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イタリアのミラノにあるイタリア最大手の新聞「Corriere Della Sera」の第1面に掲載されたイラスト。

イタリアのミラノにあるイタリア最大手の新聞「Corriere Della Sera」の第1面に掲載されたイラスト。
今年1年おつきあいいただいたみなさん、ネイティブ・ハートを育てていただいてありがとうございました。ここのところもれ伝え聞くエルダーたちの言葉の多くが、2007年は変化の年になると言うものばかりです。あらゆる局面で大いなる変化がやってくる予兆がたくさんあります。ただ生きていればよいというイノセントな時代はとっくの昔に終わっています。生き延びることを最優先にしてください。日々、なにが起こっても驚かないための準備をし、息をこらし目を見開いて、心ある道をひたすらに進んでいきましょう。これからもこのサイトがすこしでもそのための役に立てば幸いです。
北山耕平 敬白
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WE REMEMBER WOUNDED KNEE 1973; Mohawk Nation; woodcut by Bruce Carter |
アメリカ陸軍側の「ウーンデッドニーの戦い」の公式戦闘記録によれば、G・D・ウォーレス大佐というひとりの将校と、彼をふくむ24人の兵隊、そして128人のインディアンがこの日の武力衝突で死に、35人の兵士と、33人のインディアンが負傷したとされている。
ラコタ・スー側の証言による「ウーンデッドニーの大虐殺」は、ホチキス砲という軽量機関銃で武装した500人の第七騎兵隊が、オマハやネブラスカに汽車で移動させられることになっていたチーフ・ビック・フットが率いるミネコンジュー・ラコタの野営地を警護のために取り囲み、騎兵隊司令官による命令をうけて武装解除がすすめてられている最後のところで、理由がまったく不明のままいきなり銃撃戦がはじまり、けたたましい機関銃の銃砲が鳴りやんだときには25人の兵隊と、153人のラコタの人たちが死体となって横たわっていた。この135人のなかにはラコタの女性や子供が62人ふくまれており、インディアン側の負傷者は50人。その後の行方不明者は150人を数えた。行方不明者とされたものたちはそのまま雪の中に放置され凍死した。3日後の1月1日に虐殺の現場にやってきたアメリカ陸軍の死体処理班が146体のラコタの人の亡骸をまとめて地中に埋めた。
いったいどのくらいが死んだのかわたしにはわからなかった。今、この年齢になって改めてあのときを振り返っても、いまだに惨殺された女や子供たちが、折れ曲がった谷間のあちこちに横たわったまま山と積み上げられてどこまでも続いている光景が見える。あの血の泥海のなかで絶命し吹雪の中に埋められたものは死体ではない。人びとのひとつの夢があそこで死んだのだ。それは美しい夢だった。国をつないでいた輪は壊れてばらばらになった。もはや中心はそこになく、聖なる樹は死んだ。およそ42年後にラコタの聖なる人ブラック・エルク(1863-1950)が
27歳の時に目撃したその日を回想して述べた言葉
ネイティブの人たちがことさらに攻撃的であり暴力的だとする見方はおそらく作られたものであるのだろう。わたしが知るかぎり、伝統的なネイティブの道というのは、家族や一族や国を守るとき以外は可能な限り腕力や戦いに訴えるのを避けるというものだった。実際上彼らは「平和」と「調和」を生き甲斐とし、いかなるかたちであれ暴力など、人と人、人と自然の調和を乱すものに頼らないですますようにいつも心がけているように見えた。
ひとつネイティブの人たちの伝統的な平和を求める祈りの言葉を紹介しておこう。

以下は12月22日づけ読売新聞の記事の一部である。詳細は全文をお読みいただきたい。言いたいことはたくさんあるけれど書きはじめると長くなるので、ここでは我慢する。
小6教科書、縄文以前 記述なし日本の歴史について、現行の学習指導要領では、小学6年生の社会科で初めて教えることになっている。しかし、旧石器時代や縄文時代については教科書にほとんど記述がないため事実上何も教えられていない状態で、考古学者の間で批判が高まっている。
教科書から縄文時代以前の記述が消えたのは、1989年の学習指導要領改訂がきっかけ。小6の歴史学習の最初の部分は、「農耕の始まり、古墳について調べ、大和朝廷による国土統一の様子が分かること」と規定されている。「農耕」とは弥生時代に始まる水田稲作を指しており、これに先立つ縄文時代以前の出来事は教えなくてもよいことになった。
