神社はなぜ日本列島に持ち込まれたのだろう?
韓国中央日報紙が東京=金玄基(キム・ヒョンギ)特派員からの記事として2006年1月2日に掲載した記事を再録しておく。『ネイティブ・タイム——先住民の目で見た母なる島々の歴史 』(地湧社刊 2001年)をしこしこと編纂しているとき「神宮」のはじまりが半島にあることを確認して以来、ぼくにとってこの事実は「さもあらん」と思うだけで、それほど驚くようなことではなくなっているのだが、とはいえおそらくこの記事は日本国内の新聞にはまったく掲載されることはないかもしれないから、ニュース・コレクションとしてここに留めおいた。
「日本の神社、韓半島に由来」韓日史学者共同研究日本国内の相当数の神社が古代韓半島から直接的な影響を受けて建てられた、という調査結果が出された。 また、日本の多くの神社は韓半島の祖神を祭神としていることが分かった。
シン・ジョンウォン韓国学中央研究院教授ら韓国・日本の史学者4人は昨年、東京、埼玉、神奈川など関東地方と京都の神社50カ所余を訪問し、こうした事実を確認したと、2日、明らかにした。
これら史学者が最近発刊した研究所「韓国の祖神を祭る日本の神社」によると、古代韓半島からの渡来人は日本に定着した後、故郷の慣習にならって祭壇を建て、祖神と豊年を祈願する祭事を定期的に行ったという。このため、韓半島系統の神社が日本に数多く生じることになった。
西暦927年に完成した日本古代律令集「延喜式」(全50巻)の神名帳(9-10巻)には、当時の全国2861の主要神社と祭神が記録されており、このうち相当数が韓半島から渡来した神社と推定された。
◇代表的な事例=埼玉県の「高麗(こま)神社」はすぐに韓半島系統の神社であることが確認できる。 古代日本で「高句麗(コグリョ)」を「高麗」と表記し、「こま」と読んだからだ。 特に、この神社がある埼玉県日高市は、西暦716年、高句麗系の渡来人によって高麗郡が設置された所だ。
大阪の飛鳥戸神社は、百済(ぺクジェ)系の飛鳥戸造一族の祖神「飛鳥大神」を祭っている。 「飛鳥大神」は百済の崑枝王だ。
四国地方の徳鳥県には「新羅神社」がある。 この神社は扁額に新羅の日本式発音「しらぎ」ではなく「しんら神社」と明記されている。 現地の人はこれを「しんら神社」と呼んでいる。 特に、この神社は代表的な新羅の神であり「牛頭天皇」で知られる素盞烏尊という神を祭っている。
東京浅草にある浅草神社も、すぐ隣にある浅草寺を創建した韓半島系渡来人、桧前浜成の氏族3人を祭るために建てられたという。
研究陣はまた、温泉休養地の箱根にある箱根神社も、近隣の相模国に定着した高句麗出身の渡来人が創建したと推定した。
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Posted by: skilled house painters | Thursday, December 11, 2014 07:50 PM