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Tuesday, January 09, 2007

喜びの星(ホクレア号)がやってくる

Hokulea

ブログでも「進むべき道を見つける——ウェイファウンディング[Native Heart Sunday, October 15, 2006]」で紹介した『星の航海術をもとめて』(ウィル・クセルク著・青土社刊)の翻訳者の加藤晃生さんのブログ「航海カヌーマニア」によれば、ホクレア(日本語にすると「喜びの星」)は「11日にホノルルを発ち、13日にビッグアイランドを出航し」て、太平洋を一路西の太陽を目指すことになるらしい。ホクレアの今回の大きな危険を伴う偉大な航海の第一の目的は星の航海術を今日まで保ち続けたミクロネシア(の魂であり、ホクレアの初代のナビゲーターでナイノア・トンプソンの師であるマウ・ピアイルグ氏のもと)に到達することである。これはあくまでもホクレアの恩返しの旅なのだ。そしてミクロネシアにたどりついたら、つぎは西太平洋を北西に進んで沖縄から日本列島の弓の島を目指すことになる。

arrow2 2007 Voyages to Micronesia and Japan

航海カヌーマニアポリネシア伝統文化の継承と自然保護を目的に活動する非営利の教育団体である POLYNESIAN VOYAGING SOCIETY (ポリネシアン・ボヤージング・ソサエティ/PVS)が提供するホクレアの「2007 Voyages Weblog」(英文)と、その日本語サイトである「ホクレア号航海ブログ」(公式日本語ブログ Powered by アロハストリート)と並んで、加藤さんの「航海カヌーマニア」はホクレアの動きを刻一刻と伝えてくれるのでとてもありがたいサイトである。また航海がはじまったあかつきにはホクレアの航跡を数時間ごとにトラッキングする専用のサイトもすでにPVSのなかに立ちあがっている。

ぼくにはじめてホクレアの話を聞かせてくれたのは日本の海洋ジャーナリストの草分けである内田正洋さんだった。内田さんは今から十数年前、ぼくが伊豆の修善寺の山の上で富士山と宝永火口を見ながら暮らしていたときに、わざわざ訪ねてきてくれたのがきっかけで友だちになった。シーカヤックの第一人者で、美しい写真のたくさん入った著書をそのときにいただいた。最近では2年前の夏に、内田さんが司会をしていたテレビ神奈川の『湘南』という番組に呼ばれ、撮影が横須賀の内田さんの自宅のテラスでおこなわれたので、そこで夜まで「日本の海はなぜきれいにならないのか」について話し込んだ。そのときにはまだホクレアの日本に向けての航海の予定がきまっていなくて、内田さんは幾分あきらめ顔だったが、この10数年間の海岸とビーチをきれいにする動きの高まりと成果については熱く語ってくれた。

人工的な動力に依存せず、自然の力と人間の叡智だけで海の道を拓くホクレアの航海については「魂の航海」などとしばしば言われるようにきわめてスピリチュアルなものであることは間違いなく、であるからこそ、それは「正しいときと正しい場所」でおこなわれなくてはならないというふうにぼくは考え続けてきた。

だから2年前の夏に内田さんとホクレアの話をしたときにぼくは「日本列島の周辺の海がきれいになるまでホクレアは来ない」という話をした。「環境はそのなかに暮らす人間の心の投影である」というのがぼくがネイティブ・アメリカンから学んだことのひとつであり、日本列島の海岸線が、湘南ビーチが、ホクレアという双胴のきわめて美しい外洋航海用カヌーが入ってくるのにふさわしいような美しさを取り戻す日を夢に見続けてきた。

今回のホクレアのミクロネシアから弓の島への航海が実現したのは、日本列島の海が古代さながらの美しさを回復したからではなく、ハワイ観光局と電通の思惑が一致して、それまで弾みがつかずに先延ばしにされてきたホクレアの日の沈む島を目指す航海が一気に実現する運びとなったものだ。これはこれでよいことなのかもしれない。日本列島で日本人をやっているわれわれのなかには、自分たちのルーツのひとつとも絡んで、南の島とその文化にたいするそこはかとないあこがれがあるのは間違いないのだから。

arrow2 ハワイ観光局[ハワイの歴史とスピリット]

喜びの星そしてホクレアのハワイ出航が迫った。ほんとうは先日の満月の日に出航を予定していたのだが、条件が合わずに延期されたのだ。POLYNESIAN VOYAGING SOCIETY のブログでは出航前の儀式の様子などが写真で公開されている。「この30年間で我々は出航する日をきめるべきではないことを学んだ。いつ出航するかは風が教えてくれる」と語るナイノア・トンプソンの顔もある。これからどのくらいかかるかはまさしく風まかせの偉大な魂の航海がはじまろうとしている。内田さんもこの航海のはじまりに立ちあうためにハワイ入りをしているようだ。

きっとホクレアは、我々が失って久しいなにかを乗せて最終目的地の日本列島を目指す。日本列島にその美しい姿を見せるのは、4月か、5月か。

petroglyphこで今月の21日の日曜日に神戸メリケン波止場にあるTEN×TENというところで、地球の上に生きる主催・ランド・アンド・ライフ共催で「喜びの星(ホクレア号)がやってくる ーポリネシアからヤポネシアへ スピリットの帰還」というイベントが開かれることになっている。唄旅人のHALKO(桑名晴子)さん、天空オーケストラの岡野弘幹さん、南ぬ風人まーちゃん、ハワイから帰ってくる内田正洋さんと小生が公開の場で話をさせてもらうことになった。ホクレアが日本列島に向けて運んでくる目に見えないものについて、ぼくは語るつもりだし、太古の日本列島に最初にたどりついた海の人たちの精神について、内田さんに聞けたらと思っている。ホクレアに関心がある人、自分たちのルーツとネイティブ・ジャパニーズについて興味がある人との出会いを期待している。

詳しくはランド・アンド・ライフのサイトに掲載されている「スピリットの帰還~2007/01/21(Sun)イベントのお知らせ」をごらんください。

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Comments

この航海について、今はまだ「楽園ハワイ」と「日本」という二つの点を結ぶだけの、非常に漠然としたコンセプトしか日本に伝わってきていないような気がしています。その原因の最大のものとして、何故ホクレアがミクロネシアに行くのかという非常に大きな問題が捨象されて語られているという現状があるとも感じています。私はナイノアさんに直接お会いしたことは無いのですが、石川直樹さんの観察では、ナイノアさんがマウ師に寄せる思いの深さはやはり大変なものがあるとのこと。ホクレアという巨大な存在が、ハワイとカロリン諸島という二つの文化圏の幸運なる融合の賜物であったことや、ホクレアがそうしたものになる過程でエディ・アイカウの生命が失われ、二代目船長デイブ・ライマンの人生が大きく狂い、さらに数多くの人々の心が一度は深く傷つけられてきたということを知らなければ、そうしたナイノアさんの心の動きの由縁もまったく理解出来ないのではないかと私は考えていますが、まだそういった所まで日本の言説は行っていないのだと思います。

とはいえ、「ホクレアとは何か」「何故ホクレアは日本に来るのか」をこれから多くの日本列島人が様々な場所で話し合っていくしか、「ホクレアの日本航海」を了解してゆく道は無いわけですから、北山さんと内田さんがこうして沢山の人の前で対話を交わされるというのは、色々な意味で大きな刺激になるであろうと期待しています。

Posted by: 加藤 | Tuesday, January 09, 2007 at 10:16 PM

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