信じ続けることの力
おまえがなにごとかを信じ、そしてそれをじゅうぶんに長く信じ続けることができるなら、それはかならず実現するだろう。ローリング・サンダー チェロキー
これもまた記憶の底に焼きついているローリング・サンダーの言葉だ。不思議なことに、彼の言葉は時々、正しい時と場所に、記憶の底から浮かび上がってくる。まるで彼がもうこの世界にいなくなったことが嘘でもあるかのように。「自分は死んだあとも世界に影響を与え続ける」と彼は言っていた。さてオリエントに起源を持つ巨大組織宗教の波にさらされる以前のネイティブの人たちは、われわれはとてつもなく偉大な存在によって創られた、と考えていたようだ。もちろんいまだにそう考えている人たちも多い。彼、もしくは彼女がわれわれを創られたのは、その意思をわたしたちの心のなかで絵として、あるいはヴィジョンとして実現させるためなのだと。人間の思考には3つの次元というかステップがあるらしい。それらは言葉による思考、絵による思考、そして感情による思考である。言葉を考えることでヴィジョンが創りだされ、われわれはそのヴィジョンのために、情熱や欲望や傾倒や他の強い信仰を感覚で受けとめ、そのことで自らの感情を創りだしている。ひとたびヴィジョンが創られると、われわれは考えたものに向かって動き、そして考えたものになるのだ。信じ続けることができるならば。
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自分はこうありたい、こういう世界に生きたい。そのヴィジョンをはっきりと得るまで、何年も立ち止まったまま過ごしたことがあります。自分のなかにイメージを探し、そのためには沢山のことを見、聞いていく必要がありました。アイヌ、インディアン、野生のいきものたちの世界から多くのヴィジョンをもらいました。
頭で理想像を作っていてもなかなか生活へとつながらないけれど、感覚で得ていくヴィジョンは迷い無く行動へとうつっていくようです。それは、自分がなにをしたいのか、ということがこころの芯からわかっているからだと思う。これはつよいちからだ。
自分のこころがなにを求めているのか、立ち止まって問いかけるのは、ヴィジョンを探すことであり、ひょっとしたらワカンタンカの声を聞くことかもしれない。
情報に奔流される現代社会では、目先の享楽、便利さのイメージが絶え間なく入り込んでくるけれど、生きものが生きものとして得るヴィジョンはもっとひろがりを持ったものじゃないだろうか。それは一時的なものではなく、自分の体が滅んだ後までも信じられるものではないだろうか。
Posted by: 山竒 | Saturday, January 21, 2006 at 10:12 AM