« September 2005 | Main | November 2005 »

Monday, October 31, 2005

少女のふたつの瞳の奥の輝き

サイドバー冒頭の「 Peace 」な写真、今回はポモ一族の乙女を選んだ。写真が小さいときは、写真をクリックすると大きくなるし、その大きな写真の左下にある「Higher resolution JPEG version」をクリックすると、より解像度の高い鮮明な写真で見ることができる。エドワード・S・カーティスが1924年に公開した写真で、そこには「ポモの乙女。彼女が身につけているビーズは貝殻から作られたもの。こうしたビーズは今も年長者によって作られている」というコメントが付されていた。トクサという植物の茎をつかって穴をあけた貝殻を砂岩のうえで丸くなるまでひとつひとつ研磨してつくられたビーズだ。こうしたビーズは50年代には日本製が、それ以降は東南アジア製がほとんど駆逐してしまった。彼女のまっすぐにこちらを見つめているふたつの瞳の奥の輝きが何とも印象的な一枚だ。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

Sunday, October 30, 2005

『ネイティブ・タイム』の読者のみなさまへ

『ネイティブ・タイム』(地湧社刊)の読者のみなさまで、その補遺にあたるBLOG版「NATIVE TIME」をお申し込みいただいた方には、すでにそのサイトのアドレスとサイトにはいるためのパスワードをお送りしてあると思います(まだの方はここを参照)。このたび20世紀の1999年から1991年までのデジタルデータ・バージョンを暫定的に公開しました。アドレスは別アドレスですが、パスワードとユーザー名はそのままではいることができます。まだ文字データのみですが、今後はそこに図版や地図などのリンクを組み合わせていくつもりでいます。データ部分も書籍のものより増えていますので、参考にしてください。今後、1900年の分まで、この20世紀ネイティブ・タイム・ブログでは新しいバージョンで実験的に公開していきます。いつまでかかるか、なにができるかはわかりませんが、ご期待ください。

 Native Time blog : http://native.way-nifty.com/native_time/
 Native Time 20th Century blog : http://native.way-nifty.com/nativetime20th/

   (どちらもユーザー名とパスワードが必要)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, October 29, 2005

長い距離を旅するアホウドリ一族の運命を握る日米共同保護計画

読売新聞(2005年10月29日11時20分)が、「アホウドリ、非火山島など安全な新繁殖地に…米が草案」としてアメリカの連邦魚類・野生生物局が、伊豆諸島の鳥島と尖閣諸島でかろうじて繁殖し、絶滅の危機にあるアホウドリ保護のため、「火山噴火などの危険性のない新たな繁殖地に誘い込むことが望ましい」と提言する保護計画を策定し、草案を公表したと報じている。ワシントンの笹沢教一特派員の報告だ。

albatross英語名を「アルバトロス(albatross)」というアホウドリは、まったく阿呆な鳥ではない。地球最大の海洋鳥であるために、敏速な動きを苦手にしているだけなのだ。のろのろしていて簡単につかまえられるという、ただそのことをもって日本人は「阿呆な鳥」と見てその名をつけたわけ。

アホウドリ一族は生涯一夫一妻を維持し、家族を守りながら、米アラスカ州南部沿岸やアラスカで快適な夏を過ごし、日本の鳥島からハワイ諸島に列なるミッドウェー環礁、ニュージーランド島、オーストラリアのタスマニア島までの太平洋全域を部族の生活圏に含めている。米国でも生物種保存法の対象種に指定されていて、だから記事によれば同局が日米協力のもと、保護計画をつくりつつあるのだという。アホウドリはその9割が絶滅の危機にあるとされますが、原因は人間たちの漁法にあることがわかってきました(詳しくは東邦大学メディアネットセンター・アホウドリ復活への軌跡のなかの「苦境に立つアホウドリ類」を参照のこと)。

草案は「アホウドリの個体数を減らした元凶である羽毛目的の乱獲の脅威は消えたが、小さな群れが噴火や泥流、漁網の混獲、地球規模の気候変動などの脅威にさらされている」と指摘のうえ、「さらに安定な状態に回復させるためにも新繁殖地が必要」としているらしい。現在、アホウドリ一族は、その大半が火山島である日本国の鳥島の不安定な崖下斜面にキャンプを設営して繁殖しており、同局は特定の島の名前などは挙げずに、新繁殖地に望まれる条件として「非火山島で強固な地盤の場所」としている。日本の環境省は、小笠原諸島の聟島(むこじま)を、彼らの移住先の有力候補地と考えていて、住民の了解を得た上で、日米協力で移住に取り組む考えだとか。

