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Friday, February 03, 2006

探し求めるべきものとは

真理というものはただ腰をおろして、そのことについて話していればよいと言うようなものではないのだ。物事はそのようにはなっていない。人は真理とともに生きなくてはならんし、その一部にならなくてはならない。そのことがおまえにもいずれわかるときがくるだろう。
ローリング・サンダー チェロキー


わたしたちは誰もが本を読む。そして、本には多くの情報が入っている。そうしたなかのひとつの言葉が、なぜか頭にこびりついて離れないようなことがしばしばあるだろう。ネイティブの人たちはよく、われわれのなかには小さなフクロウが住んでいるという。そのフクロウの名前を「知」という。フクロウはわれわれに話しかけ、導き、そして育む。情報がもたらされたとき、われわれはしばしば感じることがある。それを生きるとなるとたいへんだけれど、それについて話すのは楽なものだと。でも、ネイティブの知者はいう。大切なのは地球に生きたものの道を生きることだと。自ら言葉として発するものを生きよと。もしわれわれがこの人生においてほんとうの自由を得たいのであれば、ほんとうの幸福を手に入れたいのであれば、ほんとうの心の平安を求めているのであれば、われわれが探し求めるべきものこそ真理そのものである。ほんとうのことが知りたい。

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Comments

>頭にこびりついて離れないようなことがしばしばあるだろう

インデイアン魂を読み返していました。
そこに不本意に警察に殴られたインデイアンの
内なる声が書いてありました。

「英雄ごっこはやめておけ。それはお前の進む
道ではない。お前は癒す者だ。傷つける者ではないだろう。」

これにははっとしました。
(現在多くの癒す者は傷つける者になっていますが)

>それを生きるとなるとたいへんだけれど、それについて話すのは楽なものだと。

不本意に受けたものに対し、怒りにまかせて
やり返さずにいることがどれだけ難しいことか。言うだけでなく実行するのがどれだけ
大変か。しかし、それでも地球に生きたものの道を生きるということ。そういうことなのでしょうか・・・。

相手が吐く二酸化炭素の息でも、地球の植物は養われていくのだから・・・

Posted by: 信珠 | Tuesday, February 07, 2006 at 02:59 PM

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