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Wednesday, August 31, 2005

人生というのは儀式の連続である

「荒れ果てた大地や空気や水、絶滅しかけている人、動物、そして植物、蔓延する薬、自殺、家族の離散。こうしたことはどれもみな、いつわりの儀式が引き起こした結果である」
バーネィ・ブツシュ ショウニー一族の詩人・作家

ネイティブ・ピープルの視点から見ると、人生はことごとくが「儀式」である。やることなすこと一から十までが儀式であり、どのようなものであれわれわれがとりおこなう儀式は必ず自分たちの人生に結果としてもたらされる。だから、もしかりに他人に向かって呪詛や呪いのようなバッド・メディスンを仕掛けることは、そのまま自分自身にむかってバッド・メディスンを仕掛けることでもある。いつわりの儀式を続けることは、つまるところ自分自身を破滅に導くものであるだろう。自分の人生を検証して、そこから調和が失われているときには、われわれはいつわりの儀式、正しくない儀式をしているのである。なにものであれ礼を失した取り扱いをしているときには、その対象が人であれ動物であれ植物であれ鉱物であれ、いつわりの儀式、正しくない儀式をしているのである。そうした儀式は、われわれ自身にたいして影響を及ぼすのみならず、必然的に他のすべての物事にも影響を与える。われわれは自分に与えられた力を正しく用い、正しい儀式のみを行うようにしなくてはならない。

バーネィ・ブツシュ(Barney Bush)は1946年生まれの作家。ショウニー一族に生まれ、70年代に全米をヒッチハイクして廻った。コロラドのデュランゴにあるフォート・ルイス・カレッジで芸術と歴史を学ぶ。のちにAIM(アメリカン・インディアン・ムーブメント)に参加し、南部大平原やシャイアンの土地でインディアンのための学校立ちあげに尽力する。詩人であり作家。サンタフェにあるアメリカ・インディアン研究所で創作の指導もしている。代表作「Inherit the blood : poetry and fiction 」(Thunder's Mouth Press, 1985.)など。

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Thursday, August 25, 2005

イスラエルがネイティブ・アメリカンに学ぶべきこととは

「イスラエル治安当局は23日、ヨルダン川西岸の入植地サヌールとホメッシュで入植者を強制退去させた。これにより、ガザ地区の21入植地とヨルダン川西岸の120入植地のうち4入植地から、計9000人に上るユダヤ人入植者の撤退が完了した」とロイター電が23日に伝えていた。イスラエルの軍隊がヨルダン川西岸やガザの入植地から、彼らの同胞の入植者たちを追い立てている光景は世界中にテレビ中継された。たくさんの人たちがその光景を見てなにかを、あるいは胸騒ぎを感じたに違いない。

当然ながらアメリカ・インディアンも、われわれと同じようにこの光景にビビッドに反応している。これまであまり語られることのなかった、イスラエルとパレスチナにたいするネイティブ・アメリカン・ピープルの側からの視点と発言を今回は紹介しておきたい。今という時代を知る上でも読む価値はある記事だと信じるからである。以下の「イスラエルはネイティブ・アメリカンから学べることがもっとあったはず」という文章は、8月22日に「Native American Times(NativeTimes.com)」というオクラホマのタルサという街で編集されているネイティブの人たちのための新聞が掲載したものだが、同紙は記事を掲載してから2日間だけは無料で読むことができるがそれ以上になると有料になるために、現在は無料でアクセスはできない。翻訳は小生がしたが、急いでいたのでわかりにくい箇所があればご勘弁願いたい。

Beadline.jpg

Israel could have learned much from Native Americans

イスラエルはネイティブ・アメリカンから学べることがもっとあったはず

——インディアン・カントリーからの覚書

文 ティム・ギアゴ(ナンウィカ・クシジ)8/22/2005
ネイティブ・アメリカン・ジャーナリスト・ファウンデーション会長

なんだかんだといったところで、難民キャンプには類似点がたくさんある。この場合はパレスチナの人たちの収容所だけれど。土地が没収されたか、力ずくで取りあげられたあと、インディアンの人々もまた、しばしば異なる部族と一緒くたにされてキャンプ(居留地)に集められた。

伝統的な生き延びる方法から切り離されたあとは、入植者たちの博愛心に全面的にすがるしかもはや道は残されていない。まだ彼らのための居留地を強制的にあてがわれることもなかった他のインディアンの部族の親切心から命拾いをした者たちもいる。そして、17世紀、18世紀、19世紀と、何千人ものインディアンたちが、自身の土地において難民となるしかなかった。

初期の開拓移民たちは、アメリカ合衆国が北米全土を支配開発すべき運命をになっているとして、異教徒たちが追放されることが神の意志であると信じこんでいた。白人のキリスト教徒たちが家を構えてその数を増やすことは神の意志だった。彼らは、原住の民を、壊滅させるか、排除されるべき単なる障害と見なしていた。

インディアンの男と女と子供たちの首に助成金がかけられた。すべての開拓移民たちは金を得るために、インディアンの頭皮または皮膚をはぎ取ることとされていた。しかし、まさにその虐殺のただなかに、「汝、殺すなかれ」という掟を実際に守りとおしたキリスト教徒たちもいたのだった。

かわりに、彼らは原住の民を彼らのために取り分けた土地へ移動させ、自分たちの中から宣教師を派遣して彼らを転向させて、教化し、文明化させようとした。当然それは、自分たちがこれなら受け入れられると考えるイメージに合わせた人間に造りかえることを意味していた。

アメリカ・インディアンの知識人のなかには、常にパレスチナの人たちに兄弟のような感情を抱いている人たちがいる。1967年の六日間戦争のあと、東エルサレム、ヨルダン川西岸、そしてガザは、力ずくでパレスチナ人から取りあげられた。(編集者注釈:戦争前、西岸同様に、東エルサレムはパレスチナではなく、ヨルダン人の支配下にあった。そして、ガザ地区は、エジプトの支配を受けていた)それらの土地はユダヤ人侵入者たちの永住地とされた。ユダヤ人の移植者たちの大半がそれを「神の意志」であり、「土地は自分たちに属する」と信じていたのだ。

初期のアメリカの開拓移民たちと同じように、イスラエル人の多くは、自分たちが手に入れたばかりの土地に人は誰も住んでいないものと信じて疑わなかった。だが実際のところは60万人以上のパレスチナ人が、1914年1以前からその土地で暮らしていたのである。イスラエルという国は1948年になるまで、影も形もなかった。

パレスチナの人たちがなぜこの占領にありとあらゆる形で抵抗したのかについてもし疑問に思うひとがあるなら、その人間はほぼ5世紀の間続いたアメリカ先住民の抵抗をなによりも正視しなければならない。

先週、イスラエルの兵士たちによってガザから入植者たちの排除を伝える記事のなかで、ニューズウィーク誌の記者であるケビン・ペライノ(Kevin Peraino)がいみじくも書いていたように「国というのは人間のようなもので、それには肉体もあれば、精神もあるし、筋力も,欲望もある」のである。

もしこれが50年以上も続いたパレスチナの人たちによる、故地を占拠したユダヤ人への抵抗がいかなるものかを示すものであるなら、それはまた、なぜ500年以上を経た今もなおインディアンの国々が入植者たちに囲まれたまま存在し続けているのかを説明するものでもあるだろう。

まさしく「国というのは人間のようなもの」なのである。そして、そこに「肉体と精神、筋力と欲望」のある人びとがいるかぎり、武力によって自らのものではない文化や社会を完全に支配しようとする考えに抵抗する人たちも存在する。