知の道は、われわれに昔から伝わる狩りの道と似ている。最初は足跡がひとつしかないような細いけもの道を辿る。もしその足跡を忠実に辿っていくことができれば、それは次第にはっきりと形をなした道になるだろう。さらにその道を進んでゆくと、いくつもの道と交差したり、それぞれに異なる方向に向かう道が続いている分岐点があらわれたりする。用心しなくてはならないのはそうした分かれ道や小径が交差するところだ。そこで正しい道を選べるか否かに成功がかかっている。
——メニー・ライトニング・イーストマン(サンテ・スーのエルダー)
オヒエサことチャールズ・イーストマンの父親の言葉
ペンシルバニア州ピッツバーグ市郊外のフェイエッテ郡にある私立動物園「ウッドランド・ズー」で先月中ごろに誕生したホワイト・バッファローの子供はまたしても変性女子(雄)だった。そして12月23日には地元のネイティブ・ピープルであるルナペ国(Traditional United Eastern Lenape Nation)のチーフ・ホワイト・パンサーが場をとりしきって、生まれて間もない白いバッファロー君に名前をつける儀式がにぎにぎしく執りおこなわれた。清めのセージが焚かれ、歌と踊りが奉納され、各地から祝福に訪れたさまざまに異なる部族の代表もまじえて、儀式は延べ2時間半にもおよんだという。

クリスマスの日の2日前に、ルナペの人たちが彼につけた名前は「カナキヘン(Kenahkihine)」というもので、これはルナペの言葉で「われらをお見守りください」という意味だという。チェロキーを代表して祝いの儀式を奉納したタミー・モーガンさんは「私はこの名前が気に入っている。わたしたちは見守られる必要があるから」と語った。
同じように儀式に加わったチェロキーのエルダーであるダナワ・ブキャナンおばあさんは、儀式を見守った数百人の群衆に「この白いバッファローは、ひとりひとりの人間にあらかじめ与えられている『すべてのはじまりの時における役割』にたいする責任を思い起こさせるだろう」と語りかけた。「風も、水も、植物も、人間以外のいのちある人たちも、そして人間も、みな同じようにこの地球を分けあう権利が与えられているのです。しかしわたしたち人間は、この地球を分けあうと言うことの意味が理解できなくなってしまっています」
このホワイト・バッファローに名前をつける儀式には、地元のネイティブ・ピープルであるルナペ・ネーション、そしてチェロキー・ネーションの代表の他にもブラックフットとモホーク・ネーションの代表が参列した。
この日ばかりは、動物園の人気者のトナカイや熊などはバッファローにすっかり話題をさらわれた形となった。この動物園を14年間守ってきたハリング氏は儀式のあと感慨深そうに「われわれの仕事は明かりを守る灯台守みたいなものかもしれません。すべての人たちに光りが届くようにするのが仕事なのです」と地元の新聞記者に語っている。白いバッファローが誕生してからこの日まで、そのバッファローを買いたいといういくつかの申し出があり、なかにはもうひとつ動物園が作れそうぐらいに高額なオファーもあったが、彼はこの白いバッファローの子供を売る気はないとも。彼はこうしめくくっていた。「われわれはネイティブ・アメリカンの人たちの気持ちを充分に敬います」
儀式にはさまざまなメデイアが駆けつけて記録にとどめている。可能な限りいろいろな写真を集めてみたのでカナキヘン君の姿を目に焼きつけてほしいと願う。彼の動いている姿と儀式の一部始終を伝える地元テレビ局のビデオニュースも見つけたのでリンクしておく。
KDKA CBS NEWS "Local Tribe Names Rare White Buffalo"
ホワイト・バッファローの伝承についてはラコタのエルダーでメディスンマンだったレイム・ディアーが語った「ホワイト・バッファロー・カーフ・ウーマンの物語」をぜひお読みください。あれからいくつもの冬を数えたが、遠い昔のこと、ふたりのスーの斥候が食べものとなるものをさがして旅に出たとき、彼らは白い服をまとった美しい女性と遭遇した。斥候のひとりはその女性を見てよこしまな感情を抱いたためにその場で絶命する。もうひとりの斥候は一族の野営地に戻り、そのための儀式用のティピを建て、彼女を迎え入れる準備をおこなう。白い服の女性はスーの人たちのもとを訪れて、正しい祈りのあげ方と、ありとあらゆるものがつながりあっていることを教えたという。そしてそこから去っていくとき、彼女は白いバッファローの子供に姿を変えていたという。
