたったころ、グレイト・メディスンは彼らに、南の荒れ地が洪水に覆われることになるからという理由で、いま一度北の国に帰ってくるように命じられた。赤い人たちが北のあの美しい大地に戻りついてみると、かつてそこにいた白い肌の人たちと、髭の長い人たちと、野生の動物たちの何種類かがいずこへともなく姿を消しており、人びとはすでに動物たちと話をすることができなくなっていた。

しかし話はできなくなっていたが、そのときには人間はありとあらゆる生き物たちを支配しており、パンサーや熊や同様の猛獣たちにも、望むままに餌を得られるように猟の仕方を教えていた。猛獣たちは数を増やしており、体も、大きく、強く、活動的になっていた。

またしばし時が流れ、再び赤い人たちが美しい大地を離れて南へ向かうときが訪れた。大地を覆っていた水はすでに引いていて、草や木々が生い茂り、荒れ果てていた大地は北の国のように美しく姿を変えていた。しかしその土地に暮らしているあいだ、まだ幾度か洪水が襲ってきて、赤い人たちはその結果、四方八方にばらばらになってしまった。たとえようもない洪水の水がやっと引き、大地が再び乾きあがっても、しかし赤い人たちが昔のようにひとつに集まることはなかった。赤い人たちは、グレイト・メディスンからひとつにまとまるようにと命じられる以前の、あのはじまりのときにそうだったように、それぞれ小さな集団を形作って旅をしていた。

洪水はありとあらゆるものを破壊しつくしていた。人びとは餓死する寸前だった。彼らはもう一度また、三々五々、前のときのように、北のあの故郷に戻りはじめた。だが、人びとが北の大地になんとか辿り着いてみると、そのときには世界が一変していた。美しかった大地がどこも荒れ果てていたのだ。木々が一本もなくなっていた。生きている動物たちは姿を消していた。川には魚一匹泳いでいなかった。かつてはあれほど美しかったふるさとの大地の無残な姿を眺めながら、男たちは声をあげて泣いた。女たちも、子どもたちも、すすり泣いた。これとおなじことが、グレイト・メディスンがわれわれを創られたあのはじまりのときにも起きていたことだった。人びとは再び南の地へ戻り、わずかながら良い年もあったものの、ほとんどの年はひどい状態で、それでもなんとか生き続けた。

それから何百年も過ぎた。そしてまた新しい冬が巡ってくる直前のことだった。大地が激しく震えた。高い山々で火事が起こり煙が立ちのぼった。その冬は再びとてつもない洪水が襲ってきた。冬は長く、またことのほか寒くて、人びとは毛皮を身につけねばならず、洞窟での生活も余儀なくされた。寒い冬は木という木を枯れ死させたが、それでも春の訪れと共に新たな成長が見られた。赤い人たちは大変な被害をこうむり腹をすかせた。

グレイト・メディスンは赤い人たちをたいへんに哀れんで、トウモロコシを授けてこれを地面に植えさせ、バッファローを与えて肉を食べられるようにした。そしてそれからというもの、洪水もなくなり、飢えることもなくなった。人びとは南の地で暮らし続け、成長し、数を増やした。たくさんのそれぞれに異なる集団が生まれたが、話す言葉はみな全部違っていて、2番目の大洪水のあとは、もはや赤い人たちがひとつになるようなことはなかったのだった。

もともとのシャイアンの子孫のなかには、超自然的な知恵を持つマジシャンたちがいたのだ。この人たちは一族の者たちを惹きつけただけでなく、生き延びていた動物たちの心もとらえた。いかにどう猛で、荒れ狂っていたとしても、この人たちの前ではみな手のひらを返したように穏やかになり、言うことを素直に聞いた。この魔法の知識は、遠い北の国からやってきたあのいちばんはじめのシャイアンの人たちから伝えられたものだった。今ではその太古からの儀式を理解できているのはブッシー・ヘッド(「もじゃもじゃの頭」が名前の人物)ただひとりで、シャイアン一族では彼を、神器たるメディスン・アローの守護者とその助手たちと同格に位置づけて考えている。

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Wednesday, September 12, 2007

その心に辺境はまだ残っているか?

