太陽を射る
アタヤル(註)一族に伝わる言い伝え
註 アタヤルは、歴史がはじまる前から台湾島にいた10の部族の先住民のひとつ(台湾島のネイティブ・ピープルについては下の地図を参照のこと)

大昔、空には太陽がふたつあった。ふたつの太陽のうちのひとつが、今の太陽よりもはるかに大きかったので、気候は今に比べるとおそろしく暑く、草も木々もみな縮んでいて、川の水はことごとく干上がり、作物などなにひとつ育たなかった。そればかりではない。ふたつの太陽が入れ替わり空にあがってくるものだから、昼と夜の区別など全くなく、人びとは哀れを絵に描いたような暮らしを送っていた。
人びとは額をつきあわせて会議をし、太陽がふたつあり続ける限り、子供らは生き延びていけないという結論に達した。ここはひとつ、なにがあっても片方の太陽を弓矢で射落とさねばなるまいと。われこそが太陽を射落さんと、その会議の場でさっそく3人の戦士が名乗りをあげた。3人の戦士たちは、それぞれ携帯用の乾燥食物など旅の用意を調えると、みなそろって同じ日に旅だった。各々の戦士はみな背中にひとりずつ子供を背負っていた。
太陽への旅は容易なものではなかった。旅には長い長い時間を要した。男たちは太陽へ向かう道すがら、道沿いのいろいろなところにみかんの種を植えていった。帰る頃には大きな木になって実をつけていることだろう。
そうやって旅は果てしなく続いた。
毎日がそのようにして過ぎ、いつしか数年数十年が経ていた。太陽の場所にたどりつかないうちに、当然ながら3人の戦士たちも年老いて体力が衰え、と同時に一緒に連れてきた子供たちは立派に成長した。年老いたものたちが旅の途中で死ぬと、その子供が引き継いで、さらに旅は続いた。
ある日のことだった。
3人はついに太陽の場所にたどりついた。その地で一休みしながら、二つめの太陽が昇ってくるのを待ちかまえた。3人は二つめの太陽を射落とすつもりだった。3人は大きな渓谷のとっつきで太陽が昇ってくるのを今や遅しと待ちかまえた。
やがて太陽がその姿をあらわしはじめた。3人はそれを見るとすぐに弓に矢をつがえて引き絞った。そしていっせいに矢を放った。
ひょうと空を飛んだそれぞれの矢は太陽に命中した。傷ついた太陽からは煮えたぎった血が流れ出した。戦士のひとりはその流れ出した血を頭から浴びてその場で息絶えた。残ったふたりも大きな火傷をこうむったものの、なんとかその場を逃げ出して帰途についた。
帰る道すがら、ふたりは自分の父親が道のそこかしこに植えたみかんの木が大きく成長してたくさんの実をならせているのを発見した。
ようやくにして、ふるさとの村に帰り着いたとき、ふたりはすでに年老いて、頭も白くなり、背中も曲がっていた。
しかしそれ以来、空に太陽はただひとつとなって、昼と夜とがはっきりと区別されるようになったのである。そして夜の空に見えるあの月は、そのときに殺されたもうひとつの太陽の死体だと伝えられている。
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