今では白いバッファローの誕生は、スピリットが帰ってくることのシグナルだと考えられている。エルダーたちは、人間の生きる道が分かれ道になるたびに白いバッファローが誕生するのだと語る。このところ立て続けに白いバッファローが誕生し続けていることから判断する限り、われわれは間違いなく岐路に立たされているのかもしれない。
願わくば彼が末永くわれわれを見守り続けてくれることを。
(可愛いなぁ。ピッツバーグまで会いに行きたくなっちゃいますね。)
グレイト・スビリットは急いでおられるのか(Native Heart Monday, December 11, 2006)
ホワイト・バッファローに関するこれまでの Native Heart の記事
ホワイト・バッファロー・カーフ・ウーマンの物語
日本はタテマエのうえでは差別などないことになっているからこういうサイトはないと思うのだが、あらかじめ差別と偏見があることを社会が認めて——タテマエ上はそうした偏見を是正しようと努力している——アメリカには、世にはびこる偏見の原因と理由について考えようとしている、つぎのようなサイト「Understanding Prejudice.org」がある。サイト自体も興味深いのだけれどその全部を紹介できないので今回は、そのなかの「小中学校の先生向けのコーナー」から「ネイティブ・アメリカンの問題をどう教えるか」という情報を取りあげてみた。ここにはネイティブ・アメリカンについて伝えるときに「してはいけないこと」と「すべきこと」のリストが掲載されている。参考になるかもしれない。
たとえばアルファベットを教えるためのカードで「AはアップルのA」「BはボールのB」という具合に並んでいて「IはインディアンのI」となっているようなときには、別の単語を考える。インディアンの人たちを「物」として表現しない。 |
今現在のアメリカ合衆国にはおよそ百万人のネイティブの人たちが暮らしている。それにもかかわらず、たくさんの本や記録映像などで、「インディアンはどのように暮らしていたか?」のようなタイトルがいまだに見られる。 |
歴史家によれば戦いで死んだネイティブの人たちの数は比較的少ない。ネイティブ・アメリカンを敗退させたものはヨーロッパから運び込まれた病気であり、彼らはそれらにたいする免疫を持たなかった。 |
「ハウ!」とか「キモサベ!」とか。あるいはハリウッドが作り出したインディアン語「インディアン、嘘、つかない」「わたし、腹、へった」のような言い方。さらに口に手を当てた叫声「ホ! ホ!」、まさかりを振り下ろすようなまねなど。 |
たとえそれが確かによくできていたとしても、イミテーションの羽根や、フェイスペイント、ヘッドドレス、バックスキンの衣装は、ネイティブの人たちにとっては非礼になる。ネイティブの人たちにとって正装は尊くて神聖なものとされるから。 |
そのかわりにインディアンは最初のアメリカ人だったことをきちんと説明し、現代ではインディアンもアメリカ市民としてすべてのアメリカ人と同等の権利を持つことを教える。 |
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あらゆるものに二面性がある。はじまりがあれば終わりがあるように、喜びがあれば悲しみが、ハイがあればローが、夜には昼が、寒さには暑さが、夏には冬がある。明日は冬至。地球で生きる人たちが一年で最も重要な日としてきた日。
ここのところ太陽は少しずつ光りの力を失って、闇にその座をあけわたしてきた。そして明日には、一年でいちばん昼が短くなる日がくる。そしてそれはまた本格的な冬のはじまりでもある。

ホピ・インディアンだけでなく、地球に生きてきたさまざまな部族の国の人たちが、無事に太陽が方向転換をして冬の家を離れてくれるように、地上のものは力を貸さなくてはならないと信じてきた。そうじゃないと太陽はいつまでも冬の家にとどまったまま、永遠に春が訪れないことにもなりかねないから。
太陽に力を貸すと聞いて、奇妙に思う人がいるかもしれない。人間が太陽に力を貸すと言うことは,いったいどういうことなのか? 太陽がきちっと地球に対して力を与える働きを人間が妨害していることはないのか? 人間活動が原因で太陽が十分に働けない状況を作りだしているのではないか? たとえば大きな核爆発が起きると、死の灰が地球の大気をとりまいて太陽を遮り、核の冬がおとずれるという。あるいは二酸化炭素による温室効果で太陽の力が異常な働きをして地球に苦しみを与える。こうしたことは万物の父親である太陽に危害を加えているのではないか?
