80体ものホピ族のカチーナたちが日本列島を巡業している。彼らの弓の島における旅は昨年の6月にはじまり、1年以上をかけて高松市美術館、伊丹市立美術館、岩手県立美術館、いわき市立美術館とまわってきた。おそらく各地でその場に居合わせたものにしか理解されないかもしれないが、いくつもの不思議なことを引き起こしてきたことだろう。これまで何回かわたしはカチーナたちに会いに行く幸運を得たし、その都度このページでも記事にしてきた。
80体のカチーナ人形たちに会いに行きたい(Thursday, July 08, 2004)
カチーナたちに会いに行きます(Tuesday, November 16, 2004)
オン・ザ・ロード 講演旅行記(Thursday, June 16, 2005)
カチーナたちは日本列島を巡業して、いよいよ最後の踊りを踊る土地となる神奈川県葉山町にその姿をあらわす。ネイティブ・アメリカンの文化に関心がある人だけでなく、ホピの精神文化に惹かれるものを感じている人だけでなく、自分は誰か(なにものなのか?)ということに関心のある人は、この機会を逃さずにぜひ夏の神奈川県葉山町を訪れて、カチーナたちと対面してくるべきだと思う。
アメリカ南西部に長く暮らしてきたホピの人たちとホピの信仰の形態を源泉とするプエブロやナバホの人たちは、きわめて特別なありがたい存在のことを彼等の伝統的信仰に基づいて「カチーナ」と呼ぶならわしがある。カチーナを英語であらわす綴り方はいくつもある。katsina、kachina、k`atscna、k`ats`na、thlatsina、koko、qxuwah、thliwanなど。
それはスピリットであり、仮面であり、人であり、祭式であり、生き方であり、その意味が表現される目に見える言葉のことである。フランク・ウォーターズというアメリカ南西部の自然と文物の研究者、ジャーナリスト、教育者は「微妙で、深く、しかも単純で、あらゆる村落に根を下ろした教義」と書きのこしている。
ホピは万物のなかに精霊の存在を認めた。すべての生きてあるものは二つの顔を持っているのだ。見えている顔と、見えていない顔。普段は見えないものの存在を認め、それを常に信仰の力で見ようとし続けてきた。カチーナは無言の尊敬で受け入れられた。ときとしてカチーナは神の言葉をつたえたり、病を癒したりすることもあった。カチーナたちは儀式のサイクルに則して彼らの生活のあらゆる局面において卓越した役割を演じてきた。ホピの人たちの暮らしは常にカチーナの儀式と共にあった。なかでも最も重要なカチーナが登場する儀式がニマン・カチーナと呼ばれる儀式である。
それは一年の半分をホピの村々で暮らすカチーナが彼らの家のある聖山であるサンフランシスコ連山に帰る里帰りする儀式で、夏至の10日後ごろにはじまり、儀式は10日間続くとされる。なんという偶然だろうか! 今がまさにそのときなのである。アメリカ南西部の極端に水の少ない沙漠の中にあるメサと呼ばれる卓状の切り立った台地のうえではホピの人たちが儀式をしているだろう。カチーナは9日目の夜明けに人びとの前に姿をあらわし踊りは終日、翌朝日が昇る時まで続く。
人間の想像力の限界を超えたような様々な仮面。冠には雲や稲妻やトウモロコシが描かれ、背中にはカチーナの人形を背負って、エゾマツの葉のひだを首に巻き付け、片手には木の枝を持ち、彼(彼女)たちは踊る。観客はのなかには鷲の羽根で彼らに水滴を振りかけたり、儀式用のパイプを吸って煙を吹きかけたり、トウモロコシの粉を撒きちらかしたり、ピキと呼ばれるトウモロコシの粉を焼いて作った薄い紙のようなパンなど様々な伝統的な食べものを差し出すものがいたり、子供たちは畑でとれた最初の小さなトウモロコシや小さなメロンをおずおずと差し出す。カチーナも子供たちに贈り物を与える。弓矢、自分の姿に似せたカチーナの人形・・・
そうなのだ。カチーナの人形は、カチーナが自分の姿に似せて作ったものとされているのだ。
カチーナの踊る伝統的な儀式は千年以上も変わることなく続いているが、20世紀になるとカチーナの人形は世界の様々な人たちの心をとらえるようになる。今では高価なコレクターズ・アイテムにもなっている。おそらくそれは誰もが自分のなかにカチーナの存在を感じているからに他ならない。ホルスト・アンテスというドイツ人のシュールレアリストの画家は、ホピのカチーナに魅入られた一人だ。彼が集めたカチーナ人形は800体にもなると言われている。しかもそれらのカチーナ人形は、1960年以前に作られたきわめてまれなもの、まずほとんど普通の暮らしをしている人にはお目にかかることもないようなものばかりだ。ホピの土地にもこれだけのものはそろってはいないという貴重な人類の遺産であり、原初の信仰の形態をうかがううえでも重要きわまりない一級の資料であり、しかもそのスピリットは見事に健在なのだ。
今回そのきわめて貴重な人形たちの中から80体が選ばれて日本列島の各地をまわってきた。各地でいろいろな不思議を引き起こしてきたことだろう。自分のなかにいるもう一人の自分と対面したければ、この機会にぜひ足を運ばれてカチーナ人形を見に行くことをおすすめする。日本列島で彼らが沈黙の踊りを踊り続けるのも後ひと月ほどしかない。彼らがどんなメッセージを運んできているのかは、彼らを前にしたときにあなたのハートのなかに声が聞こえてくるはずだ。
この夏の神奈川県立近代美術館葉山館における展示の詳細な告知は以下にあります。またポスターをクリックすると同美術館の案内ページに飛びます。
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