オグララ・ラコタが、先住民の国のひとつとして受け入れられ認められてきたように、パレスチナが国としてやっていけるかどうかは、彼もしくは彼女自らの他のパレスチナの国々との関係と受け入れによって規定される。誰がパレスチナ人なのかとか、誰がネイティブ・アメリカンなのかという真の定義は、彼らが自身の国の住民として受け入れられることで決定されるのだ。

イスラエルが1948年に建国されて以来、果てしない武力衝突の中、何万人ものイスラエル人とパレスチナ人がいのちを落としてきた。アメリカが1776年に建国されて以来、占領した人たちと先住の民のあいだに権利も法律も道徳もなにひとつ確定することもないまま、何万、いや何百万もの人たちが武力衝突の中で死んできた。

パレスチナがひとつの独立国として認められるまで、中東と西側の関係を不安定にした対立は続いていくことだろう。アメリカは、どちらかの側にくみするのではなく、両者と公平公正に向かいあわなくてはならない。

アメリカがイスラエルが民主主義になることに拍手喝采をおくっている間、1948年以降に別の戦略をもちいていたなら、今頃はパレスチナもこの地域のなかで独立したひとつのアラブの民主主義の国になっていたことだろう。結局のところ、イスラエルも、合衆国の金融面や道徳的な支援がなければ民主主義を達成することはできなかった。アメリカがパレスチナの人たちに対する不公平な偏見を抱いたままその地域に入り込まなければ、パレスチナでも同じことが達成されていたはずである。

イスラエル人が追い立てられて、ガザの彼らの家から追い立てられるのを見ることは、人心を騒がせはしたが、その土地がわずかな数のユダヤ人と多くのパレスチナ人たちの土地であることを思えば、入植を放棄したシャロンの動きは、自由を求める国々によって拍手喝采されなければならない。

中東での戦いは、いかに多くのイスラエル人たちを彼らが現在占領している土地から移住させられるかだけでおよそ片が付くようなたぐいのものではない。アメリカのイラク占領はやがて終わるだろうが、しかし、その国の中の問題は残り続けるし、アメリカの占領が有益であったか、有害であったかも数年たたなければわからない。

アメリカがこの世界の先住の民の国の宗教的政治的な複雑さを理解する努力をして、政治と宗教の独自ブランドを一方的に押しつけるのをやめるまで、中東諸国との戦いは終わることなく、激しさを増すのみである。

500年以上も時間を費やしたのに、アメリカは、いまだ政治的に、そして、道徳的に、それ自身の原住の民に、いかに対処するかを学んではいない。これは、イスラエルがアメリカ・インディアンから学ぶことがでるもう一つの重要な教訓であろう。

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Wednesday, August 24, 2005

人間は酔っぱらうとなぜあんな振る舞いをするようになるのか?

せっかくおいでいただいて恐縮ですが、この記事は、書籍化にともなって、削除されました。ここにあったジョークは『インディアンは笑う』(マーブルトロン発行・発売中央公論社)に、改訂版が収録されています。どうか本でお笑いください。
北山耕平 拝

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Tuesday, August 23, 2005

3000年前の南太平洋民の先祖の顔が復元された

共同通信が8月23日に「南太平洋民の先祖の顔復元 3000年前の頭骨で京大教授」として写真入りで伝えたニュース。

【シドニー18日共同】南太平洋のフィジー諸島で発掘された約3000年前のものとみられる人の頭蓋(ずがい)骨から復元した顔の像が完成し、フィジーのサウス・パシフィック大学がこのほど公開した(写真あり)。骨は南太平洋の島々に住む人々の先祖とされるラピタ人のもので、ラピタ人の顔が復元されたのは初めて。この人骨は、同大学などの調査団が2002年半ばにフィジー中部の小島、モトゥリキ島の集落跡を発掘中に発見。ソロモン諸島の方言で「真実」を意味する「マナ」と名付けられ、詳しい分析のため京都大学霊長類研究所の片山一道教授(現・大学院理学研究科教授)に送られた。

ソロモン諸島では真実は「マナ」というのだね。マナは、ポリネシアの世界ではどこでも「スピリチュアルな力」を意味している。

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偉大なる曾祖父の太陽よ、数年後に爆発するってほんとうですか?

いかんなあー。マヤの暦の話を書いて以来、世界の終わりが気になってしかたがない。昨日も、超新星(スーパーノヴァ)の爆発について調べていたら驚くべき記事がさりげなく提出されているのに出くわして目が点になった。

アメリカ南西部の沙漠のフォー・コーナーズ地域にチャコ・キャニオンという「太陽崇拝をする人たちには特別な場所」があり、そこに地球から四千光年離れたところにある超新星の爆発がアナザジと呼ばれる人たちが描き残した岩絵となって記録されている。じつは小生かねてより『ネイティブ・タイム』(Version 4 デジタル版)のリニューアルの準備をすすめていて、そのスーパーノヴァの爆発の年代をここ数日、時間がある時に調べていたの。その日にちが「1054年6月4日」だ(本州の東北部で蝦夷の末裔たちと源氏との闘いが本格化する直前)ということはインターネットにある「チャコ文化の研究サイト(Chaco : 1054 Supernova Petrograph)」のおかげでわかって、それで止めておけばこの記事にぶつかる心配はなかったのだ。ためしにさらに「超新星の爆発」という日本語で検索をかけたために京都大学大学院理学研究科化学専攻光物理化学研究室の研究員らしき人の「きまぐれ日記 ver.2」というブログに飛ばされた。問題の記事は今年の8月8日の日記に「気になった記事」として紹介されている。ロシア政府機関紙「イズベスチャ」電子版のものの翻訳だ。ぼくはロシア語はまったく出来ないので、この先生の書かれたものを信ずるしか道はないのだが、そこにはさりげなくこう書かれてあった。

Izvestia,ru Nov.5-13 2003
ДО ВЗРЫВА СОЛНЦА ОСТАЛОСЬ ШЕСТЬ ЛЕТ

03年11月5-13日、ロシア政府機関紙「イズベスチャ」電子版は重大情報を報道した。1年前に欧州宇宙機構(ESA)のエキスパートでオランダ人天文物理学者ピルス・ヴァン・デル・メーエル博士が発表した当時の情報によれば、

「最近数年間に太陽内部の温度は華氏で2700万度から4900万度へ上昇した[約81%の上昇]。最近11年間のその温度上昇過程は、1604年の超新星の爆発が示したような、超新星の爆発前に起こる変化と大変似ている。これを証明しているのは、米国NASAのSOHO[太陽観測衛星]による太陽の巨大なフレアの写真である。太陽の内部温度がこれまでと同じテンポで上昇すれば、この過程は間もなく不可逆的になって、太陽は約6年後に爆発する」。

欧州宇宙機構(ESA)の天文物理学者P.Meer氏のこの発表記事は、1年前にロシアのWeb Site ”Grani.ru”(Грани.ру)が発表>していたが、ロシア政府機関紙”Izvestia”の編集当局が1年間その記事を転載することを握り潰していたことが、このほど明るみに出た。

現に日米ではいまだにマスメディアの編集当局が握り潰している。また同紙編集当局がロシアの天文物理学者らに取材して、メーエル氏の情報の裏づけを取って、正しいと判断したから発表したものとも考えられる。握り潰しが明るみに出たのは、複数のロシア人が「1年前にこの記事を Grani.ru で読んで、驚いた。だから太陽の爆発は5年後である。Izvestia は爆発時期を訂正した方がよい」と、Izvestia.ru の Forum に批判を発表したからである。

元の記事
http://www.atheism.ru/science/science.phtml?id=661

驚くでしょ。太陽観測衛星 SOHO(Solar and Heliospheric Observatory) が刻々と送ってきている太陽の写真がこれ。写真は8月22日のものだが、写真をクリックすると最新のものが見れる。SOHO_EIT_284_LatestImage

