トゥー・スピリット・ピープル
『トランスアメリカ(TRANSAMERICA)』という映画が22日土曜日からロードショー公開される。監督脚本がダンカン・タッカーという人で、主題歌をドリー・パートンが歌っている。アメリカ大陸を横断するロード・ムービーの傑作とされるもので、主人公のブリーというむずかしい役を演じてアカデミー主演女優賞にノミネートされたのはフェリシティー・ハフマン。広告のコピーは「スカートの下に何があるかより、もっとだいじなこと。」である。鍵は「スカートの下にあるもの」で、実際なにがあるかというと、これが「ない」のだな。これは性転換手術をして男性から女性へと変わった彼/彼女が、自分の息子とアメリカ大陸を車で横断する物語だ。(右上はアメリカで公開されたときのポスター。日本ではなぜかこれが使われずに、同じような構図の別物に替えられている)
映画のなかで主人公のブリーが彼女の息子にネイティブ・アメリカンの世界における「自己の性と反対の性で生きようとする人たち」の話をして聞かせるシーンがある。ズニのような人たちは、そうしたトランスジェンダーな人たちを受け入れて、これに栄誉を与えているのだと。そういえばラコタのレイム・ディアーが語ったメディスンについての話(『インディアン魂』河出文庫)のなかにも、ラコタ語で「ウインクテ」と呼ばれる男性でありながら女性のように振る舞う人たちのことが出てくる。
ネイティブ・ピープルの世界では、生物学的には男性でありながら女性の心を持っていたり、女性でありながら男性の心を持って運命的に生まれた人たち、自己の性と反対の性に関心や興味を持つ人たちのことを、「ふたつのスピリットを持つ人(トゥー・スピリット・ピープル)」と呼ぶことがある。また英語で「berdach(バーダッシュ)」と呼ぶこともある。研究社の新英和大辞典には、これはフランス語に起源を持つもので、「(北米インディアンで)女装して女性として受け入れられているホモの男性」とぶっきらぼうに記述されている。
コロンブスがアメリカ大陸にやってくる以前のネイティブ・ピープルの世界では、そうしたトゥー・スピリット・ピープルにたいして並ならぬ敬意が支払われていた。人間そのもののあり方について普通では得られないような情報をもたらしてくれる存在なのであるから、あたりまえのことと言えば言える。トゥー・スピリットの持ち主は、どのようなヴィジョンを見たものであれ、ヒーラーであり、アーティストであり、予言者とされていた。この人たちの「聖性」は、この世界に存在するありとあらゆるものはスピリットの世界の投影であるとする彼らの世界観に裏打ちされていた。その人間が他の普通の人たちと違っているとしたら、スピリットはその人を創られるときに特にそうなるように配慮されたと、彼らは考えた。だから、そうした人たちは、自分たちよりもずっとスピリットに近い存在なのだと。
はじめて新大陸に入ったヨーロッパ人の多くが、ネイティブ・ピープルの世界に、男性と女性以外に、第三の性があることを発見して驚愕している。この『トランスアメリカ』という映画で引き合いに出されたアメリカ南西部のデザートに暮らすズニというプエブロの人たちも、プロテスタントの人たちがキリスト教の教えを持ってやって来るまでは三つの性をきわめて大切にしていた。ズニでは、狩人にも戦士にもならないことを選択した男性たちを「イハマナ」と呼んでいた。「男性と女性の間に橋を架ける人」という意味だそうだ。信仰的には生物学的な性を共有する人たちの結社(ソサエティ)に属するものの、反対の性の衣服を身にまとってアーティストの工芸家として一生を過ごした。男や女というものを超越して自由に部族のコミュニティーを往き来したとされる。
映画『トランスアメリカ』には、ネイティブ・アメリカンの俳優として、『ダンス・ウィズ・ウルブス』の「キッキング・バード(蹴る鳥)」役でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたオネイダ・トライブ(イロコイ6ヵ国連合の国のひとつで現在はカナダにある)のグレアム・グリーン(Graham Greene 写真)が出てくる。カルヴィン・メニー・ゴーツという名前のインディアン役で、ヒッチハイクをしている主人公のブリーと彼女の息子を車に乗せてやる役柄だが、映画のなかで彼は「自分は部分的にナバホだが、曾祖父母はズニで、ナバホもズニも、トゥー・スピリットの持ち主を受け入れているのだ」と語っていた。
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