進むべき道を見つける——ウェイファウンディング
「今のお前は、知っておかなければならないことを全て知っている。ただし、それが何なのかを理解するまでに、あと二〇年はかかるだろうな」ホクレア号のタヒチ到着を祝う会場で、師であるマウ・ピアイルックが
弟子のナイノア・トンプソンに贈った言葉
この2日間かけて『星の航海術をもとめて—ホクレア号の33日』という興味深い本を読んだ。先住ハワイ人の血を引き継ぐナイノア・トンプソンが、海のモンゴロイドといわれる古代ポリネシア人の計器に頼らない星と太陽と月と雲と風と波と対話する航海技術を学んで、身につけていくいく過程を克明に書き記したものである。
ハワイのネイティブのなかではすでに失われていたポリネシアの伝統的な「大洋のただなかで道を探す(ウェイファウンディング)」ための技法を、もともとは口から耳へと師から弟子へと伝承されてきた世界を知るための知恵を、現代において知識やデータによって自発的に自分の内側に取り戻してゆく作業がどれくらいたいへんであるかを教えてくれると同時に、実際に学び方によってはそれが不可能ではないことを伝える希有な、そして希望に満ちた記録でもある。
ネイティブ・ハワイアンのナイノアにとっての実際の学びと成長は、ホノルルにあるビショップ博物館のプラネタリウムにおける天空を移動する星たちの位置の独自の学習にはじまり、ミクロネシアのカロリン諸島に住む伝統的ナビゲーター(航法師)に師事して海を学ぶこと、「ハワイの直上にひときわ明るく輝く幸福の星」を意味する「ホクレア」という名前を与えられた航海カヌーによる1980年のハワイからタヒチへの実際の道を探しながらの旅——太平洋洋上を赤道を越えていく航海——による経験からもたらされたものだった。このときのホクレアは彼にとっての学校のようなものであり、またその航海はネイティブの人たちが成長するためにはどうしても辿らなければならないヴイジョン・クエストでもあったことが、この本を読むとよくわかる。
『星の航海術をもとめて—ホクレア号の33日』はオリジナルのタイトルを「AN OCEAN IN MIND」という。しいて飜訳すれば「頭のなかにある海」ということで、これはナイノア・トンプソンという、ひとりの太平洋を還るべき家とするネイティブ・ハワイアンが会得した、リアルな知としての地球の表面の半分を覆うひとつの大きな海のことに他ならない。
ぼくたちはこの本で、あらかじめ失われていた伝統をもう一度自分の身につけるためになにをなすべきか、なにからはじめるべきかをうかがい知ることができる。それはなにもいっさいの計器に頼らずに大海原に乗り出す航海術のことだけではなく、地球に生きるためにほんとうは必要でありながら、ここ数百年間の急激な変化のなかでいつしか失われていったいろいろな伝統的な——原理は単純だが実際は複雑で奥の深い——無数の知恵を、今という知識偏重の時代に復活させるための方法の一例でもあるのだろう。地球に生きるネイティブであるとはどういうことかを学ぶための手がかりにあふれた本でもある。
ニュースによれば、来年の1月には、ホクレア号はナビゲーターのナイノアと他のクルーたちを乗せて、ナイノアの師が暮らすマイクロネシアへ[Ku Holo Mau / Sail On, Sail Always, Sail Forever: 2007 Voyage to Micronesia]、そしてそこからさらに太陽(ポリネシア語で「ラ」)の沈む西(コモハナ)の日本列島を目指すことになっている。[Ku Holo La Komohana / Sail On to the Western Sun 2007 Voyage to Japan]ナイノアはこの本に記録されているホクレアによるタヒチへの旅からすでに20年以上の歳月を海の学びに費やしており、冒頭に引用した彼の師の言葉が正しければ彼は「全てを理解している」はずである。だから彼が来年の4月頃にぼくたちの暮らす陽の沈む島々にホクレアとともに運んでくるはずのものに、実はぼくはかなり期待してもいるのだ。
星の航海術をもとめて—ホクレア号の33日
ウィル・クセルク(著)
加藤晃生(翻訳)石川直樹(解説)
単行本: 362ページ
出版社: 青土社 (2006/10)
ASIN: 4791762932
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Comments
ご紹介ありがとうございます。ナイノア氏は実際に彼のウェイファインディングによってポリネシアン・トライアングル完全踏破を成し遂げられた方ですから、マウ老師の言葉の意味を理解しているのだと思います。次は私たち、日本列島住民が彼のような学びに取り組む番であることも確かでしょう。あと20年後、2027年に、果たして私たち自身が私たちのウェイファインディングの技術を手に入れ、そのマスターと呼べる人物を手に入れているかは、私たち自身のこれからの取り組みにかかっているのだと思います。
Posted by: かとう | Sunday, October 15, 2006 08:38 AM