縄文のムラ、弥生の村
その石の前に立ったときに、自分がここに来なくてはならないと感じていたものがはっきり理解できた。その群馬県から出土して、弓と矢を持つ人間の姿が認識されることから「狩猟文石」と名づけられた個人所蔵の石は、会場の一隅のガラスのケースのなかに展示されていた。縄文時代の遺跡から出土したとされるその直径15から20センチほどの砂岩の丸石の表面に、さながらホピの岩絵のような線刻画が刻み込まれていた。一目見てそれが特別なメッセージであることがわかった。手にとってながめてみたい衝動に駆られたがそれは叶わない夢だった。かわりにガラスに顔をつけるようにしてその丸石を長いこと見つめてきた。そこには最初に会ったもの、そして最後に出会うもののような特別な存在のなにかと、はっきりと人とわかるものがいくつかと、ほかにもよく見るといろいろなパターンの図が刻み込まれていた。なにかを——わたしに、そしてあなたに——伝えるために描きこまれた絵であることは間違いなく、それは数千年の時間と空間を越えて、特別な物語を語っている石のようでもあった。
昨日、快晴の天気のなか、茨城県水戸市にある茨城県立歴史館に、小田急線、山手線、常磐線(フレッシュ常陸、スーパー常陸)と電車を乗り継いで、関東プレーンズを北東に縦断して家族でおもむき、『縄文のムラ、弥生の村』という特別展を見に行ってきた。早朝小田急線登戸のあたりで見えた白い富士の高嶺も印象的だったが、午前のきらきらした光をうけて歴史館はあの偕楽園の隣にある手入れの行き届いた広い敷地の銀杏の林のなかに建っていた。青空と白い雲を背景にして黄色く色づいた木々の葉が風に揺れて、これ以上はないというような静かで落ち着いたロケーションである。水戸の街がこんなに箱庭のように美しいところだとはついぞ知らなかったな。
『縄文のムラ、弥生の村』という展示のことを知ってからなんとか行きたいものだと思い続けていて、ようやく実現したもので、会場はそんなに広くはなかったけれど、日本列島各地から集められた国宝やそれに匹敵する出土品が実に上手に配置されていた。縄文と弥生がひとつの部屋にあるのではなく、ふたつは別の会場にわけられていたこともかえってイベントを成功させているように思えた。縄文と弥生の違いが、生活様式の違いであり、人間の生き方の違いであることが全体として感じられるような構成になっていた。これまで国立歴史博物館などで似たような展示を見たことがあるが、その時代の日本列島の人たちの営みをこれほど近くに感じた展示は今回が初めてだった。
とりわけ「狩猟文石」との出会いは、ぼくにとっては価値あるものであった。そういう石が存在するという話はこれまでに聞かされたことがあったし、その解説を読んだこともあった。映画「ホピの予言」を撮影された監督の宮田雪氏は、この石の写真をアリゾナに持参してホピの長老に見せて解読を依頼したことがあったと聞く。あきらかに彼はこれを「石版の一部」と考えていたようだし、その図を解読した長老も「ここに描かれているのはホピの予言と同じメッセージである」とこたえたらしい。それが石版の一部であるかどうかはともかく、物語を語る石であることは間違いないし、数千年前の人たちがそこにこめた思いを感じ取ることはできる石がそこにリアリティをともなって置かれていたのだ。全体を見た後もう一度この石の所に戻ってしばらくながめてきた。そしてなんだかとてもいとおしいようなものを見たような満足した思いで歴史館を後にした。
そこから歩いて二十分ほどのところにある水戸の偕楽園のなかを散策した後に、納豆定食を食べて帰途についた。関東平野を南西に向かう電車から、くれなずむはるか遠くの西の空に、大山と丹沢のシルエットを見つけた。
もし機会があるなら、この『縄文のムラ、弥生の村』という展示をご覧に行かれると良いと思う。これだけのものが一堂に会する機会はめったにあるものではないだろうから。
『縄文のムラ、弥生の村』特別展は今月19日まで。
(追記 写真のお面もレプリカが飾られていた。複製とはいえかなりのもの。それから本日13日は茨城県民の日で入場料が無料に)
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