スピリットの乗り物としての言葉
ぼくがネイティブ・アメリカンの世界から日本国に帰ってきたのは80年代の初頭のことだった。アメリカ大陸で暮らしているのなら、ネイティブの人たちの動向はさまざまな形でもたらされた。雑誌や、集会の案内や、口伝えや、電話や、手紙や、機関誌などで。しかし大きな海を越えてしまった途端に、そういう情報からぼくは遮断されてしまった。7年間ぐらい日本にいなかったのだから、そのギャップを埋めたり、生活を立て直したりするのでしばらくはあっという間に過ぎた。都会で生活するのが困難で、東京からだいたい百キロぐらい離れたところで生活をはじめた。つてを辿って雑誌の仕事をするときは、1ヶ月に一度東京に出向いて、雑誌社の編集室で原稿を書いたり編集をしたりしていた。インターネットはまだ実験の段階で、一般には開放されていなかったし、開放されていたとしても、ブラウザーでサーフするという具合にはまだいかない時代だった。そのうちワープロが普及しはじめ、パソコン通信が可能になると、ぼくはそれに飛びついた。パソコン通信によってぼくはわざわざ東京に出向くことから解放されたのだ。原稿を書き、カプラーとモデムを使って通信でその原稿を編集部に送ることが可能になった。そしてそのころインターネットがようやく一般の(ぼくの)手に届くようになりつつあった。
たくさんの友との再会
はじめてインターネットを使ってUsenetの世界に入ったときのことは忘れられない。ある意味でそれはパソコン通信のネットワークの会議室などともよく似ていた。今はあのころほどの盛り上がりはなくなっているように思えるものの、すでに当時からさまざまな問題を扱う部屋があり、無数の話題が夜空の星の数ほどもばらまかれていた。このUsenetのなかで、ぼくが入り込んだのが「soc.culture.native」「alt.native」というふたつのネイティブ・ピープルのグループだった。このふたつのインターネットのニュースグループとの出会いがなければ、今のようなことをぼくがやり続けていられたかどうかは疑問である。いくつものローカルなパソコン通信をつなぎあわせたこれらのグループと出会って、ぼくは心底ほっとした。ウェッブの時代はまだ到来していなかったのだが、すでにそのふたつのグループは、大学教育を受けたネイティブ・アメリカンの人たちがはじめていたメーリング・リストと共に、ネイティブ・アメリカンの人たちの情報交換の場として機能していた。
ネットの中のネイティブ・ピーブル
今も当時も、インターネットを最も精力的に活用しようとしてきたひとつの勢力が、それ以前には長いこと——文字による歴史のはじまったときから——自分たちの声を奪われ続けていた少数民族やエスニックの集団であることは想像に難くない。パソコンを手に入れることで彼らは自分たちの声を外の世界に伝えるためのメディアをはじめて獲得しようとしていた。この20年間で、現存するほとんどのネイティブ・アメリカンの部族が自分たちのウェブサイトを持つようになっているし、ネイティブ・アメリカンのための雑誌や新聞や放送局やオンラインマガジンやネイティブであることを学びあうためのサイトがいくつも立ちあがってきた。
もちろん情報格差は厳然として存在する。すべてのネイティブ・ピープル・ピーブルがコンピュータを手に入れられているわけでもないし、すべての若者に高等教育の機会がさしのべられているわけでもない。それを買う金があれば救われるいのちもまだたくさんある。大学教育を受けるためには、まずその前にアメリカ兵として戦場に赴いて生き延び、奨学金を得なければならない。しかしそれでも、情報によってネイティブ・ピーブルの意識をつないでいこうという動きは衰えることもなく今なおその底辺を広げつつあるのだ。
ウォタンギング・イクチェ?
