インディアンは笑うという本のまえがき
すでに何度かお伝えしたが『インディアンは笑う』という本が28日に世に出る。これはぼくにとっては思い入れの強い本である。ネイティブ・アメリカン・ジョーク・コレクションとして同名のカテゴリーで当ブログに2004年から今年の3月までに掲載されてきたものを一冊にまとめたものだ。ブログでは今もときどきネイティブの人たちのジョークや笑い話を新たにアップしているし、それは今後も可能な限り続けていくつもりでいる。ぼくはネイティブの人たちの世界に足を踏み入れて以来、彼らの笑いやユーモアをきわめて大切なものだと考えて、このブログにも特別にひとつのカテゴリーをもうけてきた。以下の小文は、この28日に世に出る書籍版の『インディアンは笑う』(マーブルブックス)の前書きとしてぼくが書いた文章である。願わくばこの書が、心ある人の手に渡らんことを。また本書を手にされてのちの感想などこの記事へのコメントでお聞かせ願えればこれほど嬉しいことはない。
「歌うことと笑うこととを知るものは、いかなる困難にもくじけない」——イグルーク・エスキモーの人たちの言い伝えアメリカ・インディアンの人たちのことをいつも押し黙って表情ひとつ変えないストイックな人たちと考えている人がことのほか多い。でも実際は全く異なる。本書のどのページでも開いて一読されれば、そうしたものが作り話であることがよくわかる。
実際のところ、彼らは、恥ずかしがりではあるものの、仲間たちでいるときには——というよりは、その場に白人(アングロサクソン系アメリカ人)がいないときには——実によく笑う人たちだ。くだらないことを言ってはみんなで腹を抱えて笑いあう。それも何度も何度も。
彼らはそうやって笑うことで、笑いを共有しあうことで、あらゆる価値観をひっくり返してしまう。困難や悲劇、貧乏や、差別や、迫害や、嘲笑など、なにもかも一切の否定的なエネルギーともども世界をさながら笑うことで絨毯のように巻きあげてしまうのだ。
笑いによって巻きあげられた絨毯の下には、彼らに言わせれば、まだ文明によって汚されていない手つかずの自然とバッファローたちが群れをなして駆けめぐるインディアンの天国が広がっていることになっている。
笑いは彼らに残されたおそらく最後の武器でもあるのだろう。彼らの精神生活のなかに絶対に欠かせないもののひとつが、笑いである。
笑いは、彼らだけでなく、おそらくすべての人たちにとって現実の不条理を乗り越えるエネルギー源であり、厳しい自然や、社会によって押しつけられてくる貧しさなどをものともしない心の状態と、それらが不可分の関係にあることを、ネイティブ・アメリカンの人たちはよく知っている。
地球に生きるひとりの人間という「心と頭の状態」をなによりも大切にする価値観において、「自分がひとりの人間である」ということは、つまるところ「自分がひとりの、時には弱さをもあわせもつ存在であること」を知っていることでもある。つまり、われわれは誰もが「神のような存在」などではなく、必ずどこかに弱いところがあり、その弱さが時としてわたしたちを馬鹿げた行動に走らせるのである。
ひとりの人として地球に生きるためには、われわれは誰もが自分の愚かさについて再認識しなくてはならず、従って当然のように「笑いやユーモアは地球に生きる人たちの生き方、彼らが聖なる道と呼ぶもの」の中にしっかりと組み込まれている。
そういう理由があって、アメリカ・インディアンや地球に生きる先住民といわれる人たちの部族には、必ず一族のなかに、その「愚かさ」を人々の面前で行動で示してみせる道化の役割を持つ人間がいるのだ。この人たちは冗談のような生活をまともに演じてみせる人たちであり、彼らは「聖なる道化」として、笑いやユーモアが神聖なものであることを全身全霊で教えてくれる。
インディアの人たちのジョークは、日常のどうってことのないものが、ある瞬間にきわめて「神聖なもの」に転化することを教えている。誰も考えていなかったような「冗談の落ち」は、聖なる体験として人間の意識に働きかけるのだ。とてつもなく不幸な出来事に襲われたり、悲劇の現場にいざるを得ないときに、そうした現実を巻きあげるために笑いの力を用いるのは、地球に生きるネイティブの人たちに共通する技術のひとつであると思う。