太陽がきちんと働いてくださるように力を貸すことを、ホピをはじめとして地球に生きる人たちが望んだのは、そういうことをおこさないようにするためなのだと考えることができる。冬至の日にお祭りが行われた理由はまさしくそこにある。冬至の日の祭りにおいて人間は持てるエネルギーを太陽に向けてその活動を助けなくてはならない。太陽と地球といのちの関係を改めて考え直し、太陽にその力を与え続けてくれることを感謝する日。
平原インディアンとされる人たちが、夏になると太陽に自らのエネルギーをささげるサンダンスという祭りを行ってきたように、ホピの人たちは一年で最も長い夜の冬至のときに踊りを太陽にささげてきた。
太陽は冬至の日を境にその向きを180度変える。冬至はまさしく太陽と地球にとってターニング・ポイントなのである。この重要な変化の時に、われわれもまた持てるエネルギーでその変化に貢献しなくてはならないと、地球に生きる人たちは考えてきた。なぜなら、この宇宙に存在するありとあらゆるものは、目に見えない網によって密接につながりあっているのだから。
ホピの人たちは言う。なるほどわれわれには人間としての両親がいることにはいるが、ほんとうの母親は地球であり、ほんとうの父親は「宇宙のすべてにいのちを与えている」太陽なのだと。われわれには地球の家族があるように、宇宙にも家族があるのだと。
太陽が地球とそのうえのあらゆる命に生きる力を与えているように、地球に生きる人間も、太陽が生きて天界を旅し続けるエネルギーを貸し与えなくてはならない。冬至の日の祭りは、われわれが太陽に対してできるささやかないのちの祭りなのである。
で、明日は冬至。正確に言うと、冬至の瞬間、太陽がターニング・ポイントにたどりつく瞬間、何億年も空を旅し続ける太陽が冬の家を離れる瞬間は、日本列島では22日の午前9時になっている。
願わくばあなたが特別な人とそのときを過ごされんことを。
追記 冬至は易の卦でも第二四卦「地雷復」(ターニングポイント・再生)、「地の下の雷」であらわす。
ネイティブであるということ
ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ

日時 12月23日(冬至の翌日・祝日)
13時30分開場 14時スタート およそ2時間
会場 ブック・カフェ テトラスクロール
南房総市和田町和田447 地図
電話 0470ー47ー5822
ウェブサイト www.tetrascroll.info
Email : bookcafe@tetrascroll.info
耳代 前売 2000円 当日2200円
(ネイティブ・アメリカン・ハーブティー付)
定員 40名限定 (チケットはテトラスクロールにて販売中)
以下の情報はまったくの偽であることがわかった。サウスダコタのスーフォールズの知人もぼくも、きっとこれを読んでくれた多くのみなさんも、あり得ることとして信じ込まれたことと思う。とりわけネイティブ・アメリカンの世界においては女性のレイプ事件やDVにたいする反応が敏感なために、確認をとることなく掲載してしまった。しかしこれはインターネットの世界に珍しくない古典的な都市伝説のひとつであるということが判明した。すいません! ここに出てくるような非道な不妊の薬剤はいまだかつて存在しません。読者を入らぬ恐怖におとしめたことをここに深くお詫びします。ごめんなさい。またひっかかってしまった(以前は歴代大統領の知能指数でジョージ・ブッシュが最低だったというもっともらしい研究発表にひっかかった)。どうかこれをメールなどにして広めないようにしてください。メールをそのまま日本語にしてしまった責任はすべてぼくにあります。FDA(アメリカ食品医薬品局)によれば、ここに出てくる Progesterex なる薬は実在しないが、Rohypnolは確かに実在していて、ヨーロッパでは使用されているものの、アメリカ国内での使用は現在禁止されています。なおヨーロッパではこの薬は、使用中の記憶が喪失することが現実に問題になっています。ヨーロッパに行かれるときはご注意を。なにぶん生来の慌て者ゆえ、これからもこのようなことがあるかもしれませんが、誤ちはすみやかに訂正します。これに懲りずによろしくおつきあいください。12月20日午後9時30分。