2003年に5年後だったら「2008年」に太陽爆発が起きるかもしれないわけで、あと3年しかないじゃない。そういえばここのところ夏が異様に暑い日が続いていますけれど、みなさんお元気ですか? 日米両政府もきっと高度な政治的判断でそうしているのだろうからぼくも握りつぶそうと思ったのだが、やはりこの際「情報は自由にしてあげた方がよい」と判断して、ここに掲載することにした。京大の博士先生も「ほんまかいな?」と疑問符を呈しておられるし、翌日の日記では研究室の飲み会でへろへろになっていたりするから、おそらくそんなに「重大事」ではないのかもしれませんが。

「なにが起きても驚かない準備をしておけ」と、ローリング・サンダーに言われたことを思い出すなあ。いきなり冒頭で地球がきれいに消滅しちゃう小説「The Hitchhiker's Guide To The Galaxy(邦題・銀河ヒッチハイク・ガイド)」(ダグラス・アダムス著)に書かれた地球人へのメッセージじゃないけれど「DO NOT PANIC」でいくしかありません。「今日という日は、わたしに残された人生の最初の日」なわけですから。

dontpanic

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Monday, August 22, 2005

北の彼方、約束の地、はるか遠く

カリフォルニア下院は19日、アリゾナで記録的な移民の死者が出ていることから、メキシコとの国境地帯で非常事態を宣言するよう要求した」というニュースを愛読する「ラテンアメリカから見ると」というサイトで読みながら、20年ほども昔、LAで見た「El Norte(エル・ノルテ)」という長編映画を思い出していた。

グァテマラのインディオの兄と妹が夢のような国アメリカを目指して北へ北へとさすらっていく悲しくて愛おしい旅の物語だ。「エル・ノルテ」とは「北」という意味であるらしい。中南米の人たちにとって「北」と言えば「アメリカ」のことである。

ぼくがアメリカに暮らしていた頃は「ウェットバック」という言葉が南から国境を密かに越えてくる人たちに与えられていた。メキシコとテキサスの国境のリオグランデ川を泳いでわたるので、背中がびしょぬれになっているというのが語源だった。もう何十年も前から、アメリカとメキシコの国境は、貧しさと豊かさのボーダーとされていた。非合法にアメリカに入国して一年も働けば国に帰って10年近く遊んで暮らせるぐらい稼げると囁かれていたのだ。5年も働けば家が建って一生遊んで暮らせると。

中南米の人たちにとって「北」はそのまま物質的な豊かさを意味する。一方で北の人たちにとっては「南」は「法の束縛を離れる」ことを意味していた。ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドは国境を越えて南米ボリビアを目指した。国境の南には金で買える自由と夢があるとアメリカ人は信じてきた。実際、国境をはさんでの生活の実情は天と地がひっくり返るほども違っている。アメリカにおける貧しさなど国境の南では豊かさにはいるほどなのだ。映画の主人公の夢見がちの少年エンリケ(弟)と現実主義者のローザ(姉)はグァテマラのジャングルからトラックやバスを乗り継いでメキシコを経て、メキシコとカリフォルニアの国境を越えようとする。

国境のメキシコ側には「コヨーテ」と呼ばれる密入国請負人が待ちかまえているのだ。中国福建省にいる「蛇頭」とよく似ている。貧しい人たちからお金を取ってあの手この手で法の網をくぐって密入国を斡旋する人たちだ。映画「エル・ノルテ」は、おそらくはじめて先住民の側からアメリカ(北)の豊かさを垣間見ようとした映画だった。インディオの人たちがアメリカになぜあこがれるのか、それほどまでの危険をおかして北を目指す理由はなにかを、優しいまなざしで、しっかりと追求した映画だ。翌年には脚本がアカデミー賞にもノミネートされている。受賞することはなかったけれど。日本では1988年に『エル・ノルテ/約束の地』として公開されているとグーグルが教えてくれた。きっとテレビでも放映されたのだろう。

ラテンアメリカから見ると 記事No. 1573(非常事態宣言を知事に要求、カリフォルニア議会)」には19日のUSA Today紙からとして「国境を越えようとする不法移民の死者が前例のないほど多い」と報じられ、さらに、

 あと6週間で終わる今会計年度(アメリカの会計年度は10月から9月)、アリゾナのメキシコ国境をほとんどカバーするユマとツーソンで、207人の死者を記録、これは昨年全体の172人を超えている。これまでの数字を見ると、2003年151人、2002年145人、2001年102人、2000年100、1999年44人であった。
 また、同紙によると、死者の約30%は身元がわからないという。
 なお、逮捕者数は、今年が515,644人、昨年が589,831人だった。
という数字があげられていた。国境を無事に越えて夜のロサンジェルスの宝石箱をひっくり返したような——嘘のような——夜景を目にする南からのイリーガル・エイリアン(不法滞在者)たちは、おそらく逮捕者数の数倍に上るのではなかろうか。その人たちの労働力なしにはアメリカ、とりわけカリフォルニアはなり立たないのが現実なのである。金のなる樹に人が群がるのはあたりまえということかも知れないけれど、北を目指す人たちが近年とてつもなく急増してきていることはまちがいない。これは南北間の富の格差がいっそう広まっていることを意味する。

世界的に豊かさそのものの見直しが求められているのだが、豊かな国の人たちは自分の暮らしは今のまま続くことを常に前提としているわけで、自分たちの暮らしが南の貧しさのうえに成り立っていると考えることもなく、世界のすべてが同じ豊かさを享受できるとおろかにも信じていたりする。というわけでこのところアメリカでは移民してくる人たちにたいする敵意がどんどん広まっているのだそうだ。いやはや、アメリカはますます暮らしにくい国になっていくようだね。移民がつくった国だというのに。

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メディスン・ホイール(アニシナベの人たちの場合)

quillwheel2メディスン・ホィールは南北アメリカの先住民の信仰の中核にある考え方・世界の見方だ。おそらく地球のすべてのネイティブ・ピープルがこの世界の見方を持っていたと推測される。平原インディアンのシャイアン一族のメディスン・ホィール(不思議な力の輪)の解釈については、その考え方そのものを教える物語と共に『ジャンピング・マウス』(太田出版刊)の本の中でかなり詳しくふれたが、今回はアニシナベ(オジブウェ・オジブワ・アベナキ)の人たちのメディスン・ホィール観について紹介しておこうと思う。

あらゆる部族がメディスン・ホイールを心のなかに持っている。ある人たちはそれを「いのちの輪」とも呼ぶ。普通は中が十字で仕切られたひとつの輪によって象徴されている。十字のそれぞれの先が輪の上に四つの点を構成している。四つの点は「誕生」「成長」「老齢」「死」をあらわすという人たちもいる。アニシナベではその四つは「誕生」「成長」「死」「再生」を意味するとされている。

この四つのポイントは、輪の上を時計回りに巡る。輪を見る者の右側に「東」がくるようにする。「南」は下であり、「西」が左、「北」が上になる。ネイティブの文化では、人は誰でもそのメディスン・ホイールの右、東に生まれ落ち、その輪を南、西、北と巡る旅に出るとされている。

アニシナベの人たちのメディスン・ホイールの解釈は次のようなものだとされている。

メディスン・ホィールの四つの色


  • 東  黄
  • 南  赤
  • 西  黒
  • 北  白

メディスン・ホィールの四つの人 あるいは四種の兄弟

  • 東 黄の人
  • 南 赤の人
  • 西 黒の人
  • 北 白の人

四つの人間の本質

  • 東 肉体
  • 南 感情
  • 西 知力
  • 北 精神

人間が越える四つの丘(成長段階)

  • 東 幼年期
  • 南 青春期
  • 西 成人期
  • 北 老年期

健康の四つの面

  • 東 肉体的健康
  • 南 社会的健康
  • 西 知性的健康
  • 北 精神的健康

四人の曾祖父・曾祖母の意味

  • 東 はじまり
  • 南 ついてゆく
  • 西 おちつける
  • 北 うちに帰る

四つの季節

  • 東 春
  • 南 夏
  • 西 秋
  • 北 冬

一日の四つの区切り

  • 東 日の出
  • 南 日の中
  • 西 日の入
  • 北 夜

メディスン・ホィールの四つの要素

  • 東 水
  • 南 風
  • 西 土
  • 北 火

メディスン・ホィールの四つの方角

  • 東 ワブーン
  • 南 シャワン
  • 西 ニンガアビアノン
  • 北 ケワディン

四つの聖なる植物

  • 東 タバコ 祈り・いのちの蘇り
  • 南 シダー 勇気・清浄・成長
  • 西 セージ 浄化・洞察・死後世界が変わった時におもむく方角
  • 北 スウィート・グラス 福を招く

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Saturday, August 20, 2005

かの呪術師ドン・ファンは生命保険に入っていただろうか?

