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Sunday, June 04, 2006

まつろわない Updated

bowまつろわないという言葉を久々に思い出した。けして忘れていたわけではない。「まつろう」というヤマトの言葉がもともとあり、「まつろうことをしない」のが「まつらわない」ということ。辞典には、

まつろ・う まつろふ 【▽服ふ/▽順ふ】

〔「まつらふ(服)」の転〕服従する。付き従う。
「・はぬ人等を和平(やわ)さしめたまひき/古事記(中)」

とある。引用文に古事記からのものがある。簡単に言うと「いうことをきかないものめらにいうことをきかせた」という記述だ。ネイティブ・ピープルとの関係で言えば、それはとりもなおさず生きる世界を替えさせることを意味する。それがもし「生き方の問題」なら、生き方をかえさせると言うことでもある。日本列島のネイティブ・ピープルの歴史において、あとから来た人たちによる大和日本という国家が建国される過程で「まつろわない」ひとたちがあちこちで顔を出す。このひとたちがあの手この手でまつろわされてしまって最終的に「日本国」が作られていったわけ。

この言葉を思い出させたのはジャワ島で大地震があった翌朝の産経新聞が一面トップで報道したという『「君が代」替え歌流布』の記事をネツトで読んだから。ぼくは今年の初めから、精神状態によろしくないという判断から新聞を購読するのをやめている。おかげで精神状態も経済状態もかなり改善された。必要な記事はネツトで手にはいる。産経新聞はその記事をこう書き始めていた。

卒業式、入学式での国歌斉唱が浸透するなか、「君が代」の替え歌がインターネット上などで流布されている。「従軍慰安婦」や「戦後補償裁判」などをモチーフにした内容だが、本来の歌詞とそっくり同じ発音に聞こえる英語の歌詞になっているのが特徴で、はた目には正しく歌っているかどうか見分けがつきにくい。既に国旗掲揚や国歌斉唱に反対するグループの間で、新手のサボタージュの手段として広がっているようだ。

記事はこのような書き出しではじまっていた。ネットの上で流布されている読み人知らずの歌とは

き  み が  あ よ  お  わ
kiss me, girl, and your old one
ち  よ  に い い や ち よ  に
a tip you need, it is years till you're near this
さ   ざ  で   い  し  の
sound of the dead "will she know
し わ お と な り  て
she wants all to not really take
こ  け  の    む う す う   ま  あ で
cold caves know moon is with whom mad and dead"

訳:
 僕にキスしたら君のその古臭いジョークにも(サヨナラの)キスをしておやりよ
 君に必要な忠告をあげよう 死者たちのこの声が君に届くまで何年もかかったんだよ
 「国家ってのは本当に奪ってはならないものを欲しがるけど
 そのことに気がつく日が来るんだろうか?
 冷たい洞窟だって知ってるんだ
 (戦争で傷つき)気が狂ったり死んでしまった人たちを
 お月さまはいつも見てるってことを」

というもので、解説や主旨などは

KISS ME
http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/kissme/index.html

ここで全文を読むことができるし、まぬけな報道をした産経新聞のおかげでここ数日で一気に広まったはずだから、今では検索すればいくつも見つかる。まつろわない人たちの存在が千年の時を越えて明らかになった瞬間だった。まつろわせようとするひとたちには、まつろわない言葉の出現はゲシュタルトが震えるぐらいの衝撃だったのかもしれない。

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Comments

昔のとある一首、
ある尊い象徴をあらわす為に
つづられた、その音玉の輪、
そのシュはいつしか
つづり人の思惑とはかけ離れ、
人々を縛るものとして使われ、
さらに時を経て、
縛られた人々への哀悼を、
縛りそのものへの怒りを、
こめる為のウツ輪として
使われている。

一度汚れた手で扱われてしまった、
元来美しい心、手で綴られたであろう
その音玉の輪にかなしみを感じ、
少しでもその珠玉の純な心が
あらわれることを祈らざるを得ない。

Posted by: くま | Sunday, June 04, 2006 at 09:27 PM

元来は
世々の平和を こい願う
純な心が つづられた
一首の音の 玉の輪が
いつしか時を 経た後に
人の心を 縛る呪に 使われ
更に 時を経て
縛られし人の 哀悼を
縛りへの怒り そのものを
込めるウツ輪に 使われる

一度汚され 手から手へ
たらい回しの その珠玉
それを受け取る 我が手にて
その純真が 少しでも
あらわれるのを 祈りたい

Posted by: くま | Sunday, June 04, 2006 at 09:52 PM

「インディアンには3種類いる。伝統派のインディアンと進歩派のインディアンとどっちつかずのインディアンの3種類だ」という言葉を何度か耳にしたことがある。さしずめ「まつろわない」の代表が伝統派であり、部族会議などで保守を気取っている実は体制派には右派と左派があるけれどどちらもプログレッシブで、破壊と開発で権力を指向する。どっちつかずというのがいわゆる日和見で、これはこれでわかりやすい。最初にグレイトスピリットから教えられた道をあくまでも守る人たちの姿は、常にその人たちを上(カミ)の名のもとに支配しようともくろむ勢力にはまつろわぬ人たちと写る。

Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Sunday, June 04, 2006 at 11:29 PM

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