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Monday, November 14, 2005

仙台スピコンから帰る道の上で

仙台のスピコンで話をしてきた。スピリチュアル・コンベンションである。略して「スピコン」。ぼくはスピコンといわれる催し物で話をするのは初めてで、いうならば「スピコン・デビュー」ってわけ。でも、見事に滑ってしまった。転ぶまでにはいたらなかったけれど、滑ってしまった。

原因ははっきりしている。広い会場のひとつの隅に講演の場が設けられていたために、コンベンションのお客さんたちがいつでもぞろぞろ動いているのが目にはいり、集中力が高まらないのだ。なんとかしなくてはいけないと思うのだが、さまざまな音が四方八方から聞こえてくる。ベルの音、ざわめき、足音、笑い声、タロットをめくる音、オーラを写す写真のストロボ、さまざまなニューエイジミュージック、呼び込みの声、ニューエイジ風鈴の鳴る音、子供の叫声、そしてまた往き来する人。

話というのは、聞く人と語る人の間の緊張関係を必要とする。特にぼくのような人間は、その場のエネルギーを読みながらその場にふさわしい話を紡ぎ出していくスタイルだ。だから、その空間が無防備なままケイオスな状態に開放されていたらアウトである。もっとも会場に足を踏み入れたときから、「スピリチュアル」とはなにかという疑問で頭が混乱していた。この混乱は、最近の本屋さんで、さまざまな自己啓発本などと一緒に、成功する秘訣だとか、いい女になる本だとかいう「スピリチュアルを唄う本」「幸せになるための本」「金持ちになるための本」がたくさんまとまって並べられているのを前にしたときと同じ混乱である。窪塚洋介という精神性を大切にする若い役者さんがナバホの国を訪れてそこで生活のまねごとをするドキュメントをテレビで観たときに感じたのと同じ混乱である。

自分はそこでなにを話せばよいのか? なにをどこまで誰に向かって話せばよいのか? 話を聞く準備ができている人はどのくらいいるのか? とりあえず自分がなにも知らなかったときのことを話すことに精神を集中させて、アメリカのネイティブ・ピーブルとわたしたちの関係について、ほんとうのガイドラインを話すことに精力を傾けた。いろんな人が話とは関係なく出入りするなか、十数人の人たちが最後まで熱心に耳を傾けてくれたことが救いではあり、結局ぼくはその人たちのために最後まで倒れることなく語り続けることができた。みんながそれぞれ勝手にトリップをして渦を巻いているようなスピコンの広い会場で、スピリチュアルとはなにかについて、そしてほんとうの知とはなにかについて、心底考えさせられたことを告白しておく。回転している洗濯機の洗濯槽に落ちたようなもので、これはかけがえのない経験であった。

ぼくにとってスピリチュアルとは、ほしいものを容易く手に入れるための心の技術などではなく、簡単に神さまと友だちになるためのテクニックでもなく、自分をより高めるために常になにかを真剣に学び続けることを意味する。いっときの心の慰みなんかではない。それは目の前の道のようにどこまでも続いている。行きたければ沙漠の奥にまでだってその道は続いている。人はなにであれひとつのことを真剣に学ぶことで、高みに、スピリットに近づくことができるはずなのだ。そして学ぶためには、精神的なものにたいする十分すぎるぐらいの尊敬が必要なのである。

仙台という街がとてもきれいなことが印象に残った。東北地方の人たちは精神的なものにたいして用心深いという話しも聞いた。さもあらんというのが実感だ。このつぎに仙台に来るときには、話を聞くというのはどういうことなのかを、聞く準備のできた人たちと分かち合いたいものである。ぼくは彼や彼女たちと分かち合いたいことがたくさんあるのだ。

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Comments

初めまして、いつも楽しく読ませてもらっています。私は、インディアンについて最近興味を持つようになりました。彼等の言葉に助けられ、大切なことに気ずかされます。
北山さんが書いていた通り、私も最近の本屋に並ぶスピリチャルな本には首を傾げることが多いと思いつつ、でも、私もそのスピリチャルな世界にしがみついている一人です。なので北山さんの言葉は心に響きました。ありがとうございます。
あと、ペヨーテがなぜ癒しになるのでしょうか?こういったこともこれから少しずつ解かるようになるのかもしれませんね。
これからも、色々なことをとりあげて、色々なことを教えて下さい。初めなのにあつかましいかもしれませんが、体に気をつけてがんばって下さい。

Posted by: 山内  | Tuesday, November 15, 2005 at 09:10 PM

 こんばんは。
 毎日楽しみにしています。風をひらく、や新宿の朝カルでのお話も聞かせていただいており、今度は“時の輪”講座で学ばせて頂きますのでどうぞよろしくお願いします。

 スピコン会場での北山さんの周章狼狽ぶりが目に見えるようで本当に“えらい経験をさせられてしまった”というところでしょうか。でも出会う物事には必ず意味があることですし、きっとお書きになっているように喧騒の中でも最後まで聴いていた十数人の方々のための“北山さんのスピコン”だったと思います。滑ってなどいらっしゃらないと思いますよ。見事に役割を果たされてお帰りになったんじゃないでしょうか。ほんとうにお疲れ様でした。

Posted by: 聡哲 | Tuesday, November 15, 2005 at 11:06 PM

お疲れ様でした。
申し訳ありませんが、北山さんの混乱した様子が目に見えるようで、笑ってしまいました。
すぴこんは、今はまだごちゃまぜな感じですが、こういう事じゃないと思う人も増えていくと思います。
癒し・スピリチュアル産業はローコストで儲かると思っている起業家が、今はまだまだ多いので、しかたないです。
でも、北山さんの話を聞けた幾人かの方々には、本物のストーリーテラーにすびこんで出会えた事は、大変意味の深い事だったと思います。
よかったですね!
本当にお疲れ様でした。

Posted by: 坂田 | Wednesday, November 16, 2005 at 06:38 AM

:) !

Posted by: yasu | Thursday, November 17, 2005 at 10:31 AM

仙台すぴこんで、北山さんのお話を聞いたものです。素晴らしいお話を、ありがとうございました!!・・そうですか。私は大好きな「ローリング・サンダー」の翻訳者であり直接お会いした方だっ、と、大喜びでおりましたが、北山さんご自身の心中は、中々大変だったのですね。確かに、お話に集中しやすい雰囲気ではなかったかも知れませんね。
でも、私はお話にどんどん引き込まれ、もっともっと聞いていたかったのです。ただ、睡眠不足でしたので、そういう意味では、お話を聞く準備がベストとは言えませんでした。質問も沢山ありました。その一部をお帰りになる所をお引止めして、質問もさせていただきまして、その節は失礼致しました。なのに丁寧にお答えいただき、本当に感謝しております。

Posted by: 木村祐子 | Sunday, November 20, 2005 at 01:08 AM

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