わたしはアルコール類やタバコ類薬品保険宝くじをふくむ賭け事の広告に顔を出している有名人や芸能人を信用しない。テレビ・ショッピングでセールスマンやセールスウーマンよろしく商品を褒めちぎってる下品な人たちと同じように、この連中は自分がなにに荷担しているかを知ってか知らずか、おそろしく無責任であるように思えるからだ。それらは有名人やセレブ気取りを使って商売するようなものではないだろう。そういえば最近保険についておもしろい話を読んだ。ロイターという通信社が17日に流したもので、メキシコの保険事情について書いてあった。


死を笑い飛ばすメキシコ人に保険を売るのは大変!

[メキシコシティ 17日 ロイター] メキシコ人は刹那的に生き、死を笑いとばす気質であるため、生命保険を売るのが大変なのだそうだ。

HSBC銀行はメキシコで、ここ数年、年率30%ほどの割合で保険業務を成長させているが、顧客のベースは小さい、と新製品ディレクターのマリオ・ペレス氏は言う。

メキシコでは、死亡時に個人的な保険に入っている割合はわずか5%にも満たない。道路を走る車には半分近く、曲がりなりにも最低限の保険が掛けられているというのに。

ペレス氏は「メキシコ人は死をあまり恐れません。自分の命より車の心配を優先させるのです」とコメント。

大半の人が1日、550円未満で生活しているこの国では、生命、車、家に保険を掛けるという発想はそもそも無縁なのだ。


これはニュースの前半の引用である。全文をお読みになりたければ該当のサイトにあたられよ。この記事で気になるのは「メキシコ人は刹那的に生き、死を笑いとばす気質である」という冒頭のきめつけの部分。記者はちゃんと保険にも入って刹那的じゃない生活をしているのだろうなと推測される書き方ではありませんか。「死を笑い飛ばす気質」というのはよくわかるにしても、「刹那的に生きる」ことを文明的な理論で頭から批判しなければならない理由がよくわからない。刹那的だからと言っていのちを大切にしないというのでもないだろうと思うからだ。まるで保険にはいることが刹那的に生きることではないかのような生命保険会社そのままの論調が気になって仕方ない。アメリカにおいてもインディアンの人たちの保険加入率は圧倒的に少ない。そんな金はどこにもないというのが最大の理由であるが、彼らの人生にたいする見方、死にたいする接し方も大きく関係していることはまちがいない。たとえば、カスタネダの書いた一連の「ドン・ファン」シリーズに登場して、メキシコとアリゾナを、トワールとナワールとを往き来しているヤキ・インディアンのファン・マテウス老人が生命保険に入っているなんてことはおよそ考えられないことではないか。なにしろ彼は「死」と友だちなのだから。

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エルダーたちによれば、もうひとつの世界は

「死だと? 死などというものは存在せん。それは世界が変わるだけのことに過ぎない」
チーフ・シアトル ドゥワミッシュ一族

世界はひとつではなくてふたつあるのだと彼らはいう。目に見えている世界と、目には見えていない世界のふたつだ。このふたつの世界は、物質的な世界と、精神的な世界と呼ばれることもある。今のこの世界からもうひとつの別の世界に旅立つ際、ネイティブのエルダーたちによれば、その数日前に、先に行っている親戚や血縁者たちのうちの誰かが姿をあらわして、スピリットの世界にはいるために手を貸してくれるのだという。スピリットの世界というのは、しばしば「幸福な狩り場(ハッピー・ハンティング・グラウンド)」などと形容されるように、とても楽しくて幸福な場所であるらしい。曾祖父たちや、偉大なる精霊や、神々の暮らす喜びにあふれた土地であるそうな。

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Wednesday, August 17, 2005

皆殺しの恐怖におびえるインディアンの女性たち

「今なお皆殺しの恐怖におびえるインディアンの女性たち」という記事が偉大なるスーの国があるサウスダコタのラピッドシティ・ジャーナル(The Rapid City Journal)という新聞の論評に掲載されていた(August 14, 2005)。この記事の中に書きとめられているデータを5つ紹介しておく。


  1. アメリカで暮らしているインディアンの女性の50パーセントが今後いずれ婦女暴行の被害者になるという驚くべき数字がある。これはアフリカ系やヒスパニック系の女性の2倍の確率であるが、リザベーションでは普通被害者に厳しく箝口令がひかれているのが常で、なかなか実際の数がつかめない。いずれにせよインディアンの女性は、女性であるという理由だけで「皆殺しの恐怖」におののき続けているのである。ラピッド・シティのあるカウンセラーは「暴行を受けていない女性を見つける方がむずかしい」と語ったという。

  2. 他のすべての人種の女性に比較して、インディアンの女性は、2倍もレイプされているという数字がある。

  3. インディアンの女性にたいする暴力の70パーセントが、非インディアンの配偶者もしくはボーイフレンドか知人によるもの。

  4. インディアンの女性の4人に1人が暴行される。

  5. 殺人で逮捕される11歳から20歳までのインディアンの少年の3人のうちの2人が、自分たちの母親を襲った男を殺したもの。

問題は貧困なのだろうか? アルコールやドラッグへの依存なのか? 答えは「イエス」だろう。インディァンのことになると、ろくな調べもしない警察のせいか? それも「イエス」だ。歴史の犠牲者をとことん追いつめるアルコール文化に特有の根の深い性差別主義(日本国も例外ではない)に原因があるのか? それもまた「イエス」だろう。だがそうした問題の一番深いところにあるのは、500年間続いている皆殺し政策と植民地化によって、インディアンの女性たちの姿が見えなくされてしまっているところにある。「コロンブスがきた時にはじまった戦争は終ってなどいない」(ローリング・サンダー)という声が今なお聞こえてくるようではないか。

インディアンを研究する学者もジャーナリストもこのことになると口をつぐんでしまう。リザベーションはどこも陸の中の孤島のようなところにあり、それがためにひとびとは平気で見て見ぬふりを決めこんで無関心を装うのだ。アメリカ合衆国政府はインディアンの問題を国際問題にしないために、頭と金とを使い続けてきた。アメリカのなかに第三世界があることを世界中に知らせないためにアメリカのメディアは世界のニュースを報道し続ける。だから皆殺しの恐怖におびえるインディアンの女性たちの声は、鹿皮のカーテンの向こう側に隠され続けているのだ。こんなことがもっとマスコミなどに注目される地球の奥地の紛争地帯で起きれば、おそらく大問題にされるだろう。