『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ』(太田出版刊)のあとがき

Native America & Native Japaneseアメリカ・インディアンのことを知れば知るほど「日本人」はいったいなんなのだという思いが強くなる。ぼくたちは日本列島に日本人として生まれてくるのではなく、人間として生まれて日本人になるように教育されて育つのではないのかと。アメリカ・インディアンの人たちから見ると、ぼくらは限りなくインディアンに近い存在だ。とくに北米大陸南西部や、北西部太平洋沿岸などには、自分の親戚だと紹介しても違和感のない容姿や雰囲気の人たちがたくさんいる。にもかかわらず、存在の仕方において、ぼくたちはアメリカ・インディアンの人たちとはなにかが決定的にちがっているようだ。どうやらぼくらは人間として地球に生きるために必要ななにかを、日本人になることとひき換えに失ってしまったらしい。

この本は、あらかじめ失っていたものを取り戻そうとする試みとして、二〇〇四年から書き綴りはじめた自分の精神世界の航海日誌から「日本人と日本と地球に生きる人」について考察した小文や詩文を選び、新たに書き下ろしをくわえて構成した。この本が形になるにさいして力を貸していただいた気鋭のデザイナー峯崎ノリテル氏と太田出版編集者の村上清氏のおふたり、そして小生のブログを支援してくださった多くの方々に深くお礼を申しあげる。


二〇〇七年 夏至の日 北山耕平

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小学校歴史授業に「縄文時代」復活へ

「学習指導要領の改定作業を進めている文部科学省は11日、主に弥生時代から教えることになっている小学社会の歴史分野について、時代をさかのぼって縄文時代以前から教えるように改める素案を作成した」というニュース速報。日本国がどのような縄文時代を子どもたちに教えこもうとしているのかに注目です。

追伸

中国新聞ニュースの『小学社会に「縄文」復活へ 文科省、中教審部会に素案』という記事にもう少しくわしく載っている。素案では「歴史や文化を大切にし、日本人としての自覚を深めるため、農耕の始まり以前の内容についても取り上げる」としているという。

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1492年からテロとの闘いを続ける

Homeland Security

数年前にも別のもので紹介したけれど、やはりもう一度掲載しておこうと思って。アメリカの先住民はその日からずーっと戦争状態にあるのだと言うことを、あらためて確認しておきたい。

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Monday, September 10, 2007

命乞いをする地球

John Hollow Hornいずれいつの日にか地球は泣くことだろう。彼女は命乞いをする。それも血の涙を流しながら、どうか助けてほしいと言うだろう。彼女のいのちを救うか、それともそのまま死なせるか、あなたたちはどちらでも選ぶことができるが、彼女が死ぬときにはあなたがたも死ぬのだ。

——ジョン・ホロー・ホーン(中空の角・写真)、オグララ・ラコタ、1932

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Sunday, September 09, 2007

この大地をどうすればクリーニングできるか?

この大地から汚れをきれいになくすためには、われわれはまずその前に自分たちのスピリットの汚れを落とすことからはじめなくてはならない。

——ローリング・サンダー(チェロキー出身のメディスンマン)晩年の言葉

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Friday, September 07, 2007

どこにでもあるようなもの・・・

る日、インディアンの男と、白人の弁護士と、キューバ人の男と、ロシア人の男が、たまたま同じ汽車の客車に乗り合わせた。

ロシア人がロシア製のウォッカのボトルを4本取りだしてみんなに回した。ボトルからのがぶ飲みが一段落したとき、ロシア人の男が手にしていたウォッカのボトルを、まだウォッカが残っているにもかかわらず、いきなり客車の窓から外に投げ捨てた。

「なんだってそんなまねをするのだ?」

インディアンがたずねるとロシア人がこたえた。

「なあにモスクアじゃあ、あんなものは誰もありがたがらない。糞みたいなものさ」

それからしばらくすると、今度はキューバ人がキューバ特製の手巻きの葉巻を4本取りだしてみんなに配った。4人は葉巻に火をつけて煙を堪能した。ところが葉巻を一服しただけで、キューバ人は手にしていた葉巻をそのまま客車の窓から外に投げ捨ててしまった。

