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Tuesday, May 15, 2007

自然という大学で人はなにを学ぶか

ありがたいことにグレイトスピリットは、あなたやわたしに、森や、川や、山や、われわれもそのなかにふくまれている動物たちといった自然の大学で、学ぶ機会を与えてくださっている。
タタンガ・マニ(ウォーキング・バッファロー)
1871ー1967
ストーニー・インディアンの長老の言葉

豊かに生きるにはどのように生きればよいかを考え続けた二宮金治郎(尊徳)という江戸時代後期の農政学者は、儒教と仏教と神道と農耕の実践から学んで「おともなく香もなくつねに天地(あめつち)は書かざる経をくりかえしつつ」という歌を残してる。ここでいう「天地」という概念は、明治時代になって「自然」と呼ばれることになるもので、彼は自然を「書かざる経典(文字にならない教え)」に例えたわけだ。尊徳が没してから15年後にストーニー一族に生まれたタタンガ・マニ爺さまは、われわれがバランスとか調和とか自然の法を学ぶためには「自然は最高の大学だ」といっている。

しかしその大学が大学として機能するためには、その生きた大学のなかで過ごす時間をわれわれはもたなくてはならない。二宮金次郎尊徳翁は、江戸時代の農耕の実践のなかから、天と地のあいだに書かれている目には見えない経典から、学ぶべきことを学ばれた。近代化以前の自然に近い農耕生活には学ぶべき実例がたくさんあっただろう。それは自然とともに生きるための知恵の実践そのものだったと言っていい。便利なものがまだほとんどなかった時代には、自然は人が学ぶことに力を貸してくれたし、同様に癒しを必要な人に癒しを与えてくれもした。薬を授けてくれるし、知識も、知恵も与えてくれた。ネイティブのエルダーたちが例外なくみな賢くある理由は、彼らが正しい教育を「自然という大学」できちんと受けるシステムをもっていたからに他ならない。

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