« June 2007 | Main | August 2007 »

Monday, July 30, 2007

NASAが制作した2025年までの世界皆既日蝕地図

world map of solar eclipses from 2001 to 2025

「日蝕は見る人にブレイン・ダメージ(脳障害)を与える」と、アメリカ・インディアンのメディスンマンからねんごろに諭されて以来、ぼくはわざわざ自分から好んで日蝕を見ることはしなくなりましたし、見に行くことも、見たいと思うこともなくなり、もしその場に立ちあわざるを得ない場合は、ほかの多くの野生の動物たちがそうするように見えないところにこもっているようにしています。でこれは、用心深い人のための、航空宇宙局(米国、NASA)が制作した2025年までに日蝕が見れる地域の世界地図です。日蝕はだいたい1年に一度、偉大なる精霊の計らいによって、地球のどこかで見えるようになっているのです。上の地図をクリックすると、NASAのサイトの大きな地図に移動できます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ナバホの人たちのなかには10年以上も火力発電所の増設に反対してきた人たちがいるのだ

news27日のニューヨークタイムズ・オンライン版が「エネルギーへの挑戦:ナバホと環境派が火力発電所で意見の対立( The Energy Challenge: Navajos and Environmentalists Split on Power Plant )」(購読には無料登録が必要)という記事を大きく取りあげていると、本ブログの読者からメールで教えられた。ざっと目を通すと、すでにリザベーションのなかにひとつ火力発電所をもっているナバホ部族会議が、さらにリザベーションのなかのデザートロックと言うところに、ラスベガスやフェニックスといった都会に電力を売って収益を得るために巨大な火力発電所建設を計画しており、この計画が地球規模で起こりつつある気候異変への影響を重要視する環境保護主義者たちとナバホ国との、そしてナバホの人たちのなかでも賛成派と反対派のあいだの溝を深めているという内容だった。

New York Times July 27, 2007「ナバホ国にとってエネルギーは最も価値のある通貨である。部族の土地にはウラニウム、天然ガス、風、太陽、そしてなによりも石炭というエネルギー資源が豊富にある」という書き出しではじまるこの記事は、ヘッドラインを読むとナバホの人たちと少数の反対派とナバホ以外の環境保護論者たちのあいだでデザートロック火力発電所計画についてもめているというふうに理解できるし、実際記事はシエラクラブなどの地球温暖化を食い止めようとする勢力との対立をあおっているととれなくもない。ナバホの人たちが金に目をくらませて、地球温暖化のことなど考慮せずに自分たちの土地からとれるエネルギー資源を利用しようとしてきたと受けとめられない書きぶりだ。そしてナバホの人たちのなかに最近この問題で心を痛める人たちがようやく現れて、部族外の環境派と連携して反対運動を展開していると、記事は続けたいらしい。

しかし事実は少し違う。ナバホの人たちだって全員がこれまでデザートロック火力発電所計画に賛成してきたわけではないのだ。ナバホ部族会議や、部族会議議長や、ナバホ部族評議会といったナバホの人たちの代表とされる「政権」と、昔からこの問題で争い、火力発電所反対闘争の闘いを長期にわたって続けているナバホの人たちも当然ながらいる。

大手新聞はおうおうにしてこう言うような書き方をするので、記事を読む場合はミスリードされないように注意を配る必要がある。たとえば中米や南米の先住民で、自分たちの土地を守りながら生き延びようとしている人たちのことを「反政府勢力」というふうに大新聞は書いたりすることがある。もちろんそれはその内実が見えていないという現実を写し出していることだけではあるのだけれど。

火力発電所や環境を破壊する鉱山からあがる莫大な利益から、ナバホの部族会議議長や政府の人たちの給料やら交通費が出ていることを、大新聞はまず報告しない。片方にそうした企業から上がる利益を得ている富裕階層がいる一方で、ニューメキシコ州の北西部や、ビッグ・マウンテン地区や、ユタ州の南東部には、石油や石炭の油田や採掘による発ガン物質とともに生きているナバホの人たちがいまだに水道も電気もない生活を送っている。そうやってインディアンの人たちが劣悪化する環境のなかに身を置いているときに、アメリカ南西部に暮らす「非インディアン」の人たちはその人たちの犠牲の上でつくられる電気を享受している現実がある。

白人政府や企業からの「金」が入る部族会議はたいていどこも自分たちの政策と自分たちに都合のよい企業の活動をニュースにするための専門の対メディア対策のための報道官を大金を払って雇っていたりするのが普通だ。もちろん取材記者は、そうしたものの裏側に隠されたものをきちんと取材するのだろうが、それが記事になるときにはたいていまぎらわしいタイトルがデスクと呼ばれる人たちによってつけられてしまっていたりする。

今回の記事では、ニューヨークタイムズは、現代を生きるナバホの人たちのなかには環境主義者などこれまでいなかったと思いこんでいたふしがある。今回初めて火力発電所に反対する人たちが出現したというような書きぶりなのだ。しかしそんなことはない。頭文字をとってディネCAREといわれる環境破壊に抗議するディネ(Dine' Citizens Against Ruining the Environment)の会という草の根組織が、すでに80年代から母なる地球を守るという信念に基づいて活動をしてきている。ディネとは「ナバホ」の人たちが自分たちのことを呼ぶ呼び名で『人間』を意味する。

そうしたナバホの人たちは、今の部族会議議長のジョー・シャーリー・Jrが就任したときから、このデザートロック火力発電所計画に抗議し続けているのである。ただそうした活動を巨大メディアはこれまでまったく取りあげてこなかっただけのことなのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, July 28, 2007