*記事の本文を読みたいときには「Continue reading」をクリックしてください。
チーフ・プレンティ・クーズ[ Chief Plenty Coups アリーク・チェア・アホーシ(1848 – 1932)写真]は、クロウ一族のチーフで洞察力に優れた指導者だった人物。以下はプレンティ・クーズの、生きて自分の文化が終わるさまを目撃するという信じがたい体験を語った、胸が張り裂けるような言葉。そのひとつひとつにただ嘆息。
われわれが立っている大地は聖なるものだ。われらの先祖たちの血と肉が土となっている。この平原に、ワシントンにいる偉大な白人の父は、インディアンを滅ぼすために、長い刀とライフルで武装した兵隊たちを送ってきた。兵隊たちの多くは、あそこの丘で眠る。われわれがパハスカと呼ぶ、髪の長い白人のチーフ(カスター将軍)が、勇ましく戦って倒れたあの丘に。太陽があといくつか通り過ぎたとき、われわれの姿はもうここにはないだろう。われわれの肉も骨も、この大平原の土に混ざりあう。わたしはヴィジョンのなかで見た。一族の会議の炎が最期に一瞬燃えあがって消えるところを。あとに残された灰は白く冷たい。組みあわさったロッジの柱の先端から巻き上がる白い煙をもはや見ることはない。女たちが食事の準備をしながら口ずさむ歌を聞くこともないだろう。
アンティロープは姿を消した。バッファローたちがいつも転がりあっていた窪地はもぬけの殻だ。耳を澄まして聞こえてくるのはコヨーテのもの悲しい鳴き声だけ。白人のメディスンはわれわれのものよりもはるかに強力だ。彼らの鉄の馬(汽車・線路)はバッファローの道を寸断してしまった。白人は「囁くスピリット」(電話)でわれわれに話しかける。
われわれは羽根の折れた鳥たちのようなものだ。わたしのハートは、体のなかで冷え切っている。両方の目も、かすんできた。わたしは年老いた。
ちなみに彼が亡くなった1932年がどんな年だったのかを『ネイティブ・タイム』(Version 4)からコピーしておきますので、続きを読むをクリックして読んでみてください。(歴史が繰り返していることがわかるかもしれません)
自分の気持ちを音楽の調べにのせて送りとどけることは、食べることや祈ることと同じように、地球のネイティブ・ピープルにとって欠かすことのできない本質的な行為のひとつだと言えるだろう。当ブログでも執拗にアメリカ・インディアンの音楽や、彼らの音楽を流しているインターネットのラジオ局を取りあげるのも、時を越えたアメリカ・インディアン体験の中に音楽が組み込まれているからに他ならない。
地球に生きるネイティブにとって最初の楽器はまぎれもなく「声」であった。じきにそこへ打楽器が加わり、風の音が入り、弦のある楽器の奏でる音がのるなどして、音楽の要素が混ざりあっていく。木々の間を渡る風の音、水の流れる調べ、岩や山や地球そのものが出す深いところの歌。そして笛の調べ。ネイティブ・アメリカン・フルートは、極東アジアの篠笛などと並んで、地球に生きる人たちの楽器を代表するひとつである。
木製の縦笛は、南北アメリカ大陸においてかなり多くの部族が伝統的に自分たちの楽器としてきた。自分たちの伝統に縦笛が組み込まれている部族のほとんどがその楽器の起源を伝えるおはなしをもっているようだ。たとえば、レッド・シーダーの樹を風が通り抜けるときに、その枝にキツツキのあけた穴がたまたまあって、そこから妙なる調べが流れ出しているのに心を奪われた少年の話(ラコタ)などがその代表的なものだ。
なんとかその調べを自分のものにしたいと願った少年に、キツツキが枝を折って持ち帰る許可を与えたという。しか少年がその枝を使って美しい調べを奏でるためには、さらにまたキツツキのもとを訪れて、少年は笛の使い方を学ばなくてはならなかったのだな。
ネイティブ・アメリカン・フルートがなんのためにどのように用いられたかは、小生が翻訳した青年と青女のための絵本『愛の笛』(ポール・ゴーブル文・絵 北山耕平訳 河出書房新社刊 1993年)にも詳しく、そして美しく表現されている。興味ある方はぜひ手にとってみてください。