誘い込みの方法としては「おとり役の模型(デコイ)や録音されたアホウドリの声を使って、別の島を鳥島だと誤らせる手法を使う」(同記事)らしい。しかし、同じ繁殖地で繁殖を続ける習性があるため、当局者は「成熟したつがいに住み慣れた場所を替えさせるのは至難の業で、住み替えは若い個体が主な対象になる」としている。この移住計画が、一族の「涙の旅路」にならないことを祈りたい。

知っていましたか、アホウドリは

  • その生涯をほとんど海のうえですごす
  • みんな40年以上生きる
  • 10歳ぐらいになると島の岸に行って子作りにはげむ
  • 生涯一夫一妻主義
  • 1年から2年に一度子供をもうける
  • 卵は一度にひとつだけ
  • 巣を地面のうえにむきだしのまま無防備に作る
  • 夫婦は共同で子育てにあたる
  • 家庭以外では夫婦は別々に行動する
  • 羽根を広げるとゆうに3メートル以上ある
  • その羽根を大きく広げて強い風に乗り、ほとんど羽ばたきをせずに一度に何百キロも滑空する
のです。

arrow2 東邦大学メディアネットセンター・アホウドリ復活への軌跡

| | Comments (0) | TrackBack (0)

水道のうがいでじゅうぶんだった

風邪予防のために「うがい」を行う日本独特の衛生習慣が、実際に効果があることを京都大保健管理センターの川村孝教授(内科学・疫学)らのグループが実証し28日、発表したと毎日新聞が「うがい:風邪予防に効果 京都大グループが初めて実証(2005年10月29日/鶴谷真記者)」という記事で伝えています。なんでも、これまではうがいの有効性を裏付ける根拠は何もなかったらしくて、世界初の成果だとか。グループは全国で18〜65歳の計約380人のボランティアを、水うがい▽ヨード液うがい▽何もしない、の3群に分けて2カ月間追跡調査。うがいは15秒を2度行い、1日3回以上実施したそうです。その結果、水うがい群は何もしない群に比べて風邪の発症が4割も減ったと記事は言っています。また驚いたことは「ヨード液群にはグループの予想に反し、はっきりした予防効果がみられなかった」こと。一般的な感染予防にうがいが有効と指針を出してきた厚生労働省結核感染症課は「あくまでも通説に従っていた」とコメントしたとか。ヨード液を主成分とする国内シェアトップのうがい薬「イソジン」を製造販売する明治製菓(東京)は「のどを殺菌・消毒・洗浄する治療薬であり、風邪予防の効能はもともとPRしていない」と逃げ腰のようだ。うがいって、日本独自の習慣だったのですね。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Friday, October 28, 2005

沖縄県内最古の縄文土器か

琉球新報(2005年10月28日 [金])が伝えた記事の要約。那覇市鏡水那覇市鏡水の沖縄西海岸道路建設工事現場からこのほど、遺跡が発掘され、県内では最古とされる縄文時代前期(約6500年前)の爪形文土器が市内では初めて見つかった。そのほか石斧(せきふ)ややじりなども多数出土し、那覇市教育委員会は「まとまった資料が得られるのは市内では初めてで、貴重な成果」と話している。遺跡は陸上自衛隊那覇基地の一角にあり、地名から「箕隅原(ミーヌシンバル)遺跡」と名付けられている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