フライブレッドが死ぬほど好き

frybread族会議の議長を務めた男が死の床についていた。息を引き取る寸前、彼が横たわる部屋に、揚げたてのフライブレッドのなんともいえないよい香りが漂ってきた。

あああああああああああああああああああーっ。

男は世界のなによりもフライブレッドが好物だった。

最後に残ったエネルギーのすべてを振り絞るようにして、彼はベッドからよろよろと起き上がった。そしてそのまま匂いに誘われるように、よろよろと階段を下りて、よろよろと台所に入っていった。台所では彼の最愛の妻のリリアンが、黙々と新しくパン生地をこねていた。かたわらには揚げたてで湯気が出ているフライブレッドが山と積まれている。いまわの男が死にそうになりながら手を伸ばしてそのフライブレッドのひとつをかろうじてつかもうとしたそのとき、妻が大きな木製のスプーンで男の手の甲をぴしゃりと叩いて言った。

「だめよ! お葬式のために作っているんだから!」


Native jokes『インディアンは笑う』北山耕平編・構成。世界で初めてのネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクション。笑うことで世界をひっくり返す知恵の書。当ブログから生まれた本。マーブルトロン発行 中央公論新社発売 ブックデザイン グルーヴィジョンズ。最新刊、好評発売中!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Friday, July 27, 2007

不法侵入

Trespassingコービン・ハーネィが「原子力の鎖を断つ」決心をした最大の理由は、彼ら一族の国のなかに合衆国政府によって1951年に核実験場(NTS, Nevada Test Site)が強制的に作られ、延べ900回を超す核実験がこれまで繰り返され続けてきていることにある。ショショーニのたとえようもなく美しい大地の一部は、わずか60年ほどで世界で最も放射能に汚染された土地となってしまった。放射能汚染は大地をむしばみ、大地からわき出るいのちの水をむしばみ、ありとあらゆるいのちをむしばんできた。

コービン・ハーネィはひとりのメディスンマンとして現実と対面し、死ぬまであらゆる核廃絶運動の先頭に立ち続けた。自分たちが母なる大地と信じる土地におけるありとあらゆるウラニウム採掘・核爆発実験・核廃棄物投棄にたいして、すべてのいのちあるものと調和して生きることを旨とするショショーニの人たちが最も先鋭的に反対し続けてきたのは、その行為と行動こそが母なる地球の上で生きる彼らにとって最もスピリチュアルなことだったからに他ならない。

彼は原子力は、存在するあらゆるいのちにたいする最大の脅威であるとして、核の平和利用などありえないと言うことを世界に伝えようとし続けた。ショショーニの人たちから強制収容された土地を巡る争いの常に先頭に立ち、法を破ることを承知して柵を越えて核実験場のなかに立ち入って逮捕されたこともしばしばだった。ショショーニの伝統を受け継いだメディスンマンとしての彼の「核の鎖」を断つ闘いの一部始終が『 Trespassing(不法侵入)』というドキュメンタリー映画に記録されている。この映画のハイライトシーンが、 2分足らずのものだが、YouTube で公開されているので、この記事を読んでしまったこともなにかの縁として、なにとぞ下のリンクからご覧いただきたい(直接動画を埋め込むことが認められていない作品なので)。

ショショーニの古い言葉で、厳しい表情の彼が大地に向かって、火のついたセージ・スマッジを手にあらゆるいのちのために祈りを捧げるシーンに、核実験場における核実験の映像がかさなるおそろしいまでに印象的なものである。それがスピリチュアルな闘いであるとぼくがいうことの意味を、その目で確認していただきたい。トレーラーの最後に出てくる「敵ではなくて、われわれの方が原子爆弾を手に入れたことを、神に感謝する」というトルーマン米国大統領の言葉は、映画『ホピの予言』(宮田雪監督)でも使われていた。

arrow2 Trespassing by erosfourfilm youTube logo

関連記事
Tuesday, July 24, 2007 : われわれにはひとつの水とひとつの地球しかない
Monday, July 23, 2007 : そして皆、スピリットの世界へと旅立たれた
Wednesday, July 11, 2007 : コービン・ハーネィが帰らぬ人となった

| | Comments (0) | TrackBack (1)

Thursday, July 26, 2007

グリーンピースが柏崎刈羽原発放射能測定調査報告で人体への影響なしと

Greenpeace Japan Mail Magazine【 グリーンピース・ビジョン】2007/07/26 臨時号の転載

柏崎刈羽原発での放射能測定調査〜人体への深刻な影響がないことを確認

7月16日の新潟県中越沖地震で、柏崎刈羽原発での放射能漏れが報告されました。地震被害に加え、放射能汚染に対しての不安が被災地で広がる中、グリーンピースはチェルノブイリの環境調査やイラクのトゥワイサ核施設の調査を行った放射能測定の専門家を含む緊急調査団8名を現地に送りました。原子力資料情報室の協力を得て、柏崎入りしたグリーンピースの調査団は、20日、原子炉周辺でガンマースペクトルメーターを使って放射能レベルの調査を実施しました。原子炉近くの大湊海岸を含む計4ヶ所を調査した結果、自然界のレベルを超える放射線は検知されず、周辺住民への影響は現時点で強いものではないことが確認できました。

グリーンピース緊急調査団リーダーのイアン・ベラネック (グリーンピース・インターナショナル核・エネルギー問題担当) は、21日、「今回の調査では人体や環境に影響を及ぼすほどの放射線は検知されなかったものの、今後、現場から放射能が漏れてくる可能性は否めない。安全性確認のために日本政府は国際原子力機関(IAEA)を受け入れ、現場の徹底調査をおこなうべきだ」と述べました。