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ぼくはもうずっと前に、答えを探すことをやめてしまった

maskedandanonymous昨日、宮城県沖で朝大きな地震があった日の夕方、思いたって家族で映画を見に渋谷に出かけた。山の中で暮らしている時はこうはいかなかった。街に映画を見に行くのにも2日がかりだから、いきなり思いたって映画を見るなんてことは全くなかった。郊外生活もだいぶ板についてきたかな。映画は『ボブ・ディランの頭のなか マスクド・アンド・アノニマス』というタイトルだ(原題『MASKED AND ANONYMOUS』《顔も名も知られぬままに》)。なんともすごいタイトルだな、と思った。これはどうしても見に行かねばならないと。調べると、1日に1度、夜8時45分から渋谷のシネパレスという、昼間は『妖怪大戦争』や『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』なんかの家族向け作品をやってる劇場のレイトショーで、今週の金曜日(8月19日)まで公開されているという。座席は、混雑してはいるといわれたが、一人ずつあいだを置いて座ってちょうど埋まっているぐらいの観客数で、まあゆったりと観れた。そして予想を裏切らないなかなかの出来の映画で、上映時間1時間46分、1800円(一人の入場料)は高くはない。日本語のタイトル「ボブ・ディランの頭のなか」がものすごく気になったのと、さんざんお世話になった者としてボブ・ディラン本人が出演している映画を観ておかないと後悔すると思えた。低予算映画ではあるのだが、印象をいえば、よくできたビート・ジェネレーションの映画を観たような後味で、期待はいささかも裏切られなかった。最近では珍しく、少しも眠たくなることはなかった。派手なことも、大がかりなことも全くない映画だが、64歳になるディランその人のリアリティが圧倒的。ストーリーはそれほど重要ではなく、革命と反革命、戦争と暴力、持つ者と持たざる者との闘いが日常化した近未来の中米の架空の国(ぼくはEZLNが力をつけてきたメキシコのチアパス州を思い描いた)での出来事を描いているが、全体としてはディランの新しいアルバムがそのまま映画になっている感じかな。たくさん聞くことが出来るディランその人の歌はもちろんのこと、印象的な言葉もつぎからつぎへと出てくる映画だったが、その極めつけは最後のシーンで語られる以下のせりふ。

「すべてのものは崩壊した。とくに法や規則がつくる秩序は崩壊した。世界をどう見るかで、ぼくたちが何者であるかが決まる。祭りの遊園地から見れば、何もかもが楽しく見える。高い山に登れば、略奪と殺人が見える。真実と美は、それを見る者の目に宿る。ぼくはもうずっと前に、答えを探すことをやめてしまった」

そして「ブローウィング・イン・ザ・ウインド(風にふかれて)」の一番新しく味付けされたものが流される。「答えは、友よ、風に舞っているのだ」と。「10回観れば10回新しい発見ができるような、ディランの楽曲と同様、重層的な仕上がり」とプログラムに書かれてあるが、この映画ほどDVDの発売が待たれるものはないかもしれない。時間をおいて何度でも観てみたい欲求に駆られる。それでも劇場でこの映画を観る価値は、おそらく又別のところにあるのだと思えた。見終わって人並みに押し出された渋谷の町が、ひどくアンリアルなものに見えたからだ。ぼくたちは早々に街を急行であとにした。公開が終わるまであと2日しかない。ディランと同じ道を歩んでいると信じる者はぜひ見に行っていただきたい。

『ボブ・ディランの頭のなか マスクド・アンド・アノニマス』ホーム(予告編も)

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Monday, August 15, 2005

そして最後の楽園は地上より消え去った

今回「Peace」な写真(本ブログのサイドバー上段)として選んだのはエドワード・カーティス(Curtis, Edward S., 1868-1952.)が1923年頃に撮影したさながら楽園のごとき写真。「白人がやってくる前——椰子の木渓谷」というタイトルがつけられている。ジョシュア・トリー国立公園という沙漠の公園がロスアンジェルスの郊外、サンバーナディノという町の東に広がっている。とても美しい沙漠で、ロック・バンド「イーグルス」のファースト・アルバム「Eagles」——Take It Easy がおさめられているやつ(1972)——のカバージャケットの背景にもなった。eagles1
この公園の入り口にある保養地がパーム・スプリングスだが、写真はサン・ジャシントと呼ばれる山の東側にある谷間で、カフイラ・インディアンのリザベーションが設置されていた土地の中で撮影されたもの。あろうことかここが後にパーム・スプリングスという沙漠の中の一大保養地に変貌してしまう。ぜひ写真をクリックし、大きな写真にしてこの一枚を見つめていただきたい。南カリフォルニアに暮らしていたネイティブたちが、どんな生活をしていたのかが想像できる一枚である。そしてこのパラダイスは、白人の到来によって永遠に失われてしまった。

(写真をクリックすると大きな写真が見れます。そこからさらに写真の下にある「Higher resolution JPEG version」という部分をクリックすると、より鮮明でさらに大きな画像が得られます。環境によっては読み込むのに時間がかかるかもしれないけれど、一見の価値はあります)

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人生は娯楽ではなく、神聖なつとめ

「人生は娯楽なんかではない。それは神聖なつとめだ」
マシュー・キング ラコタのエルダー

1989年に別の世界に旅立たれたマシュー・キング翁は、おそらく20世紀後半のラコタ一族で最も偉大なチーフの一人であった。クレイジー・ホースとシッティング・ブルという偉大な二人のラコタを祖父に持つ彼は、一族の人たちには「チーフ・ノーブル・レッド・マン(高貴な赤い人)」として知られ、70年代にはじまったインディアンたちの「偉大な目覚め」の仕掛け人の一人でもあった。彼は次のような言葉を残している。

「人間にも、民族にも、国にも、本来の使命というものがある。そのものがいのちある限り従うことを求められている道が。その道を見つけ出してその道を進むことがなければ、人生は空虚で、意味のないものとなるだろう。だがその道を見つけ出すことができさへすれば、それはつまり、いつの日にかその道の上を歩いているおのれを見つけ、おのれがおのれの原初の使命にしたがっていること理解したときには、そのものはいまだかつて夢にすら見たことがなかったような生きる意味を知ることになるはずだ。そのときになってようやく、人生が、快楽や権力や貨幣のためにあるのでなく、なんのためのものなのかが理解されよう。快楽や権力や貨幣を追いかけることは時間の無駄である。人生は聖なる道の上を生きるためにある。人生とは道である! 自分が原初の使命にしたがうつもりなら、ほかの選択などそこにはなく、どこに向かうにせよ、おのれの道にしたがうまでのことである」

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Sunday, August 14, 2005

なにがイルカの寿命を縮めているのか?

コスタリカでイルカとの遊泳を全面禁止」についての記事を昼前に読んで、なんとしても記事のソースにたどりつかなくてはならないとなぜか直感的に考え、ようやくコスタリカで刊行されている唯一の英字新聞である「Tico Times」にたどりついたのは夜の10時だった。ティコ・タイムスはコスタリカで最も読まれている英字新聞だという。その新聞の8月12日号におそらくネタ元となったであろう記事を見つけた。記事のタイトルは「鯨とイルカの監禁が法令で禁止された」というもので、スタッフ・ライターのマリア・ガブリエラ・ディアズ(María Gabriela Díaz)が記事を書いている。

コスタリカはラテンアメリカ諸国の中で、イルカたちや鯨たちを監禁することだけでなく、一緒に泳いだりスキューバダイビングをしたりすることも禁止する最初の国となった。

記事の書き出しはそうなっている。つまりコスタリカでは鯨やイルカを捕獲して狭い空間に閉じこめることだけでなく、鯨やイルカと一緒に泳ぐことも法律で禁止したというのである。日本で流された記事にふれられていない箇所は、この法律を作るのに主導権を発揮したのが他ならぬコスタリカの自然保護団体「プロマル」であるということと、「プロマル」のクベロ代表の、