主要記事の目録 2004.04-2007.01

このブログをはじめてから2006年12月現在までに掲載した主要な(全てではない)記事の目録を作った(最近のものは入っていない)。こうやってみてみるとさまざまなニュースをみなと分けあってきたものだと思う。ネイティブ・ピープルとその文化にまつわるニュースは当然ながら大きなメディアにはまったく掲載されないし、テレビで報じられることもまれである。しかし、ネイティブの人たちの世界でも、現代世界と同じ事が起こっているわけで、ニュースには事欠かない。小生は、ネイティブの世界とのつながりを維持するためにインターネットの世界にとどまり続けているみたいなもので、そうした彼らの声を伝える小さなメディアに触れるのがいつの頃からか日々の習慣になっている。自分ののばしたアンテナに触れた記事のなかでも、彼らの世界や世界の見方を理解するのにふさわしいと思ったものを紹介するように努めてきているが、これらは膨大な世界のほんの一片に過ぎない。それでもこうしたニュースに日頃触れることのない人たちの頭とハートには何らかの刺激を与えられるし、そうあってほしいといつも願っているし、これらの記事のなかで伝えられていることはわれわれの日常生活ともけして無関係ではあり得ないとぼくは確信している。記事のなかにはその後も繰り返してアップデートを続けているものもある。なお、おはなし(物語)、言い伝え(ホピ関連以外の予言や教え)、インディアン・ジョークについてはそれぞれ別の目次を参照されたい。それらは右サイドバーの「書棚の探索」に別にリンクが張ってあります。
Revised Monday, May 12, 2008

なぜ「ホピ」なのか?

母なる地球の嘆き

土地の名前と土地の履歴

いわゆるリトル・トリー問題

WHOLE LIFE CATALOG

ネイティブ・ヴィジョンズ

ネイティブとしての存在のしかた

バランスを失った暮らし

ローリング・サンダー・ノート

ネイティブ・アメリカン

2007年の気になったニュース

2006年の気になったニュース

2005年の気になったニュース

2004年の気になったニュース

|

Thursday, October 27, 2005

チェロキーに伝えられた予言 #08

物事の動きがスピードを増していくのを見るようになるとき、地球のうえで生きる人たちの動きもいや増しにましていくことだろう。孫たちの世代はもう祖父母になる時間はないかもしれない。男子も女子も親にはなれても子供たちを持つ時間はないかもしれない。時間の流れがさらにさらに速まるように見える。エルダーたちはわれわれに警告を与えた。物事の速度が早くなっていくようなときには、おまえたちはスローダウンしなくてはならぬと。時代が早く動けば動くほど、われわれはスピードを落とさなくてはならない。物事の動きが速くなるときには、この地球が三回目に揺すられようとしているのであるから。グレイトスピリットはこれまでに二回この地球を揺すられた。第一次世界大戦も、第二次世界大戦も、われわれがひとつの人間家族であることを、われわれひとりひとりが兄弟であり、姉妹として、互いに挨拶を交わすべきだったことを思い出させるためのものだった。地球が揺さぶられた後、ともにより集まって輪になるチャンスが、過去に二回われわれには与えられたのだが、われわれはその機会をミスしてしまった。

空の家
spacestations
今エルダーたちは地球が三回目に揺すられるときの御しるしについて話しておられる。あの人たちはエルダーたちの言葉で言うなら「空の家」となるものをこれから造るらしい。1950年代にすでにその話を耳にした。彼らは家を造り、その家を空に放り投げると。人間が空に永住するようになるのを見たら、グレイトスピリットが地球をまさにつかもうとしていることをあなたがたは知るときである。そしてそのときにはグレイトスピリットは、これまでのように片手ではなく、両手で地球をつかんで揺さぶることになるだろう。

今度、つまり三度目にグレイトスピリットが地球を揺さぶるときには、その空の家から下の地球に向かって「灰のつまったヒョウタン」が落とされるのだ。

エルダーたちによれば、そのころにはこの大地のうえにあまりにも広大でどこまで続いているかはとても見渡せないぐらいの大きな村ができていることになっている。そしてさまざまな予言によればその広大な村は「石の村」とか「石の平原」と呼ばれている。

それらの石は大地から空に向かってのびていて、それぞれの石があまりにも高くそびえているために、村から遠くまではとても見渡せないのだそうだ。

そうした村という村のそれぞれの中心には、ネイティブ・ピーブルがいるだろう。彼らは石の平原のうえをそれぞれがさながら「実のない貝殻」のごとくに歩いている。

エルダーたちは「実のない貝殻」「貝の抜け殻」と確かに言った。それはネイティブ・ピープルたちが自分たちの伝統にたいする理解をすっかり失って、内側が空っぽになってしまっているということなのだ。

彼らはこう言った。イーグルが月に舞い降りた後、石の大平原のなかに暮らす人たちのなかから、その石の平原を離れて、昔ながらの生き方を学び、自分を生まれかわらせようとするものたちが現れはじめるだろう。なぜならそうやって新しい一日がはじまるのだから。

