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Tuesday, July 26, 2005

聖なる輪が機能不全に陥っているときには

「人は目を覚まさなくてはならない。およそ眠ったままでは神の声など聞くことは出来ぬのだから」
バーノン・クーパー
ランビー・インディアンの長老

ランビー・インディアンは北米大陸南東大西洋沿岸(現在のノースカロライナ地方)に数世紀にわたって暮らしてきた川の人たち。ミシシッピ川の東では最大の部族。ランビー川の流域をテリトリーとする。もともとこの地方にいたラコタ(スー)の人たちと同じ系統の言葉を話す。

バーノン・クーパーはランビー・インディアン屈指の知者とされる。薬草使いのメディスンマンだった。彼は忘れ難い数多くの言葉を残している。良く引用されるのは「現代人は知識ばかりを追いかけている。知識は過去のものであって、知恵は未来のものであるのに」というものがある。今回のものも、きわめて印象的な言葉ではある。ラコタの聖者であったブラック・エルクがしばしば「聖なる輪」について話している。人びとをひとつにつないでいる聖なる輪があると。その人びとをつないでいる輪が病気になると、つまり「聖なる輪が聖なる輪として機能不全に陥る」と、ひとびとは互いに依存し合い、なれ合い、アルコールへの依存度を高め、家庭内暴力がはびこり、いじめが日常化し、人種や性による差別も恒常的になる。その結果ひとびとはその状態に麻痺して、それがあたりまえのように思いこむようになるのである。

この状態のことを、バーノン・クーパーは「眠っている」と表現したのだ。地球に生きる人間としてのスピリチュアルな生き方から遠ざかったままでは、人は寝ているのとなんら変わらない。いつまでも自分の力を別のものに明け渡しているのなら、ひとびとは眠りこけたままでいるだろう。地球に生きるネイティブ・ピープルの部族のなかには、たいていの場合コヨーテの役割をする氏族がいる。コヨーテでなければ、ワタリガラスでもよいし、タヌキやキツネでもかまわない。言うならばこの人たちはトリックスター・ピープルなのだな。そして人びとが眠っている時こそトリックスター・ピープルの出番である。この人たちの役割は、人びとの目を覚まさせること。迷惑だと多少はうるさがられることもあるかもしれないが、この際、人びとの神経を逆撫でして少しぐらいいらだたせる必要もあるのかもしれない。なんとしても今一度スピリチュアルな道に、われわれはもどらなくてはならないのだから。

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Comments

ナナオ・サカキさんなんか、きっとトリックスターの役も担っていますね。トリックスターで、ココペリで、銀河旅行者で。こんどはアンドロメダBを持ってくるって言ってたなぁ。

Posted by: 山竒 | Friday, July 29, 2005 at 09:22 AM

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