これまで日本政府や東京電力などは、一貫して「原発設置予定地には、直下に地震の原因となる活断層がないことを確認している」と説明してきましたが、柏崎刈羽原発建設前に、すでに科学者や地元住民は調査の不備、原発の直下や近傍での断層の存在、地震活動について指摘し、警告を発してきました。原発建設以前から、反対運動を行っている住民の一人は、「当時から活断層の存在を幾度も東京電力に知らせて警鐘を鳴らしてきたが、耳を傾けてもらえなかった」とグリーンピースの調査団に語りました。

原子力発電所は現在日本で55基ありますが、過去10年間で数多くの事故が発生しています。東京電力の度重なるミスや数々の事故や故障の隠蔽を含め、私たちは原子力発電に関する情報の開示を要求していく必要があります。

グリーンピースは、日本で一刻も早く原子力発電所を廃止し、災害に強い自然エネルギーと徹底した省エネルギーを推進するよう求めていきます。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

その一服はなんのため?

Natural American Spirit hand rolling tobaccoアメリカ・インディアンと切っても切れない関係にある植物といえばトウモロコシ、スカッシュ、豆、メロンなど色々あるが、とりわけ忘れてはならないものは煙草であるかもしれない。しかし、身体をむしばむものというラベルを貼られて世界的な嫌煙・禁煙推進運動のやり玉に挙げられたことによって、このところ煙草の分がたいそう悪い。これはネイティブ・アメリカンの世界でも例外ではないのだが、そうはいっても煙草が彼らの世界ではいまなお最も神聖な薬草のひとつであることにはかわりがないないという話をしておこう。

ぼく自身のことを言えば、煙草を喫煙するのをやめて20年近くになる。大学生のときにはじめて肺まで吸い込んで目眩を起こして倒れこんで以来の煙草を日常的に吸う習慣の方が、もう少し長生きをしようと考えたことを契機に勝手に自分からはがれ落ちてていったと言っていい。

imagename現在アメリカ・インディアンの世界でも、毒草としてではなく、聖なる薬草としてのタバコの正しい扱い方を考えなおそうという気運が高まっている。最近ミネソタの友人が送ってくれた、ネイティブ・コミュニティーのためのニュースペーパー「The Circle ( Vol.28 Issue 7 )」でも「聖なる煙草キャンペーン(SACRED TOBACCO CAMPAIGN)」が展開されていた。

ネイティブ・アメリカンと煙草の関係を語るときに忘れてはならないのは、彼らの世界には喫煙の対象としての煙草とそうではないタバコが存在するという事実である。喫煙の対象としての、あるいは噛み煙草としての、体内にニコチンを摂取する手段としての煙草の話からすると、ネイティブ・アメリカンの喫煙者および禁煙体験者の調査によれば、煙草を吸い続けている平均的なインディアンの人がはじめて喫煙体験をする年齢は13歳で、まるでそれをすることがかっこいいかのように宣伝されるために、喫煙体験する年齢は早まる一方だ。一方で、煙草を吸うことをやめることができたインディアンの人が最初に煙草を喫煙した平均は16歳で、早く吸い始めた人の方が長期的な喫煙者になるという事実も明らかにされている。

もとよりアメリカ・インディアンと煙草は切っても切れない関係にあるわけで、共同体のほとんどの人が煙草を吸ったり噛んだりしている環境が長いこと続いてきた。しかし煙草は昔のように自分で栽培することもなくなり、ほとんどが購入するものであることから、わずかな収入で暮らす家計への影響もことのほか大きいし、なによりも家族やその個人の身体に与えるダメージも計り知れないものがある。そこで「聖なる煙草キャンペーン」がはじまることになった。それはなによりも煙草そのものをおとしめるための運動ではないという点に着目しなくてはならない。

sacred_tobaccoネイティブの人たちにとってあらゆる「薬草」は、快楽をむさぼるためのものなどではなかった。煙草も例外ではない。煙草はなによりも大切な捧げ物として用いられてきた。それは偉大なる精霊にたいする捧げ物だった。ひとにぎりの煙草の葉が祈りと共に大地にまかれた。それは同時に母なる地球にたいする捧げ物としても使われてきた。森や畑に入る前にひとつまみの煙草がまかれることもしばしばだった。狩猟に出かけるとき、魚の漁に出かけるとき、薬草を採取したり、ワイルドライスの収穫にさいして、また歩くために山や林にはいるとき、ひとつまみの煙草の葉を彼らは大地に捧げてきた。聖なるものというのは、本来そういう使われ方をしたものだ。

聖なるものの扱われ方を誤ったとき、快楽をむさぼるためのものとなり、気がついたときには中毒のためにそれから離れることができなくなっている。ネイティブの人たちの考え方では、煙草はもともと人びとの力となるためのもの、ヘルパーと考えられてきた。助けるためのものが、いのちを奪うためのものであってはならない。彼らの多くが、煙草が人の身体をむしばみいのちまで奪うようになったのは、誤った使い方をしたためだと考えていることを、今回の結論として伝えておく。

| | Comments (2) | TrackBack (1)

あなたはそれをなんと言うのか?