だがそこまでするのはほんの限られた数の人間に過ぎない。多くはそのまま石の平原にとどまるだろう。

skyline

エルダーたちが言うには、やがてそのときが来る。朝日が昇ってきたときにはそこに確かにあった石の村が、夕方には大地からのぼりくる蒸気に包まれているだろう。

それは立ちのぼる蒸気としてやって来る。多くの石の村の中心地が、瞬時にして蒸気に姿を変える。そのとき町に残っていたネイティブ・ピープルたちも、目を覚まして石の村から出て行かなかったがために、一瞬のうちに蒸気になってしまうだろう。

エルダーたちは地球が三回目に揺さぶられるときはそうなるのだと言っている。あまり見たくないような光景ではあるが、それでも生き残るものは生き残る。われわれはそれを生き延びるだろう。

そしてそれを生き抜いた後、そのときにもまた地球のうえに生きる人たちの間で輪を作ろうという試みが起こる。そして今度は、ネイティブ・ピープルも仲間に加わるために請願する必要はなく、はじめから輪に加わるように招聘されることだろう。エルダーたちに言わせると、そのときまでには人びとのわれわれに対する態度も一変しているというのだ。

人びとはわれわれをその輪の中に入れてくれるだろう。四つの方向に分かれていた四つの色の人たちが互いの知恵を分けあうこともでき、地球にも平和が訪れる。

そのときが今迫りつつあるのだ。

予言というのはどんなものであれ絶対的なものではない。いつも可能性は常に残されている。1565年のときにみんなで集まることだってできたし、そうすれば偉大な文明を今ごろは築いていたかもしれないのだが、われわれはそうはしなかった。

いつだってわれわれは、こうした予言の筋道にそって、ひとつに繋がることができた。これからだって、まだできるはずだ。われわれが人種や宗教に基づく不協和音をしずめることができるのなら、われわれもこの第三回目の揺さぶりを体験しないでもすむかもしれない。

エルダーたちは言っている。その可能性はほんのわずかなものであるだろうと。このわたしの目から見ても、可能性は限りなく小さい。だが、もはやなすすべがないかというとそうではない。エルダーたちに言わせれば、われわれにできることは、その衝撃を和らげることであり、そうすれば被害はそれほどにはひどいものにならないだろうという。ではそのために、われわれになにができるのか? それが、われわれをもう一度ひとつにつなぐための教えを分けあうことなのである。(了)


| | Comments (0) | TrackBack (0)

Wednesday, October 26, 2005

チェロキーに伝えられた予言 #07

そのギャザリングが実際におこなわれるようになるのは1950年になってからのことだ。とともに、ある特定の人を、英語によってこれらの予言について解説するための通詞として、エルダーたちははじめて認定した。

これらの通詞のうちで、わたしが何度も何度も耳を傾けたのはトーマス・バンヤッカ(Thomas Banyaca)の語る話だった。彼は、石版に記されたものを英語で話すことを長老たちから認められており、その人生をひたすらそのことのために費やしてきた。彼らはみなわれわれに向かってそのギャザリングについて語りはじめた。「あなたがたは、あなた方が生きているうちに、人類が自分たちを作り上げている青写真を見つけはじめるときの到来を、その目で見ることになる」

dnasm今ではそれは「デオキシリボ核酸(DNA)」と呼ばれているが、彼らはこうも言った。「あの人たちはこの青写真を断つこともする」と。

それは今では「遺伝子組み換え」とか「遺伝子接合」と言われているものだし、彼らはさらに、連中はこの地球に新しい動物を作るようになり、こうした新しい動物たちがわれわれを助けてくれるようになると考えるようになるだろうとも語った。なるほどそれらはどうやらわれわれを助けてくれそうではある。だがおそらく孫や曾孫たちはそれによって苦しむことになるだろう。

