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Thursday, May 17, 2007

血液定量制——100%インディアンから1%インディアンまで

rockart01.gif「血液定量制(Blood Quantum / ブラッド・クアンタム)」というもの——考え方——がある。もともと自分たちの土地でないところに侵略してかってにそこで国家を樹立して、その土地に以前から住んでいた「先住の人たち」を排斥し征服して居座ったままのアメリカ合衆国政府が、誰を「ほんもののインディアン」として認定するかどうかは、その人間の血液のなかに占めるインディアンの血の量で決定されるというもので、何世代か前の先祖が100%インディアンの——普通これを「フル・ブラッド」と呼ぶ——のときから、純血ではないインディアンたちとどのように結婚を重ねて血が混ざっていったかを、おそろしく不可解な矛盾だらけの方法で算出していく。

これをする目的は、白人が樹立した政府が、その先住民がどのくらい白人に近いのか、あるいは白人から遠いのかを、なんとか知ろうとしてはじめたものだ。2分の1(50%)インディアン、4分の1(25%)インディアン、8分の1(約13%)インディアン、16分の1(約6%)インディアンという具合に、分母の数が多くなっていき、分子の数が「1」である場合は、その人は白人に近づいたとされる。逆に4分の3(75%)インディアン、8分の7(約87%)インディアンという具合に、分子と分母の数が近ければ近いほど白人から遠いインディアンとされる。問題があるとすれば、先祖がフル・ブラッドのインディアンだったという文字の記録がない場合は、その人間の「インディアン」の部分は完全に否定されてしまうことだ。またそれがためにインディアンは白人と結婚しないような暗黙の圧力が加えられていくし、白人と結婚すると伝統文化が喪失するのではないかという恐怖がかもしだされる。最近では同じ部族であっても、東と西にわかれてリザベーションを与えられて暮らしている部族のもの同士が結婚した場合、その子どもたちは法律ではなぜか「半分インディアン」とされるケースまである。

A.Warholこうまで血の濃さにこだわったのは、もとより先住民を「獣と同類」と長く認識して、これを排斥してきた白人の側に理由がある。また今となっては政府にとっては生活保障をできるだけ減らしたいという現実的な問題もある。インディアンにとって混血の問題はどうだったのかを、昔年寄りに聞いてみたことがある。ローリング・サンダーは「インディアンというのは血の問題ではなく生き方の問題だ」と言っていた。コロンブスがやって来る以前のアメリカ先住民の考え方では、異なる部族の者同士が結婚して血が混ざったとしてもその子は母親の部族の人間として育てられた。実際、ほとんどの部族が部族間の結婚を繰り返していて、アメリカ大陸の先住民たちの血はそれこそ「るつぼのなか」のように混ざりあっていたと考えられる。そうやって血液が混ざりあって数千年を経たあとも、それぞれに異なる伝統文化が消え失せてしまうようなことはほとんど起こらなかった。いくつかの部族では例外があったものの、生まれてきた子供たちは母親の伝統文化のなかで育てられるのが通例だったからだ。自分たちがどのくらいの割合でその部族の人間なのかを問われることはまったくなかったし、自分でその割合を証明する必要もなかった。父系制の単一文化というパワートリップによる国造りが母系制の前に押しとどめられていた。

白人国家というパワートリップがはじまって、500年が過ぎ、アメリカ大陸における混血の速度は多くの人たちの推定を越えて早く進行していて、2050年にはすべてのアメリカ人のなかにインディアンの血が入り込むという試算をしている研究者もいる。今では、アメリカ人のなかにインディアンの血が混ざっていることなど珍しいことではないので、インディアンの血がほんとうに薄い人たち、分母の数の大きさに比べて分子が小さい人たちを、普通は「ノン・インディアン」といっている。人種差別が徹底していた時代にはけして起こらなかったことだが、70年代に価値の大転換が起きて以来、自分の中日本の少しでもインディアンの血が入っていることを「発見」したアメリカ人が、もう一度インディアンになりたいものだと考えるようになったことが、最近のインディアン問題をより複雑化させていることは間違いない。

以上、「日本人」が日本列島でどのように単一文化のパワートリップによって醸し出されたのかを考える参考になるかもしれないと思えたので、書きとめておく。

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Comments

どんな肌の色でも血はみんな赤いのにですねぇ・・・。
ジャンピング・マウス読破しました。でもまだまだ何度も読んでます。
インディアンやこのブログに出会う前から、子供の頃からなんとなく考えていたこと、大人になるにつれて出会った自分の好きなもの(ジャック・ケルアックやボブ・ディラン、ジョニー・デップのいくつかの映画)など、インディアンに入り込めば入り込むほどどこかつながってて、持ってたパズルのピースが少しずつはまって出来上がっていくような感じがして、ちょっと怖いくらいです。
まさに今の私は冒険を始めたばかりのジャンピング・マウスです。もう他のねずみには相手にしてもらえないから行くしかねぇなというところらへんです。ひげの先までビリビリきているマウスです。

Posted by: PATTY | Saturday, May 19, 2007 at 02:54 AM

Wellcome Home!

Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Saturday, May 19, 2007 at 09:18 AM

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