の白人の牧師は、インディアンたちを改宗させ、白人と同じような生活の仕方に導くことにことのほか熱心だった。あるとき彼はとある部族で、見るからに頭の良さそうな戦士に出会い、ものになると白羽の矢を立てた。とりあえず牧師はコミュニケーションをとれるようになることを目的として青年に近づいた。

戦士の青年もまんざらではなさそうな雰囲気だったし、なによりも向学心に燃えていた。森を歩きながらさっそく言葉の授業が開始された。牧師は手当たり次第にいろいろなものを指さしてはその名前を英語にして聞かせていった。

大きな岩を指さして、「ロック」と彼がいうと
インディアンは続けて「うむ、ロック」と応じた。

彼が木を指さして、「トゥリー」というと
インディアンも「うむ、トゥリー」と応じた。

そうやって、いろいろなものを指さしてはその英語名を伝える授業が、ほぼ1日続いたころ、ふたりは目の前の灌木がわさわさと動いているのに気がついた。

インディアンの戦士が、手にしていた弓矢の矢の先で灌木の茂みをかき分けてみると、そこではひと組の男女がまさに性行為のまっただ中ではないか。

インディアンから「あれはなんというのか?」とたずねられて、当然ながら牧師はとりみだした。とりみだしただけでなく、その名前を口にするのもいやだった。でも質問されたからには答えなくてはならない。どうせインディアンはその名前を聞いたことなどないだろうからと、一番最初に思いついたものの名前を牧師は口にした。

「あれは、さよう、自転車漕ぎという」

インディアンはするともっていた弓に矢をつがえてことの最中にあったふたりを射殺してしまったのだ。

恐怖におののいて牧師が「なぜ殺したんだ!」と大声をあげた。

するとインディアンの男がしばらく考えてから答えた。





「あいつ、わたしの自転車を、漕いでた」


Native jokes『インディアンは笑う』北山耕平編・構成。世界で初めてのネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクション。笑うことで世界をひっくり返す知恵の書。当ブログから生まれた本。マーブルトロン発行 中央公論新社発売 ブックデザイン グルーヴィジョンズ。最新刊、好評発売中!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Tuesday, July 24, 2007

われわれにはひとつの水とひとつの地球しかない

南房総のテトラスクロールが発信する animism online というブログの23日の記事に「今朝もいつもと同じように、1時間近くサーフィンをした。ここ南房総の海は、千葉とは思えないほど美しい。ほんとうにビックリするほど美しい。だけど同時に、この海の水は遠く青森・六ヶ所へとつながってもいる。」の一文あり。

そこで次なる引用

六ヶ所再処理工場からの放射能を含んだ廃液はどこへ流れていくのか。それを調査するナガスクジラ・プロジェクトの結果が明らかになり始めている。再処理工場の排水口予定地点から流された1万枚の調査票(ハガキ)は各地で拾われて送り返され、11月1日現在で100枚を超えた。遠くは東京湾の入り口である房総半島先端の千葉県千倉町、北は北海道の苫小牧まで到達したことがわかった。▽当初、我々は放射能が下北の海岸だけでなく三陸海岸に流れ、その付近を汚染するのではと予想していた。ところが実際の結果が示したのは三陸海岸どころか、ほとんど東京湾付近まで放射能が流れるということであった。特に宮城県、茨城県、千葉県に多くが到着している。漁船の網にかかって拾われたハガキも少なくなかった。日常的な再処理工場の運転で、これだけ広範な海とそこで取れる海産物が汚染されることが事実でもって示された。これらの広範な地域の人々がこのことを知れば、大きな不安の声が挙がるだろう。

六ヶ所再処理止めよう!ナガスクジラ・プロジェクトの回収はがき結果

これを読みながら、先に亡くなったウエスターン・ショショーニのメディスンマンだつたコービン・ハーネィの次の言葉を思い出した。

「汚染されているのはわれわれの家の前であり、裏庭である。放射能汚染というやつはあらゆるいのちを短命なものにしてしまう。われわれは人間としてひとつにつながり、みんなでもうこれ以上はやめようといわなくてはならない。われわれ人間は、頭を寄せあって、ここからこの惑星をすくうことをはじめなくてはならない。われわれには、ひとつの水、ひとつの地球しかあたえられていないのだから」

すべての水はひとつにつながっていて、その一部が放射能に汚染されるということは、地球にあるすべての水が汚染されるということなのである。そしてそれはとりもなおさず、われわれすべてが放射能に汚染されることを意味する。

コービン・ハーネィが朝の祈りの時にいつも歌っていた「ウォーター・ソング」を、水が人間にとってどれほど大切かを教えるための歌を聞いていただこう。水に感謝し、水のスピリットを讃えるためのショショーニのひとたちに伝えられた歌による祈りだ。全部で6分37秒ある。

Download Water Song By Corbin Harney mp3 File

| | Comments (3) | TrackBack (0)

Monday, July 23, 2007

そして皆、スピリットの世界へと旅立たれた

eaglefthr.gifグランドファーザーのデイビツド・マニャンギ(ホピ)、クランマザーのスポッテッド・フォーン(ウェスターン・ショショーニ)、インター・トライバルなメディスンマンであるジョン・ポウプ・ローリング・サンダー(チェロキー)、ジョン・ファイアーとその息子のアーチー・ファイアーというふたりのメディスンマンのレイム・ディアー(ラコタ)、そして先日スピリットの世界に旅立たれた精神的指導者でメディスンマンのコービン・ハーネィ(ウェスターン・ショショーニ)。70年代から今日までぼくがなんらかのかたちで教えを請うたネイティブ・アメリカンの偉大なエルダーたちが、これでとうとう全員が帰らぬ人となってしまった。

