星ふる夜になにを思う
毎年11月になるといろんなところが取りあげるのですが、今年は日本列島が観測好適地ではないのであまり騒がれていません。それに列島全体に天気が下り坂だったりもするわけで。でも星を見る者(スター・ゲイザー)のひとりとしてはやはりこれは無視できないわけで、しし座流星群が日本では今夜の日付が代わった真夜中11月18日丑三つ時が極大となり、ちょうど月も新月に向かっているので月明かりにじゃまされることもなく、運が良ければ——正しい時に正しい場所にいることができれば :-) ——1時間に10個前後の流れ星が見えたりするかもしれません。
まあ今夜がバッドデイだったとしても、来月中旬(12月14日午後9時頃)にはふたご座流星群も出現することだし、その夜には期待できるかも。
当 Native Heart としては、アメリカ・インディアンをはじめとして地球のネイティブ・ピープルたちがどのように流星群を見ていたのかが気になるところでありますが、たとえば五大湖周辺に暮らし、ワイルドライスをスピリットをつなぐ食べものとして大切にしていたメノミニ(オジブワ、チペア)の人たちには、「星が空から落ちるとき/火の道が後に残される/星は死ぬことはなく/影の部分は元の場所に戻りて再び輝く」という言い伝えがあったりします。
シベリアのネイティブの言い伝えでは、天球は動物の毛皮を縫い合わせてできていて、ときどきその縫い目をとおして神々が下界をのぞき見るのだということです。で、神々が縫い目から下界をのぞき見する瞬間に、向こう側の輝きが露わになるらしいのだな。それが流れ星となってぼくたちには見えると。またネイティブ・アメリカンのなかには、流星たちは月の破片であると考える人たちもいたようです。だからそれは「月の子供たち」と呼ばれることもあったとか。
中央アジアには流星を天空を横切って旅する火のヘビたちと見た人たちがいたようです。この火のヘビたちはときとして問題をもたらすこともあれば、たくさんの財宝や富をもたらすこともあるらしい。
図版は1833年のしし座流星群を伝えるもので、場所は夜明けを前にした暗いナイアガラの瀑布の上です。この年のしし座流星群は北半球ではたくさん目撃されたらしく、開国直前の江戸時代末期の日本でもあまりの明るさに目を覚まして起きた人がたくさんおり、人びとは口々に不吉なことが起きなければよいがと語りあったようです。
この大流星群は北米大陸でもラコタの人たちによって目撃されて、彼らの暦である「冬暦(ウインターカウント)」に描き込まれたし、カイオワの人たちの絵暦によれば、それはこの年いちばんの目を見張る出来事として語り継がれています。
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Comments
「星が見たければ、空を見上げなくてはならない!」ですね。
この言葉、大好きです。
しし座流星群、今年は明朝5時頃がピークのようですね。
虹もそうですが、流れ星を見るとなんだかとっても幸せな気持ちになります。
Posted by: maho | Friday, November 17, 2006 07:09 PM