「この葉巻は世界でも最もいい葉巻じゃないか。なんでそれを投げ捨てたりするのだ?」

インディアンがたずねるとキューバ人がこたえた。

「ハバナではあんなものはどうというものでもない。ありがたがるほどの価値もありゃしないんだ」

インディアンは困惑したような顔をしてしばらく座ったままでいたが、あるとき意を決したように立ちあがると、隣にいた弁護士の手をひっつかんでやにわ彼を客車の窓から外に放り出したのだった。


Native jokes『インディアンは笑う』北山耕平編・構成。世界で初めてのネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクション。笑うことで世界をひっくり返す知恵の書。わらいの百連発! 当ブログから生まれた本。マーブルトロン発行 中央公論新社発売 ブックデザイン グルーヴィジョンズ。好評発売中

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Thursday, September 06, 2007

くれぐれも戒むべきもの


    戒むべきもの

    好色

    博打

    大酒


世阿弥「風姿花伝」序の末尾にある教えのひとつ

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声を消そうとするたくらみが現在もなお続けられている

news前の記事の「大賞」の最初の項目についてつけくわえて置かなくてはならない。これはぼくもここ数年感じていたことなのでちょうどよい機会なので、書きとめておこうと考えて、別項目をたてることにした。

いろいろな部族で、政治的な権力を握ったグループや部族会議によって、伝統派のエルダーたち、そしてさらにコミュニティーの内外にネットワークの輪を広げつつある精神的指導者や、草の根運動に加わる同じコミュニティーの人たちの声を消し去ろうとする動きがそこかしこに見受けられる。政治権力を握った人たちは、部族が所有するラジオやテレビや新聞やインターネットなどのメディアで、または権利を巡る法廷活動で、政治的に、また部族によるさまざまなサービスを受けられなくするなどして、そうした声の検閲を推し進めてきている。

hopi_elder_dan_evehema_photo_brenda_norrell_1996該当記事のなかで、ホピの伝統派のエルダーだったダン・エベヘマ(Dan Evehema)翁[写真 by Brenda Norrell,1996]は104歳の時、死ぬ少し前に「合衆国政府のなかにおけるあやつり人形としての部族政府」について話した言葉が引用されている。合衆国政府が部族会議の人たちとつるんでその地下に眠る石炭資源を狙って企んでいる強制移住に抗議するアリゾナのブラックメサやビッグマウンテンにおけるナバホの人たちの闘いを一貫して支持し続けた彼は、「選挙によって選ばれた部族政府が、ホピの伝統派によって認められたことも、支持されたこともいまだかつて一度もないと」語っているのだ。

「ホピの予言」という映画を制作した宮田雪監督から、80年代に、伝統派の長老から聞いた言葉として「ホピには3種類いる。伝統派のホピと、進歩派のホピと、どっちつかずのホピの3種類だ」と聞かされたことがある。進歩派のホピとは、部族会議派に属して進んで便利なものを受け入れる人たちのことを示していた。アメリカ・インディアンの多くの部族において、伝統派と進歩派の争いは、圧倒的に進歩派が有利ではある状況の下で、今も続けられている。卑近な例を持ち出せば、アメリカ合衆国政府の観点からすると、日本における自民党政府は、絵に描いたようなあやつり人形としての部族会議を演じさせられている。

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南北アメリカ大陸の先住民たちを巻き込んだ今年のメデイアの潮流を読む

news夏が終わったばかりで多少気が早い気もするが、2007年で最も検閲を受けた先住民のこと大賞が早々と発表されていたのでざっと紹介しておく。さて太平洋の反対側にいるあなたはいくつ知っているだろうか?