Rolling Thunder Lives三十数年という時の流れを感じざるを得ない。これらの人たちをつないでいた目に見えないものは、アメリカ・インディアンのなかでも特殊なメディスンマンと呼ばれる職能の人たちのネットワークであった。ぼくにとってこれらの人たちの存在はすべてがローリング・サンダーその人(図版)を基点としてつながりあっている。デイビツド・マニャンギ翁はローリング・サンダーの無二の親友であったし、スポッテッド・フォーンはローリング・サンダーの奥方であると同時にぼくの背中を押してくれた恩人であるし、レイム・ディアー親子とはメディスンマンのネットワークとアメリカ・インディアンの権利回復と精神復興の運動を通じて、コービン・ハーネィとはヴイジョンを共にしてコロンブス到来ではじまった長い戦争を戦い続ける同志としてのつながりでかたくむすびつけられていた。コービンはローリング・サンダーとスポッテッド・フォーンのふたりの息子夫婦であるマーラとスカイがオレゴンで立ちあげたネイティブの教えを世界に広げていく新しい動きの後見人でもあった。

それらの人たちに共通していたのは、「前の世界」と「今の世界」のふたつの世界をきわめて巧みに往き来しつつ生きる技を習得して、前の世界から伝えられたソフトでリズミカルな言語と、ハイで詩的な英語とを巧みに操ることで人びとを教育し、そのふたつの世界の橋渡しをし続けたところにある。

Rolling Thunderぼくにとっては彼らと共にあることがそのまま希望だった。彼らと一緒にいて、共に第二外国語である英語で話していると、自分たちはアメリカのなかにあった別の国にいるのだと言うことが痛いほど確認できた。この人たちはアメリカという国のなかで生活をしていたにもかかわらず、アメリカの国が人びとに押しつける法律のもとではなく、グレイト・スピリットの法とでも言うべきものに従い、耳を傾け、正直に1日1日を生き、生涯を終えた。彼らが従っていたグレイト・スビリットの法については、もともとが口から耳へと伝えられてきたものであるがゆえに、ひとつの形あるものとして残されたものは少ない。

ぼくが教えを請うたエルダーたちの全員が旅立たれた今、もう一度初心にかえって、彼らが伝えようとした偉大な精霊の法について、ぼくはこの夏さまざまな機会に考え直してみるつもりでいる。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

Saturday, July 21, 2007

そうかそうか原子力は糞なのか

サンジェルスからミネアポリスに向かう旅客機の機内。たまたまネイティブアメリカンの見目麗しき女性と隣り合わせの席に座った白人男が、シートに腰をおろすやいなやさっそく彼女の方に身を乗り出して「お嬢さん」と声をかけた。

「よく隣の席の人と話が弾めば千里も一里というじゃありませんか。どうです、ぼくと少し議論なんかしませんか」

ちょうどインディアン・タイムズ・マガジンを開いて読み始めたところだったくだんのネイティブの女性は、ゆっくりとその雑誌を閉じあわせて、顔を上げると、声をかけてきた男に「いったいなにを話すのでしょうか?」とたずねた。

「え? ああ、そうだな」と男。「どうだろ、原子力について話すっていうのは?」

「オーケイよ」女性も応じた。「それはなかなか興味深いテーマだわ。でもその前にひとつわたしからおたずねしたいことがあるの? いい? 馬も、牛も、鹿も、みんな同じものを食べてる、つまり草を食べているのにもかかわらず、どうして鹿の排せつ物はつぶつぶで、牛のはべたべたのパティみたいで、馬のは乾いたマフィンみたいになっているのか、あなたご存じ?」

白人男はハトが豆鉄砲でも食らったような顔で彼女を見返した。しばらくしてわれを取り戻したのか

「いやー、なんと答えればいいのかなぁ」

と答えた。するとネイティブの女性がぴしゃりと。

「よくって。ろくに糞のこともわからないくせに、それでよく原子力の話ができるだなんて、思えるわねえ、あなたも」


Native jokes『インディアンは笑う』北山耕平編・構成。世界で初めてのネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクション。笑うことで世界をひっくり返す知恵の書。当ブログから生まれた本。マーブルトロン発行 中央公論新社発売 ブックデザイン グルーヴィジョンズ。最新刊、好評発売中!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Thursday, July 19, 2007

バランスを失った生き方(ライフ・アウト・オブ・バランス)

arrow2 柏崎羽刈原子力発電所ホームページ

今回の中越沖地震ではっきりしたことは、自民党部族会議国家においては、原子力産業についての情報は完全に統制されていると言うこと。テレビも新聞ももちろん雑誌も、コマーシャルが基本のメディアは、原子力の情報についてなにひとつほんとうのことを書けない。電力産業からのコマーシャル収入が大きすぎるから、原子力のリアリティについて触れることはタブーなのだ。同じことが、アルコール情報にもいえる。お酒についてネガティブな情報、たとえばそれがほんとうは麻薬であるといったようなことは、テレビや雑誌や新聞ではまず公言できない。スポンサーに巨大アルコール産業がそろっているから。電気も、アルコールも、ウラニウムも、彼らが「白人の神」と呼ぶ「白人文明(物質中心主義)」の象徴的存在である。われわれの人生をおかしな方角に導くそうしたものへの依存度を下げれば下げるほど、人はネイティブの世界に近づく。

原子力について忘れてはいけない呪文(改訂版)
  • 原子力はクリーンエネルギーじゃない。
  • 原子力は安いエネルギーじゃない。
  • 原子力は地球温暖化への解答じゃない。
  • 原子力は安全なものじゃない。
  • ウラニウム採掘には危険がいっぱい。
  • 核兵器の投げかけた脅威は終わってない。
  • 核廃棄物の問題はずっと未解決のまま。
  • 核施設の誘致はその土地を豊かにしない。

| | Comments (3) | TrackBack (1)

