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Saturday, November 26, 2005

すべてのものの一部である自分

「なんともミステリアスであり、かつまた素晴らしい方法で、あなたはすべてのものの一部なのだ。そして同じように、なんともミステリアスであり、かつまた素晴らしい方法で、すべてのものはあなたの一部なのである」
ニッパワノック、アラパホ

ニッパワノックの言っていることを体験するためには、われわれは、見る、聞く、触れる、匂いをかぐ、味わうといった自分たちの感覚が、いかに限られているかを知らなくてはならない。そうした感覚は、目に見える世界のなかでこそわれわれの役に立つものなのだ。目に見えたものはそのまま頭によって解読され、われわれの信念体系のなかに収蔵されて、われわれのリアリティになることもあるだろう。だが目に見える世界だけでなく、目に見えない世界というものもまた存在する。この目に見えない世界においては、われわれが体験するのはなんというか「関係性」だけである。自分がなにかとつながっているという感覚。つながっている先にあるものは謎そのものであり、そこで体験するのは目に見える世界とはまったく異なる世界の見え方だ。目に見える世界と目に見えない世界。このふたつの世界の両方に注意を払うならば、われわれの信念体系はわれわれの頭にこれまでになかった素晴らしいリアリティをす刷りこむことだろう。われわれは世界を見て、自分がすべてのものの一部であることを知るのだ。

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子どもの頃からずっと、自分はこの世界に生まれて来て、それは悪いことではないんだ、という信念がありました。目に見える世界の法則から存在を無視され、死の境に追いやられた時、おれを支えているものはこの目に見えない世界とそれを信じる自分だけでした。その時はっきりとふたつの世界の狭間を知り、目に見える世界における肉体を生かす為にも目に見えない世界を知ることは最需要のことと知り、そのことだけに意識を向けて歳月を送りました。

現在、身を養うために目に見える世界の法則を出来るだけ守り、そのなかで不安や恐怖を感じもしますが、こころをスピチュアルな世界へと向けさえすれば、安らぐクリアーな意識を得、感覚が研ぎ澄まされてきます。そんな助けとなる、北山さんのブログです。
山に住み、野性のもの達にかこまれている生活ですが、まだまだやまを汚している自分です。もっと彼らとの関係性を深め、ほんとうにおたがいを活かしていく生きかたをしたいものです。
すべてのものと繋がっているのははじめからおれなのですから。

Posted by: 山竒 | Tuesday, November 29, 2005 at 04:56 AM

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