彼らはなぜ歩き、走るのか?
昨日、一枚のポスターを掲載し、そのタイトルを「もうひとつのセイクリッドラン」とした。もうひとつのとした理由は、1978年にAIM(アメリカインディアン運動)のデニス・J・バンクス氏の提唱ではじまった別のセイクリッドランが昨年にもおこなわれ、そして来年には30年目の大陸横断ロンゲストウォークが、サンフランシスコのアルカトラツ島を基点に2月11日から6月11日のワシントンDC到着にむけて、おこなわれる予定が先ごろ発表されたからだ。今日は2008年のロンゲストウォークとセイクリッドランのポスターとその公式サイトを掲載しておこう。
Sacred Run Poster, Art by Michael Horse
走ることが、踊ることと同じように、祈りであり瞑想であり学びだだとする考え方は、地球のネイティブの人たちに太古からあったもので、アメリカの先住民にはその思考が色濃く残されている。もともと16世紀にスペイン人が馬をもたらす以前は、南北アメリカ大陸に生活する人たちの陸の移動の手段は、もっぱら、いやひたすら歩くことか走ることだった。彼らは歩くときも走るときも、自分の足の裏が触れているものがなにかを常に意識していた。大地は母なる地球であると同時に、土は自分の一族の先祖たちの肉や骨であったからだ。彼らは足の裏でそれを感じながら歩き走った。
こうした伝統的なネイティブの思考法や感性を取り戻し、その伝統を守り続けるべく、そして数多くのネイティブの人たちの国々や共同体をつないでいこうとする動きのひとつが、儀式としての走りなのだ。70年代にこのセイクリツドランを、非暴力平和運動として復活させたアメリカインディアン運動の果たした役割はきわめて大きい。それは南北アメリカ大陸の先住民たちに偉大な覚醒をもたらした。
昨日掲載したのは、ロサンジェルスを四つの方角の基点として、今年の4月に走る、カリフォルニア、ネバダ、アリゾナ、北メキシコの「アストラン(アステカの発祥地)」をホームとするネイティブの人たちが去年からはじめたセイクリツドランのいわば決意表明みたいなもので、走る人を募るものだった。
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