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Monday, September 25, 2006

クマの目から世界を見ることが必要

Bear Medicineこのところまたしきりと熊が出没するというニュースが流されています。まるで熊が凶暴である(だから射殺すべきなのだ)と宣伝するためのプロパガンダのようにも聞こえて、正直なところクマ好きの小生にはつらい季節です。

クマはとても集団生活を好みながらもひとりで行動する人たちで、たいていはごくちいさな群れとして生活しています。しかし一年のうちでもこの季節は、ものみな熟れる実りの秋の時期であり、であるからこそクマたちも最も活動的になるときでもあるのです。春から夏にかけての熊たちは山の奥の川で魚を捕まえたり土の中の虫や昆虫を捕まえて食べたりしながらなんとか生きています。そして秋が来てものみなすべてが熟れはじめる今ごろになり、木の実や果実が手に入れやすくなると、きたるべき冬に備えて体重を蓄えはじめなくてはなりません。

この時期になるとクマたちはそれぞれが群れから離れて単独で行動をするようになります。群れからどんどんと離れて、多分に自己中心的となり、自分に必要なものだけを考えつつしきりと探し回るのです。自分以外は目に入らないと言っていいかもしれません。そういう人だっているでしょう。

春から夏にかけては、群れで共同で地虫の巣を掘り出す作業などほほえましくしているのですが、秋になると他のクマのことなどほったらかしで自分の腹をふくらませるためだけに精を出すようになるのです。クマは、やがてくるものをおそれているのでしょう。確実に冬が近づいていることを察知しているのです。こうなると、食べものを巡ってクマ同士で争うことも珍しくありません。だからこそ一人きりになってなんとか冬を乗り切るだけのものを体に脂肪として蓄えておこうと目の色をかえているのです。

ひとりになることを好むということは、多分に内省的になるということでもあります。自然を見る才能に優れたネイティブ・アメリカンの人たちは、いかなるときにもクマをきわめて神聖な生き物として扱います。だから熊の住んでいる山はきわめて神聖な山なのです。たとえばシャイアンの人たちにとって最も神聖な山はサウスダコタのブラックヒルズのにある独立峰「ベア・ビュート」——その神聖さがまさに奪われようとしているすべての平原インディアンにとっての聖なる山——とされていて、そこは文字通り「熊の山」なのです。

日本列島の先住民であるアイヌもまた熊をきわめて神聖な生き物としてみた人たちでした。昨年の今ごろにもこのお話を紹介した記事(わたしたちのものの見え方をとおして世界のすべてに影響を与えうる物語)を書いたのですが、改めて今もういちど紹介しますので、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構のサイトにある「ちいさなくまのカムイのおはなし」(再話・鈴木隆一)というメディスン・ストーリーを今だからこそお読みいただきたいと思います。

わたしたち人間も、自然界においては完全な生き物などではありません。かつてローリング・サンダーというエルダーに小生は「完全なものなどない。あるのは完全に向かおうとする力なのだ」といわれました。どうか熊はわたしたちになにかを伝えようとしているのだということをご理解いただきたいと思います。

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Comments

僕も熊が大好きです。
昨日訪ねた牧場でも、熊が捕獲されていて
鉄とコンクリートの頑丈な狭い檻に入れられていました。
せめて、床は土にしてあげれば・・・
切ない目を見ていると猟師に撃たれた方がよかったのか
捕まった方がよかったのか・・・

僕がローリングサンダーにお会いした際に一つだけ
質問をさせて頂きました。
僕は当時幼稚園の先生を目指していて
その趣旨を説明して、別れ際に「幼稚園の子どもたちに
教えるもっとも大切な事は何ですか」とお伺いしました。
すると、目を閉じ数分の後「年寄りを敬うことだが、
それ以上に大切なことは動物を愛すること」という言葉を
頂きました。大切な思い出です。

Posted by: 眞司 | Monday, September 25, 2006 at 07:33 PM

始めまして。 Kazuさんの紹介で、はじめてブログみてます。 熊といえば~、何年か前、オーストラリアでアボリジニのメディスンマン、ハロルドさんに会ったときのことを思い出します。 偶然にも、アボリジニの聖地で出会い、目を見るように言われて、そのままハロルドさんの目をみたら、吸い込まれるような感覚になった瞬間にハロルド氏の顔が毛むくじゃらの熊に見えてきちゃったんです。 一瞬怖くなって、目をそらしたら、ハロルド氏の顔に戻ってました。 あれは、さすがに、怯みましたが、本当に、熊でした。 どんな意味があったのやら。 鏡の例えを当てはめるならば、私が「熊」のスピリットを持っていることになるんだろうか??? 謎多き出会いでした。 
オセアン

Posted by: オセアン | Saturday, June 13, 2009 at 11:06 PM

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