かなり昔のことになるが、エルダーたちがこう言った。「連中はこのようなものたちを世に放ち、利用するようにもなるだろう」と。この遺伝子組み換えは、さほど遠くない将来に解き放たれることになるだろう。新しい動物たちが作られよう。エルダーたちはそれについてこう話した。「あなたがたは新しい動物たちを目撃することになる。昔の動物たち、人びとがすでに消えたと思いこんでいた動物たちですら、帰ってくるかもしれぬ。あちこちでそうした動物たちを見つけることになるだろう。それらが再び姿をあらわしはじめるのだ」

eaglemoon「あなたがたはイーグルが夜中に空の最も高いところまで飛び、そのまま月に着陸するのを目撃する現場に立ちあうことになるだろう。それが起こるとき、ほとんどのネイティブ・ピープルたちは眠りについているだろう。鷲が空の最も高いところを飛んで月に舞い降りるときにネイティブのものたちが寝ているということは、教えが失われたことを象徴的に意味する」

つまりわれわれは教えが失われた時代にいるのだ。イーグルが月面に着陸したのは1969年のことで、連中は月から『鷲は舞い降りた』というメッセージを地球に送ってきた。

伝統的に北はイヌイットの暮らす地域から、南は南米アンデスの民であるクエチュアスの人びとの土地まで、われわれはここでお伝えする予言をこれまでのところ共有し続けている。(不定期につづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Tuesday, October 25, 2005

チェロキーに伝えられた予言 #06

それから、エルダーたちは、あの人たちが、まるで沙漠の雲母のように光を反射するガラスをつかって国際連合ビルを建設するのを眺めはじめ、遅からずそれが「雲母の家」であることを知り、地球のうえに生きる人びとはすべてそこに行くべきであるということになった。そしてエルダーたちは一堂に会してそのことを話しあった。1920年代のときには文書を送ったものの返事はもらえなかったので、今度は雲母の家の正門の前まで直接でかけていくべきだということになった。なぜなら事態ははるかに悪くなっているようだったから。

雲母の家
houseofmica
そこでいくつかの部族を代表するエルダーたちが車でニューヨークまで出向いた。国際連合が開かれたとき、彼らは雲母の家の正面入り口の前でこう伝えた。「われわれは北米先住民族を代表するものであり、地球の各国のみなさんの前でお話しをさせていただきたい。われわれに話をさせるかどうかをみなさん方が検討できるように、答えをいただくまでに四日間という時間を与えよう」

彼らはそのままニューヨーク州の中にあるシックス・ネーションズの居留地のひとつに退いた。そして四日後に再び国際連合のビルの前に戻ったのだ。地球の各国々の人たちはインディアンが入り口のところまで訪れたことを確かに聞いたのだとわたしは信じている。彼らはインディアンたちを議場に入れるかどうかを投票できめることにした。彼らはインディアンたちがなにを言おうとしているのか聞きたかったに違いない。だがアメリカ合衆国は拒否権を持つ五つの国のひとつだった。にもかかわらず、先住民族の自主独立の気運が高まっていた頃でもあり、かなりの関心を抱きはしたのだが、わたしが思うに、結局のところ彼らはネイティブ・ピープルが国連のなかにはいることを拒否したのだ。

エルダーたちは他にも地球のうえで起こることがわかっていた。だから彼らはそのまままたシックス・ネーションズのリザベーションに撤退し、そのことについて話しあい、改めて時が迫って来つつあることを確認した。1949年のことだった。エルダーたちはこういった。「合衆国を四つの地域に分けて、毎年ギャザリングを持つことにしよう。その集まりを白いルーツの平和ギャザリング[White Roots of Peace Gatherings, the]と呼ぶことにする」(不定期につづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, October 24, 2005

人間が大きくなるには痛みが必要なのだ

成長は痛みをともなうプロセス
チーフ・ウィルマ・パール・マンキラー チェロキーの最高女性チーフ

成長するときにはほとんどの場合、人は感情的な執着を解き放たなくてはならない。なにかを自分から手放すことにはいつだって痛みがともなうものである。成長は時としてわれわれを恐怖と向き合わせにさせることがある。ここでいう恐怖というのは、いかなるものであれふたつに分けられる。「自分のものであるなにかを失う恐怖」がひとつ。そしてもうひとつの恐怖は「ほしいと思っているものが手に入らない恐怖」である。このいずれの恐怖も、必ず痛みを引き起こす。成長するに際しての最善の道は、グレイトスピリットに祈り、その導きと守護を求めることだろう。成長はどんなものであろうと必ず神によって導かれているのだから。

