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Tuesday, November 22, 2005

目に見えない世界にあるほんとうのパワー

「お金では親愛の情を買うことはできない」
マンガス・コロラダス(1793?-1863)
アパッチの長老

昨日の続きで今回もお金の話である。マンガス・コロラダス(Mangas Coloradas)はかのジェロニモと肩を並べるアパッチのチーフだ。リオグランデ川の西側からニューメキシコ州の南西部をテリトリーにしていた東部チリカウワ・アパッチに属し、名前は「赤い袖」という意味。前半生についてはほとんどわかっていない。背が高く、勇敢で、賢く、寛大であり何人もの子供を抱える大家族だったといわれている。引用した言葉の精神は、20世紀になって「キャント・バイ・ミー・ラブ」というロックンロールとして生まれ変わり、この歌をうたったバンドに大金をもたらした。:-)

とまあ、それは軽い冗談として、すこしお金の話を続けよう。現代は、あまりにも物質的なものに価値が置かれすぎているために、なんでもお金で片が付くという風潮がまかり通っている。ぼくたちの暮らす国では、すでに江戸時代の川柳に「世の中に金と女はかたきなり、早くかたきに巡り会いたい」というものがあって、すでに物質的な価値を重んじはじめていたことがわかる。まあそれでも「マネー・ラブ」を公言し「お金で買えないものはない」と言い切る世代の登場までには200年以上はかかっているわけだが。

たしかに「お金はパワーのひとつ」である。それは間違いない。人びとはお金持ちにへつらい、お金持ちにあこがれたりする。お金持ちがヒーローとなる時代にぼくたちは生きている。お金があればほしいものはなんだって手に入れられると、思いこむ人たちがいるのもわからないではない。物質の世界においては、それは間違いないのかもしれない。売られているものはことごとくお金で買うことが出来る。

だが、目に見えない世界のものは、どうだろう? 目に見えない世界、形のないものの世界では、ぼくたちはなにひとつ買うことはできない。目に見えない世界は、売り物などではないからだ。それはすすんで与えられることによってのみ、自分のものになる。そうしたものには「愛」「愛情」「思いやり」「称賛」「信頼」「尊敬」「献身」などがある。こうしたものはお金以外のものによって与えられるし、もたらされる。見えない世界からもたらされるそうしたものを自分のものとして使うとき、ほんとうの「パワー」にふれているということになる。

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Comments

この超物質的な世界にあって、お金に関する学びは最難関と言えるでしょう。見えない世界を信じることがステップのひとつのように思われます。生きたお金の使い方をしていれば、おのずと導かれるのでは、などと考える今日この頃、、、

Posted by: 胡蝶 | Tuesday, November 22, 2005 10:32 AM

1970年代の後半に北米大陸を放浪していたときに今考えれば自分の「師」と呼べるようなたくさんの素晴らしい人たちと出会うことができました。その中で得たお金についての真理は「正しいことをしていればお金は必ず入ってくる」というものでした。これは『自然のレッスン』(太田出版復刻)という本の中に教訓として収録してあります。それ以後も唯一この真理だけが頼りで道を歩んできて今ここにいますが、よけいなお金はびたいちもんやって来ることはありません。:-)

Posted by: Kitayama "Smiling Cloud" Kohei | Tuesday, November 22, 2005 10:54 AM

北山耕平さまへ。
いつも、北山さんの言葉が、胸の奥をノックします。 お金が、人を動かすなんて…
どこに居ても、国民としている為には、お金を払いますよね。しかし値段のつけられない事も、たくさんあるのですね。

Posted by: 美紀子 | Tuesday, November 22, 2005 12:35 PM

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