ネイティブ・アメリカン・フルートの第一人者R・カルロス・ナカイの世界(Shop Native Heart / Amazon.co.jp)
一本の枝なら簡単に折ることができるが、そんな枝もまとまれば強く折れないものとなるのだ。テクムシェ(1768頃〜1813) ショウニー国の指導者
「テクムシェ」はショウニーの言葉で「流れ星」
もしくは「攻撃態勢にあるパンサー」を意味するという。
そういえば日本の戦国時代にも似たような言葉を家訓として残した武将がいる。その武将の場合は、兄弟が仲たがいしないための教えとして「矢」をもちいて見せた。家を守るためには力をあわせよという例えとして。ネイティブ・アメリカンの世界にも同じように矢をもちいて「一本の矢であれば簡単に折れることができるが、束になった12本の矢は誰にも折ることはできない」ということわざが残されている。そしてこちらは「家族の結束」ではなく、なんであれ多くの人が心と力をひとつにすることをすすめているのが大きな違いだ。たいていの場合この人びとのつながりというのは、家族をも越えて部族や氏族や国人にまで広がっていく。一族が強くあるためには、その中にいる人たちがしっかりとひとつに繋がっていなくてはならないという教えである。
われわれは心と力とをひとつにしなくてはならない。ネイティブのエルダーたちが「なにか重要なことをきめるときには、なによりもまず最初に人びとの幸福を考えなくてはならない」としばしば言うのも同じ理由による。ひとつの共同体を構成する人間のひとりひとりが、このように考えるのなら、われわれのくだす決定はいつでも強く揺るぎないものとなるだろう。今われわれの置かれている現実を考えてみると、重要なことをつぎつぎときめていっている政治家は、はたして日本列島に暮らすすべての人たちのことを念頭に置いているのだろうか? 人と人とのつながりがかくも空虚な共同体の運命はいかなるものだろうか?
しばらく中断していたネイティブ・ラジオ「NativeRadio.com」が復活しています。以前「ネイティブ・ヴォイス・ワンという放送局」という記事(Friday, October 20, 2006)で紹介した「NV1(Native Voice One)」と少しちがって、こちらは「ネイティブ・ピープルのアーティストの音楽を専門に流す」インターネットラジオで、Mp3でストリーミング放送され、ひたすらに音楽——ネイティブ・ミュージック——に浸りきることができます。ストーリーテリングやニュースなどは聞けないので、そうしたものを求める場合は「NV1(Native Voice One)」がいいかも。でも音楽だけのラジオ放送ってありがたいものですよね。「K-BEAR」「NV1」「NativeRadio」と選択肢が増えて嬉しいな。
Stream Radio With Spirit[Native Heart, Friday, September 03, 2004]
追記 NativeRadio は現在4つのストリームで放送を流している。ストリーム3、4は過去のネイティブ・アメリカン・ミュージック・アワードの入賞作を流し、ストリーム7はパウワウ・ミュージック、ストリーム8はヒップホップだがこれは今再構築中。おすすめはストリーム6「Mixed Format 」。

北京からAP電が伝えている。日本では揚子江として知られている長江、英語ではヤンツー・リバー( Yangtze River )にのみ生息していた特別な白イルカたちの生息が一匹も確認されなかったとして探索が打ち切られたと。ヤンツー淡水白イルカ捜索隊2006のリーダーは、世界でもっとも古くから生き延びてきた種は事実上絶滅したと12月13日水曜日に語った。
揚子江の白イルカは「バイジ」という名前で知られていて、恥ずかしがりでほとんど目が見えないにもかかわらず、2億年も揚子江で生き延びてきた。1980年代の初めには400頭ほどの生存が確認されていた世界で最も古い生き物は、2004年の9月に一頭が目撃されて以降はまったく姿を消しており、今回大規模な捜索隊が組織されて6週間にわたって揚子江全域の探索を続けてきたが、生息は確認されなかったという。バイジは中国の急激な経済成長の犠牲となった。