Wednesday, July 18, 2007

インディアンの文化に自分を重ね合わせる

Cover of The Rolling Stone 40th Anniversary Issueサンフランシスコで暮らす友人がわざわざ贈ってくれたローリング・ストーンの40周年記念特別号(Rolling Stone -- THE FORTIETH ANNIVERSARY, Issue 1025/1026 May 3-17, 2007)所収のニール・ヤングのインタヴュー[Neil Young Interview by David Fricke]から「インディアン文化」に関する一節だけを抽出して翻訳してみた。このインタヴューにはほかにも興味深いものがたくさんあるので、ニール・ヤングのファンの人は読む価値がある。それにしてもローリング・ストーンは今年で40周年を迎えたのか。40年近く前に、この雑誌にあこがれて雑誌の世界に飛び込んだものとしては、感慨深いものがあるなあ。結局日本のロックマガジンはただの音楽雑誌になるか、わけのわからない中途半端な文化雑誌となって漂流を続けたまま今日に至っている。

Neil Youngあなたの音楽やアートワークにはネイティブ・アメリカンの世界を扱ったものがたくさんあります。どうしてそれほどまでに彼らの文化に自分の姿を重ね合わせることができるのでしょうか?

シンプルなところと自然なところが好きなんだよ。インディアンたちは基本的にはキリスト教徒じゃないところがいい。あの人たちは自然を信じている。神が創ったものであるにせよ、自然そのものが自然を創ったにせよね。自然はぼくにとっては教会なんだ。そこが深い森であれ、どこまでも続く緑の平原であれ、海の水の中であれ。そこには牧師さんなんて必要ない。長いことぼくはこれまで月のサイクルってやつと自分を重ね合わせてみてきた。インディアンの人たちがしてきたようにね。たとえば「自分はここに来ていくつの月を見てきたのだろうか?」とか考える。

大切なのは月のサイクルなんだ。レコーディングに入っていたりするだろ、そういうときにはぼくは月を待つことにしている。そして歌が生まれたときには、カレンダーを見て確認する。「オッケー、オッケー。いいときだ。これはきっとよくなるぞ」とか言ってね。あと3日から4日ほどで満月になるってころの月のサイクルには、いつだってなにかがあるだろ。エネルギーみたいなものがね。月のエネルギーが衰えはじめたら、とたんに焦点が定まらなくなる。そういうときにはぼくは、やっていることを一時休止したりするんだ。一昨日のあのヴァイブはどこいっちまったんだなんて悩む必要もない。そういうときは「チクショー」とか言って、別のことをするだけさ。

arrow2 Neil's Garage(Neil Young official website)

arrow2 LIVING WITH WAR TODAY(Neil's blog)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Tuesday, July 17, 2007

大人になるためには儀式が必要(少女編)

ナショナルジオグラフィックが製作した番組の紹介編。ニューメキシコ州のホワイトマウンテンに暮らすメスカレロ・アパッチ一族の13歳になった少女が、ひとりの女性として生きていく道に進む通過儀礼における試練と忍耐を多少は垣間見ることができる。それが部族全体が参加する儀式であることは理解できるだろうが、これで全体が理解できるというものでもないわけで、でも、なんとなく雰囲気はわかるかも。少年が一人前の男になるための通過儀礼についてはけっこう知られるようになったが、少女が女として成長するための儀式については、まだほとんど知られていないような気がするので。

next Girl's Rite of Passage

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, July 16, 2007

病を癒す儀式の起源(アパッチ一族の言い伝え)

病気の人を癒すための儀式がどのようにしてはじまったかをお話ししましょう。

昔々のそのまたむかし、この地球が創られました。

この地球を創られたお方は、地球をお創りになられたとき、そこに生きるひとりひとりの人が自分の土地として暮らしていけるように、すべての人に小さな土地をお与えになる計画をお持ちでした。

われわれの一族もそうした土地のひとつで暮らしていたのですが、なぜかみなはその土地のことがどうしても好きになれませんでした。そのことを察した地球を創られたお方は、わたしたち一族に別の場所に移るように申しつけられたのです。人びとは別の場所に移住しました。新しい場所ではぐっすりと眠れるし、みなはそこを気に入って、以後良い生き方を続けました。

one_who_made_earth

ところがあるとき、一族のなかの男がふたり、なにかの病気にかかって、日に日に体力が衰えていくようになったのです。一族の人たちには打つ手がありません。ただ手をこまねいて見ているだけです。なぜなら、そのときまで、病気などと言うものを人びとは知ることもなく、ましてやその治療法などは必要もしなかったのですから。

地球を創られたお方が言いました。

「なぜお前たちはそのふたりのためになにもしてやらないのだ? ふたりに言葉のひとつもかけてあげてもよいではないか?」

そうはいわれたものの、みんなは病気を癒すための儀式のことなどなにひとつ知りません。どうすればよいのかもまったくわからなかったのです。

一族のなかの4人が、たまたまそのとき、ひとりは東に向いて、ひとりは南に向いて、ひとりは西に向いて、ひとりは北に向いて立っていました。地球を創られたお方はその4人のなかのひとりに声をかけられました。

