母なる地球は怒っておられる
アメリカ合衆国の東部、いわゆるニューイングランドの奥、ニューハンプシャー州にムーシラウクという標高1500メートルほどの山がある。アパラチアン山脈の一部、ホワイト・マウンテンズの外れにある山だ。マウント・ムーシラウクはその山の麓にある町の名前でもある。町はホワイト・マウンテンズを源流とするベイカー川の流れに沿ってつくられている。
そのムーシラウク町で先ごろネイティブ・アメリカンの6つの部族から代表が集まって「母なる地球を讃える儀式」が行われた。儀式の場で、最初に求められて話をすることになったのがモホーク・インディアンの出身で「話す鷹」ことトーキング・ホーク氏。彼は生活排水が混ざった茶色く濁った川の水を指し示しながら、人間が原因で引き起こされつつある地球規模の変化について次のように語った。
「母なる地球は今や反撃に転じている。世界の4つの方向からにとどまらず、その反撃はわれわれの足下の大地の奥深くからもたらされている。科学者は地球温暖化だと言う。われわれは、それを『母なる地球がお怒りになられている』と表現する」
今年の5月には国連で「先住民の視点から見た気象異変会議」が開催され、数名のアメリカ・インディアンの代表が話をした。また同じ5月、アラスカや北部カナダから、先住民の代表がワシントンを訪れて、年を追うごとに氷の融ける具合が早まっていることを警告している。カリフォルニア、ミネソタ、ニューメキシコやその他のいくつもの州で、インディアンのさまざまな部族が、自分たちの運営するカシノの利益の一部を代替エネルギーやバイオマス燃料発電所などのエネルギー再生計画に投入しはじめた。
アメリカインディアンは、ぼくが知るかぎり今から30年以上もまえに、そして研究者に言わせれば、100年以上も前から、地球上に今起こっているようなことが起こると言い続けてきた人たちだ。竜巻がより大きくなり、暴風雨が吹き荒れ、洪水が頻発し、極端な干ばつが訪れるようになると。ホピの予言もまた、人間のバランスを失ったふるまいによって地球の気候に大きな変化が訪れることを予見していた。われわれは、地球をふくむあらゆる命との関係の持ち方を修復しなくてはならないときに立ち至っているのかもしれない。
いまだに「地球温暖化などはない」と主張する人たちもいる。科学者たちが手遅れにならないうちに警告を発するはずだとのんきに構えている人たちも多い。地球が生きている女性であり、その母親である地球が今われわれの行いにたいして腹を立てているという視点を、ぼくたちは回復すべきときにきているのだろう。
今回の「母なる地球を讃える儀式」には、パッサマクォディ、モホーク、ブラックフット、ミックマック、ラコタ、アベナキの諸部族から代表が参加した。つい最近アメリカの中西部で起こった大洪水で被害を受けた人たちのためにラコタのサンダーブル氏は祈りを捧げ、冒頭のトーキング・ホーク氏は来たるべき自然災害によって被害をこうむる人たちのために祈りを捧げてから、次のように話をしめくくった。
「母なる地球が自らを浄化するなかで命を落とすであろう世界各地の人たちのことを考えなくてはなりません。その人たちのスピリットのことを」

今日は十三夜。今日、明日、明後日にのぼってくる月はとても特別な月。だからその時間になったら外に出て、空を見まわしてみてください。

サウスダコタ州の南部にパイン・リッジ・インディアン・リザベーションがありオグララ・スーの人たちが暮らしている。リザベーションの近くに、オグララの人たちが所有し運営する24時間営業のプレーリー・ウインド・カシノ(大草原の風という名前のカシノ)がある。働いているのもオグララ・ラコタの人たちで、このカシノには78部屋のホテル、水泳用プール、劇場、レストランなどが備わっているのだが、これはそのレストランでの話。
ニューヨークのダウンタウン、マンハッタンはタイムズ・スクエアの近くを、一人のインディアンが友だちと歩いていた。ちょうど昼飯時で、通りにはたくさんの人たちがあふれかえっている。車があちこちでやかましくクラクションを鳴らし、角という角ではタクシーがタイヤをきしませていた。けたたましくサイレンの鳴る音が聞こえる。さまざまな都市の音がひとつにまとまって、うわーんというような耳をふさぐような音——
ホピの人たちの「カチーナたちがお山に帰る日」が数日後に迫りました。ポピの人たちが——太陽が夏の家に入って一休みしてまた冬の家に向かう旅をはじめる——夏至の日をはさんで16日間続ける特別なニマン・ダンスと名づけられた大例祭です。カチーナと呼ばれる彼らの精霊たちの登場する儀式としてはおそらくは最もドラマチックな、アメリカ大陸南西部の乾燥した大地における太陽と共にある祭りです。彼らの精霊たちであり、冬の冬至の日を過ぎると聖なる踊りを教えに降りてくるカチーナたちを、サンフランシスコ・ピークスと呼ばれる聖なる山の家に送り帰す祈りと踊りであり、精霊たちに「おつかれさま」「また会いましょう」を伝えて、人々が新しい冬に備えるためのものです。子どもたちにとっては、夏のクリスマスみたいなもので、さまざまな贈り物が約束されていたりします。


地球温暖化対策に乗じてまたぞろ原子力エネルギーの利権をむさぼる人たちの声が大きくなっているので、ここらでもう一度考えておきたいウラニウムのこと。
◆放射性核廃棄物の放射能を中和し無害化する手段はない。
幼名を「スロン・ヘ」と、ラコタの言葉で「愚図(スロー)」といった19世紀のラコタの偉大なチーフ・シッティング・ブルは、自ら工業化社会で仕事をする人たちのありさまを観察した結果、伝統的狩猟採集民の心情を見事に次のように語っている。
北のシャイアンと並んで平原インディアンを代表する南の部族で、北テキサス、オクラホマ東部、カンサスの南西部、コロラドの南西部をまたがって広がる海抜1500メートルほどのハイ・カントリー(高原平原)をテリトリーとするが、ほかの平原インディアン同様、この人たちが馬を駆って大平原でバッファローを追いかけるようになるのは1680年のプエブロの人たちの大攻勢で、ニューメキシコあたりにいたスペイン人入植者たちが追い出されて、結果として馬を自分たちの移動手段に取り入れて以降のことだった。

放射性炭素年代測定と遺伝子分析の結果、ニュージーランドの科学者がチリで見つかったニワトリの骨の起源がポリネシアにあることを突き止めたもの。遺伝子分析によれば、南中部チリ(Arauco半島の南の側の上の内陸のおよそ1マイル半)のEl Arenal-1と呼ばれている遺跡で見つかったニワトリの骨の遺伝子が、チリから8000キロ以上も離れたサモアやトンガのニワトリのものと遺伝子配列が一致していたのだ。遺伝子の配列はまた、ハワイやイースター島のニワトリともよく似ていたという。問題のニワトリの骨が回収されたチリの遺跡は、調査の結果西暦700年から1390年まで使われていたとされる。