鯨たちやイルカたちの近くで人間が泳いだりスキューバダイビングをしたりするのを法律で禁止したのは、そうした活動がそれらの動物たちだけでなく人間たちにもネガティブな効果をもたらすという研究に基づいているのですという発言につづく、

「ツアーの事業者たちにはクジラ類に関する情報や、ツーリストたちがクジラなどのまわりで見せるべき振る舞いについての情報が絶対的に欠けています。あの人たちはクジラ類たちをしばしばぐるぐる回らせたりしますし、イルカたちはそうするのが好きだと考えているようですが、実際のところクジラやイルカたちはそうさせられることを不快に感じているのです」


という言葉だ。そしてさらにクベロという人物からの情報として「監禁状態のクジラ類は長生きできないことが証明されている」とし、「プロマル」の声明として「捕獲されたクジラ類は自由に海を泳いでいるクジラやイルカたちと比べると平均寿命が70パーセントまで減少する」とある。つまり、この元記事によればクジラやイルカの寿命を短くしているのは彼らを監禁状態に置くためであると言っているのである。人間と一緒に泳がせるためにイルカを施設に監禁して飼育することはイルカの寿命を縮めるので、今後はこれをしてはならないと言うことであるらしい。

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縄文文化と現代 〜縄文の心に学ぶ〜

☆北の縄文文化回廊フォーラム「縄文文化と現代〜縄文の心に学ぶ〜」
日 時:8月20日(土)13:00〜14:30
場 所:三内まほろばパーク「縄文時遊館」縄文シアター
   (青森県青森市大字三内字丸山305)           
定 員:150名 (入場無料)
問い合わせ:青森県教育庁文化財保護課 三内丸山遺跡対策室
(電話:017-734-9924  FAX:017-734-8280) 
■内容■
基調講演:
・「『縄文』を活かした観光の可能性−縄文文化の新たな活用を目指して」
  石森秀三(国立民族学博物館文化資源研究センター長・教授)
鼎 談:「縄文文化と現代−縄文の心に学ぶ−」
(鼎談者)小山修三(国立民族学博物館名誉教授)
     石森修三(国立民族学博物館文化資源研究センター長・教授)
     菊池正浩(NHKエンタープライズ)
詳細→ http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/event/kairou-fo_h17.html

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コスタリカでイルカとの遊泳を全面禁止

一昨日の夜ラジオニュースで耳にして気になっていたものですが記事を見つけたので以下に日刊スポーツ紙のものを引用しておきます。元のニュースは、リオデジャネイロから12日に共同通信が流したものです。こういうニュースって一度流されたあとは消えてゆくのみですから。

 中米コスタリカは12日までに、観光客とイルカを一緒に泳がせることを、イルカに悪影響を与えるとして政令で全面的に禁止した。イルカを売り物にした観光は世界的に人気が高く、同国でも近年、業者が急増。観光業界には大きな打撃となりそうだ。

 コスタリカの自然保護団体「プロマル」によると、法律で禁止するのは世界で初めて。同国はジャングルや海で観光客が自然と触れ合う「エコツーリズム」が盛んで、政府も自然保護に熱心なところをアピールする狙いがあるとみられる。

 観光客が飼育されているイルカと一緒に泳げる施設は同国やカリブ海諸国のほか日本にもあり、観光のほか子供のセラピーにも利用されている。

 「プロマル」のクベロ代表は、コスタリカではこれらの施設のイルカは自然の状態に比べ寿命がわずか3割以下と指摘。「直ちに自然に帰らせるべきだ」と述べ、政令を歓迎した。

[2005/8/13/14:33]

人間の癒しがイルカの寿命を縮めているとしたら、そのことによって得られる癒しはすこしも幸福なことではありませんねえ。それにしてもコスタリカという国には「非武装中立」といい「国家予算の21%が教育費」といい、「まん丸い石が平和のシンボル」といい、注目すべきところがたくさんあります。コスタリカというのは、スペイン語で『豊かな海岸』を意味するとか。民族は「スペイン系を主とする白人とその混血95%、黒人3%、先住民2%」とデータにあります。

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Saturday, August 13, 2005

昨日の夜の雨はカチーナたちからの返事なのか?

hopisungod昨日の「カチーナのための夕べ」のために、昨日神奈川県立近代美術館葉山館にお集まりいただいたみなさんにこころからお礼を言います。

とにかく不思議な一日でした。のなかかつみさんのインディアンフルートを引き受ける形で講演をはじめた時にぱらぱらと降っていた雨も講演が終わる頃にはほとんどあがり、真砂秀朗さんと藤本八重さんのお二人によるカチーナたち(美術館に展示されていた79体のカチーナたちと、ご参集いただいた百人を超すみなさんのなかのカチーナたち)のための演奏が終わって、輪のように置かれた大きな蝋燭に火が灯された中庭にぞろぞろと出た時には、青黒い夜の空の雲間に8日目の月がかかり、星も、また遠くで雷も、瞬いていました。遠くに葉山の海も見えて、不思議な空間が浮かび上がっています。中庭にはそこはかとなくセージの煙がただよい、のなかさんと真砂さんが再度そこでインディアンフルートをカチーナたちのスピリットたちのために捧げ、八重さんがその声で演奏に加わって、演奏による祈りが終わり、誰もがなんとなく去りがたい気持ちで会場をあとにしました。カチーナたちにかわってお礼を言います。

その後浜辺に降りてブルームーンという海の家(「ビーチハウス」と言えよな)で、映画「ロング・グッドバイ」のようなモノクロームな夏の夜の海を眺めつつ冷たいもの(息子はガラナジュース、ぼくはアイスティー、かみさんはピニヤコラーダ)を飲んでエスニックなおつまみなどほおばりつつ関係者の打ち上げ。潮騒を聞きながら波間に写る月を観つつ友だちと会話を交わして10時少し過ぎに夜空の月が赤くなってきたので車で帰途につきました。逗葉新道を経由して横浜横須賀道路にはいり、そのまま一路相模原に向かってしばらく車を走らせたころ、あれは東名高速道路の入り口を告げる最初の標識が出たあたりのところで、いきなり天が破れたかと思えるほどの大雨。雷の光が空を切り裂き、しばらくまったく視界がなくなるぐらいの局地的集中豪雨です。ワイパーなんてまったくききません。空の水道の蛇口を全開にひらいたような滝のような大雨。一瞬世界が灰色になりました。ひえー、すごいすごい。なにごとか、なにごとか。周囲の車も皆いっせいにハザードランプを点灯してスピードを極端にさげてのろのろと運転。こちらも前が見えずにおそるおそる極端にスピードを抑えて運転しながら、あらためてカチーナたちのスピリットの力に感心することしきり。おさえにおさえていた天の栓が一度に抜けて一気に水が降り出したかのようなのです。もともと天気予報では雨が降ることはわかっていたのですが、あまりの現実のありかたに頭の下がる思いでした。その後15分ほどで又嘘のように、なにごともなかったかのように雨が上がって、その後もまったく渋滞がないまま葉山からわが家まで1時間たらずで到着し、シャワーを浴びて泥のような眠りについた次第です。やはりホピのカチーナはあなどれません。カチーナが踊ると「ほんとうに」雨が降るのです。

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Thursday, August 11, 2005

マヤによれば8月11日は今の世界が創られた記念日なの

glastrotマヤについての資料は山ほどもあるが、そのなかのいくつかが、今の世界のはじまりについて同じことを伝えていて、それらによると、紀元前3114年の8月11日にそれが起こったのだとされている。別の資料では、それは8月の12日だったり、13日だったりするが、いずれにせよ今日、明日、明後日あたりが「天地創造の記念日」なわけ。ちなみに、この世界が終わるのは、マヤの暦によれば2012年の12月21日もしくは23日か24日だという。予定表に書き込んでおいてください。