「地球の上にあるものにはすべて、それぞれに独自の病や独自の問題を引き起こすだけの力が宿っている。だからそうしたものにはすべて、それらを癒すための方法があるのだ」

その瞬間、声をかけられた男は、その病を癒す知識を自分が理解したことを悟りました。4人はそのままその場に立ちつくします。

最初の日の夜、東側に立つ男が誰に言われたわけでもなく一連の祈りの詠唱をはじめていました。2日目の夜、南側に立つ男が太鼓を鳴らして稲妻の歌を歌い出します。3日目の夜には、西側に立つ男が一連の祈りを唱えだしたのです。4日目の夜、北側に立つ男が太鼓を鳴らして稲妻の歌を歌いだしました。

このときの順番は、ただ彼らがその場で思いついたものではありません。それは地球を創られたお方によって授けられたものでした。そうした知識は、外側からもたらされたものなのです。

地球を創られたお方はそのあとでこう言われました。

「ふたりの病んでいる者たちのところへ行き、優しい言葉をかけて、その者たちを元気づけてみてはどうかな」

言われるまま4人の男たちが、病気を患っていた男たちのところへ行って声をかけると、たちまちにしてふたりの病は癒されていました。

そのことがあって以後、アパッチ一族は、病気を癒す儀式と、さまざまなものによって引き起こされる無数の病気についての知識とを手に入れました。そして病を癒すためのあらゆる儀式がはじまることになったのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Wednesday, July 11, 2007

コービン・ハーネィが帰らぬ人となった

Corbin Harney

Corbin Harney
March 24, 1920- July 10, 2007

7月10日の午前11時にコービンが亀の島で亡くなった。ウエスターン・ショショーニの伝統的なヒーラーであり、精神的指導者としてその後半生を核実験の停止と核廃棄物の投棄をとめる闘いに捧げた偉大な人で、ぼくにとってはかけがえのない先生のひとりだった。コービンは家族に見守られ、ローリング・サンダーの孫にあたるショショーニのレッド・ウォルフ・ポープが死者の歌をうたうことで招聘されたヴィジョンのなかを一族のドッグ・ソルジャーらにともなわれてスピリットの世界へと旅立たれた。彼が境界を超えた後も、一羽のゴールデン・イーグルがいつまでも家の上の空を舞っていたという。ショショーニの国にあるバトル・マウンテンの彼のコミュニティーで今日から3日間の喪と葬儀が行われることになった。

喪に服す意味でこのブログも来週まで更新はありません。喪があけてしばらくして落ち着いたら、コービン・ハーネィという偉大な人についてまた書くこともあると思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Tuesday, July 10, 2007

ティーチ・ザ・チルドレン

われわれは、自分が誰であるのかを、自分に向かって教育しなくてはならない。自分が誰であり、なにものであるかを知ることによってのみ、われわれは自分たちの力の源に触れることができるのだから。自分自身について知っていることが増えれば増えるほど、精神的な成長への道を選んで進めば進むほど、自らの行いを浄化すればするほど、それだけわれわれは、子どもたちを教え導くことができるようにもなる。子どもたちに教えようと言うのは、そういうことである。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Monday, July 09, 2007

先週末の2日間を振り返って

feather7日8日と、南房総の山奥であたりを見下ろしながらたっている大きなくすの木の下で、蝶々たちや蛇たちやリスたちや虫たちや無数の鳥たち、花たちとともに泊まりがけの風をひらくワークショップがあり、遠くは愛媛や広島といった遠方から駆けつけてくれた人たちもふくむ30名ほどの聞く耳の準備ができた人たちの前でお話しをしてきた。7日の午後に風をひらき、その夜は深夜までさまざまな話をした。話したことはその場に居合わせた人だけの秘密となった。:-)

予報では天気は下り坂とのことで、途中一瞬雨がぱらついたが、一夜明けてみると嘘のように良い天気となっていて、樹齢800年ほどのくすの巨木が空に大きく両手を広げて——さながらインディアンの祈りの姿勢のごとくの体勢で——笑っておられた。昨日のあの吹き抜ける風が気持ちよい嘘のような天気が、今回の集まりへの偉大なる精霊からの答であることを誰もが確信したはすだ。

一転して関東平野の今日はまた空梅雨の空。朝から7日の日に地球をまるごと包んで行われた無数の小さな祈りの集会の報告を読み、大がかりなライブ・アースのコンサートの各地の様子を記録したビデオクリップをいくつか見た。

liveearthlogoぼくが見たのはアメリカの首府ワシントンDCのスミソニアン国立アメリカン・インディアン博物館の中庭で行われた「マザーアース」という先住民文化の側からのコンサートの中継だ。このコンサートは、おそらく、日本をふくむ地球のほかのどの地域で行われたライブアースのコンサートとも違っていたはずだ。なぜなら、コンサートと言うよりもそれは、先住民的な観点からの世界の見方を学び、それに耳を傾けるための、母なる地球に思いを馳せる新しい時代の夜明けを招聘する祈りに満ちたコンサートになっていたからだ。いつまで掲載されているかわからないが興味があればぜひ一部をご覧ください。会場で紹介されていた印象的な言葉のひとつを書きとめておく。イコロイ族・オノンダガ国、オレン・ライオンズからのメッセージで、それは

start_quote自然界を「資源」としてではなく、「たくさんの親戚たちに満ちあふれた世界」と見ることで、たくさんのよいことが起きるだろうend_quote.gif

というものだ。くすの木の下でぼくたちが感じた不思議に満ちた世界もきっとそのたくさんの親戚であふれた世界だったのだろう。それにしても、あの聖老人のくすの木はただものではありませんでした。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