  • 伝統派および草の根の声を部族会議が権力を行使して自前のメディアでかき消したこと(イラクでの戦争に反対する声はアメリカ軍がインディアン、チカノ、黒人、貧乏白人を主な兵士のリクルート相手と見ているためにメディアからかき消されている)
  • 核、ウラニウム、石炭による先住民の虐殺(またナバホ国で開催された核のない未来に向けての会議はメデイアから無視された)
  • 国境における先住民への暴行と虐殺(国境関係のニュースで無視される人種差別。アメリカとメキシコの国境でいのちを落としている人たちのほとんどが先住民であるという事実は報道されない)
  • ベネズエラへのアメリカとカナダのインディアン代表団の訪問とチャベス大統領や先住民との会談
  • アメリカとメキシコの国境近く(メキシコのバハという漁村)で実現したアメリカ・インディアンの代表とサパティスタ民族解放軍マルコス副司令官、マヤ解放軍司令官らとの会議
  • レオナルド・ペルティエについてインディアン・カントリーの主だったメディアはこれを黙殺

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カラスがなにかを話している

Crow Castanedaカラスの鳴く声を耳にしない日はほとんどない。ぼくはネイティブの人たちの世界に足を踏み入れて以来ずっとカラスの鳴く声に注意を払い続けている。理由はよくわからない。でも気がつくとカラスはそこにいる。カスタネダの本で「カスタネダ本人がカラスに変身する」という話を読んでからなのだろうか? 彼らはたいてい何人かでやって来るが、かといってひとりでいることもないわけではない。それに鳴き方だって只単調にカーカーと鳴いているのではない。カラスの鳴き方は全部違っている。あきらかにそれぞれには異なる意味がある。違っているのは鳴き声だけでなく、その物腰も風情も容貌も見事に異なる。ぼくは年寄りの風切り羽がすり切れたような老人のカラスに大きな声で話しかけられて警告を受けたことがある。彼らは意志を持ってそこにいるのだ。そしてなにごとかを伝えあっている。おそろしく用心深くて、群れでいるときには必ず見張りをやるものがいる。カラスはぼくにはクマと同じように、力のある動物のひとつとして見える。普通人はあまりカラスの鳴き声に注意を払ったりはしない。カラスの鳴き声に注意深く耳を傾けることがなければ、カラスの話していることも理解できない。ぼくたちは自分たちの文化の限界を超えて常にものごとが見えているわけではない。そのような文化的な限界には、善悪の道徳的な基準だけでなく、そうした基準にともなうひとまとまりのルールもふくまれている。地球という星における人間生活の歴史は、信仰や道徳の相違を原因とする闘争や戦争の歴史だと言っても過言ではない。これから平和と調和の新しい時代をつくりだすために欠かせないのは、われわれが限定された特定の文化的な限界を超越することができるかどうか、人間という形を持つスピリットある存在として分けあうものを心のなかに保てるかどうかにかかっている。カラスは、文化の限界を超越することを象徴する鳥だ。カラスたちに深く思いを馳せ、その声を聞いて学ぶことで、一次元的な思考や法則の限界を超えている自分に気がつかせてもらえるのだろう。

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Wednesday, September 05, 2007

まことの細道を辿って歩く兄弟姉妹たちへ

rockart01.gif地球に生きる人たちの生き方はしばしば「道」にたとえられる。「The Way」である。ただの道、ただの細い道、ただの「地球に生きる人間の道」である。そしてこの細道を辿りつつ進む者には勤めというか義務がある。


まことの細道を辿って歩く者の義務


人間たちがほしいままに用いて崩した自然のバランスを回復させること

現在は慣例となってしまっている破壊からこの惑星を救うこと

まことの価値を見つけて再活用すること

ふたつの性のあいだにほんとうのバランスをうちたてること

物へのこだわりを減らしてわけあうこと

偏見から自由になること

つながりあっていることを学ぶこと

動物たちを愛護して不必要にいのちを奪わぬこと

誰の子どもとも等しく平等に愛して仲良く遊ぶこと

腹をすえて勇気を出し、立場を明解にして本気でかかわること

「いまだ生まれざる世代」の真に意味するものを理解すること

宗教にかかわる馬鹿げた議論を終わらせるために偉大なる神秘を受け入れること

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Monday, September 03, 2007

大きな川

ンディアンが3人、森のなかを歩いていくと、行く手を大きな川にさえぎられた。3人はどうしても川を越えていかねばならない。するとひとりのインディアンが声を出して祈りをあげた。