同時にまた、アメリカ・インディアンの人たちがなにを笑っているのかを知ることは、彼らの置かれた現実を知ることでもあるだろう。言うまでもなくもちろんユーモアやジョークは人間生活の基本のひとつだが、とくにネイティブ・アメリカンの人たちにとってそれは絶対になくてはならないもののひとつであり、それが世界をひっくり返す力をいまだに失っていないということからも、おおいに注目に値する。
厳しい現実を目の当たりにしているすべての人に本書を捧げる。
『インディアンは笑う』あなたの厳しい現実もひっくり返す、ネイティブ・アメリカンの聖なるジョーク! 北山耕平編・構成。世界で初めて編纂されたネイティブ・アメリカン・ジョーク集。いかなる困難にもくじけない笑いとは? マーブルトロン発行 中央公論新社発売 ブックデザイン グルーヴィジョンズ。定価1600円+税
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Comments
たしかに。
風に向かって立っているときに笑っていなくちゃと思います。
月はみないまま夜半すぎてしまいましたが、本日の午後、ラジオでお声をききました。
心の補強剤に、明日書店でさがします。 幸運を。
Posted by: 犬田 R | Friday, June 29, 2007 01:45 AM
犬田 R さま
確かに昨日の午後エフエム東京に呼ばれて皇居の緑が良く見えるスタジオで「インディアンは笑う」についての話を少ししてきました。\(^O^)/ 聞いていてくれた人がいるのですね。おそるべし、エフエム放送。帰途まだ明るい空にほぼ満月がのぼってくるのを見ましたよ。ネイティブの笑いが力を与えてくれることを願います。
Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Friday, June 29, 2007 07:34 AM
初めまして。
ある事からインディアンに興味を持ち、最初は格好から入ったものの、非常に薄っぺらい感じがしていました。
そこで、インディアンについて深く知りたい思い、最初に出会ったのが『虹の戦士』。そして、この度『インディアンは笑う』を購入し、毎晩読みふけっている最中です。
北村さまの本と出会えた事も1つの要素となり、人生初の海外旅行(ハワイィ)を計画しておりますので、次は『日々是布哇』を読んで、心をハワイィ状態にしてその日を迎える予定です。しかし、なにぶん初の事の上、英語で会話をした事がないので、ハワイィを体験してくるまでには至らないと思いますが…
日々を忙しく生きる中で、心の支えになる本と出会えた事を感謝すると共に、これからも北村さまのご活躍を心より願っております。
それでは、長々と失礼いたしました。
Posted by: 伊神 悠貴 | Thursday, August 02, 2007 05:57 PM
伊神 悠貴さま
気にしたくないと思うのですが、ぼくの名前は「北村」ではなく「北山」です。よく「北村」と書いてくる人がおられるのですが、「北山」がぼくの場合正しいのです。まあそれはさておき、本を読んでくれてありがとう。 北山耕平
Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Thursday, August 02, 2007 06:41 PM
北山さま
大変失礼いたしました。又、お気遣いありがとうございます。
以後、注意いたします。
今後も本を読まさせて頂きますので、宜しくお願い致します。
Posted by: 伊神 悠貴 | Thursday, August 02, 2007 10:20 PM
はじめまして。
おくればせながら「インディアンは笑う」を拝読いたし、僭越ながら自ブログに掲載、引用させていただきました。
この機会にごあいさつをと思い、コメントさせていただきました。よろしくおねがいいたします。
Posted by: 會田 健 | Friday, October 01, 2010 09:53 PM