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Wednesday, August 10, 2005

生きるために必要な四つの大切なもの

「それぞれがそれぞれの魂の中心にたどりつくための長い旅に出ることだ。そしてネイティブ・アメリカンの四つの徳を実践すること。わたしが父親から教わった四つの徳とは、勇気、不屈、寛大、知恵、この四つである。自分の夢を見つけだし、どこまでもそれを追いかけること。われわれは戦士であらねばならない。それもただ強いだけでなく、謙虚さもあわせもつ戦士であること。われわれは、ともすれば謙虚さを弱さと見なす社会のなかで暮らしてはいるのだけれど」
ビリー・ミルズ オグララ・ラコタ
東京オリンピック陸上1万メートル走ゴールドメダリスト

今年(2005年)3月、16歳のナチスに心酔するインディアンの少年が家で祖父とその友人を射殺したのち学校に行って、級友や先生やガードマンら7人を相次いで射殺した後に自ら自殺をするという衝撃的な事件が起きたミネソタのリザベーションのなかにあるレッド・レイク・ハイスクールに招待されたビリー・ミルズが、今なお傷心のさなかにある同高校の生徒たちを前にして数日前に語りかけた言葉の一節。Grand Forks Herald紙のニュース記事(Sun, Aug. 07, 2005)より。彼がここで述べた「四つの徳」は、「4」という数を「聖なる数」とする平原インディアンに共通する教えでもある。「知恵」のかわりに「高潔さ」をあげる部族もある。ラコタの聖なる人だった故レイム・ディアー翁は、その著書のなかで、男の四つの徳目として「勇敢さ」「気前の良さ」「忍耐強さ」「知恵」を、そして女の四つの徳目として「勇敢さ」「気前の良さ」「誠実さ」「子供を産むこと」をあげていた。

ちなみに大乗仏教が説く如来の法身あるいは涅槃にそなわる四つの徳は「常(永遠)」「楽(生死を超越した安楽)」「我(こだわりなく自在な真我)」「浄(汚れなさ)」である。ギリシャ哲学では四つの徳は「知識」「勇気」「節制」「正義」。儒学者伊藤仁斎が19世紀末に説いた人の道の四つの徳目は「仁」「義」「礼」「智」となっている。

 【当サイトにおける関連記事】

 ネイティブ・アメリカン・ナチスでいるのは、大変だ Thursday, April 21, 2005

 東京オリンピックとインディアン Thursday, October 14, 2004

 それはアルカトラツではじまった Friday, November 12, 2004

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Tuesday, August 09, 2005

カチーナのための夕べ(8月12日)でお会いしましょう(再掲)

eveningkachinas今、神奈川県立近代美術館葉山で「現代ドイツの巨匠とホピ族の精霊たち アンテスとカチーナ人形」という展示が行われていいることはすでにNative Heart (Saturday, July 02, 2005) 「カチーナたちが最後の踊りを踊るとき」においてお伝えした。小生は、アンテス氏所蔵のカチーナ人形が昨年の夏に日本列島の各地を巡業しはじめる時から、この企画そのものにコミットしてきた(といっても、求められてパンフレットに原稿を書いたり、会場で講演会をしたりというぐらいのことだけれど)。だから、いよいよ人形たちが日本列島から去る日が近づいて、なんだか妙にさみしくもある。何度か顔をあわせるうちにお気に入りのカチーナも出来たのに。そこで、この一年の、カチーナたちのけなげな巡業にたいして感謝を捧げる気持ちもあり、彼らのスピリットをねぎらうための集いを企画していただいた。葉山在住のアーティストでインディアン・フルート奏者でもある真砂秀朗さんらとともに一夕を潮風に吹かれながら美術館の中庭でのんびりと過ごしたい。カチーナの精霊たちのためにも、思いやりと平和な心を持ってご参集ねがえたらと思う。

プログラムの受付は終了しました。ありがとうございました。  *当日は、お盆休みでもあり、海水浴客も多いことから、美術館周辺は交通の激しい混雑が予想されます。またトークとライブの終了後にカチーナ人形を鑑賞する時間は、閉館時間との関係でほとんどありません。じっくりとカチーナのスピリットと対面を希望される方は、少なくともイベントの始まる1時間前には美術館までお越しください。

以下にそのあらましを掲載しておきますが、より詳細は、この集いのためのリーフレットに絵を描いていただいた真砂さんのサイトに掲載されているリーフレットそのものをご覧ください。

arrow2 One Evening for Hopi Kachinas のリーフレット


アンテスとカチーナ人形展in葉山 特別企画

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Monday, August 08, 2005

東京でアイヌ民族供養の式 同化教育施設の跡地で

共同通信が7日午後、東京都港区から伝えている。

 首都圏に住むアイヌ民族の団体「レラの会」(長谷川修会長)などが7日、明治初期に同化教育の施設があった東京都港区の芝公園で、先祖供養の儀式「イチャルパ」をした。

 施設は「開拓使仮学校付属北海道土人教育所」の名称で1872(明治5)年に設置、日本語や農業などを教えた。北海道と千島列島(クリール諸島)から38人のアイヌが連れてこられたが、生活環境が激変し、病気などで4人が死亡。教育所はわずか2年で廃止された。

 儀式は今回が3回目で、約70人が参加。民族衣装を着た約20人が、アイヌ語でカムイ(神)に祈りをささげた後、公園に設けた祭壇に酒や果物を供え、教育所のアイヌやそれぞれの先祖を供養した。
 長谷川さんは「『教育所』の歴史的事実や、アイヌが先住民族であることを、もっと多くの人に知ってもらいたい」と話していた。

▼ ちなみに1872年がどのような年だったのかを、小生の『Native Time Version 4 (digital edition 未公開)』で俯瞰してみると以下のようになっている。(Version 4 は『Native Time Version 3 (paper edition 地湧社刊行)』に改訂を加えたもの)

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平和と、思いやりと、兄弟姉妹愛の永遠の火

「五百年間続く沈黙と抑圧の後に、やがて時が訪れて、すべての国々のあいだに、平和と、思いやりと、兄弟姉妹愛の永遠の火をともすために、先住民たちの声が今一度大きくなることは、あらかじめ予言されていたことだ。」
ウイリアム・コマンダ
アルゴンキン一族のエルダー

長老のウイリアム・コマンダ翁は今年で八十九歳になる。先頃心臓の病で倒れたものの今は驚異的な回復を見せているという。昨日までの3日間、カナダのケベック州マニワキで「すべての国々の輪」の集いが開催されていたので、元気な姿を見せてくれたことだろう。カナダ、ケベック州のキティガン・ズィビ居留地で暮らし、曾祖父はアニシナベ一族の世襲のチーフ。翁は一族に伝わるワンパムと呼ばれるメッセージが記号化された三本の神聖な帯を受け継ぎそれを守り続ける。18世紀につくられた「七つの火の予言」を伝えるワンパムもそのひとつだ。彼は今、愛と許しと憐れみと敬いと責任という5つの価値を基本にすえて「すべての国々の輪(Circle of All Nations)」という集団を組織して「平和を基礎にした永続する文化」を見つめている。

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Friday, August 05, 2005

ほんとうのことをいうとあなたは自由になどなりたくないのではないか

「真実を語るにはたくさんの言葉を必要としない」
チーフ・ジョセフ(1840-1904)
ネスパース

最も有名なインディアンのチーフの一人であるチーフ・ジョセフは現在のオレゴン州の北東部で19世紀の中頃にネスパース一族に誕生した。20世紀初頭に失意のうちに居留地で命を落とすまで、彼は最後には言葉を武器にして合衆国政府の不当な扱いと闘い続け、心に残るスピーチや言葉をいくつも残した。ここにとりあげたのは、その中でも代表的なものであり、アメリカ・インディアンにとっては格言にさへなっているものである。チーフ・ジョセフは知っていたのだ。真実があなたを自由にすることを。真実が人間に自由を与えることを。真実が人を自由にすることは、まさしく真実であることを。真実を口にしているとき、あえて防御に出る必要などどこにもない。真実を口にしているとき、わざわざ攻撃する必要もまったくない。なぜなら誰にも真実を攻撃することなど出来ようもないのだから。不正な操作をしたり、嘘をついたり、不正直になることは誰にでも容易にできる。どうせみんなも同じようなことをやっているのだからという声が、頭の中のどこかから、わたしに話しかけてくる。今の社会は真実を必要としているのだろうか?