Saturday, July 07, 2007

母なる地球に祈りを

昨夜は早く寝てしまったので、このメッセージに気がついたのは今朝のことだ。南房総に出かける直前だった。メールをチェックしている中から見つけた。

ホピのグランドフアーザー・マーチンが、7月7日の朝にホピとホピのエルダーたちのためにちょっとした祈りをあげることを求めている。この祈りは、母なる地球への感謝という形をとってもよいと言うことだ。

このメッセージを受けとめて感じることがあるならば、自分の心の命ずるままに動いてほしいと思う。

ありがとう

| | Comments (1) | TrackBack (1)

Friday, July 06, 2007

白いバッファローの男の子が二頭生まれた

White Buffalo Bull Calf

アメリカはコロラド州のカノン市にあるロイヤル・ゴージュ・アンド・パークというコロラド川をまたぐように架けられた高架橋が売り物のひとつの公園の当局者が発表したところによれば、公園の西側にあるワピティ野生自然公園で、今年の5月29日と6月3日に二頭の白いバッファローの子どもが誕生したという。最初に生まれた雄の白いバッファローには、偉大なネイティブ・アメリカンのチーフの名前をとって「チーフ・ジョセフ」と命名された。2頭目の雄の白い赤ん坊(写真)の名前はまだ決まっておらず、7月15日が締切で公募中だ。

詳細は http://www.royalgorgebridge.com/NewsPage.aspx まで。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Thursday, July 05, 2007

INTERVIEW WITH KITAYAMA "Smiling Cloud" KOHEI

このところ読まれた方からメールをもらうことが増えた。アマゾンでも購入できるようになっていたので再度掲載しておく。暇で時間があるときにゆっくりと読むにはうってつけのロング・インタヴューになっている、と思う。ぜひこの夏、木陰での暇つぶしに。

spectator #17NATIVE TALK
INTERVIEW WITH KITAYAMA "Smiling Cloud" KOHEI
北山耕平インタビュー
「地球の上で生きるには」
取材・構成 青野利光(スベクテイター編集部)

聖なるものとの出会い/「日本」のはじまり/ネイティブとの出会い/アメリカの縄文時代/神道の誕生/スピリットと出会う/自分の場所を持つ/森はどこへ消えた?/時代は変わる/地球とつながる場所/絨毯の下の真実/偉大なる目覚めの日/電気を止める世代

Amazon.co.jp

| | Comments (0) | TrackBack (0)

生かされている

幸福はあなたを優しくし
困難はあなたを強くし
悲しみはあなたを人間らしくし
失敗はあなたを謙虚にし
成功はあなたを輝かせるが
それでもあなたは生きているのではなく
偉大なものによって生かされているに過ぎない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Wednesday, July 04, 2007

人生という教え (部族不明)

pear treeそのインディアンのチーフには息子が4人いた。彼は息子たちに物事を簡単に判断しないことを学んで欲しいと考えたすえ、4人の息子をひとりずつ、順番に、はるか遠方にある一本の梨の木のところまででかけて、その樹の世話をしてくるように言いつけて送り出すことにした。

長男は冬に出かけた。次男は春に、三男は夏に、末の息子は秋に、それぞれ梨の木の世話に出かけた。

1年後、4人の息子が全員顔をそろえた。チーフは4人の息子になにを見てきたのかたずねた。

長男は、梨の木は見るに堪えないほど醜かったとこたえた。苦しそうに折れ曲がりねじれていたと。

次男はその答を否定した。梨の木の枝のあちこちに緑のつぼみがついていて、先が楽しみだったと。

三男はその見解にも異を唱えた。木の枝にはたくさんの花が咲いていて、甘い香りが漂い、たいそう美しく見えた。あれほど優美なものを自分はこれまでに見たことがなかったと。

末の息子は兄たちの意見のいずれもを否定した。梨の木には実がたわわになり、たくさんの実の重さで枝が垂れ下がっていた。実のひとつひとつが次の世代約束しており、達成感に満ちあふれていたと。

それぞれの話を聞いた後でチーフが口を開いた。兄弟4人ががそれぞれに見てきたものそのひとつひとつはなるほど間違っていない。だが、お前たちが見てきたのは、梨の木の一生におけるただひとつの季節の姿に過ぎない。

チーフは言葉を続けた。相手が一本の梨の木であれ、またひとりの人間であれ、ひとつの季節の姿を見ただけでそのすべてを判断してはならない。相手がなにものであるか、その生涯にもたらされる喜びや満足や愛といった肝心なものは、季節がことごとく巡った後になるまでは推し量ることもできないのだ。

冬だけの姿を見てあきらめてしまえば、春の希望も、夏の美しさも、秋の実りも、ことごとくすべてを逃してしまうことになるのだぞ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, July 02, 2007

地球がわたしに教えてくれる(ユート一族の祈りの詩)

地球が教えてくれる沈黙 草原の草が今も新しき光りと共にあるがごとく
地球が教えてくれる苦痛 古き石たちが記憶せしものに苦しむがごとく
地球が教えてくれる慎ましさ 野の花がはじまりから慎ましく咲くごとく
地球が教えてくれる思いやり 母が自分の子どもを養い育むごとく
地球が教えてくれる勇気 他と離れて独り立つ一本の樹のごとく
地球が教えてくれる限界 さながら地を這って進む蟻のごとく
地球が教えてくれる自由 さながら大空を舞う鷲のごとく
地球が教えてくれる受容 秋のたびに命を絶つ木々の葉のごとく
地球が教えてくれる再生 春になると芽を出す種子のごとく
地球が教えてくれる自分を忘れること 融けゆく雪がその命を忘れるがごとく
地球が教えてくれる優しさ 乾いた草原が降る雨に涙するがごとく

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« June 2007 | Main | August 2007 »