Usenetというインターネットのひとつの側面の中でネイティブの人たちのグルーブの会議室に足を踏み入れたことで、ぼくのネイティブについての学習は続けることが可能になった。そこには必要な情報がいくらでもあった。わからないことは尋ねれば教えてくれる存在がいた。いくつものメールマガジンを購読し、教わった書籍を買い、時には旅行で相手に会いに行ったりもした。
急速に進化を遂げるインターネットの中、そうしたUsenetの会議室の中から、いくつもの先駆的なメディアが立ちあがってくるのをぼくは目撃した。その中でひとつを取り出すとするなら、"Night Owl(夜のフクロウ)"ことゲーリー・スミス(Gary Smith)というひとりのネイティブ・アメリカン(チェロキー)の大学生がはじめたWOTANGING IKCHE--NATIVE AMERICAN NEWS をはずすことはできない。さまざまなローカルなネットに出ているニュースの中からより多くの兄弟姉妹と分けあうに値するもの、すべてのネイティブ・ピープルに影響を与えうるニュースを一週間ごとに集め直して整理編集したニュース・コレクションで、1993年に記念すべき第1号が発信された週刊のニュースレターであり、ウェブが花開いた今でもなおぼくが定期的に購読し続けている唯一の(ASCII文字だけを使用した)ニュースレターである。このニュースレターは現在そのアーカイブ・サイトで創刊号から最新号までをダウンロードできるようになっている。
20世紀末にはすでにネイティブ・アメリカンの世界では自分がどこの部族に属しているのかすら定かでない世代が数多くいたわけだが、そうした目に見えないけれどなお部族的なハートとマインドの連帯を求める兄弟や姉妹たちのためにさまざまな情報を伝えあい、スピリットを共有しあうためのメディアとして、この「WOTANGING IKCHE」は21世紀の目には見えないネイティブの部族を超えた情報共同体を切り開いてきた。
「WOTANGING IKCHE」はラコタ語で、しいて「News of the People(人々のニュース)」を表現すればこうなるというフレーズであり、創設者のナイト・オウル自身はラコタではなかったものの、ネイティブの言語世界では大きな勢力であるラコタ語的な発音の言葉をタイトルにしている。現在はWOTANGING IKCHEのなかの「ここの」サイトに、さまざまな部族の言葉で「人々のためのニュース」を表現したものが掲載されているので興味ある人はご覧あれ。地球に生きる人のためのニュースに興味がある人で、英語が苦にならないのであれば、この週刊ニュースレターの購読をぼくはおすすめする。
さてここからが本題
なぜ「WOTANGING IKCHE」というニュースレターの話をこれまでえんえんとしてきたかというと、このニュースレターに非常に早い時期から、正確には1994年の6月4日号(通巻第2巻23号)のハワイの先住民族を特集した号以来、(数ヶ月飛んでいるときもあったが)今日まで10年以上も繰り返して——週に7編ずつ——連載され続けてきた「A Hawai'i Book of Days」という366の短詩(1日にひとつの短い詩をネイティブ・アメリカンの血を引き、ハワイ島に暮らすひとりの女性の詩人のデブラ・サンダースが書きつづった、アロハ・スピリットを伝える美しい言葉)を、今回すべて飜訳して本にしたからだ。それはアメリカでもまだ書籍化されていない。
邦題を『日々是布哇(ひびこれハワイ)——アロハ・スピリットを伝える言葉』(D・F・サンダース著 北山耕平飜訳 太田出版刊行)とした書は「WOTANGING IKCHE」から生まれた最初の日本語の本である。ハワイ群島の先住民は当然ネイティブ・アメリカンの範疇にふくまれる人々であり、その思考法や感性や世界観には他の多くの地球に生きる人たちと共通するものを持っている。そしてその多くを、われわれ日本列島に生まれたものたちとも共有できることを、日本列島の精神をかろうじて受け継ぐ兄弟姉妹たちに知ってもらいたいとぼくは考えてきた。ネイティブ・アメリカンと、太平洋諸民族と、ぼくたちの血の中に姿を隠して見えなくなってしまった日本列島の先住の民をつなぐスピリットの有り様を、ぜひこの本によって体験してください。スピリットの乗り物としての言葉、ぼくたちにとっては日本語を逆手に使って、もう一度見えなくされている人たちの地球とつながっている精神に呼びかけたいと思う。これが多くの人の手に渡ることを願っている。
日々是布哇(ひびこれはわい)
アロハ・スピリットを伝える言葉
デブラ・F・サンダース (著)
北山 耕平 (翻訳)
長崎 訓子 (イラスト)
有山達也+飯塚文子(アリヤマデザインストア)装幀
価格: ¥1,554 (税込)
* 単行本: 四六変形版
* 出版社: 太田出版
ISBN: 4778310225 ; (2006/06/22)
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