長江淡水イルカ探索2006のウェブサイトに詳しいニュースが掲載されているし、バイジの動画も見ることができる。
ストーリーテリングのなかのワタリガラスとして『ワタリガラスの物語(レイブン・テイルス)』というビデオを紹介したのは1ヶ月程前のことだった。紹介したものは「レイブン・テイルズ エピソード4——ハゲワシ編」のパート1で、続編が待たれていたが、先ごろ「ハゲワシ編」のパート2、バート3が相次いで You Tube にアップロードされた。この機会にもう一度通してご覧になり、ストーリーテリングの世界を堪能してみるのもいいかもしれない。
パート2にはカエルがグレイトスピリットのストーリーテラーとして登場するし、パート3では、なぜハゲワシの頭がはげたのかを、ワタリガラスから見た話が語られる。ハゲワシとワタリガラスはグレイトスピリットと一緒にこの世界を作りあげた貢献者なのだな。
Raven Tales Bald Ealge Part 1 - 3
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『ワタリガラスの物語(レイブン・テイルス)』はプロダクションのページを見ると、パイロットバージョンである「ワタリガラスはいかにして太陽を盗んだか」からエピソード9の「ワタリガラスとコヨーテ」編まで完成している。全部見てみたいと思うのはぼくだけだろうか。
ファーミントンの動物園でアルビノではない白いバッファローが誕生したことを伝えるニュースに興味深い人物が登場していたので今日は彼女の紹介をしておく。同じファーミントンの町の近くで医師をしているウェィーン・R・ブラウン先生で、西洋医療のみならず、今は自然医学と鍼治療も治療に取り入れている人だ。彼女がこの23日に予定されている白いバッファローに名前をつける儀式の提案者のひとりでもある。
「白いバッファローの出現はホワイト・バッファロー・カーフ・ウーマン帰ってきたことを意味します」と話すブラウン先生だが、彼女は自分のことを「虹(レインボー)」と呼ぶという。なぜ虹なのかというと、少なくても彼女のなかには5つの民族の血が流れているからで、そのなかにはアメリカ・インディアンのチェロキーもあるし、アイリッシュ(アイルランド人)もある。
彼女は「アメリカ・インディアンのたくさんの部族が、バッファロー・ウーマンは人びとに創造主との交信の仕方を教える予言者であると信じている」として、今回の白いバッファローの誕生は「国中に癒しが起こるきわめて特異な機会」であり、だから「バッファローの名前にはそのことが投影されている必要がある」と語っている。
北極の氷が融けるのが止まらない。このままでいくとあと30年もしないうちに北極は海になってしまうと、気候学者たちが警告した。グリーンランドとエルズミア島の沿岸部に若干氷が残るくらいで、北極は極地点もふくめて全部が水の下になってしまうのだそうだ。2024年ごろまでは今ぐらいのペースでゆっくりと融けていくが、それ以後融ける速度が急激に速くなるという。
もしこれが事実だとしたら、サンタさんの家も、シロクマさんたちの家も、海の底に沈むということであります。
気になった新聞記事の部分的な切り抜き。
■縄文と弥生現代日本人の顔は、大きく2つの型に分類される。主流を占めるのは一重まぶたで細眉、薄唇で平坦な顔を持つ「北方系弥生顔」だが、読売ジャイアンツの長嶋茂雄終身名誉監督や女子プロゴルファーの宮里藍のように太い眉に二重まぶたで立体的な顔立ちの「南方系縄文顔」も少なくない。
同じ日本人でありながら全く異なる顔つき。そこにはどんな歴史的背景があるのだろうか。
国立科学博物館(東京)の馬場悠男人類研究部長によると、約1万年前には日本など東アジア一帯に南方系の顔立ちを持つ人々が住んでいた。一方、約3万年前にシベリアに住んでいた人々が極寒の環境に適応して凍傷になりにくい平坦な顔を獲得。彼らは東方アジアに勢力を拡大し、2300~2400年前ごろ、九州から日本に入り、弥生時代の幕が開いた。
