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Wednesday, June 22, 2005

やはり富士山はすごい御山だったよ

富士山に行ってきた。昨年のWPPD2004のスタッフだった友人たちと夏至の日を祝うことと、個人的には「ジャンピング・マウス」のお話しを御山に奉納するためだ。夏至の前日の午後にキャンプ地に入ったときには小雨混じりの霧だった。富士山の南側の山麓に広がる小さなレイン・フォーレスト。うっそうとした森に囲まれた野営地。富士山は姿を見せない。大きなログキャビンに30人ほど、一年ぶりの再会。たくさんの笑顔。つきることのない話。深夜、時計の針が1時を回ったころ、ストーリーテラーの古屋和子さんと、インディアン・フルート奏者ののなかかつみさんが、静寂と暗闇のなか、ろうそくとカンテラの明かりの投げかける黒い影とともに、物語を語り、フルートで様々なシーンをつくりだしてくれた。ジャンピング・マウスが日本語で語られるのを聴くのは初めての体験だった。物語の世界に引き込まれる。一時間ぐらいのストーリーだが、富士山の霊気と、暗闇の力もあり、古屋さんとのなかさんの力を借りて、ジャンピング・マウスの物語は無事に初演を終えた。なかにはつかれていびきをかいている人もいたけれど、それはそれで物語を語る側としては成功なわけではあるのだが、むろん小生はひたすらに耳を傾け続けた。驚いたことにストーリーテリングが終わった時、森のなかに空いた空間から見上げる夜空には満月が出ていた。きっとそこに集まっていた友人たちとそれぞれのスピリットたちが、富士山に思いを運んでくれたのだろう。奉納を無事終えた後わたしは眠りについた。夏至の日の朝6時ごろ、人の気配で目を覚ますと、すでに起き出していた人たちの声が外から聞こえた。快晴の空。顔を洗って、自分たちで作る直径10メートルにみたない小振りなメディスン・ホイールの場所に行くと、すでに輪の中心では火をたく準備が進行中だった。北の空の方を見上げると、そこには懐かしき御山の姿がそびえ立っていた。朝の光のなかでわずかに残っている雪が白く輝いていた。北側から見るのとは又雰囲気ががらりと変わる雄々しい表富士の姿。薪となる折れた枝などを集めるかたわら、その輝く頂をしばらく見つめていた。そのまま午前中は、夏至の日のために作られた小さなメディスン・ホィールを友人と囲んで過ごした(儀式と祈りの詳細については公開をひかえる)。それぞれが感謝の言葉を口にした。来年の夏至の日には、WPPD2004のとき台風の中朝霧高原に集まってくれた出来るだけ多くの仲間たちに声をかけて、東富士のどこかでギャザリングをやれないだろうかという声もあがった。時が過ぎてメディスン・ホイールを囲む輪が崩れるころ、下界から又霧が立ちのぼってきて、世界が幻想的な白いベールに包まれた。夜から又雨だという。わたしは友人たちと握手やハグを交わして富士山から下界に車で降り、とてつもなく広大な自衛隊の演習場のなかを突っ切る道を御殿場におりて家に戻った。夏至の日の儀式の間中ずっと美しい富士が姿を見せ続けてくれたことにこころから感謝しながら。やはり日本列島を代表する聖なる山の力は半端ではない。

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