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Friday, December 09, 2005

すぐそばにおられる存在との会話

あらかじめ自分に備わっている才覚を疑うなかれ。自らを鍛えるものは、いついかなる非常時にも対応ができるものなればなり。
オマハ一族の言い伝え

この格言が伝えていることは、人間というものは自らにあらかじめ与えられている才覚に則って個々に機能し、すべてを作られた存在を信頼するように、もともと設計されているということである。ネイティブ・ピープルの信念体系はシンプルでありわかりやすく、そしてみごとなまでに普遍的だ。われわれがグレイトスピリットとの間に独自に自分たちの関係を築きあげているのなら、われわれはいつ非常事態が起きようが準備は整っているといってよいだろう。だからこそわれわれはすべてを作られた偉大な存在と信頼関係を作りあげる必要がある。そのためになにが必要かというと、絶えずすべてを作りあげている存在と会話をしていなくてはならない。一日に何回も「彼」と個人的に話をするのは悪いことではない。それを続けることによって、われわれはいずれ確信することになるのだから。たとえその姿がまったく見えなくとも、「彼」がいつもわれわれと共にすぐ側にいてくれて、われわれの要求に応じる準備ができているということを。

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はじめまして。KAJIと申します。
この格言の解説を読んで、「彼」という存在を思い出します。私の親友のかいた、お気に入りの歌詞にもこの「彼」(影)、が出てくるのです。
以下Caos Land の歌詞を書きます。

 かつて君と旅をした
簡単なゴールだった
でも永遠に届かないゴールになった
一人の心の中に 悪意と善意がある
それはもたれあい 何かを支えている
生きるための自由がほしい
死ぬための自由がほしい
だからだれにもことわらずに
ゴールへ歩き始めた
Hippys All They are gone.
Runin' through the Caos Land
心に花束を持って戦う人がいた

犯罪を犯した友達と
だれもかえりみない道を行く
僕らと歩いてくれる この影はだれだろう
すごいやつなんかいない だれも殺し合い愛し合い
誰かが誰かを食べつくし そして誰かを育ててる
手をつなぎ座り込んだ
ひとつの夢を願った
戦車に花をさした少女の
知らない心の宝
Hippys they are gone .
Rambling through the journy past.
心に花束を持って戦う人がいた

君の生き方をリスペクトしている
僕にはできない歩き方を
今でも君と共に また遠くまで来てしまった
まいた種は収穫を知り
家族の声が響きあい
美しい歌がとまらない
今日は死ぬのにもってこいの日だ
Hippys All They are gone.
Livin' through the future Land.
君は心の花の地図をつないでいけるかな
人知れず異邦人と歩いた、かつて巡った旅

by best friend of my mind F.M.

Posted by: 梶谷正治 | Saturday, December 10, 2005 at 12:22 AM

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