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Tuesday, August 15, 2006

そこには学ぶべきことがある

「自然について、神というものについて、われわれが知っていることを世界に伝えるときがきている。だからわたしは話して聞かせよう。自分がなにを知っていて、誰であるのかについてを。あなたがたは耳を傾けたほうがよい。必ずや学ぶことがたくさんあるだろう」
マシュー・キング 1989年に亡くなった
オグララ・ラコタのチーフで、智慧の守り人、歴史家の言葉

Mathew Kingジョン・ファイアー・レイム・ディアー翁と並んでその知恵と洞察力で、20世紀末に起きた「アメリカインディアンの偉大な覚醒」に影響を与えて、一族のもののみならずネイティブの次の世代から深く敬われていたラコタのエルダーのマシュー・キング氏(写真)——インディアン・ネームは「高貴な赤い人」——にも、忘れられない言葉がいくつも記録されている。日本語訳されている『ネイティブ・アメリカン叡智の守りびと』(H・アーデン他著 船木アデルみさ訳 築地書館刊)のなかにも彼の言葉からなる一章が収録されている。そのいくつかを以下に紹介しておこう。なお日本語への翻訳は北山が独自におこなった。

遠い昔、亀の島にやってきた創造主から赤き人たちはこういわれていた。『あなたがたは母なる地球の守り人となるだろう。あなたがたのあいだに、わたしは自然についての、あらゆるものが相互につながりあっているということについての、バランスについての、調和のうちに暮らすことについての、智慧を授けておく。あなたがた赤き人たちは自然の秘密を理解するだろう。苦しみのときを生きることになっても、その秘密を理解することで、創造主の近くで生きるだろう。いずれあなたたちがその秘密を地上の他の人たちと分けあうことを求められるときがくる。なぜならその人たちはスピリチュアルな道を見失っているだろうからと』そしてそのわけあうことをはじめるときが、今なのである。

人生はエンタテイメントではない。人生は神聖な勤めだ。

人々が自分の道を見つけ、それに従わなければ、その人たちの人生は空虚で意味のないものになるだろう。だが、彼らが道を見つけたならば、すなわち創造主から与えられた一番はじめの教えに従っている自分を見つけたならば、その人たちはいまだ思いもよらなかったような自分が生きていることの意味を、知ることになる。そのとき彼らは知るのだ。人生があるのは、快楽のためでも、権力のためでも、お金のためでもないことを。そうしたものはことごとく時間の無駄というものである。人生は聖なるやり方で生きるためのものである。人生はそのまま道なのだ! もしあなたが自分に与えられた最初の教えに従いたいのなら、他の選択などあり得ない。

これから起こることを予言しておこう。神による裁きがこの世界にくだされる。彼は怒っておられる。残念なことだが、それは避けられない。だが神がこの世界のすべてを破壊することはないだろう。それでもいのちあるものはみなことごとく滅びる。そしておそらくそれからまた数百万年か後に、新しいいのちが再びはじまるだろう。曾祖母の地球はひとりぼっちになる。彼女にとってはしばしの休息のときだ。それもこれも原因は白人の邪悪さにある。あなたがたは倒れる。それも激しく倒れる。涙を流し、叫び、大声で嘆くだろう。神の世界を破壊して難を避けようとしてもそんなことはできるわけがないことを知るだろう。なんとかなると考えていたら大間違いだ。神は地上から邪悪なものを一掃される。いずれ神の御しるしをあなたがたも見ることになるだろう。

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