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Thursday, August 04, 2005

自分が誰かを知るために自らにたいして施す教育のすすめ

「われわれは自分が誰かを知るために自らを教育しなくてはならない。わたしが『子供たちに教えよう』というのは、そのことを意味している」
バウドウェー・ウィ・ダン(エディー・ベントン・バナイ)
オジブワのエルダー、教育者、AIMの創設者の一人

エディー・ベントン・バナイのこの言葉は、本出みささんが翻訳された『ネイティブ・アメリカン 叡智の守りびと』(スティーブ・ウォール+ハービー・アーデン著 築地書館 1997)のなかに出てくる。鍵は「教育」という言葉だ。この場合の教育は「国家の奴隷になるための教育」ではない。「自分が誰か」「自分は何者か」を知るために、「自分が自発的に自分に施す教育」のことである。わたしたちが自分に与えられているパワーの源にたどりつくためには、自分を知ること以外に道はない。「汝、自身を知れ」は昔から繰り返し言われてきた箴言である。それは「あなたがあなた自身について知っていることを聞かせてくれたら、つぎにはわたしが、あなたが神についてなにを知っているかを話してあげる」ということでもある。自分自身について語ることは、そのまま自分の信ずるもののことを語ることでもあるのだから。自分が誰でどこから来たのかについて知れば知るほど、精神的に成長することを選べるようになってくる。そうするとそれに連れて次第に行いも正され、やがて子供に人間として生きる道を教育できるようになる。自分が誰なのかをわかっていない人に子供の教育をまかせっぱなしにしていることはとても危険なことでもあるだろう。今日の言葉の締めくくりにエディー・ベントン・バナイの言葉をもうひとつ書きとめておこう。

「成功の秘訣は、ひたすら苦痛と快楽に身をゆだねるかわりに、そうした苦痛と快楽の使い方を学ぶことにある。それができてはじめてあなたは自分の人生をコントロールしていると言える。それができなければ、あなたは人生にコントロールされているのだ」

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Wednesday, August 03, 2005

もし死因が「生きていることに伴う圧倒的な不幸」だったら

th_TF44001アメリカでも社会は内側にさまざまな問題を抱えている。たとえば自殺率。近年大幅に自殺率が低下しているなかで、逆に自殺率が増えてきているのが、十代(ティーンエージャー)とアメリカ・インディアンである。十代の自殺率は60年代の3倍にも達し、インディアンの青少年になると、数字はさらに上回る。あるデータによると、インディアンであるだけで、他の平均的なアメリカ人よりも72バーセントも自殺する確率が高くなっているし、あなたが今インディアンの青少年であったなら、自殺する確立はなんと300パーセントを越えているのだ。とくに北部大平原に暮らしているネイティブのティーンエージャーたちが悲惨で、数字的にいうと一人がこれまでに10回死んでもおかしくないぐらいで、生きていることだけで奇跡のようなものなのだといわれている。ほんの数ヶ月前にも、シャイアン・リバーのラコタ国では17人ものティーンたちが連続して自殺をしてしまったばかりだ。自殺は連鎖的に起こったもので、これは大量の不幸にとりつかれて絶望しているインディアンの人たちの世界にとてつもない危機が迫っていることを意味する。子供たちの自殺の原因が「生きていることに伴う圧倒的な不幸」だとしたら、ほんとうの問題の解決策はどこにあるのだろうか?

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Tuesday, August 02, 2005

すべての人間たちの母親

せっかくおいでいただいて恐縮ですが、この記事は、書籍化にともなって、削除されました。ここにあった文章は『ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ』(太田出版2007年7月刊)に、加筆改訂版が収録されています。ネイティブ・ハート・ブログの書籍化については「さらにブログを続けるということ[Native Heart Friday, June 01, 2007]」のアーティクルを参照のこと。わざわざ探し出してここまでこられたのに誠に申し訳ない。願わくば拙著にて、より完成された表現媒体となったものを、お読みください。
北山耕平 拝

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Monday, August 01, 2005

聖なる泉に祈りの棒を奉納するホピの図

今回「Peace」な写真(本ブログのサイドバー上段)として選んだのはエドワード・カーティス(Curtis, Edward S., 1868-1952.)が1920年頃に撮影したひとりのホピの写真。いましも彼は「パホ」と呼ばれるプレイヤー・スティック(祈り棒)を彼らの聖地のなかに湧き出している泉に奉納しているところです。パホを祈りの捧げ物にすることは、今も昔もホピの人たちにとっては日常的なことでした(「棒」と「捧」は字がよく似てるね)。ホピの社会ではあらゆる儀式や祈りの場でこれが用いられるのです。先端を黒塗りにして他を緑色に塗った二本の割り箸のごとき棒と、鳥の羽根をコットン(木綿)の糸でつなぎ合わしたもので、さまざまな場所、とくに聖地の泉などのスピリットたちに、そのありがたい力を求めて奉納されました。彼らはこうした力の場所を「神社(shrines)」と呼んでいます。信仰の原点を見る思いがしますね。パホのデザインはみな違っていますが、どのパホも特別に念を入れて特別な時に男たちによって作られました。写真の人物は典型的な昔のままのホピの男性の髪型をしています。余談ですが現代のホピの人たちのなかにもこの男性のような髪型をしている人はいますが、着るものはわたしたちと同じようにウエスタンスタイルの洋服です。

(写真をクリックすると大きな写真が見れます。そこからさらに写真の下にある「Higher resolution JPEG version」という部分をクリックすると、より鮮明でさらに大きな画像が得られます。環境によっては読み込むのに時間がかかるかもしれないけれど、一見の価値はあります)

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「縄文弥生移行期の新しい見方」という興味深いシンポジウム

シンポジウム「縄文弥生移行期の新しい見方:人類学 vs 考古学」

日 時:8月6日(土)13:30〜17:00

会 場:日本学術会議講堂
(東京都港区六本木7-22-34 地下鉄・乃木坂駅下車)

定 員:300名(当日先着順)

問い合わせ:国立科学博物館人類研究部(電話:03-3364-7139)
※開催場所は禁煙です。また、駐車場はございません。

【内容】
・「挨拶および趣旨説明」岡田守彦(人類学・民族学研究連絡委員会委員長)
・「骨から見た縄文時代人と弥生時代人の暮らしぶり」
  馬場悠男(国立科学博物館人類研究部・部長)
・「年代測定による考古学第二革命」
  小林謙一(国立歴史民俗博物館研究部・助手)
・「弥生時代はもっと長かった!」
  藤尾慎一郎(国立歴史民俗博物館考古研究系・助教授)
・「縄文時代末、渡来民はたくさんは来なかった」
  中橋孝博(九州大学比較社会文化研究院・教授)
・「鳥取県青谷上寺地遺跡の弥生人の骨と脳」
  井上貴央(鳥取大学医学部・教授)
・「ミトコンドリアDNAが教える日本人の祖先」
  篠田謙一(国立科学博物館人類研究部・室長)

詳細→ http://www.scj.go.jp/ja/info/kokai_shinpo/pdf/1029-s-13.pdf

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