あれからがおもしろくなったというのに、ねえ
嗚呼、またやってしまつた。そのことに気がついたときには午後9時を回っていた。6時から始まった講演会は、8時には終了する予定だった。でも気がついたときには9時を回っていて、新宿住友ビルの43階の教室のエアコンのスイッチが切られていたのだ。朝日カルチャーセンターで「ネイティブ・アメリカンは風と話す」というタイトルで、ネイティブの人たちの精神性と、われわれがもう一度地球にネイティブの人たちのようにさわれるようになるためにはどうすればよいのかについて、軽く入門的な話をする予定でいたのに。
なぜか講演や話をするとぼくはしばしば同じような羽目に陥る。もちろん聞きに来ていただいた人たちが熱心であるというのも大きな理由のひとつかもしれない。特に街の人たちはアメリカ・インディアンがどういう人たちなのかということを耳にする機会はほとんどない。飽くなき好奇心でスポンジが水を吸い込むように耳を傾けている。ぼくが話をし出すと止まらない人間であることは、つきあった人はみな知っている。時間にうるさい講演会などでは、必ず大げさな身振りで時間が迫っていることを教えてくれる人が配置される。ところが土曜日の夜は違っていた。ぼくは時計というものをもっていないので、たいていは会場のどこかに掛けられている壁時計を時々盗み見しながら時の流れを確認する。そうしないと時間が止まってしまったかのような感覚に襲われるからだ。その日は、土壇場になって収容する人の数を増やすために会場が変更されたために、壁の時計がぼくの背後にかけられていた。ぼくの目には時間を示すものはなにひとつ見えない。結果としてぼくの意識が意図的に時間を止めようとしているのかもしれない。これはローリング・サンダーの近くにいてぼくがからだで学んだものだ。それ以後数人出会ったメディスン・ピーブルとされる人たちとの対話のなかでも、同じ現象を確認した。あきらかに、話しをすることは、時間を止めることなのだ。ホピの諺に「物語を語るものが世界をコントロールする」というものがある。
土曜日の夜、台風が関東地方に近づいて、しきりに雨が降ったり止んだりしていた。ぼくはあらかた時間の感覚をなくしていたと言っていい。あまりにたくさんの話をしようとしたために、どのように終わらせるかを考えていなかったのだ。自然に近いところで話していると、風が吹いたり、月が動いたり、鳥がいきなり鳴いたり、焚き火の薪が崩れたり、チョウチョが飛んできたりと、さまざまな形でメッセージが運ばれてくるので、話と現実がシンクロして動く。しかし高層ビルの43階で、外の見える窓ガラスを背後にして、自然と言えば人びとだけという状況下で話をしたら、人間以外にメッセージを運んできてくれるものなんてどこにもいないのである。話し始めるとそのことを忘れてしまう。その結果、話のなかに世界が埋没していき、気がつけば時間が静止していると言うことになる。
なんと弁解しようと、時間をあれほどひっぱってしまったのは小生にとって痛恨の極みである。自己嫌悪もある。なんとなれば、もう少し早めに切り上げて多くの人たちと会話を交わすことをもくろんでいたのに。きっと迷惑に思った人も多いかもしれない。最後まで辛抱強く、半ばあきらめ顔で話を聞いていただいたみなさんに、この場を借りてあらためて感謝します。今度は自然のなかで、もっとゆっくり、時間をかけて,世界が寝静まるまで、あなたとお話しをしたいものです。メディスン・トークというのは、時間が完ぺきに止まってしまってからが、本番になるわけですから。
ホ!
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Comments
ときを時計というはかりに掛けてしまっている人間の世界でネイティブの話をすれば、そのようなことも起こって仕舞うのは止むを得ないのでしょうね。人工物の中であっても、そんな物語をすれば時計という限られた枠から飛び出していく、これもまたネイティブの物語の一部だと、聴き手の人たちが思ってくれればよいですね。
一度も講演に行ったこともないのにコメントしてしまって恐縮ですが、いつか大地の上でお話聴かせてもらえることを待ちつつ。
Posted by: 山竒 | Monday, September 26, 2005 09:35 AM
「やはり合宿でしょう。」という声が聴衆からあがっていたことでもありますし、先週の神戸のようなイベントが東京でも開催されることを強く希望するものであります。
Posted by: 桜江 | Monday, September 26, 2005 12:50 PM
ありがとうございました。
台風が本州をかすめて行ったあの日あの時間にホントに時間を忘れさせる不思議な体験でした。たんたんと語られる内容と初めて聞く穏やかな声に引き込まれました。どこかで読んだ内容なのに本で読むよりも頭の中にすんなり入ってきたことに驚きです。語ること、聞くこと、視ることがとても大切なんだと実感しました。
時間を無理に延長していただいていたのかと思っていましたが、本文にて時間を把握していなかったということが分かりました。やはり都会のまっただ中では精霊も舞い降りてくるのは困難だったのでしょう。あれからが本題だったときくとなんだか悔しいですね。でも著作にメッセージとサインをいただきとても大満足の一時でした。ありがとうございます。
機会があるならばぜひ合宿参加したいものです。それまではこのHPとたくさんの書物、そして日本での社会生活にて叡智を得ていきたいと思います。
おつかれさまでした。
Posted by: ひでろー | Monday, September 26, 2005 08:29 PM