その後、渡来系弥生人が本土の大部分で実権を握り、現代日本では遺伝的には北方系弥生人の特徴を備える人が7~8割を占める。弥生人と縄文人との混血も進み、「約2000年後の今も縄文人と弥生人の顔の両方の特徴が私たち日本人の中で生き続けている」(馬場部長)という。
縄文人は農耕民族だった渡来系弥生人が住まない寒い地域に住んだとされ、北海道のアイヌは縄文人の遺伝的特質を約9割も残していると言われる。
■50年で急変
馬場部長の頭骨調査によると、日本人の顔は、この50~100年間に急速に変化している。主な要因は食生活の変化で、特に戦後、軟らかいものを食べる習慣が広がり、あごを中心に顔全体が細くなっているという。
この調査に基づき、50年前と最近の男子高校生の顔写真をもとに東京大工学部の原島博教授が作成した50~100年後の高校生の顔のコンピューター・グラフィック(CG)を見ると、変化の様態が一目でわかる。50年前から今までの顔の変化が今後も持続すると仮定すると、未来の日本人の顔は極端に細くなる。
原島教授らは、縄文、弥生時代の典型的な頭骨と縄文、弥生人の特徴を持つ現代人の顔のパーツ(目、鼻、まゆなど)写真を使って別の未来顔も予測。縄文、弥生人の遺伝的混合が現代で終了したと仮定し、縄文、弥生期から現代までの顔の変化を延長させると、今後出現すると予測される顔は男子高校生の未来顔と驚くほど似た。
原島教授は「縄文、弥生時代からの数千年間と同じぐらいの変化がここ50~100年で起きていることになる」と説明。あごが細くなっても歯は変わらないため「親知らずが生えなくなるなど歯の健康に悪影響も出るだろう」と警鐘を慣らす。
【日本人解剖】顔はどんどん細く…100年後は 12/04 iza by 産経新聞社
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| Photo by Pam Panchak, Post-Gazette |
ペンシルバニア州フェーエット郡のファーミントンという町からほど近いところにある民間の動物園「ウッドランド動物園(Woodland Zoo)」の放し飼いにされているバッファローの群れのなかで彼もしくは彼女は誕生した。問題の仔牛はアルビノではないことは確認されたが、バッファローの女性たちが現在その仔牛をしっかりと守っていて人間が近づける状態にないらしい。ホワイト・バッファローの仔牛は母親にぴたりと寄り添って一日中離れる気配もなく、さらにバッファローの群れが問題の仔牛を囲んで警護しているために、離れたところからその姿を見ることはなかなかできないという。「バッファローたちがあのように仔牛を守っている間はそばに近づきたくありません」とこの動物園を20年近く経営してきたオーナーのソニー・ヘリング氏は語る。
話を聞くとヘリング氏が12日の早朝に餌をあげようとして仔牛を発見したそうだ。彼は最初隣接するふれあい広場飼育されている羊がどこからか紛れ込んで一緒にいるのではないかと思ったらしい。近づいてはじめてそれがバッファローの子供であることを知ったという。「バッファローは普通秋に交配をして春に誕生するのです」と彼は言う。今回は子供が誕生する気配などまったくなかったらしい。「なぜ11月に?」と彼は不思議がる。仔牛の母親は昨年の春にも仔牛を産んでいるがそのときには普通のバッファローと同じ焦げ茶色の仔牛だった。
この話を聞きつけて、これまでにすでに何人かのネイティブ・アメリカン・ピープルがこの聖なる白いバッファローの子供に名前をつけたいと申し出ている。同地域の先住民として5000人ほどが暮らすルナペ(デラウエア)国[Eastern Lenape Nation of PA]も、今回の白いバッファローの子供の誕生に多大な関心を寄せているために、ヘリング氏夫妻彼らと相談をした上で、12月の23日に名前をつけるための儀式が執りおこなわれることになっているという。
時間はなくなりつつあるが、地球とそこに暮らすものたちはまだ救う価値があると、グレイトスピリットは考えておられるのだろうか?