森のなかでインディアンたちが大勢で酒盛りを開いていると、いきなり黒雲がやってきて雷が鳴り、空の底が抜けたかのような土砂降りになった。
パーティに参加して楽しんでいたふたりのインディアンの若者が、ずぶ濡れになりながら10分ほどおぼつかない足で、必死に走って自分たちの車までなんとかたどりついた。
へべれけに酔っていたふたりは、それでも車に飛び乗り、エンジンをかけると、いきなり車のアクセルを踏み込んだ。エンジンがうなりをあげた。アクセルを踏み込みながらふたりはまだビールをつぎつぎとがぶ飲みし、げらげら笑いあっている。
あるとき突然、助手席側の窓の外にひとりのインディアンの老人の顔がぬっとあらわれ、いきなり窓ガラスを軽く叩いた。いや驚いたのなんのって。助手席に座っていたインディアンの若者は思わず悲鳴をあげた。
「ひええええええええええええーーーーーーーーっ! ままままま、まど、窓の外! ととととととと、としよりの、年寄りのかかかかかか、顔が!」
(これは幽霊だろうか?!?!?!?!)
インディアンの老人は外から窓を軽くノックし続けている。
運転席に座っているインディアンの若者が言った。
「しょうがねえ、ほんの少しだけ窓を開けて、なんの用か聞いてみろよ!」
そういわれて助手席に座っていたインディアンの若者は、肝をつぶしたままおっかなびっくり少しだけ窓を下げて、
「ななななな、なにが、のののの、のぞみ、ですか?」
とやっとのことでたずねた。するとそのインディアンの年寄りが落ち着いた声でこたえた。
「のぞみ? のぞみか。そうさな、煙草、もってないか?」
恐怖で青ざめていた助手席のインディアンが、運転席のインディアンの方に顔を向けて、
「たたたたた、たばこが、ほほほほほ、ほしい、って」
「ほしいっていってるんなら、とっとと、やりゃあいいだろう!」
運転席のインディアンが絶叫した。助手席の男はわなわなと震える手で、煙草のパックから一本を取り出すと、わずかに開いた窓からそれを年寄りのインディアンの手に押しつけるようにするやいなや、大あわてで助手席の窓をあげて大声で叫んだ。
「はははは、はやく、おもいっきり踏み込め!」
エンジンがさらに轟音をたてた。メーターをのぞきこむと時速80マイルは出ているようだ。ふたりはなんとなく安心して顔を見合わせると、またげらげら笑い出した。ヒーヒーと笑った後で、しばらくして助手席のインディアンが口を開いた。
「あれはいったいなんだったんだ?」
運転している男がこたえた。
「知るわけないだろうが。こっちはとんでもないスピードで走っているんだぞ。いったい、なにだったら、あんなまねが・・・」
そのときのことだった。再び、窓を軽く叩く音がして、またそこにあのインディアンの年寄りの顔があった。
「ひひひひひひひ、ひえーーーーーーーーっ! あの、あの、あのじいさんがまままままま、まだ、いいいいいいいいい、いる!」
運転席の男はハンドルを握りしっかりとアクセルを踏み込んだまま
「今度はなにがほしいのか聞いてみろ!」
と叫び返した。顔が引きつっていた。
助手席の男はまた少しだけ窓を引き下げ、震える声で、
「なななななな、なにか?」
するとそのインディアンの老人がまた物静かな声で、
「煙草の火を借りたいのだがね」
運転席の男はハンドルを片手で握ったまま震える手でポケットからライターを取り出すとそれを年寄りの手に押しつけると、
「早く窓を閉めろ! 全速力を出すぞ!」
と言うが早いか、思い切りアクセルを踏み込んだ。車のエンジンが咆哮した。
ふたりがメーターをのぞきこむと、今度は時速100マイル出ていた。そのままその時速を維持しながら、ふたりは、まるで自分たちが見たものを頭から振り払うかのように、あいかわらずビールを浴びるように飲み続け、つぎつぎと瓶をからにしていった。
そしてそのまましばらくそのスピードを保って、しっかりとアクセルを踏みつけているときのことだった。いきなり、またあの窓を軽く叩く音が聞こえたのだ。
「や、やばい。あいつが、またもどってきやがった!」
今度は運転手側の窓の向こうにあのインディアンの年寄りの顔があった。
運転していたインディアンの若者は、おどおどと窓を少しだけ下げると
「いったい今度はなにがほしいんだ!」
と全身を固まらせて叫んだ。
するとその年よりがまたあの落ち着いた物静かな声でこう聞いてきた。
「おいおまえさんたち、そろそろぬかるみから車を出すのを手伝おうか?」
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