ウィルマ・マンキラーは1945年生まれ。病気や離婚などさまざまな困難をものともせずにチェロキー・ネーションの再建に尽力した。83年にはオクラホマにあるチェロキー国の最高チーフに選ばれている。アメリカを代表する女性として殿堂入りも果たした。(写真

| | Comments (0) | TrackBack (1)

Saturday, October 22, 2005

チェロキーに伝えられた予言 #05

だから彼らにはこれから起こるだろうことがわかっていた。物事の速度が少なからず速まるだろう。地球をまるごと覆いつくすように蜘蛛の巣が張られて、人びとはこの蜘蛛の巣をつうじて会話を交わすようになる。話をするためのこの蜘蛛の巣(電話)が地球の周囲に作りあげられたとき、東の方からいのちの御しるしが姿をあらわすけれど、しかしそれは傾いたままの死(ナチの鉤十字)を運んでくる。それは太陽を引き連れてくるだろう。だが太陽そのものはいつの日にか、東ではなく、西の方に高くのぼるだろう(日本帝国の旭日)。

flag_naziエルダーたちはこう言った。「東に太陽が昇るのを見、その東でいのちの御しるしが裏返しになり傾いたままであるのを見るとき、とてつもない死がこの地球にやってくるのをおまえたちは知るだろう。グレイトスピリットが再びその手で地球をつかまえて激しく揺さぶることになるのだ。このときの震わせ方は、最初の震わせ方などとは比較にならないぐらい激しいものになるだろう」

risingいのちの御しるしが裏返しのまま傾いている形を、われわれは「スワスティカ」と呼ぶし、東に昇る太陽とは日本の旭日旗のことだ。これらふたつのシンボルはアリゾナにある石に彫り込まれている。それらのシンボルを掲げたふたつの旗を目にしたとき、エルダーたちはそれが地球が再び揺さぶられることのしるしであることを知ったのだった。

守護されるべき火のより悪い誤った使われ方のことは「灰のつまったヒョウタン」と呼ばれている。その灰のつまったヒョウタンが空から落ちるだろうと彼らは言った。それは人びとをして、大平原を焼き尽くす野火のなかの草の葉のごとくにしてしまうだろうと。そしてその後はいくつもの季節が過ぎてもなにひとつ地面から生えてくることはないだろう。原子爆弾、それが灰のつまったヒョウタンのことであり、アメリカの歴史のなかで最も堅く守られた極秘事項だったが、エルダーたちは1920年にはすでにそれについて話さなくてはならない思いに駆られていた。

あのとき彼らが国々の連盟に加わることができていたならば、当然彼らはそのことについて話をし、それが間近に迫っていることを伝えていただろう。エルダーたちは時の大統領のルーズベルトとなんとか接触を持ち、灰のつまったヒョウタンの使用を思いとどまらせようとした。なぜならそれを使うことは地球にとてつもない影響を及ぼし、結果としてさらにひどい破壊をもたらして、三回目の地球が揺さぶられること、第三次世界大戦につながるだろうから。

地球が二回目に激しく震えて、灰のつまったヒョウタンが空から落ちるのを見ることになった後、この大地のもうひとつのはずれで平和を作る試みが為されるだろうことを彼らは知っていた。西海岸における平和の試みが失敗に終わったので、彼らは特別な家をこの亀の島の東海岸に建設することになるだろう。この家には地球のありとあらゆる国々や人びとが集まってきて、「雲母の家」と呼ばれることになり、沙漠の上の雲母のように、それは輝くだろう。(不定期につづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

スピリットのある穀物について考えたことありますか?

ミネソタのWCCOテレビ(CBS)が10月21日の朝のニュース番組で「ワイルドライス論争」について報じた。同局のウェブサイトでニュースを動画で見ることもできる(右上の画像のしたにあるPlayボタン)。ミネソタで生きているオジブエ(アニシナベ)の人たちがどのようにワイルドライスとつきあっているのか、その一端を垣間見ることができるだろう。カヌーで湖を進みながら夫婦がワイルドライスをへらのような木製の棒でカヌーのなかに収穫していく光景がきちんと収録されているし、科学者とネイティブの人の意見を交互にはさんで、ワイルドライスとオジブエの人たちとのつながりをわからせてくれるようなシーンがいくつも挿入されている。

arrow2 Wild Rice Controversy In Minnesota

ニュースによれば事の発端は、ミネソタ大学の農学部が、科学的な研究の一環として、ワイルドライスの遺伝子組み換え実験を行うと発表したことだった。ミネソタ大学では地域の農作物として50年近くワイルドライスを研究してきた。1950年代初頭に大学の研究者たちはワイルドライスの新しい種類を交配によって作り出してその新種を地域の農業者たちが生産できるように手助けもしている。当然のように研究者たちは、ワイルドライスの遺伝子組み換えが、そのまま農業の大きな進歩につながると考えた。「医学部の連中がミバエを研究することで人間について学ぶように、ワイルドライスや、白米のことを研究すれば、トウモロコシや小麦について学ぶこともできるのです」と。