「おお偉大なる曾祖父よ、わたしに川を渡って旅を続けるだけの力をお授けください」

偉大なる曾祖父は彼の願いを聞き入れて、彼に強い腕力を与えた。はたせるかな男はその大きな川を45分かけて泳いで対岸へ渡ることができた。

これを見た2番目のインディアンも祈りをあげた。

「おお偉大なる曾祖父よ、わたしが川を渡って旅を続けられるための道具をお授けください」

偉大なる曾祖父はその願いを聞き入れて、彼にカヌーを造るための道具を与えた。男は2時間かかってちょつとしたカヌーを作りあげて川を渡った。

3番目のインディアンは思案にくれた。さてどうしたものか。しばし考えたあとで彼は祈りをあげた。

「おお偉大なる曾祖父よ、わたしにこの偉大なる川を渡って旅を続ける力と、道具と、賢さとをお授けください」

すると偉大なる曾祖父は男をインディアンの女性に作りかえて一枚の地図を授けた。彼女はしばらくその地図を見ていたが、じきにすたすたと歩き出し5分ほどで対岸に渡る橋にたどりついたのだった。

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Sunday, September 02, 2007

縄文時代土偶・土製品画像データベース

arrow2 縄文時代土偶・土製品画像データベース (Clay figurines from the Jomon period, a photographic imagery database.)

jomon clay mask
このデータベースは東京大学総合研究博物館・人類先史部門所蔵の土偶、その他土製品、岩版、岩偶などの石製品若干数、総計800点ほどの先史・考古学標本の画像データベースである。当コレクションは1877年のE.S.モースによる東京大森貝塚の調査まで溯り、ほとんどの標本が明治期後半から昭和初期に収集され、中でも明治期に由来するものが多い。これらの標本は、日本の人類学、考古学の草創期に本学の研究者による学術調査の一環として、あるいは寄贈品として集積されたものである。このため、当館のコレクションには学史的に重要な標本が多数含まれ、また、優品が少なくない。
同サイトの解説の一部より
(図版は「標本番号A4117、青森県・麻生遺跡出土の土製仮面」)

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人は自分がなるべきものを知る、少なくともその人間がインディアンであるのなら

Rolling Thunder

あるインタヴューで、ローリング・サンダーが、「自分はメディスンマンになるために生まれてきたとあなたはおっしゃられたことがありますが、自分の持って生まれたその使命にどうやって気づかれたのでしょうか?」とたずねられてこたえた言葉の一部。

メディスンマンであることが生まれたときからの定めであることに嘘偽りはない。何冊かの教科書を読んだり、あるいは特殊な学校に行ったりすれば、この仕事に就けて、なんとなくやっていけるようなものではないのだ。そのようなことでメディスンマンになれるものではない。人は自分がなるべきものを知る、少なくともその人間がインディアンであるのなら、その人間にはわかるようになってる。

これまでもたくさんのものが、お前さんと同じようなことを、わたしにたずねてきた。どうやってメディスンマンになることを人は知るのですか、と。そうだな、ある部分それは本能的なものともいえなくもないが、またある部分ではそれは、慎重の上に慎重を重ねた探求の結果ともいえるだろう。

たいていの場合インディアンの若者は、12歳か13歳のころに、その人間の人生の目的を見つけだすことになっている。そのぐらいの年齢になると、若者は高い山の頂に登ったり、あるいは同じような人里離れた特別に聖なる場所で、付き添いの老人を遠くに待たせたまま、少なくともまる3日間の長きにわたって、たったひとりで過ごすことになる。

探求者はなにひとつ食べるものを持たず、身につけるものは毛布が一枚のみで、その時間を断食と祈りのなかでおくる。するとなるようになってヴィジョンがやってくるのだ。そのヴイジョンのなかで、その少年が、あるいは少女が、人生においてなにをなすべきかが明らかにされている。

ほとんど眠れないその探求から戻ってくると、若者は自分に告げられたものを、待機していた賢いエルダーにことこまかに説明する。そしてそれがすんだなら、今度は二人してメディスンマンのもとを訪れて、そのメディスンマンがふたりに若者の見たものの意味を解説することになる。それが終わると、一族は部族をあげての大きな儀式を執りおこない、その若者に公式な名前を授け、彼もしくは彼女が生涯をかけてつとめるべき使命が明らかにされるのだ。

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