長い旅の話をさせてください
旅ってなんだろう? 20代の後半のときに日本から飛び出して以来ずっと気になっていることのひとつだ。英語でも旅はさまざまな言葉で表現されている。「トラベル(travel)」「ジャーニー(journey)」「トリップ(trip)」「ツアー(tour)」「エクスペデイション(expedition)」「トレック(trek)」細かいニュアンスは、日本語の旅を表す言葉と同じようにそれぞれに微妙に異なるのだろう。漢字で表現されている日本語ので「旅」にあたるものにはざっと思いつくだけでも「遍歴」「遍路」「行脚」「漫遊」「遊覧」「巡礼」「遠征」「巡業」「放浪」「旅行」「歴訪」「無宿」などがある。ほかにも日本語には「道行き」とか「さすらい」もある。
よく「人生を旅に例える」ことがあるけれど、このことが理解できるようになるためには、人は生まれて育った世界を離れ、自分の頭の中から外に出て行くことが必要だと、昔ビートニック世代に教わった。「旅」とは物理的なものでもあり、精神的なものでもあるのだな。ぼくにとって旅は「ジャーニー」であり「巡礼」という言葉で表現するのがいちばんぴったりくる。それはトラベルでも、トレッキングでもないし、旅行でも、遊覧でも、漫遊てもないし、遠征でもない。そういえば30代のころ、雑誌の取材班としてアメリカ国内を班を組んで回る経験をしたことがあるが、あれは「遠征」と呼ぶのがふさわしい心躍るような旅の経験ではあった。まあとにかく、物理的精神的にこれまでさまざまな旅を、ぼくは体験してきた。全部の旅をあらためて検証することはまだしないけれど、行く先々で学ぶことが多かったその旅をなんという言葉で表すかというと「巡礼」「ピルグリムズ・ジャーニー(Pilgrim's journey)」がいちばんふさわしく思える。そしてこの巡礼の旅は、どこまでも、やるべきことをことごとくやらされるまで続く。
今回旅のことを書いているのは、5月25日に刊行される『spectator』(エディトリアル・デパートメント発行/幻冬舎発売)という「幸福な漂流者のための旅の季刊誌」の「VAGABONDING IN JAPAN[日本放浪術]」という特集に、小生の20ページ4万字にわたるインタヴューが「NATIVE TALK」として掲載されているからだ。スペクテイターの編集人であり発行人の青野利光氏らとの四時間に及んだトークを構成編集したもので、ぼくがお話しの場などで話していることの一端を知ることができると思う。よくある顔見せ的なものではなく、これほど長いインタヴューを引き受けたのは、かつて太田出版刊の『クイック・ジャパン』の創刊準備号に、当時編集長だった赤田“70年代雑誌文化オタク”祐一氏とのインタヴュー以来のことである。少なくてもその編集方針が真面目に「時代と向き合いほんとうのことに迫ろうとしている雑誌」であることが確認できたので、引き受けた。いま・ここを考えながら旅を続けるときの参考にしてくだされば幸いである。
北山耕平インタビュー 「地球の上で生きるには」
取材・構成 青野利光(スベクテイター編集部)聖なるものとの出会い/「日本」のはじまり/ネイティブとの出会い/アメリカの縄文時代/神道の誕生/スピリットと出会う/自分の場所を持つ/森はどこへ消えた?/時代は変わる/地球とつながる場所/絨毯の下の真実/偉大なる目覚めの日/電気を止める世代
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