しかしこのたびのワイルドライスの遺伝子組み換えに真っ向から異を唱えたのがミネソタに長くくらしてきたネイティブ・ピープルのオジブエの人たちだった。彼らにとってワイルドライスは「いのちをつなぐ道」なのであり、彼らに言わせれば「ミネソタ大学は聖なるワイルドライスに遺伝子組み換えをおこなうことでその生き方そのものを脅かしている」ということになる。オジブエの人たちはワイルドライスのことを「マノーミン」と言う。だがこの「マノーミン」は単に「ワイルドライス」を意味するものではない。「マノーミン」を「ワイルドライス」と理解することは、その表面的な部分をひっかいているに過ぎないのだ。

ミネソタにあるホワイト・アース・インディアン・リザベーションで伝統的なヒーラーをしているポール・シュルッツ氏はこう言う。「マノーミンを大切に扱えば、マノーミンもわたしたちを大切に扱ってくれます。だから一緒に行って、よくその目で見てほしい。マノーミンをよく見ればわかるように、それはいのちそのものなのです」

オジブエの人たちの言い伝えによれば、彼らは創造主に水のうえに食物が育つところに行きそこで暮らすように言われたことになっている。そしてミネソタ地域こそがその場所なのである。ワイルドライスの物語はそのまま彼らの生き残ってきた歴史であり、文化そのものなのである。

「そこには強力にスピリチュアルなつながりがあって、それは西洋の知のプロセスが理解しようとしはじめているとはいえ、およそ深い理解には及んではいません」とシュルッツ氏。「ワイルドライスの遺伝子操作はやり過ぎです」

彼は、遺伝子操作されたワイルドライスが鳥や嵐などによって何マイルも運ばれることがけしてないとは言えないと主張するのだ。ある日、遺伝子組み換えされてたくましくなったワイルドライスが自分たちの湖を制圧してしまうか、特許権がとられて大きな会社の所有物にされてしまうのを、彼は恐れているようだ。

大学側はインディアンの人たちの主張は、まったくないとは言い切れないものの大げさすぎると言う。遺伝子研究を、大豆やトウモロコシのように、そんなに大がかりにやるつもりなどみじんもないと。インディアンの人たちとの対話は続けるつもりだが、「学問研究の自由」というものが自分たちにもあることはわきまえてほしいものだと。

アメリカやカナダにおいてはワイルドライスは、とても貴重で高級な食材になりつつあることはまちがいない。現在ミネソタで生産されているワイルドライスのうちわずか三パーセントしか天然物のワイルドライスはない。天然物というのは「自然にはえているものを昔ながらのやり方で収穫し脱穀したもの」で、ネイティブの人たちは基本的にはこの方法を採用しているし、当然ながら値段も栽培されたものの数倍はするのだという。

いのちをつなぐ穀物というものを改めて考えてみるのも良いかと思う。ほんとうにスピリットのある穀物とはなにかを考えるヒントをこのニュースの映像は与えてくれます。日本列島の水田で長いこと毎年生産され続けている水稲には、はたしてスピリットはあるのだろうか?

| | Comments (7) | TrackBack (0)

Friday, October 21, 2005

チェロキーに伝えられた予言 #04

彼らはいかにすれば苦難の時を乗り越えて生きながらえることができるかを知るために人びとを送り出してヴィジョンを見させようとした。彼らはあらかじめ予言のなかで、その場に集うすべての人たちに、万物のなかにある神聖さについて思い出させるようにしなくてはならないと、告げられていた。もしそれができるのなら、そのときにはこの地球に平和がもたらされるだろうと。けれどもしそれがかなわなかったときには、つまり、われわれがひとつの人間家族としてまとまることができなかったときには、グレイトスピリットがその御手でこの地球をつかまえられて、激しく揺さぶることになると。

mt西海岸のエルダーたちは、あの連中がいずれ黒いリボン(註・舗装された道のこと)を作りはじめることを予言していた。そしてこの黒いリボンのうえを一匹の虫が動き回るだろうと。この虫をあなた方が大地のうえで見るようになったときは、地球が最初に震える御しるしであると。そして地球が最初に震えたとき、あまりのふるえの激しさに、その虫は大地から放り出され、やがてその虫は空を飛びながら動きはじめるだろう。そしてこの地球の震えがおさまる頃までには、この虫は世界の空を飛び回るようになると。虫の背後には土ぼこりのもうもうと舞う道ができ、そして最終的には、地球の空という空のほとんどの部分が、この舞いあがる土ぼこりの道によって汚されてしまうことになり、その結果、わけのわからないような病気がたくさん引き起こされることになるだろう。そう、大地のうえを動き回る虫、今ではそれはどこにでもいるしだれの目にも入る。1908年、T型フォードがはじめて大量生産にかけられたとき、エルダーたちは、最初に地球が揺さぶられるときが間近に迫っていることを知った。そしてそれが第一次世界大戦だった。

第一次世界大戦において、飛行機ははじめて広く使われるようになった。それは空に放り出された虫だった。これを見たとき彼らにはやがてとても重要ななにかが起ころうとしていることがわかった。この大地の西の海岸において、平和を作ろうとする試みが起きることになっており、エルダーたちは固唾をのんで推移を見守った。やがて彼らの耳に、サンフランシスコで地球の各国々の同盟が作られようとしているという知らせが届きはじめた。そこで1920年ごろ、エルダーたちがアリゾナで一堂に会し、みなで時の大統領であるウッドロー・ウィルソンに宛てた手紙を書いた。エルダーたちはそのときに作られつつあった国々の連盟(国際連盟)にインディアンもふくまれるかどうかをその書状で問いただした。

アメリカの最高裁判所はインディアンの居留地はアメリカとは分けられており、半ば独立国と見なすべきとの判断を示していた。リザベーションは合衆国の一部ではないが、合衆国によって保護されている土地であると。しかし居留地がどんどんと自分たちのところから離れていくことをあの人たちは望まなかったから、ことは重大事だった。連中はリザベーションを独立した国のように見ることを望まなかった。だからあの人たちは返事をよこさなかった。そしてネイティブ・ピープルは国際連盟の国の枠からはずされ、輪は未完のまま終わってしまった。あのときの国際連盟という国の輪の南側には南の扉が設けられていた。南の扉は黄色い人たちのものだった。西側の扉は黒い人たちのもので、北の扉は白い人たちのものだった。しかし東の扉には人が配置されていなかったのだ。エルダーたちは知っていた。人類の輪がこのように未完成のままであるのなら、地球のうえに平和が訪れることはないと。四つの色の人たちがひとつの輪を分けあって腰をおろし、それぞれに伝えられた教えをみなで共有できたときにはじめて、地球にも平和がもたらされるのだと。(不定期につづく)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

3000年前の階段状の道が発掘されたそうだ

19日の東奥日報(青森市)の記事によれば、青森県教育委員会が発掘調査している西目屋村砂子瀬地区の水上(みずかみ)遺跡で見つかったその約3,000年前の道は「幅一・五メートル、長さ八メートルの規模。北から南の住居群へ上っていく形で緩斜面に造られ、表面には粘土状の土が張られている」とある。「道の中ほどには踏み段が五つ刻まれ、幅〇・五−一メートルの丸太が敷かれた痕跡」もあるらしい。道の先には集落があったようで「住居跡は延べ十軒ほど」だが、それぞれ微妙に時代が異なっていて、おそらく二〜三世代にわたって維持されつづけた小さな村(プエブロ)で、今回発掘された「階段道」はムラの出入り口だったと思われる。(写真あり)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Thursday, October 20, 2005

世界平和よりむずかしいこと

せっかくおいでいただいて恐縮ですが、この記事は、書籍化にともなって、削除されました。ここにあったジョークは『インディアンは笑う』(マーブルトロン発行・発売中央公論社)に、改訂版が収録されています。どうか本でお笑いください。
北山耕平 拝

|